Sinister Savior

 

 錆びた鉄と、オイルの匂いが空気を支配している。
 雨ざらしの屋外にうずたかく詰まれたスクラップの山は、日々少しずつ、確実に朽ちていく。植物や動物のようにはいかずとも、長い年月の間にはその体積を減らし、やがては塵に還るのだろう。長い長い時の果てには。

 だがここに、その自然の摂理に逆らうものがあった。
 スモッグ交じりの雨に濡れ、茶褐色をした錆びを浮かせつつあった車体は、ある日を境に急速に錆を落とし本来の鋼の色を取り戻しはじめた。
 そして一日が経過したときには、完全に沈黙していたエンジンが咳き込むようにぎこちなく身震いし、「それ」は、操る者もないままにひとりでに動き出した。とはいえ、「それ」の下には5台ほどのお仲間が積まれていたし、上にも2台乗っていた。その間から出るのは簡単ではなく、左に揺れ、右に揺れ、やがて「それ」を挟む上下それぞれ2台ばかりとともに崩れ落ち、地面に墜落する。ヘッドライトが割れ、強化ガラスが飛び散った。
 そうして新たな傷を作りながら、「それ」は突然に形を変えはじめた。車体のあちこちに滑らかな亀裂が入り、そこから開き、あるいは折れ曲がり、「それ」はまったく別の姿をとった。体高5mはある、金属の巨人である。
 「それ」は、破壊音や破裂音、あるいは擦過音といったものではない、複雑な、けれど短い音を洩らし、人間が這うようにして、己の上に乗った廃車の下から出た。しかしその後は、人間のように起き上がることはなく、しばし動かなくなる。よく見れば、人間ならば右足と言える部分がなく、胴体側面には、巨大な野獣にまるごと食いちぎられたのかと思うほど深く大きな陥没痕があった。人間ならば、生きてはいないだろう。
 だが「それ」は、休息らしき時間を過ごした後、再び―――もしこう言って許されるならば―――ひどく苦労して車状に戻ると、軋みを上げながらものろのろと移動を開始した。

 

 全身の痛みをこらえながら、自己修復にほぼすべてのエネルギーを費やす。周囲を警戒して意識の一部が開いてはいるものの、今は最低限必要な情報を取得し分析するだけで手一杯だった。
 実に腹立たしい様だ。しかし極度の疲労の中では腹を立てる余力はない。戦うために生まれ、それゆえに血の気の多い者が目立つディセプティコンの中でも特に短気で怒りっぽいと言われるバリケードでも、今は怒りより先に身を任せるものがあった。
 スクラップ置き場の中でもより奥まった、林立する車の塔の根元で、彼は傷が癒え、体力が回復するのを待っていた。
 メガトロンはどうなったのか。オールスパークは手に入れられたのか。時折、雷光のように脳裏をかすめるその懸念は、瞬く間にタールのような疲労と倦怠感の中に沈んでいく。

 その疑問に答えを得るべく、具体的な行動を起こす気になったのは、それからまる十日が過ぎてからのことだった。幸いその間、空を飛ぶ鳥以外にはどんな生き物を見ることもなかった。
 電子通信網にアクセスし、地球基準での日時を確認する。嫌になることに、あの戦闘からは三ヶ月が過ぎていた。
 だが満足に動くことはできない。オプティマスに力任せに振り回され、コンクリートの柱に叩きつけられ、脚を撃ち砕かれ引きちぎられた。さらに腹を大口径のキャノンで撃たれて高架線下に落とされたのだ。唯一幸いだったのは、オプティマスが追撃してこなかったことだ。そのためバリケードは、なんとか車に擬態して、人間の手に落ちることを免れた。
 なんにせよ、これだけ大きな傷の修復となると、外部からのエネルギー補助とパーツ交換なくしては満足に進まない。だがせめて、車状に変形してスムーズに移動できるようになれば、もう少し安全な場所に身を隠すこともできるし、同胞を探すこともできるだろう。

 バリケードはディセプティコンにしか分からない、暗号によるコールを発信している。オートボットどもに勘付かれないよう細心に、充分な間を置いて。発信と発信の間には、それをキャッチして近づいてくる者がないか、充分以上に警戒した。この状態で襲われれば今度こそおしまいである。
 死ぬことは怖くない。だが、負けっぱなしで終わるのは気に入らない。それに、「計画」はまだ果たされていない。
 バンブルビーの忌々しい黄色いボディと、オプティマスの人格者ぶったツラを思い出すと、それだけで腹が立ってくる。彼等に、そして自分に。
 相手が誰であるかなど、バリケードには関係なかった。戦った以上は、倒す。それだけだ。相手の戦闘力が自分より上だとしても、それは勝てない理由にはならない。だがオプティマスを下すのは簡単ではなかった。最初の奇襲に失敗した時点で、勝率は半減した。巨体に似合わない素早さで、そして正義が聞いて呆れる容赦のなさで……それともそれこそが「正義」なのかもしれないが、奇襲をかわされ、脚を掴まれたのは最悪の展開だった。
 それにも増して腹立たしいのは、バンブルビーがいまだ無事なことだ。「計画」はまだ途中である。フレンジーを潜りこませるために、わざわざ一度負けてやった。油断した奴等にまんまとフレンジーは接近し、おかげでメガトロンは復活した。だが「計画」では、その後に借りを返すはずだったのだ。少なくとも数倍にし、最終的には命を代価として。
 だがそれは、果たされないまま今に至る。

 どちらにせよ奴等のことは、叩きのめし引き裂いて、ばらばらのパーツにしなければ気が済まない。
 だが今はまだそのときではない。完全な復讐のために、今は充分な休息が必要だ。そして、失ったパーツを調達するすべも。
 バリケードはそう考えて自分の中で荒れ狂う獣を宥める。
 彼は他の者が思うとおり極めて短気だが、それがすぐに暴力や暴言につながるわけではない。さもなくば突撃兵として、メガトロンにさえ一目置かれる戦果は出せなかっただろう。
 今の自分が得るべきものは、時間の経過による傷の治癒進行か、さもなければ同胞の手による救助である。それははっきりと分かっていた。

 前者について考えると、気の遠くなるような脱力感に襲われる。それに易々と耐えられるなら、誰も彼を短気だとは言わないだろうし、忍耐力がないとも言うまい。
 後者については、現状次第だった。メガトロンがいれば、バリケードの損失は有効な戦力の損失にもなると考えるだろう。よって、回収され必要な治療を受けられる可能性のほうが高い。
 だがそれはほとんど期待できなかった。
 この三ヶ月間は完全に機能停止していたため、死んだと思われ放置されても仕方ないが、意識が戻り、少しばかり回復してからのここ三日間は、こうして断続的に、広範囲に向けサインを送っている。メガトロンがまだ地球にいるならば、サインをキャッチし、通信くらいは寄越すはずだ。だがそれがないということは、彼はもう存在していないか、地球を遠く離れてしまったということだろう。

 とすると、助けが来る望みは薄い。バリケードはそう判断し、低い溜め息をついた。
 もしメガトロンが敗れたのであれば、同行した者がどれほど生き残っているかは疑問である。
 もし生き残っていたとしても、彼等は自分を救助するまい。短絡的で感情的で独善的なあの連中は、気に入らない奴が一人減るなら、戦力の損失くらいはどうでもいいと考えかねない。それくらいは自分の力で簡単に補えると思うだろう。彼等は呆れるほど高い自尊心と自意識の塊なのだ。
 だからメガトロンはバリケードを必要とし、高く評価し、傍に置いた。ゆえにバリケードもまた、メガトロンを首領として認め、彼の命令に従ったし、指導者として支持してきた。
 バリケードは自分の価値をよく理解していた。
 いかなる戦況においても、冷静かつ客観的であること。自意識や虚栄に囚われず、結果を出すことを第一とし、自己をコントロールすること。
 それができればこそ、敵陣に最初に接近する斥候として、そして最前線に立つと突撃兵として、今まで生き延びて来れたのだ。
 その価値を本人以外に理解し重んじていたのは、メガトロンくらいのものである。
 だがその彼が敗北し、死んだか、あるいは一時的に地球から撤退したとすれば、バリケードには他に選択肢はない。だらだらと流れる時間とお付き合いするのみだ。
 バリケードが根気よくコールサインを送るのは、救助を期待するからではなく、なにもしてないよりはマシだからだった。

 そしてまた一日が過ぎたとき、つながるとは思っていなかった通信がつながった。
 だが聞こえてきた音声に、バリケードは腹の底からげんなりした。
『生きていたのか、バリケード』
 そう言って寄越したのは、スタースクリームだった。
 最悪だとバリケードは思う。更に言えば、上機嫌なスタースクリームはもっと最悪で、気に食わない。
『逃げたのかと思っていたぞ』
 今にも甲高く笑いだしそうな声だ。バリケードの評価では、彼は他人の神経を逆撫ですることに関してはセイバートロン一と言っていい才能を持つ。
 俺が逃げると思うのか、と言い返したくなったが、言葉にはしなかった。そういった自己主張をしたところでスタースクリームが頷くわけはなく、ハイウェイの途中で脱落したという事実には言い訳ができないからだ。

「それ以上俺に厭味を言いたいなら手を貸せ」
『手を貸せ、だと?』
 命令形であることが気に入らないらしい。しかしこれは予想済みだ。そのうえで、「貸してくれ」というよりはその後の会話が短くなると判断し、あえてそう言った。「貸してくれ」などと言おうものなら、どれほどスタースクリームを喜ばせ楽しませることか。
「ハイウェイでオプティマスにやられた。パーツが足りん。エネルギーも」
『つまりおまえはこの俺の助けを必要としているわけか』
 必要? 必要ではない。そしてスタースクリームのものである必要もない。
 だがじりじりとしか進まない自己修復の完了を待つよりは、この不愉快な同胞の気まぐれに賭けたほうがまだマシだった。バリケードが短気であるという評価は、事実である。
『ふん、相当酷くやられたな。そうでなければ、おまえが俺に助けてくれと言うはずもない』
 ゆえに、回りくどく本題に入らない会話も、我慢ならない。特に、その先に価値のある結果が待っていると思えない場合には。
「座標を送る。あとは勝手にしろ」
 一方的にそれだけ送信して、通信を切った。
 身動きができない状態では相手の出方に応じるしかない。スタースクリームは手を貸してくれるのか―――その理由がなんであれ―――、それとも、目障りな奴を消す絶好の機会だと思うのか。
 どちらにせよ不愉快だが、決定権が自分にないということは、厳然たる事実だ。バリケードは余計なことを考えるのをやめる。今は、思考に消費するエネルギーさえ、修復に回したほうがいいだろう。彼は廃車にもたれて目を閉じた。

 


 

 バリケードからのSOSを受けて、スタースクリームは迷わず指定の座標へ向かった。
 助けねばならないと思ったわけはない。まずは通信内容が事実かどうかを確認し、事実であるならば、そこからが考えどころだ。
 ダムから都市へ向かう途中、いつの間にかいなくなったバリケードのことには、メガトロンが死んだ後、戦闘領域を離脱してから気付いた。いつ、なにがあり、どうしていたのか。通信には応答がなく、むしろつながる気配もなかったため、どこかでサイバトロンの奴等に潰されたのだろうと判断した。自分の全く気付かないうちに脱落しているとは、なかなか愉快だと思った。
 しかし実際にはかろうじて生きていたらしい。しかも、この俺に助けてくれと言わねばならないほどだとは。バリケードは味方に対してはこういった策略を用いない。それは無駄、面倒なことだからだ。よって助けが必要だというのは嘘ではあるまい。事実として、手助けなくしては満足に動くこともできないのだろう。その姿を一目見るためだけにでも、行く価値はある。

 教えられた座標は、広大なスクラップ廃棄場の一隅だった。機械の出来損ないみたいなガラクタが山となり森となっている。その有り様は実にみっともないが、バリケードがそれと大差ない状態であろうことを思えば、急に楽しくなる。
 弱い電波を辿っていくと、やがて、ガラクタどもの隙間にできた小さな広場の隅に、その愉快な姿を見つけた。
 着地する前から脚が片方ないことが分かり、少し近づけば、胴にもかなりの深手を負っていることが分かった。装甲が潰れ、焼け焦げ、剥がれ、内部機関が覗いている。なるほど、これでは独力での自己修復など頼ろうものなら、何百年かかるかも分からない。
「バリケード」
 ロボットモードに変形して着地する。バリケードの頭が緩慢に動き、スタースクリームを見上げた。目の光が暗いのは、ほとんどのエネルギーを修復と生命維持に費やしているからだろう。だがもちろん、スタースクリームに同情や憐憫などといった感情は存在しない。
「ずいぶんな有り様だな。ガラクタどもと見分けがつかん。通信波がなければ、気付かず通り過ぎただろうよ」
 言いながら傍に屈んだ。

「余計な世話だ。それで、なにをしに来た」
「それが助けてもらおうって奴の言う台詞か? 本当に自分の置かれた状況ってヤツが分かっているのか?」
 スタースクリームは軽く威圧することにした。上体を倒し、体格差、それから出力差を誇示する。真っ向からの力勝負になれば、たとえ弱ってないとしても、スタースクリームに体格で大きく劣り、しかも空を飛べないバリケードにはまず勝ち目はない。
 だがこの程度の脅しはバリケードにはさして効果がないことは、スタースクリームにも分かっている。暴力の只中で生きてきた生粋の戦闘兵は、暴力的な死など恐れない。
 しかし、スタースクリームが脇腹の裂傷部に触れ、長く尖った指を装甲の隙間から中へと潜り込ませると、いかにバリケードでも平静ではいられないようだった。

 スタースクリームの指が目指すのは、胸の奥に輝くスパークだった。
 バリケードの動揺が、微かな振動として手に伝わる。いい気分である。
 指先でコアと中枢機能をつなぐケーブルを辿り、スパークを保護する外殻へ到達する。苛立ちか怒り、さもなければ無表情くらいしか見たことのない顔が、それ以外のものに歪むのを見るのは、それがほんのわずかな変化でも実に心地良い。
「……やるならやれ」
 それでもバリケードの口から出るのは、可愛くもなければ心地良くもない言葉だ。その強がりがどこまで続くのか、確かめてみるのも面白い。
「そうだな。それもいい。俺は今考えている。おまえを助けたところで俺になにか得はあるのか?とな。得があるなら助ける価値もある。だが、得があるどころか害になるなら、ここで殺すのが賢明だ」
「だうろな」
「だからつまりは、おまえ次第だ、バリケード。俺に協力するのか、しないのか。俺の言うことに従うのか、従わないのか。それから、もし仮におまえがイエスと答えたとして、それを信用できるのかできないのか。今はそのつもりだったとしても、いつか気が変わるかもしれん」

「―――メガトロン様は」
 なるほど、とスタースクリームは理解する。条件次第ということらしい。
「死んだ」
 束の間の沈黙。
「それで、おまえはこれから何をする気でいる」
「いくつか案はあるが……人間の出方次第、といったところか」
「人間の、だと?」
「奴等、俺が確認に戻ったときにはメガトロンやブラックアウトらのボディとともに消えていた。搬送先を調べているが、なにせ手が足りん。まるで手がかりも掴めてない状況だ」
「……突き止めて、どうするつもりだ」
「さあな。知っていれば、なにかに使えるだろう」
 これからどうするかが決まらない状態では、必要なものも不要なものも判然とはしないのだ。ただ、切り札は多ければ多いほどいい。それだけである。

 しばし考えて、バリケードは
「いいだろう」
 と答えた。
 もちろんスタースクリームがその返答を受け入れるかどうかは、自由だ。
 だが今は、有能な手駒を失いたくはなかった。
 バリケードは使い勝手が悪いほうではない。たいがいのことは特にこだわりもなく聞き入れてそのとおりに動く。その辺りが、ブラックアウトらとは大きく違うところだ。
 あの、愚かで不愉快な連中。ろくな働きもないくせに、自己主張だけはうるさい。
 それに比べればバリケードははるかにマシだ。そう、少し労ってやってもいいほどに。

 スタースクリームはできるだけそっと、体の中に突っ込んでいた手を引き抜いた。
「おまえがこんなに協力的だと最初から分かっていたら、無駄に傷つけることはしなかったんだがな」
「どうだか」
 もちろん、そうだ。
「一度ネメシスに戻り、そのボロボロの体をなんとかするとしようか。仕事は、それからだ」
「……了解」
 短く答えて、バリケードは擬態を解除し、祖型へとトランスフォームする。スタースクリームもまた擬態を解き最も強力な本来の姿に戻ると、宇宙航行の可能な大型ジェットへと変形し、そのハンガーにバリケードを格納した。
 僅かに機首を上げ、スクラップ置き場にあるほんの10m足らずの空間を滑走、機体を浮かせる。直後にはほぼ垂直に空を目指し飛び上がった。

 

(終わり?)


 

 さて、これもTF3と、時間経過による設定の変化を受けて、2011.9に改訂しています。
 元のver.ではスタスクが思いっきりバリケードのコア(スパークを収めた外殻部分)を掴んでいたのですが、そんなに簡単に激昂する奴でもないし、バリケードも変な意地なぞ張らなんよなぁと。
 そんなわけで、最初のものよりは淡々とした内容になりました。
 ちなみにタイトルも変更されています。THE GAMEのスタスク面にあるミッション名が、あまりにも相応しかったので!

 基本的には、映画本編の彼等を自分なりに再現したものです。
 で、いつの間にかいなくなってるかたのその後でも書いてみようかと思い、こんなのになりました。
 ノベライズではコンボイによって橋の支柱に叩きつけられ、アメコミではやっぱりそうなるか、あるいは、車のままアイアンハイド(こちらの車のまま)に押されるようにして支柱に激突し……。
 どうやら、「支柱に激突してリタイア」というのは間違いないようです。その後どうしていたかはコミックでもそれぞれで、けっこう無事で仲間にコールサイン出してたり、あるいはスタースクリームに見つけてもらってちょっと会話してたりします。しかしその後出てこないのは同じです。
 しかしバリケードはTF3で復活してますし(同型の別人か本人か、公式設定は不明ですが、ファンとしては彼だと思うのが当然ですね?)、アメコミなどでは生きてますし、DSのリベンジ版にもちゃっかり出てくるし。
 生きている=オフィシャルだと信じて疑いませんよ、もちろん。

 それはさておき、スタースクリームは基本的にサドのナルシストだと思います。弱いものをいたぶるのが好きそう。
 で、支配者の座を求めるのは、世界を意のままにしたいからというより、全員に己を敬わせ認めさせたいからのような気がしてしまいます。支配者になって世界に対して行いたいことがあるのではなく、支配者として讃えられることが目的、みたいな。そのあたりが、器が小さい所以ではないかと。