Sugary Image

 

 帰省した実家からのお土産は、ケーキにした。
 設備の整った実家のキッチンで、ブラックアウトが自作したものである。
 ワンルームのアパートに備えられたキッチンなど、狭くて使いにくいこと極まりない。日々の食事なら問題なく作れても、手の込んだ料理や菓子などはとても作る気にはなれない。
 無論、元は給湯室という場所ではなおのこと、凝ったものは作れない。
 だから、実家で気合を入れて作ったケーキを1ホール、そのまま土産にした。ありきたりな地方の名産品よりは美味い自信がある。
 そう、バリケードはあれで、甘いものが好き、らしいのだ。
 好きなものや嫌いなものがあるのかどうか、出されればなんでも食べるし美味いとも不味いとも言わないが、食べているときの様子からして、味を感じているのは甘いものであるような気がする。他は、機械的に胃へ送り込んでいるだけのようにしか見えない。
 以前、「好きなのか」と聞いたら、少し考えて「たぶん」と答えられた。自分の嗜好に対して「たぶん」という答えもなかろうと思うが、たぶんでもいいから好きかもしれない自覚があるなら、食べさせてやる甲斐もある。
 今回のチーズケーキは、形といい焼き色といい、もちろん味といい、我ながら満足のいく出来栄えだった。砂糖は多めに、そのかわりレモンの風味をしっかり効かせて焼き上げて、外はさっくり、中はしっとり。甘さと爽やかさ、香ばしさのバランスは、近年ナンバー1である。
 だからと言って「美味い」と言われることはない。期待しないでもないが、そんな反応を期待して、叶わないからと落ち込んでいてはバリケードと付き合うことはできないのだ。せいぜい、こちらから
「自信作なんだが、どうだ? 美味かったか?」
 と尋ねて、頷かせるだけで満足しよう。
 ただ―――今回は、やはりかなりいい出来だったに違いない。珍しいことにバリケードが、
「おまえ、警官やってるより、こういう店でもやるほうが向いてるだろう」
 と言ってきたのだ。つまり、商品として金銭をもらってもいい出来だったということである。
 思いがけない反応に嬉しくなって、ブラックアウトは下げようとしていた皿を持ったまま回れ右し、引き返す。
 そして特に考えもせず、思いつくままに言った。
「それなら、店員になって手伝ってくれるか?」
「俺にできるわけないだろう」
「接客しろとは言わない。厨房を手伝ってくれればいい」
「馬鹿言うな」
「馬鹿じゃない。料理は器用に作るだろうが」
 それこそプロ顔負けに。
「喫茶店でもケーキ屋でも、おまえならいくらでも手伝えるだろう?」
「なんで俺が。俺は、おまえにやったらどうだって言ってるんだ」
「だから、一緒にやってくれるならって言ってるんじゃないか」
 警察官という仕事は嫌いではなくとも、人のマイナス面を目にすることが多く気が滅入る。本当は小学校の先生とか保父になりたかった。子供の面倒を見るのが好きだからだ。言われてみると、自営の接客業も悪くない。将来を決めるときには考えもしなかったが、自分の作ったもので人が喜んでくれる職業、かつそれをすぐ間近に見ることができる飲食店は、やり甲斐もあるし楽しそうでもある。
 ただ、今更転職して店を持ちたいとは思えなかった。もしやるとすれば、言ったとおり、バリケードが一緒に働いてくれることが条件だ。一人でやることを考えると少しも魅力的には思えないのに、彼が一緒にいてくれるなら、それもいいと思える。
 ならばケーキ屋はやめたほうがいい。バリケードはなければなにも食べないが、あれば好き嫌いなしに食べてしまう。だから、偏ったものしか置かない専門店は禁物である。それならいっそ小さなレストランでもやれば、賄いとしていつでも、栄養のバランスも考えた、食べてほしいものを置いておける。
 そういう毎日も、考えてみるとかなり魅力的だった。
 しかも飲食店なら規則正しい生活ができるし、自分が店主なら定休日も決められる。その日には一緒に休みをとって、いつでも一緒にいられることになる。
 ―――とまで考えて、ブラックアウトはようやく気付いた。ケーキどころではないほど甘いことを言っていた自分に。
(いや、そもそもこれって……)
 プロポーズ?
 そこで我に返って、しかし
(まあいいか)
 と思うあたりは、プラックアウトの感性もなかなか変わっていた。
 それが叶えばいいという気持ちは胸の底から湧き上がるもので、誇張も嘘もない。だから、恥じたり慌てたり、隠したりする理由は何一つないのだ。
「駄目か?」
 テーブルに皿を置いて、スツールを一つとり、横に持ってきて座る。
 いいと言ってくれたら、今からでも転職の具体的な計画を考えるだろう。警察官という仕事は危険が近くにあるのがどうしても不安なのだ。自分は臆病だし慎重だからできるだけ危険を避けよう、万一に備えようとするからいいとしても、バリケードのことが、どうしても。
 しかしここで簡単に「ああ」と言う相手でないのは確かだった。
 怒るでもないし不機嫌になるでもないが、バリケードは明らかに返答に困り果てた様子になった。転職するしないの話ではなく、言外に漂うモノに彼も気付いているのかもしれない。
 あまり困らせたくもないので、ブラックアウトは軽く肩を抱いて頬にキスし、再び皿をとって立ち上がった。
「もしもの話だ。悩むなよ。ただ、頭の片隅にでも置いといてくれ。俺は、けっこう本気かもしれん」
 かなり本気かもしれない。何故なら今既に、どうせなら本格的に料理を学んでみようかという気持ちになってきているからだ。今までは家の手伝いなどで見覚えてきた家庭料理や、スパゲティなどメジャーなものしか作ってこなかったが、店を出す出さないは別にして、もっと様々な家庭料理からもてなし用のメニューまで、身につければ面白そうだし、食べさせてやるレパートリーも増える。
 ずいぶんスイートな考えだという自覚はあった。しかし幸い、バリケードはこういう甘いのも、人前でなく度を越えなければ、特に嫌がらない。
 皿を片づけて戻ると、バリケードは相変わらず、なにをするでもなくぼんやりしている。本も読まなければテレビも見ない、音楽も聞かない、ネットサーフィンするでもないし、考え事をしているという様子でもない。本当になにをしているのか謎である。ブラックアウトは、そんな彼の傍らから、来る前に寄ってきたレンタル店のバッグを拾った。
 テレビもDVDデッキもブラックアウトが持ち込んだものである。テレビ台の下のDVDやCDもだ。今日は、春先に公開していて、行きたいと思っていたのに見損ねたミステリーサスペンスの大作を借りてきた。
 デッキにディスクを入れ、床に座ってベッドに寄り掛かり、リモコンでスイッチを入れる。手招けば、特に思うことのあるようでもなく、バリケードが腰を上げやってきて、ブラックアウトの膝の上におさまった。
 映画を見ている間のなんとない手持無沙汰に、小柄な恋人は丁度いい。だからこれが、定位置だ。
 もちろん、最初はなんでそんなところにいなきゃならないんだと言われたが、一緒にいられる時間は少ないんだから、たまに一緒にいるときに甘いのは大目に見てくれと答えると、強硬に拒みはしなかった。慣れない頃は落ち着かなかったバリケードも、今では気儘に、映画を見るでもないからたいていは寝てしまう。
 ブラックアウトは頃合を見て音量をしぼり、部屋の照明も落とした。
 街のどこかに仕掛けられた爆弾と、次々に殺されていく重要人物。犯人は誰で、目的はなにか。そして爆弾はどこか。そんなサスペンスフルな映画を見ながら、楽しむ頭とは別のところ、片隅でブラックアウトは考える。
 もし警察官という勤務時間の不規則な仕事を辞めて、本当に二人でレストランでも経営するようになれば、一日の大半を共に過ごすことができるし、強盗に襲われる可能性は僅かにあるとしても、隠し持っていたカッターをいきなり振り回されたり、チンピラにさんざん暴言をはかれたりすることはほとんどなくなる。
 そういう、平穏でのんびりした人生を、バリケードも悪くないと考えてくれたらいいのだが。
(けど、下手するとヤクザだった奴だからな)
 バリケードには、腕っ節の強さと気の荒さから、あまり良くない連中も接触していた。本人はそういう相手を特に忌避もせず、だからと言って仲間になるでもなくあしらっていたようだが、生計を立てるすべがないままに放っておくとそっちの世界の住人になりかねないところがあった。だから、一人では心細いからと無理に誘って一緒に試験を受けたら二人して通ってしまったのが、警察官になった経緯だ。教員試験も通っていたブラックアウトだが、バリケードを一人にして放っておいたらまともに勤務するとは思えず、彼と同じ道を選んだ。
 それで今まで何事もなく……大きな問題は起こさず、それなりに重宝がられて勤めてきた。バリケードも少しは丸くなったとは思う。しかし、干したばかりの布団で昼寝する午後のような、家庭的で平穏で、何事もない時間は、彼にとって心地良いのだろうか。
 甘いものも、たまにしか食べないから好きなだけで、毎日用意されたらうんざりするのかもしれない。
 いくらかの危険と危機感、緊張感と隣り合わせの仕事で、チンピラやヤクザに睨みをきかせ、時には掴み掴まれ、そしてたいていは何事もなく、機械的に反射的に処理する毎日の中だから、甘いものが心地良いのだとしたら、
(現状維持、かな……)
 バランスを崩して滅茶苦茶にはしたくない。そう思って、もうすっかり眠り込んでいる恋人の髪に口づけた。

 

 

(おわり)


 

 あ・ま・い・で・す・ね〜〜〜!
 いいんです、キーワードが「甘い」ですから!
 と開き直っておきます。
 その上でタイトルを「Sweet」にせず「Sugary」にしたのは、こっちのほうがたしか「甘ったるい」といったへビィなイメージだったから……のはず。軽く自嘲気味に、こっちを使ってます。
 素っ気なく淡々としているけれど甘いのはある程度許容するバリケードと、甘いというよりもう既におふくろの味に近い(笑)ブラックアウト。そんな感じです。バリケードの立ち位置はあくまでも「甘い時間を許容する」であって、そういうのを好んではいません。嫌いではないけれど、嫌いでないと感じることに抵抗があるというか……。その微妙な感じが出ているのか、それとも単にイチャこらしてるだけにしか見えないのか。
 あと、こいつらが警察官になった理由がでっち上げられました。「ヤクザ」と書いてますが「マフィア」でも構いません。ここが日本なのかどこなのかは不明ですからね! とにかくそういう暴力的な組織です。

 プラックアウト=シェフ説も浮上中。コックスタイルが似合いすぎな気がします。パティシエもいいですねぇ。もちろん保父さんもいい〜。小学校の先生より保父さんのほうがお似合いかも。てゆーか、どこまでこの人、原作からかけ離れていくのでしょうか。

 バリケードは喫茶店のマスターとかのイメージ。黒いエプロン。暇だと自分でコーヒー入れて飲んでるような。怖いもの知らずな女性、おばさんとかギャル系ばっかり来る店になってそうです。で、ギャル目当てにジャズがよく来る(笑)。そういうパラレルワールドも楽しそうです。

 ちなみにこの世界ですが、もともとの連中が機械であるせいか、同性だからどうとかいう倫理観はまったくありません。というか、たぶん男同士でも女同士でも子供産めますし、普通です。私の感覚がそうなってしまってて、背徳的な印象とか、マイノリティである感じがまったくないままに書いてます。
 個人の嗜好として、異性がいい、同性がいいというのはありますが、それは、痩せてる子が好きだとかぽっちゃり系がいいとかいった程度の差です。好きになったらあんまり関係ない感じに。
 んで、本人たちは周囲に宣伝したり見せつけたりするようなことはないものの、どう見ても一緒にいる率高すぎるので、「あの二人はできてるだろ」というのは暗黙の了解、公認だったりして。