Leave the Home

 

 かつてこの星は、美しい銀と清らかな白、そして青、火花のような金に輝いていた。
 輝きははるか遠くにまで届き、長い旅を終え帰ってきた者の心を、宇宙の暗い闇から命の光の中へと、一瞬で引き戻したものだ。
 だがそれが今は―――。
 我知らず、スタースクリームは窓に手かけ、顔を寄せていた。
 いくつもの悲しみが混ざり合い、胸の奥から、スパークを震わせて膨れ上がる。
 いつの間に、そして何故、こんなことになってしまったのだろう。
 暗い宇宙に浮かぶのは、赤茶け、黒ずんだ星。

 この悲しみの一つは、とスタースクリームはあえて考える。
 一つは、死にゆく故郷に対する悲しみだ。救うことはできず、星はこのまま朽ちていく。
 それから二つめは、その星にあえて残った同胞たちへのもの。たとえもう間もなく滅びる星だとしても、生まれ育った家を空にして、侵略者を踏みこませたくはないと彼等は残った。あるいは、とても去るには忍びないと。
 そして三つめ。自分の無力について。本当にどうしようもなかったのだろうか。食い止めることはできなかったのか。後を任され、可能な限りのベストを尽くしてきたつもりだが、もっとなにかできたのではないか。
 それから―――もし「彼」が旅から帰ってきたときに、この星がもうここになかったら、「彼」はどんな気持ちになるのだろう……。

「見ろ、坊主。あれがわしらの星だ」
 今からはもう何千年、ともすると数万年も昔、かつて師は、スタースクリームを初めての旅から連れ帰ったとき、輝く故郷を指差して言った。
 暗く、深く、そして気が遠くなるほど広い宇宙。
 なにがあるかも分からない旅路。
 なんとか帰途につきここまで辿り着いたとき、目に映るのは、冷たい宇宙の中でただ一つ、優しく華やかな輝きをたたえた、我が故郷。旅に出る前に振り返って見たときとは、まるで違うものに見えた。
 もうなにも恐ろしいものはない。ここは安全で、平和で、多くのものによって守られている。
 倒れそうになるほど深い安堵に、自分が今までどれほど不安で、緊張し、警戒し、怯えていたかを知ったものだ。
 そんなスタースクリームの傍に膝をつき、肩を抱いて支えながら師は言った。
「ようがんばったな。なあ、坊主。これからもわしと来る気なら、覚えておけ。一番大事なのは、知識でも技術でもなければ、体力や知恵でもない。わしの経験からして、一番大事なのは、この星に帰りたいと強く思うことだ。そうすればたいがいのことは乗り越えられる。だから、しっかり覚えておけよ、今の気持ちと、ここから見る星の姿を。これがわしらの、家の灯りだ」

 なのにもうその星は、汚れ、壊れただけでなく、そう遠からず瓦解し崩壊してしまう。
 帰ってきたとき、あるべき故郷がここになかったら、それはどれほどの衝撃であり、悲しみだろうか。
(……先生―――)
 本当なら星に残って待ちたかった。一秒でも長く星の命を永らえさせるべく、あらゆる手を尽くし、方法を探りながら、師の帰還を待ちたかった。
 だがそれは己の感傷であり我が儘だ。賭けるなら、もっと可能性のある未来に賭けなければならない。
 探しに行くのだ。星から奪い去られたオールスパークと、それを追跡したまま消息の知れない主を。
 その二つの目的が叶うか叶わないかは別として、最早ここに帰ることはない。
 星は死に、砕けて消え、自分たちはこの宇宙のどこかで生きる。安住の地を見つけられるかどうか、オールスパークを取り戻し再び繁栄を築けるかどうかは、まったく分からないが。

「迷えばどちらも失うぞ。それくらいなら手の届くものをとれ。大きい小さいは、両方手に入れられたときに比べればいい。片方しか手に入らんかったときには、それがベストだと思え。真実はどうせ誰にも分からん」
 スタースクリームは師の言葉を思いだし、窓から離れた。
 この船団は今、自分に託されている。軍の司令官代理として、そしてなにより、オールスパーク探査の旅団長として。感傷に迷って、手に入れられるものをみすみす逃してはならない。それは誰も望むまい。
 窓辺に佇む者のことはそのままに、スタースクリームは艦橋を目指した。

 船内ががらんとしているのは、誰もが同じように、二度と帰ることのない故郷を、できるだけ長く見ていたいと思うからだろう。彼等は、そうすればいい。己は、そうすべきではない。
「サウンドウェーブ」
 無線で一人の仲間をコールすると、
『はい』
 いつもどおりの声が返ってきた。彼の声に感傷がないのは、すべてを見てきたからだろう。宇宙から、輝く命の星が、澱んだ死の星に変わる様を。
「メガトロン様の航行記録はどれくらい分かっている?」
『追跡開始から200年分程度です。星雲の数にして3つ、その後はデッドスペースに入り、消息が知れません』
「意見を聞きたい。辿る方がいいか? それとも判明している最終地点、あるいはその手前の星雲あたりを目的地にしたほうがいいか」
 束の間の沈黙の後、
『途中には危険な星域も含まれます。足跡を辿ったとしても、最終確認点より後の進路が分かるわけではありません。手がかりを得るなら、最後に立ち寄ったと判明している惑星から始めても問題はないと思われます』
「そうか。とりあえず、その意見は覚えておく」
『了解』

 サウンドウェーブの意見はもっともだった。スタースクリーム自身の考えとも一致していた。
 だが、一致しているからこそ、誰かから反対意見とその論拠を聞きたかった。そこに自分たちが気付いていない問題がある可能性がある。
 誰かいないかと思うが、艦橋に辿り着くまでついに、意見を求められそうな者には出会わなかった。知能の低いドローンには、感傷もないが有益な意見も期待できない。
 だが辿り着いた艦橋で、スタースクリームは、すっかり見落としていた重大事を見つけた。
 この船には自動操縦システムがあるが、船体が安定するまでは誰かが操縦しなければならないのだ。今は、必要な人数がまったく揃っていない艦橋で、たった一人、船を操っている者がいた。
「すまん。おまえも最後に、見てくるといい」
 スタースクリームは大股にシートに近づき、声をかけた。だがそこに座る者はコンソールから視線を動かさず、
「なにを」
 と低い声で答えた。
「なにをって……」
 この状況で、他になにかあるのだろうか。
「いいのか? もう二度と見ることはないぞ」
 重ねて言うが、
「それで?」
 相手は素っ気ない。
「おまえな」
 横に回り込もうとすると、
「暇なら手伝え」
 一言ぴしゃりと言われて、スタースクリームはそれ以上言葉が出なかった。
 どうやらこいつには、故郷を捨てることへの悲しみも憤りもないらしい。憤っているとすれば、誰も彼もが仕事を放棄していることに対してだろう。
「……分かった」
 とりあえず、彼一人で動かすにはこの船は巨大だし、補助船団との距離維持も簡単ではない。スタースクリームはあいているシートに座り、いくつかのパネルを立ち上げた。

 離陸して間もない頃から今まで、サウンドウェーブが副制御室から手伝っているとしても、よくも二人きりでこの船を動かせたものだと感心しつつ、スタースクリームは横目に彼を見る。
 いつの頃からディセプティコンにいるのかは分からないが、このバリケードという突撃兵はいつもこんな感じだ。冗談一つ言うでもないし、むしろ言えば睨まれる。付き合いにくく扱いにくいが、メガトロンは何故か彼を幹部に取り立てた。そのくせ部下をつけるでもなく―――つけたところで使えるわけがないのは誰の目にも自明だが―――、任せる仕事は相変わらずの最前線。チームを率いるのでもなんでもなく、誰かのチームに参加して戦ってこいというのだから、少しも幹部らしくない。
 だが何千年もの間、激戦区に出かけては戦い、そして無事に帰ってきているというのは奇跡的なことだ。同じことをさせれば、ほとんどの者は途中でスクラップになるだろう。
 強いことは認める。そしておそらく、ただ強いだけでもないだろう。
「バリケード、少し聞きたいんだが、操縦しながらでも答えられるか?」
 問うと、
「邪魔になると思うなら最初から話しかけるな」
 これだ。なんでこいつはいちいち喧嘩腰なんだろうと苛立ったが、腹を立てて自分が操縦をミスしては話にならない。
 感情を抑えて、スタースクリームは先ほどサウンドウェーブに尋ねたのと同じことを尋ねた。
 少し考えて、バリケードはサウンドウェーブと逆の意見を言った。つまり、最初から足跡を辿ったほうがいい、と。
「理由は?」
「俺たちのほとんど全員にとって、長期の宇宙探査は初めてだ。メガトロン様の足跡を追う限りには先に進める見込みがあるが、消息がつかめなくなったのがトラブルのためなら、いきなりそんなところに乗りつけてまともに対処できるとは思えん。まずはある程度の安全が見込める場所で、特殊な環境下での戦闘や判断に慣れておくべきだ」
 なるほど、とスタースクリームは思った。自分はつい、かつて探査チームに所属していた自分の知識やスキルを基準に考えていた。だがこの船にいる大半の者は、百年とて星を離れたことはないのだ。

 スタークリームは改めて、船団の規模と人員の数を確認し、彼等を可能な限り減らさずに進めるかどうかイメージする。
 イメージ。分析結果や計算、推測に、希望や理想を織り交ぜた特殊な思考だ。慣れないと困難だが、未開領域の探査にはこれが重要になる。
 イメージできないものは実現しない。これも師の教訓だった。
 そして残念なことに、誰も欠けずにというイメージは、どうやっても持てなかった。この旅の中では、多くの者が失われるだろう。それは、今の自分ではどう足掻こうと避けられないことらしい。
 ならばせめて、その時期を少しでも遅らせ、少しでも数の減少を抑えるにはどちらのほうがいいかを考えねばならない。
 自分なりの結論が出た後、
「サウンドウェーブ、聞いていたか? 俺はバリケードの意見を容れたい」
 声をかけると、コンソールから
『右旋回156.2度、針路を修正します。現在、左舷第3バーナーの出力が低下中。補助ブースターの使用を提案。その場合のエネルギー消耗率は108.47%』
 と異論はないことを意味する返事が来た。
「構わん。実行しろ。旋回終了後に技術班を向かわせる」
「念のために護衛をつけろ。離陸前の点検が手抜きでないなら、トラブルが乗り込んでる可能性もある」
「了解。っておまえな、その言い方はないだろう。一応俺はおまえの上官だぞ。せめて提案形で言わないか?」
『搭乗員に警告。これより旋回を開始する。エネルギー消耗低減のため、慣性制御は最小限にとどめる。機体傾斜に備え待機姿勢への移行を推奨する』
 スタースクリームの抗議に、返答はなかった。サウンドウェーブの放送をいいことに、バリケードは無視を決め込んでいた。
(この野郎)
 後で文句を言ってやろうと思ったが、それがバリケードになのかサウンドウェーブになのかを考える前に、スタースクリームは艦橋のメインモニターに映し出された映像を見て、言葉を忘れた。
 ネメシス号は、遠ざかりつつあった故郷の星に今一度だけ接近し、すれ違った。
 醜く汚された惑星の姿はすぐに消え、モニターには、はるか遠くに瞬く星だけが残っている……。

 

 

(終)


 

 気がつけばスタースクリーム物語です。てへ★
 いろいろと設定が固まり、増えるにつれ、これもまたどうしても書きたくなったのです。
 書きたいと思ってるものとしては、まずは、このメガトロンとオールスパークの探索行の中で、スタスクが探索者としてのスキルを発揮するものですね。ネメシス号を維持するためのエネルギーが尽きそうになっているときに、なんとかそれを探し出して手に入れようとするといった話。具体的な冒険譚は思いついていないのですが、リーダーとしての責任感とか、仲間に対する思いとか、そういったものと共に、軍人ではない彼の一面を欠いてみたいのです。
 その際には、1話目でちらりと触れている「バリケードに助けられたこともある」にからめ、危機的な状況を彼の戦闘によって切り抜けるシーンも入れたいなと思ったりもしてます。

 ところで、トランスフォーマーたちはどうやって生まれるのか、ということについて。
 映画ではジェットファイアが母親だ父親だと言ってたりもするのですが、これはちょっと「えー!?」という感じ。
 私は、「オールスパークがすべての命を生みだす」という設定は譲りません。だから、オールスパークがないと増えることができず、種としての絶滅が確定してしまいます。
 ただ、親子関係というのはアリです。プライムの子孫、というのもありますし。
 というわけで、ものすごく勝手な設定として、オールスパークが生み出す命の種類というものを決めてしまいました。解説は、いつかどこかで専門のページでも設けるか、作中にて。

 いくつか例だけちょろっと書いておくと、オプティマスは、一人のプライムが自分のスパークの一部をオールスパークに捧げて生み出した、彼の子供です。すぐさま人手に預けてしまっているため親子として過ごしたことはありませんが。
 ジャズは、メガトロンが「将来的にプライムの補佐が務まるものを」と請うことで星のエネルギーをもとに生み出しているとか設定してしまいました。ただ、ああいうご陽気な性格になったのは、星の生命とオールスパークの力との、超自然的な融合の結果です。
 彼等のように「子供時代」がある者もあれば、生まれたときから大人というのもいます。労働力にせよなんにせよ、すぐになにかをさせなければならないような場合に生み出されると、そうなります。
 ブラックアウトやボーンクラッシャー、アイアンハイドたちは、兵士として最初から大人で生み出されています。一括大量生産なことがほとんどなので、生まれたばかりのときはある程度の個体差はあるものの汎用性が高く、あまり強烈な個性は備えていません。後天的に性格がはっきりしていきます。
 バリケードは、実はフォールンの襲撃時に生まれた一種のオーダーメイド。多くの者が「敵を撃退する力」を願い、それを叶えるためだけに生まれたため、彼の自我には偏りが生じてしまっています。それが極端な戦闘嗜好ですね。

 そんな感じで勝手にいろいろと作っていて、スタースクリームのものも、決まっています。
 しかしこれは、SSとして書きたいなと思っています。ちびスタとジェットじぃじのお話です。
 とかなんとか考えてたら、地球でジェットファイアと再会したとき、スタスクがどんだけ嬉しかったか……。たぶん、メガトロンを見つけたときよりも嬉しかったんじゃないかと思うのでした。