First contact

 

 センチネル・プライムは最後に、オプティマスの個体信号を送信してきた。
 通信はメガトロンの返事を待たず、一方的に切れる。危険を感じたからか、それとも、必要な情報を託した後はいかなる危険もおかさないためか。どちらにせよそれはプライムの決定であり、メガトロンは誠実に従うことを選んだ。
 急がなければならない、と彼は自身に言い聞かせる。
 まず第一に、オプティマスの身になにかあってはならない。彼がプライムであると分かる者は誰もいないだろうが、この無差別で残虐な攻撃は付近にいる者を容赦なく巻き込む。
 第二に、自分の所在が敵に知られることを恐れてもいた。防衛軍の最高責任者がいるところには、必ず、最も守らなければならないものがある。ダミーは四方に立ててあるが、それもいつまでも敵を欺きはすまい。
 できるだけ素早くオプティマスを確保して安全な場所へと送り届け、己はその傍からできるだけ遠く離れなければならない。
 それが可能かどうかは、地上に出てみなければ分からなかった。
 複雑に入り組んだ通路を飛び、いくつかの暗号シャッターを開き、メガトロンは地上を目指す。
 やがて彼の受信装置にオプティマスの信号が引っかかった。
 彼が無事であるという事実が、塞ぎ込みそうになる気持ちの一端を明るく開く。同時に、この信号が途絶えるのではないかという不安と恐れを呼び起こす。一刻も早くと焦るあまり、右翼が通路の壁を抉り取り、不快な騒音を立てた。
 焦るな、慌てるな。かつ、全力で急げ。ただし細心に、敵のレーダーに捉われないように。
 言い聞かせて緻密な制御を取り戻す。
 全神経とセンサーを飛行と環境探査に集中すると、メガトロンは一息に加速して急激なカーブを描き、地上への非常通路を上昇していった。

 瓦礫の積み重なる廃墟と化した都市は、そこかしこから黒煙を立ち昇らせていた。
 そして至る所に無辜の民の無残な姿が転がっていた。
 辺りに敵はいない。いくつかのレーダーと、己の目で捉えたものを確認し、メガトロンは地を這うような低空飛行でオプティマスの個体信号がある場所へと向かった。
 腹の下を過ぎゆく幾多の屍に、これが仮にもプライムの所業かと思うと、怒りよりも暗い絶望感が沸き起こる。
 人々を導くべき者が、最も気高く尊い者が、何故、最も卑劣で暴虐な争いをもたらし、誰よリも多くの同胞を殺すのか。
 悲しみと絶望に、浸ろうと思えばどこまでも浸れる。それを怒りに変えて立つことも容易だ。
 だが今はそのときではないと、メガトロンはあえて地平に目を向けた。
 やがて、積み重なる瓦礫の合間に小さく動くものが見えた。
 近づけばそれは、倒壊したタワーの下敷きになった者をなんとか助け出そうと、必死に地面を掘り、また、長大な支柱を使って瓦礫を浮かせようと苦心する少年―――オプティマスだと知れた。
 生まれつき体格にこそ恵まれているが、まだ成長途中の彼は、巨大な瓦礫に比べてはあまりにも小さい。そしてまた、接近するメガトロンに気付かないほど無防備でもあった。
 驚かせまいと、メガトロンは先に、
『生存者がいるのか。何人だ』
 そう送信してオプティマスの注意を引いた。その問いへの返答が来る前にオプティマスの傍へと辿り着き、彼が必死に動かそうとしていた瓦礫に手をかける。力を込めて押し上げると、それはぎりぎりと不平を洩らしながらも人一人這い出ることができるだけの隙間を作った。
 オプティマスがその下から一人の青年を引きずり出す。だが一目見てメガトロンは、彼がもうあと少ししかもたないことを覚った。そしてまた、青年が「プライム」の保護者であることは、なにを通信するでもなく目を見れば分かった。この少年を安全なところへ連れて行ってくれと懇願している。その眼差しは、親しい者、愛しい者を守りたいという情だけではなく、はるかに切実な光を帯びていた。
「彼はもう助からない。ならば一刻も早く……」
 メガトロンが言いかけるのを、聞いていたのかいないのか、オプティマスは無言で青年の傍に跪き、自分の胸部を開くと循環系チューブを一本引き出す。エネルギーを分け与えようというのだ。しかしそれはメガトロンが止める前に、青年が手を叩き払って阻んだ。そしてその手をパルスガンに変形させると、続けざまに己の胸を撃った。

 スパークが消え、すべての機能が停止する。
 オプティマスは茫然と青年の遺骸を見下ろして、身じろぎもしなかった。
 また一つ、気高い魂が、己の身を犠牲にしても「プライム」を生かそうとする。
 メガトロンはオプティマスの両肩を掴むと軽く揺さぶり、どこか遠いところを彷徨っていた視線を自分に向けさせる。
「君が逆の立場なら、同じことをするのではないか? 私もまた、助からぬ己のために誰かを危険にさらそうとは思わない。君は幸い生きている。ならばこれからも、生きねばならん」
 プライムだから、とは言わなかった。命ある者は生きよ。それはその者が何であろうと変わることはない。
「でも」
 とオプティマスは言う。
「みんなが、ぼくを助けるのに、犠牲になって」
 プライムだからか。だが誰もがそれを知っているわけもあるまい。ならばもっと単純に、己より若い者を生かそうとするからか。それとも、我が身にかえても助けたいと思わせるものが、オプティマスにあるからなのかもしれない。
「だからなおのこと生きねばならんのだ。そうではないか?」
 己を生かすために多くの者が死んだのならばなおのこと、彼等に生かされた命は守らねばならない。彼等の望みと願いに応えるために、彼等の犠牲を無駄にしないために。
「今は、悲しむときではない。尊い犠牲を讃えるときでもない。生きるため、戦うときだ」
 そう告げるなり、メガトロンは左腕をキャノン砲に変え空を撃った。

 はるか上空で、光学迷彩をまとっていたドローンが爆散する。その炎に照らされて、空間を欺く不自然な光の帯がいくつか輝いた。それを次々と撃ち落としながら、メガトロンは右腕にオプティマスを抱えて走りだした。同時に、生体信号を探知されないようアンチバリアを展開する。これで低級ドローンは照準を合わせられなくなる。
 ドローンはただの偵察部隊である。それ自体は強力な戦力ではないが、送信された報告を受け、間もなく相応の戦力が到着するだろう。
 それ以前に、どこか近くにドローン部隊を操る者がいるはずだ。疑似知能しか持たないドローンならばともかく、その者にオプティマスのことを知られ、疑いを持たれては後の災いとなる。見つけ出し、排除せねばならない。
 何度か威嚇射撃を繰り返すと、メカノイドが一体、応戦すべくビルの陰からミサイルを放ってきた。己一人であれば、メガトロンはジェットモードに変形して空を飛び、ミサイルごときは引き離すこともできるし、推進力がなくなるまで放置することもできる。だが今はオプティマスを守る必要があった。
 左手を連射のきくレーザーガンに変化させ、爆発範囲に入る前にすべてを撃ち落とす。
 その爆煙が視界を塞いだ一瞬に、メガトロンはオプティマスをその場に下ろし、右腕をブレードに変えると一気に突撃した。そしてビルの壁ごと、そこにいた者を刺し貫く。確かな手ごたえがあった。ブレードを引き抜くと同時にビルは崩れ、敵の姿は一度も目に映ることのないまま、瓦礫の下へ埋もれた。

 他に敵はない。少なくとも探知できる範囲にはまだ現れていない。
 自由に動けるのは今少しの間だけだろう。
 だが己はオプティマスと共にいるわけにはいかない。
 メガトロンはなによりもまずそれを考えた。
 ここで己に遭遇した事実は「堕落せし者」に伝わるだろう。今はまだ、センチネルを探しているときに偶然に、という言い訳がたつが、このままオプティマスと共に行動すれば、彼がセンチネルよりも優先して守るべき者であることを知られてしまう。
 ここから最も近い基地はどこか。たまたま見つけた民間人の少年を送り届けるのに、センチネル探しを一時取りやめたとしても問題がないほどに近い、安全な場所。
 ―――そんなものはない。
 この付近に軍の駐留基地もないが、なにより、プライムより優先される命など普通は存在しないのだ。
 オプティマスに一人で行けと言うことはできた。その程度の力もないなら、プライムとして星を統治してはいけまいと、あえて突き放すことはできる。だが、そうしたときに彼が、他のなににも気をとられず、まっすぐに最短最速で安全な場所まで辿り着くとは到底思えなかった。道中に負傷者がいれば、オプティマスは決して見過ごせまい。
 今は、それではならない。
(どうする)
 思考する時間すら惜しい。
 おまえはプライムの後継者なのだと告げることはできる。しかし彼がそれをすぐに信じ、受け入れるかどうかは疑問であるし、たとえそうだとしても―――オプティマスは傷ついた者を見捨てはすまい。今もまだ彼は、己を守って死んだ青年の横たわる方向をじっと見ている。悲しげな目で。

 そのときだ。
 突然足元に何者かの生命反応が一瞬現れ、そして消えた。
 メガトロンは反射的にオプティマスを抱えて飛び退くと、己がいた場所目がけ、左手をキャノン砲に変形させて撃った。
 爆音とともに破片が弾丸のように飛び散る。
 一瞬の沈黙の後、地面に穿たれた穴から青いシールドに守られた影が二つ飛び出し、メガトロンとは穴を挟んだ位置に対峙した。
 敵か。
 続けざまに砲撃しようとし、メガトロンはすんでのところで思いとどまる。
 そこにいたのは、「堕落せし者」の手先ではなく、我等が同胞だった。
 彼等もまた、地面の上にいるのは敵だと思っていたのだろう。年かさの者が展開した保護シールドの陰から、彼よりは格段に若い者の両腕に備えられたレーザーガンがメガトロンを狙っていた。
 メガトロンが
「すまない、怪我はないか」
 そう問うのと、年かさなほうが、
「なんじゃい、味方か。識別信号を出しておらんのじゃ、敵かと思われても仕方ないぞ」
 とシールドを消すのが同時だった。

 彼等が同胞であるなら、とにかく今はまず伝えるべきだ。メガトロンはそう判断する。
 時間がない。こういうときは音声によるコミュニケーションではなく、電気信号による情報伝達のほうがいい。
 ナノ数秒でメガトロンと年かさの市民はお互いの状況を交換した。
 その結果メガトロンは、彼等にオプティマスを預けることを決めた。そして自分は空へ飛びあがり、司令部を目指した。
 彼等なら、オプティマスを無事に安全な場所へと連れて行ってくれるだろう。
 優れた探査チームの長として知られたジェットファイアと、その愛弟子。しかもその若い弟子は、長年の探査記録をダウンロードするまでは研究所を出まいとする師のもとへ、たった一人で迎えに辿り着いたという。激戦の都市の真ん中を通って、だ。若さゆえの無鉄砲な行動ではあるが、ジェットファイアは弟子の資質を僅かな迷いもなく保証した。「いずれはわしを越えるだろう」と。
 ともあれ彼等は、都市の地下に張り巡らされた古い連絡通路を知っていた。そして、危険から身を隠すすべにも長けていた。それは、未踏査の宙域を調べて回る探検家たちならではのスキルだった。そして、なにが潜むとも知れない未知の惑星へ赴き調査する以上、彼等は高度なサバイバル技術と護身術を身につけている。なにより彼等は、想定しうるすべての危険とトラブルを想定し、想定外の出来事にもとっさに、可能な限り最善の選択をすることに慣れている。
 彼等ならば、任せられる。
 ならば己は己の職務を果たすだけだ。
 メガトロンは敵の探査に触れることも厭わず最短距離を飛んで司令部に戻ると、「堕落せし者」の撃退に全知能と全戦力を費やすことにした。
 これ以上なにも破壊させないために。
 そして、プライムと、生き残るすべての者を守るために。

 

 

(終)


 

 メガトロン様物語第二弾です。反乱話に辿り着くまでにあったいくつかの出来事の内の一つがこれ。
 老プライム(どっかで聞いた名前でセンチネル・プライムというのがあったので、勝手にそれを使いました)にオプティマスのことを聞いたすぐ後のお話です。

 書きたかったのは、メガトロン様の戦闘。
 それから―――スタースクリームの登場です。
 そう、ほとんど思いつきで、ジェットファイアの弟子にしてしまいました!
 だって、アニメのスタスクは元科学者で探検家なわけですよ。それは「変形!ヘンケイ!」のコミックでもそうなっていて、スカイファイア(映画でのジェットファイア)とは同僚だということになっています。
 でも、映画のジェットファイアはどう見てもじぃじ……。しかも彼は「探索者」です。
 そこから、セイバートロンで探検家といえばエネルゴンを得るための探査や調査に携わる者のこと、という設定を作り、さらに、年の差から師弟ということになりました。
 ちなみにそのせいで、スタスクはオプティマスより年上ということになります。千年後にはメガトロンの副官になってるわけですし、まあいいでしょう。
 あと地味に、スタスクが地球での擬態にステルス戦闘機を選んでいることに絡めて、「身を隠すことに長けている」という要素も入れてみたり。

 スタスクが元科学者で探検家、というのは、実はこの後、ディセプティコンの幹部たちがオールスパークとメガトロンの行方を捜して宇宙に出るとき、役に立つのです。
 作中に書いたように、彼等は探検家なので軍人よりもはるかに柔軟な発想をしますし、突発的な出来事に対応するのが得意です。そしてなにより、なにかを探すとか、見知らぬ地を調べるというのこそが彼等の仕事。
 なので、副官であるからという以上に、探査の旅をよく知っているという理由でスタスクをリーダーにする、という図式が出来上がるのです! ひゃっほう!

 って、なんでこんなハイテンションなのか自分でも分かりませんが、この「IF」世界のスタスクも私、自分で書いててものすごく好きなんですよ〜ぅ。
 この「IF」世界の歴史、出来事、そのときのキャラクターたちもいろいろと浮かび、固まってきていますので、順番とか長さとかにはこだわらず、書きたいシーン、見てもらいたいシーンは書いていこうと思ってます。整合性だの物語としての体裁だのにこだわって、自分の中だけでしぼませてしまうのはもったいないですからね。
 楽しみにしていただけたらなによりです。