「はあ……」 納得いかないという以前に、なにを言われているのかイマイチ理解できない。そういうとき、こんな曖昧な返事をするのはオートボットも同じらしい。それとも、彼等の非常に優れた知性と記憶能力、適応力をもってすれば、感覚的な言語表現すらも自在に適合させられるものなのだろうか。 それはさておき、「はあ」などと返事をしたスタースクリームは、トラックの荷台から巨大なシートを一枚取り上げた。巨大といってもそれは人間にとっての話で、彼にとれば雑誌の見開きサイズ程度である。 スタースクリームが手にしたシートには、文字だか数字だか記号だか、わけの分からないものがプリントされていた。たぶん……セイバートロンの文字をそれっぽく真似したものなのだろう。映画中のオールスパークに描かれている模様とよく似ている。 「なんじゃい、これは。ミミズ星人(地球語に訳するとそんな感じの異星人である)のラクガキか?」 後ろからしわがれた太い声がして、振り返ると、そこにはジェットファイアがいた。映画中では杖をつき腰を曲げているが、実際には背筋をのばしてしゃんと立ち、腕を組んでいる。ただ、老眼―――視覚機能の老朽化―――が進行しているのは否めないらしく、シートを一枚とると、顔の前に掲げて少しだけ遠ざけ、焦点を合わせるのに苦労していた。 「意味なんて考えないでくださいよ」 下から人間が声を張り上げる。 「雰囲気です、雰囲気。セイバートロンっぽいって分かればいいんです。どうです? 雰囲気だけあればいいなら、問題ないでしょう?」 「それはまあな。で? これがなんなんだ?」 「だから、今言ったじゃないですか。それをですね、体に貼ってほしいんです」 「それは聞いたが、何故?」 「だーかーらー、それも言いましたよ。ワルっぽいイメージがほしいんです」 「いや、だからだな、これを俺が体に貼ることと、おまえの言う、『ワルっぽいイメージ』の間に関係が成り立つようには思えんぞ。だいたいその、『ワルっぽい』ってのはどんなんだ? さらに言えば、それがこの映画の興行的成功にどれほど貢献するのかもさっぱり分からん」 「セイバートロンの常識で考えないでください。人間はそういうのを見て、カッコイイとか強そうとか、なんだかワルそうだなと思うんです。それに、前の映画で言われてるんですよ。F-22は人間側の戦闘機としてもよく出てくるから、スタースクリームさんと見分けがつかないって。見分けがつかないからこそって場面もありますけど、今回はパッと見て貴方だって分かったほうがいいんです。味方機の中に擬態の貴方が紛れ込んでるってのは前回やってますからね。F-22がずらっと出てくれば、それだけでみんなそう疑って見るでしょうし」 今の説明すら論理性や整合性を問えばあやしいものだが、それも人間流なのだろうとスタースクリームはとやかく言うのをやめた。自分には理解できなくとも、これを体に貼れば、人間たちはより面白いと感じるのだろう。 しかし、貼るといっても、電磁性もなにもない、薄手のプラスチックシートである。どうやって吸着させろと言うのか。 と思っていたら、ジェットファイアが文字を二つほどまとめてシートから引き剥がした。なるほど、粘着性の物質によって固定するわけか。 「ふむ……、害はなさそうじゃな」 指先の受容端末から成分を分析し、ジェットファイアは無造作に一枚、スタースクリームの肩に貼り付けた。 スタースクリームは、粘着物質の感触にいくらかの不快感を覚えたが、文句は言わないことにした。人間に多くを求めても仕方ないのは、この数年間でよく分かった。彼等は彼等なりにできるかぎりの便宜をはかってくれるが、その最大の誠意による最大の努力でも、技術的不足はいかんともしがたいのだ。 「あ、それでですね、できれば、F-22になったときにも見栄えがいいほうがいいんです。そのあたり、僕たちじゃよく分かりませんし、うまく計算してやってください。変形前と変形後で、どうすればスマートに見えるかね」 「あのなぁ」 「分かった分かった。わしが手伝ってやる。なんとかしてやろうぞ」 「先生」 安請け合いだと思ったが、人間には聞こえない周波数でジェットファイアが言う。 『計算できんもんを計算するのも、また一興じゃろう』 そう、計算するには整然とした論理や充分な事例が必要なのだ。しかしこの、理解不能な模様の羅列を計算して使うなど、無茶もはなはだしい。しかも人間の感覚にとってスマートに見えるかどうかなど、オートボットには見当もつかない。 「これは……このへんかのぅ」 文字のサイズとデザイン、それをスタースクリームの身体パーツのサイズや角度と照らし合わせ、ジェットファイアは一枚、また一枚と貼り付けていく。そのたびに不愉快な感触がして、スタースクリームは顔をしかめる。唯一幸いなのは、貼り付けてしばらくすると、その不快感は消えることだった。
相変わらず、撮影は不愉快になることが多い。 これは娯楽であり、作り事であると分かってはいるが、それでもだ。 何故メガトロン様が粗暴で破壊的、かつ言えばあまり利口とは言えない「真似」をしなければならないのか。 ついでに訴えておくと自分自身も、卑屈な振る舞いをしたり考えなしの攻撃をしたりで、やってて情けなくなってくる。この程度で防衛軍の副官が務まるとしたら、低級ドローンが将校になれそうである。 それが「役のキャラクター性」なのだから仕方ないとは分かる。分かるが、分かれば許せるというわけでもない。メガトロン本人がけっこう楽しんで協力しているので、スタースクリームもなにも言わないでいるだけだ。 (こんなもの、どういう理由があって体につけようと思うんだ?) こんな具合に納得いかなくても、言わないだけである。これで見た目がカッコイイものになったりワルっぽくなったとして、それが戦略上どれほど効果的なのかといえば、かぎりなくゼロである。誰もこんなもの気にもするまい。だいたい、もしこれが有効な手段なら人間の戦闘機だってそうするのだろうに、実際には行っていない。ということは、虚仮脅しにすぎないと人間ですら分かることをわざわざ実行するほど、映画の「スタースクリーム」は馬鹿だということだろうか? 考えていると腹が立ってきそうだったので、スタースクリームは、こんな不愉快な模様とはさっさとおさらばすることにした。剥がしていいという許可が出ている以上、1秒とて待てはしない。 右手の指を一本、できるだけ薄く変形させてシールとボディの隙間に入れる。端っこを少し起こしたら、指先で摘まんでサッと……。 「イテっ」 ……地球製粘着物質、侮れじ。原始的な接着方法のくせに、なかなかの固着力を持っているではないか。 電磁式なら磁力変化で一瞬にして剥がせるし、吸着力も強い反面、電磁気に乱れが起きれば制御できなくなるという欠点もあることを考えると、原始的手法も馬鹿にはできない。 ―――と、肯定的にとらえようとしたが、腹が立つのは抑えられなかった。 なんでこんな不愉快なものを貼らされた挙げ句、剥がすときに痛い思いまでしなければならないのか。 と怒りに任せてまた一枚ペリッとやると、 「……っ!」 やっばり痛い。 なんとか痛覚を刺激せずに剥がす方法はないものだろうか。たとえば、体表温度を上げることで粘着物質の結合力に干渉し、粘着力を弱めるとか? しかしその場合、溶けたものが体の内部に入りそうで怖くもあるし、それを体表から除去するのにも苦労しそうである。 では、とりあえずゆっくりと、少しずつ剥がしてみるのはどうだろう。 そーっとめくってみる。……じりじりと痛い。やっぱり痛い。 一瞬、「虫ケラが!」という台詞を口にするリアルな気持ちが分かりそうになった。 怒っても名案は浮かばない。それは自明である。冷静に、現実的に、解決策を考えるしかない。……のだが、そこには、そんな一幕をじっと見ていた者たちがいた。 いつの間にか後ろに回りこんだボーンクラッシャーが、素早くスタースクリームの脇に腕を入れると自分の胸に引き寄せ、がっちりとホールドする。 「なっ、なんだ!?」 「手伝ってやる」 そしてにやりと笑った。 前には既に、獲物を見つけた小さな狩人よろしく、ジャズとバンブルビーが迫っていた。 なにが起こるか予測がついたスタースクリームは、この戒めから逃れようとしたが、 「ブロウル、脚を押さえろ!」 ボーンクラッシャーに呼ばれたブロウルが、なんの疑問も躊躇いもなしにがっちりと脚に組み付いてきた。ボーンクラッシャーだけならば、互角のパワーと、上回っているテクニックを用いて投げ飛ばすこともできる。しかし怪力のブロウルに脚をとられては、満足に動くこともできない。 「ブロウル、放せ!」 しかしブロウルは単純にも程があるほど単純である。スタースクリームが命じると、どっちに従えばいいのか分からなくなって腕の力が緩んだ。その隙に、彼に罪はないと分かっているが、ここは遠慮なく蹴らせて…… 「甘いな」 もらえなかった。ドン、と重量感のある衝撃があって、アイアンハイドがブロウルにとって代わったのである。 「おまえら、よってたかって……、って剥がすな! 痛いって言ってるだろうが!!」 「痛いって言ってるからやるんだけどな」 実も蓋もないジャズの一言に、言い返そうとすると、 「どうやっても痛いなら、いっそ他人の手に委ねたほうが気楽だろう。そういうことだな、ジャズ?」 腕組みして、見下ろすラチェット。 「さすがラチェット先生、分かってらっしゃる」 『♪』 バンブルビーがラジオから短いファンファーレを鳴らした。 誰か助けてくれる者はないかと、スタースクリームは自分に群がる連中の隙間からあたりを見回したが、ジェットファイアは面白そうに笑っているばかりではなく、 「おまえたちも混ぜてもらったらどうじゃ?」 などと、呆れ返った渋面のバリケードと、淡々と成り行きを見守っているサイドスワイプをけしかける始末。 オプティマスは助けにこようとしてくれたのに、よりにもよってメガトロンがそれを引き止めた。 「ちょっ、それはないんじゃ……っ、だから痛いって!!」 サウンドウェーブは空の上だし、ブラックアウトの姿は見えない。もしここにいたとしても彼の性格からして、止めたほうがいいかもと思ってくれたところで、実行は不可能だろう。 幸い、サイドスワイプは自分のとるべき行動をオプティマスにうかがい、彼はやめておけと言ってくれたし、バリケードはいつものごとく、くだらないことは無視。このときばかりはありがたい。 しかしスキッズやアーシーがいつの間にか剥がし組に加わって、あっちでビリッ、こっちでピリピリと……。 (もう二度と映画なんて出てやるもんか〜〜〜ッ!!)
心の中で叫ぶスタースクリームであったとさ。
(おしまい)
そんなこと言わないで、第三部もぜひお願いしますよ、ね、スタースクリームさん!
それにしても、1作目を見に行ったときは、面白いと思ったけれどパンフも買わなかったし、グッズも買いませんでした。 それがリベンジでは……コミックだのなんだのまで揃えはじめてる私。 三部目が製作されるとして、それが公開されるのは数年先なんだろうと思いますが、そのときにはどうなるのか、我ながら怖かったりもします。 ちなみに、一度は売ってしまったゲーム(PS3)も買いなおしていたり……。あまり爽快感はなく難易度も高いんですが、ディセプ側でもプレイできて楽しいんですよね、街の破壊。残念ながら、ディセプ側で操作できるのはブラックアウトとスコルポノック、メガトロンとスタースクリームだけですけど……。 |