王様ゲーム

 

      発端

 

 ある日のこと。
 自分の出番が終わって一息ついたラチェットは、人間のいるところへ行こうと、ロケ地に停まったトレーラーの合間を歩いていた。
 彼が人間たちを探しているのは、学ぶためである。「当分の間はこの惑星に厄介になるのだから、できるだけ現地の言葉を使い、現地の慣習に従い、それに慣れろ。そして、人間という種族を正しく理解しろ」。オプティマスにこう指示されていては、逆らえないし、逆らう理由もない。
 ジャズやバンブルビーは言われるまでもなくあれやこれやと実体験したがり、首を突っ込み、起こしたトラブルの数と等しい程度には素早く、地球流を身につけている。
 アイアンハイドは、保守的な面を見せて「頭が固い」「年寄りだ」と思われるのが嫌らしく、彼なりにせっせと現地に馴染もうと努力している。もちろん、考えることがあまり好きではないらしい彼であるから、よく確認もせずに鵜呑みにしていることも多々あって、それが時折、誰かを苦笑いさせている。
 サイドスワイプは「ご命令とあらば喜んで」としか答えないし、そのとおりに実行するので、地球到着が遅れた分を取り返すべく奮闘中である。ただ彼の場合も、その堅すぎる性格と、サイバトロンにしては珍しく戦闘型として生まれたがゆえに、学んだ内容をうまくコミュニケーションとして利用できないことが多いようだ。
 さて、とラチェットは我が身を振り返る。生態系や鉱山資源といったものには自然と興味を覚えるが、人間の俗習については、あまり勤勉に学んできたとは言い難かった。
 もちろん、データならば地球上に存在するものをすべてを十数秒で取得、確認できる。しかしそれと実践や現物確認は別である。
 興味がないわけではないし、オプティマスの意見を馬鹿馬鹿しいと思うわけでもない。ただ、人間という不可思議な思考経路を持つ種族の、論理性を欠いた情動と行動を見ていると、それに染まる危険性を無視できなかっただけである。
 しかし、仲間たちはそれなりに人間といい関係を築いているし、非論理的な種族と接したからといって、こちらまで非論理的になるとは限らない。
 というわけで彼は、遅まきながら積極的に人間とコンタクトをとってみようと思ったのである。
 誰か暇をもてあましている者はいないかと思って探して歩くと、やがて、人間ではなくバンブルビーを見つけた。
 目立つ黄色いボディが、どうしたことか、右に揺れ、左に揺れ、ふらふらと今にも転びそうに歩いてくるではないか。
 怪我か病気か。ラチェットはすぐさま気持ちを切り替えた。
「ラーチェット! ビーを止めてくれ!!」
 すると遠くから、拡声器らしきものを使ったひび割れ声で、叫んだのは人間である。
 言われずとも止めるつもりだ。ラチェットはバンブルビーの正面に立ち、どう見てもバランサーがイカれたとしか思えない仲間を受け止めた。
 途端、なんとも言えないような甘い匂いが鼻をつく。
 ラジエーター液ではない。なんだろうと、嗅覚から採取したデータを分析すると、それは、―――「ジャム」と地球で呼ばれる食物の匂いだった。
 何故そんなものがバンブルビーの体、しかも内部から立ち上るようにして匂ってくるのか。
 怪訝な顔になるラチェットの足元に、息を切らせて辿り着いた人間たちは、問わずともその理由を語り出した。
 どうやら食事中にお邪魔したバンブルビーが、地球の食べ物を摂取してみたいと言い出し、やめろとみんなで止めたにも関わらず、マーマレードを一瓶、エネルギーボトルに放り込んだらしい。
 しばらくはなんともなかったが、五分ほどすると、しゃっくりでもするように体を引きつらせ、異様に上機嫌になり、間もなくぼんやりと半分寝たようになって、「そろそろ行かなきゃ、ぼくを止めないで」とかいう歌を流しながらふらふらと歩き出したとか。
 そして現在は、半分寝たような、ではなく本当に寝てしまっている。ラチェットにもたれるようにして。
 生物にも機材にも被害が出なかったのが幸いである。
 出たのはラチェットの溜め息で、考えなしな仲間の、のんきな寝顔を睨みつける。ただでさえ地球産のエネルギーは充分に精製されておらず、不純物も多く混じっていて、それに適応できない者はアーク号を家代わりにして土星の衛星タイタンに滞在しているくらいである。それなのに、実験するならほんの少しから始めればいいものを、いきなり100gだか何gだか放り込むとは。
「迷惑をかけた。彼のことは私が引き受けよう。君たちに怪我がなくてなによりだ」
「あとはビーに異常がなければいいんだがな。しっかり看てやってくれよ」
「分かっている」
 まったく、とラチェットはもう一つ溜め息をついた。

 

 

      企画

 

 ラチェットは思慮深く警戒心も強いほうだが、その彼でも、この一件からはまったく予想できなかったことがある。それは、人間の間で「オートボットも酔っ払うらしい」という噂が広まったことだ。
 人間がアルコールを摂取して酔っ払い、しかしそれをコミュニケーションの手段とすることもあるのなら、オートボットもそれに近いことができるのではないかと、誰かが考えた。
 そして地球初の、ロボットによる飲み会が企画されたのである。
 名目は、これまでの撮影に対する打ち上げと、慰労。人間だけがパーティを開いて楽しみ、ロボットたちは明日に備えて淡々と休むばかりでは面白くないし、つまらないだろう。だから楽しめ、というわけなのだが、
(楽しみたいのはどちらやら)
 ラチェットは頭痛めいたものを覚えてこめかみを押さえた。
 そんなもの断ればいいのに、あまり麗しくない接頭語がつくほど真面目な我等が総司令官殿は、「人間と同じようなことが体験でき、しかもそれが人間にとって極めて普遍的なコミュニケーションの一つであるならば、一度試してみたほうがいいかもしれない」などと結論づけてくださった。
 酔っ払いの中には暴れ出す者がいることを知らないんですかと言ってみたが、それも含めて重要な経験ではないか、と反論された。
 こんなことを、軍事実験をするかのような真顔で言うのだからたまらない。
 さらには賛成多数ということもあって、ラチェットに言わせれば「愚かにして無謀な実験」は、遂行されてしまうことになった。
 踏ん張ったラチェットが無理やりに押しとおせた意見は、「万一のため、飲まない者を半数作ること」だけだった。

 

 

      開会

 

「というわけで、第一回、オートボット懇親会@地球バージョン、開催いたしま〜す♪」
 ジャズの面白そうな宣言にかぶせて、バンブルビーがご陽気な音楽を流す。馬鹿デカい手を打ち鳴らしているのはボーンクラッシャー。ガンガンとものすごい騒音になっていることは彼の思考にはない。あるいは聞こえていないのかもしれない。他、面白そう、あるいは興味深そうにしているのはオプティマスとアイアンハイド、スタースクリームにブラックアウト、フレンジーといったあたりである。
 メガトロンとジェットファイアは苦笑い気味、ラチェットは介抱するのは自分なんだろうなと渋い顔、バリケードはいつにも増して険しい雰囲気になっている。
 しかしやると決めたらやるのであるし、2トップの許可も出ている。むしろオプティマスが推奨意見なので、誰にも逆らうことはできない。
 それをいいことに、ジャズは自分にとって後々都合の悪そうなことは「上司からの命令だし」という一言ですべて無視することにした。
 なお、参加メンバーはこの12名。ブロウルやサイドスワイプらは、万一のための救護要員として待機している。
「はい、まずは一杯目、みなさんグイッと! 一気にいきましょう!」
 しかし、言った途端に隣からラチェットの拳が飛んで後頭部に炸裂する。
「あたっ」
「馬鹿者。一気など論外だ。人間も体質によっては飲めない者、すぐに泥酔する者がいるように、我々も内部構造は個々によって違うことはお忘れなく。機能に不具合が出ないか、最初は必ず少しずつ摂取すること。気分が悪くなったり、なにか異変を感じたらすぐさま私に申告すること。それを守れないなら、この場で強制解散していただきます」
 じろりと睨まれて、オプティマスは少し圧され気味に頷いた。
「だそうだ。健康を害してまで親睦を深めても意味がないことには賛成する。まずは試験的に摂取し、問題ない者はいいが、支障を感じた者はそこまでだ。飲まなければならないわけではない。それから、互いに隣の者のことは充分気にかけてくれ」
「固いんだから」
「ジャズ。これはラチェットに理がある」
「分かってますよ。でもいきなり水ささなくてもいいでしょうが」
 ぶつぶつ言うジャズにラチェットの視線が突き刺さって、ようやく乾杯の音頭は取り直しとなった。

 

 

      体質

 

 ジャムの成分が何故か、オートボットたちを酔っ払わせる。
 その不可解な理由や理屈、仕組みについてはさておき、「酒」の代わりとして用意されたのはジャムを水に溶いたものだった。人間ならば飲もうとは決して思わないシロモノである。
 どうやって飲むのかと言えばそれぞれで、人間のように口から流し込む者もいれば、喉と口内の構造から吸い上げることになる者もあり、胸部から取り込む者もいる。
 ちなみに、味は誰にも分からない。あえて言うならば触感、喉越しのようなものが存在する程度である。
 ラチェットの左右に座らされるハメになったジャズとバンブルビーは、それぞれに険しい目を向けられながらちびちびと飲んでいる。バンブルビーはすぐに酔っ払うが、ジャム一瓶くらいで障害が出ないことは判明している。ジャズの身体構造は比較的バンブルビーに近いので、彼もたぶん、酔いやすいが飲むことはできるだろう、という目算があった。
 ちなみに、幹事のジャズには任せておけないと、席順を決めたのはラチェットである。バンブルビーとジャズを自分の両脇に配置して監視し、ジャズの逆隣はアイアンハイド。バンブルビーの隣にはオプティマスで固めてある。協調性がなく場を壊しかねないバリケードの隣にはメガトロンとなだめ役のブラックアウト。あとは特にトラブルを起こしそうな者もいないので適当に配置してある。残念なのは、サイバトロンのトラブルメーカーを監視する態勢にしたら、サイバトロンはサイバトロン、ディセプティコンはディセプティコンで固まってしまったことだ。できれば互い違いにしたかったのだが、これは妥協するしかない。
 あとは事前にしっかり根回しし、馬鹿者どもがなにかしでかしそうになったら止めてくれるよう、聞き分けのいい者に頼み込んだ。
 人間流パーティのリサーチについてはぬかりのないジャズも、こういったところは―――たぶん、気がつかないのではなくあえて無視するだろうと読んだラチェット。そして実際にトラブル上等で企画しつつラチェットが邪魔してくるだろうなと思ったジャズとの間にある微妙な空気に気付いている者は、そう多くない。
 さて、その用意周到でぬかりないラチェットの嗅覚に、風に混じってやたらと甘ったるい、なにかが焦げるような匂いが感知された。
 瞬間的に、これはジャムの糖分が熱で焼けたためのもの、すなわち摂取障害の一種として想定されたものの一つだと判断し、メンバーを見回した。
 中に一人、胸のあたりを押さえて背を屈めている者がいる。その隣ではメガトロンが丁度ラチェットを見たところだった。逆隣のブラックアウトも心配そうな様子で覗きこんでいる。
「飲めんらしいな。バリケード、大丈夫か」
 とメガトロンが言う。
「摂取量が少なければ完全分解されるまで待つだけで問題ありません。私の言いつけを守っているなら、数分で納まるはずですが」
「……こんな、得体の知れんもの……誰が……」
 声まで焦げたような調子でバリケードが呟く。ラチェットは鷹揚に頷いて、
「それなら、少し我慢することだ。それでも気分が良くならないなら、燃焼後の残留物質を除いてやろう。で、他に気分の悪い者は?」
 幸いそれに自己申告する者も、申告される者もなく、「強い」者は、これでかえってギアの調子が良くなった気がすると、ラチェットの制止も聞かず一気に飲み干す始末。
 今後の展開に多大な不安を覚えずにはいられないラチェット医師であった。

 

 

      遊戯

 

 飲めるものは次々飲んで―――人間たちの「なんでこんなもの飲めるんだ」という視線も次第に麻痺して和らいだ頃には、弱いくせに飲む者が普段とは少し違った様相を呈しはじめた。と言っても、バンブルビーがいつにもましてにこにこと嬉しそうな様子になったり、ジャズの口数が倍増したり、アイアンハイドが若干フレンドリーになったりしている程度で、トラブルは起こっていない。
 ボーンクラッシャーやスタースクリーム、ジェットファイア、フレンジーあたりは、好奇心が強い上に「酒」に強い体質らしく、人間たちに数種類のジャムを用意させ、あれはどうだこれはどうだと喉越しの品評会をはじめたり、混ぜたらどうだと、いわば「カクテル」を作り始めている。それにジャズとバンブルビーが首を突っ込もうとしたのは、無論、ラチェットに阻止された。
 ともあれ、誰か泣き上戸なロボットがいたら面白いのに、などと思っていた人間のささやかな期待はものの見事に裏切られている。
 さて、ただでさえうるさいのがますますうるさくなって、しかし司会進行幹事という役目は忘れないあたりはジャズである。
「はーい、みなさん注目〜! こういう飲み会の定番だそうなので、このあたりでちょっとしたゲームをはじめようかと思います」
「ゲーム? なにやるんだ?」
「えーっと、……日本製のゲームだ。英訳らしい英訳がないんだが、現地の言葉で『王様ゲーム』っていうらしいぜ」
「王様ゲーム?」
「ルールはけっこう簡単。大道具係に協力してもらって、グッズも作ってある」
 フォークリフトに乗せて運ばれてきたのは、大型のドラム缶と、その中にささった金属の棒きれだった。
「ここに人数分のクジがある」
「ク・ジ?」
「そう。クジ。セイバートロンにはないシロモノだから説明が難しいんだが、なにかを選択するときに、ランダムで結果をもたらすように工夫されたギミックさ。人間はそういう不確定性を楽しむらしいな」
「ほう。で? どうやって使うんだ?」
「この中から一人が一本、適当に選ぶだけ。すると」
 と言いながらジャズは一歩引き抜いた。もともとは交通標識らしい。その標識部分に、「4」と数字が書き込まれていた。
「こうやって番号が振ってある。1〜11の数字と、一本だけは『YOU ARE KING!』と書かれてるんだ」
「それで?」
「全員が一本ずつとって、王様を引き当てた誰かは、ここにいるメンバーの中から2人選んで、好きに命令ができるってわけさ。えーっと、たとえば、2番が3番の頭を叩く、とか」
「……それだけか?」
「今のはわざとつまんない例を挙げたんだよ。王様はどんな命令だってできるんだぜ? もっとも、実行したら本気のトラブルになりそうなのは常識として言わない約束だけどな。人間がよくやるのが、何番が何番を抱きしめる、とかさ、ちょっとセクシュアルな命令みたいだな。男女が一緒に飲む、合コンっていう種類のパーティでよくやるゲームらしい」
「ふーん。人間ってのは変なこと考えるんもんだな」
「だけど、俺たちの間でくらいならいいが、メガトロン様やオプティマスには命令なんかできないぞ」
「だからさ、誰が何番を引いたかは分からないのがミソなんじゃないか。指定するのはあくまでも番号で、それが誰かは分からない。だから、誰がどんな命令をされても恨みっこなし。メガトロン殿もオプティマス司令も、それでいいですね?」
「私は構わんぞ。面白そうではないか。ちゃんと従ってやろう」
「私もだ。こういうのを確か、無礼講、とか言うんじゃなかったか? そういうのもいい」
「はーい、2トップがOKした以上他の誰にも断る権利なし! ということで実行決定! で、2人しか選ばないとただ見てる側が多くなるし、指名されない奴も出てきそうなんで、2組、2人1組で2組を選んでもいいことにしま〜す!」
「……くだらん」
「バリケード。そう思っても、今日は言うな」
「……承知しました」
 なお、彼が内心なにを思っているかは、言うまでもない。俺も待機組に回りたかった、だ。しかしメガトロンの命令とあっては参加せざるをえず、渋面はいつもの5割増である。

 


      挑戦

 

 まずはクジを引かなければはじまらない。
 フォークリフトに持ち上げられた大型のドラム缶から、各々適当に標識を手にし、抜き取る。
 最初の王様はブラックアウトだった。
「栄えある初の王様はブラックアウトに決定〜。というわけで、なんか命令してみろよ……じゃない、命令してくださいよ、王様♪」
 ジャズはのんきに促すが、
「えーっと……」
 と言ったきり、ブラックアウトはフリーズしてしまう。
「早く言えよ」
 ジャズが急かす。
「1番と3番が……、あ、いや、1番が3番に、じゃないと駄目なんだったか? 今ひとつルールがよく分からないんだが」
「2人か2組選んで、なにかさせるんだって」
「それじゃあ、1番と3番が―――」
 そしてまた沈黙。
「早く言えってば。なんなんだよ、もう」
「すまん。だが、どんな命令していいのかピンと来なくてな」
「どんなって、だから、誰かが誰かにキスするとか、頭叩くとか、シリモジ? とかいうジェスチャーゲームもあるみたいだな。それから、…………それから?」
 言い出しておきながら、実はジャズにもゲームに相応しい命令は、調査をしているときに少し聞いり見たりしたものくらいしか思い浮かばなかった。
「ふむ、どうやら皆、わしもじゃが、具体的にどんな命令をすればいいのか、その許容範囲や選択肢のパターンが分からんのじゃろう? それなら、しばらくは王様役を人間に代行してもらえばよかろう」
 困ったジャズとブラックアウトに、助け舟を出したのはジェットファイアである。
「なるほど。それで、要領が分かってきたら王様が命令を出せばいいってわけか」
「名案だと思いますが、先生、これは日本のゲームだそうですよ。ここにいるのは大半がアメリカ人で、」
 そこまで言って、スタースクリームは人間たちを振り返り、
「どんな命令を出せばいいか分かるか?」
 と尋ねた。ほとんどの者が首を横に振る。
 しかし中に数名、日本に留学していたときに王様ゲームに参加したと言う者や、経験のある日本人が混じっていた。そもそも彼等がジャズに、王様ゲームなんてものを吹きこんだのである。
 結局、彼等人間たち数名がお題を決め、その後で、王様になった者が番号を決める、という手順に決定した。
「それじゃあ、まずは無難にいきますよ。2人選んで、それぞれに『セイバートロンでしでかした思い出深い失敗』について話す、というのはどうですか」
 人間の間からは無難すぎるというブーイングも若干起こったが、オートボットたちにしてみれば、なかなか興味をそそるお題のようで、
「それいい! それでいこう!」
 とフレンジーはジェットファイアの膝の上から叫んだ。

 

 

      失敗談?

 

 失敗談を語るハメになったのは、ジェットファイアとジャズだった。
 空気を読むことにかけては不足のない二人であるから、うまい具合に話をチョイスして語る。
 ジェットファイアは、かつて探索者として宇宙を旅して回っていたときの冒険譚だった。
 スタースクリームと会う前、彼が若い頃の話というのだから、数十万年も昔のことだが、その軽妙な語り口にはつい人間たちも引きこまれ、釣り込まれていた。
 しでかした失敗というのは、原住の危険な巨大生物に襲われたときのことだ。逃げるには積み荷を軽くする必要があるからと、採取しておいたエネルゴン・マテリアル―――エネルギー性物質、すなわち、エネルギーへと精製・変換できる物質―――をやむなく捨てることにした。しかし、その生物はエネルギーを食って一気に増殖する性質があることを忘れており、状況はますます悪化。時の隊長と、なんでそんなものを捨てた、他に捨てるものがあるのか、と言いあいながら死に物狂いで逃げるハメになってしまった。
「しかしな、わしの本当の失敗はこの後で、―――わざとじゃあないんじゃが、隊長の搭乗を確認せず離陸してしまってのう……。いやぁ、無事に助けられたから良かったものの、それからゆうに五万年はぶつくさ言われたわい。さて、わしの話はこれだけじゃ。お次はジャズ、おまえさんじゃな」
「えー。今の話の後じゃなに話しても面白くないじゃんよ。えーっと、俺が話そうとしてたのは……えー、あのー……もう時効だと思うんですが、……オプティマスの執務室のですね……」
 失敗談なのか、懺悔なのか。執務室に飾ってあった、オプティマスお気に入りのクリスタル製オブジェクトを、うっかり売却してしまったというものだった。
「な、なんだと!? あれはたしか、業者の手違いで……」
「あ、いや、そうなんですよ、そうなんですけど、処分リストに書きこむ時点で、ほら、あのー、俺はあの彫像も込みで、ここにあるものはすべてですかって聞いたんです。で、そうだって言われたので、そうなんだー、と。で、俺も間違いだって気付いて慌てて業者に返してくれるよう頼んだんです。でも、そこは確かに業者側の手違いで、搬送と転売のスケジュールがですね……、……ごめんなさいッ!」
「―――もういい。今更取り返せるわけでもなし……。はぁ」
 部下から今更聞かされた懺悔に対してなのか、いまだに捨てきれぬ愛惜なのか、オプティマスは深々と溜め息をついた。

 

 

      ニャ

 

 再びクジが回された。
 その気になれば、すべての標識の特徴を記録して意図的な番号を選ぶこともできるが、そこは正々堂々とフェアに、記録は一切しないことを誓い合ってある。そして、それを破ってしまったらゲームにならないのは分かりきっているので、破る者はいない。
 あらためてクジを引き、王様と11人の臣下が決まると、衣裳係の一人である女性スタッフが手を上げて提案したのは……。
「じゃあ次は、『映画の台詞を、語尾に「ニャ」をつけて再現する』!」
 だった。
「……ニャ?」
 問うスタースクリームに、
「ニャ」
 と衣裳係は頷いて返す
「ニャ、な……」
「ニャ、よ。シリアスなシーンのほうがいいわよね。だからまずは番号を選んで、それが誰かによって、どの台詞にするかを決めたいんだけど、いい? 基本的には、その人自身の台詞がいいわよね」
「よし、王様は俺だ。それじゃあ番号を言うぞ。7番と9番だ。誰になった?」
 スタースクリームが告げ、全員を見回す。
「また俺かよ!」
「ジャズか。ジャズのシリアスな台詞というと、天文台のものはどうだ?」
「オプティマス、そうあっさり言ってくれますけどね、あの仲間思い極まりない台詞を茶化すんですか?」
『全然気にしないよ♪』
「おまえがOK出すのかよ!」
「私もそれでいいわ。聞いてみたい♪」
「ああ、もう、分かりました、やればいいんでしょ。でっ、もう一人は?」
「……俺の台詞なんて、『ボーンクラッシャー、出る』だけじゃねぇかよ……」
「う、まあ、じゃあ、それでいけってことで」
「お、それなら、ポーンクラッシャーがオプティマスの台詞を言って、ジャズが他のメンバーの台詞も言って、天文台の会話を再現するってのはどうだ?」
「おいこら! 余計なこと言うんじゃねぇよ、スタースクリーム!」
「王様の言うことは絶対。だよな?」
「う……、そういや、おめぇが王様だった……っ」
 と、いうわけで。

ボ 『どうか、うまくいってくれニャ』
ジ 『投影してくれニャ、オプティマス』
ボ 『コードだニャ。オールスパークはここから230マイルの場所にあるニャ』
ジ 『ディセプティコンの奴らも動き出したようだニャ。奴等も勘づいたニャ』
ジ 『バンブルビーはどうするニャ。放っておいたら人間の実験台になって殺されるニャ』
ボ 『我々がこの任務を果たさなければ、彼は無駄死にだニャ。バンブルビーは勇敢な兵士ニャ。彼も同じことを望むはずニャ』
ジ 『何故人間を救うために戦うのニャ。原始的で、野蛮な種族だニャ』
ボ 『かつての我々とどれほど違うニャ? 人間は幼い種族だニャ。学ぶべきことも多いニャ』

「……し、しまらねぇ。なんかよく分かんねぇんだが、妙だってことはよーく分かったぜ」
 ちなみに訳は筆者の適当なアレンジでお送りいたしました。

 

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