Rebellion

 

 天を目指して築き上げられた構造物の、頂にその部屋はある。
 セイバートロンにおける政治・経済・司法の全決定権を持つ最高評議会は、必ずここで開催される。
 席を用意されるのはごく限られた者のみ。
 そしてその中心には、プライムが座す。
 それが今、歪に見えることを、メガトロンは否定できなかった。
 かつて壇上には複数のプライムが現れ、評議員たちの報告を聞き、討議を見守っていた。そして閉会のときには、全プライムの総意による決定事項が重々しく伝えられ、誰もがその宣言にこうべを垂れた。
 だがどうだろう。
 今、壇上につくのはただ一人。
 メガトロンに言わせれば「好き放題に発せられた意見」は、誰によって集約されるでもなく、そのままプライムへと預けられた。
 しばしの沈黙の後、プライムは決定事項を言い渡す。
 途端、
「異議がございます」
 声が上がった。
 続いて告げられる内容は、確かにプライムの決定に疑問の余地があることを示すものであり、プライムはそれを受け、問題点を要約し、その点にしぼっての討論を求める。
 それで?
 この議会は続く。
 一日も二日も、時に三日も。
 そしてどうにか決着、あるいは保留という結論の後、誰もが言う。「無為」と。
 メガトロンにとれば、それはこの千年ばかり、もういい加減に忍耐の限界を越えそうな、うんざりする展開だった。

 数日を経てようやく閉会した議会は、相変わらず「無為」なものだった。
 プライムは評議員たちの退出をじっと待っている。
 公的な場における慎み、という美徳までは忘れていないらしい評議員たちは、厳粛に議事堂を後にし各々の持ち場へと戻っていく。
「どうした? なにか不明な点でもあるか?」
 プライムからそう問われたメガトロンは、彼を見上げていた視線を無理に逸らし、一礼すると場を後にした。
 とどまろうか。プライムを待とうか。逡巡する。
 だが、それでどうする。
 なにも言えはしないのだ。
 言いたいことはいくらでもあった。せめて、大丈夫かと一声かけたかった。
 だが言えはしない。
 大丈夫であろうとなかろうと、物事を動かすための決定を行い、責を負うのが、プライムという立場である。
 己の重荷を誰かに肩代わりさせることを良しとはしない彼だけに、彼はあくまでもプライムらしく、すべてを引き受けようとするだろう。
 だから分かっている。大丈夫かと問えば、大丈夫だと微笑むことが。
「くそ!」
 無力だ。
 メガトロンはその苦さを拳に込めて、壁を叩いた。
 何故己はこれほどに無力なのか。
 何一つ彼を助けてはやれないのか。
 ならば何故己はここにいるのか。
 プライムに課せられた様々な重責、そして制限を思うと、やり場のない怒りが暴力に変じそうになる。
 信じられようか? 評議会はプライムに対して、その功績が充分ではないという理由で、様々な制限を設けたのだ。そしてプライムはそれを妥当な判断として受け入れた。
 たしかに若く、経験も乏しく、先人からの教えもないままに地位を引き継いだ彼は、至らぬところも多いだろう。だが、それを補うために必要と思われるいくつかの手段に、彼はアクセスできないのである。「プライムらしく完全に」使役することができないと思われる、という理由で。
 その中の一つに、直属の部下という問題もあった。
 メガトロンがかつて忠告した言葉で言えば、「仲間」である。評議会に属さずとも、直接プライムに意見のできる部下、部隊。それをオールスパークに要求し生みだしてもらうこと、あるいは既存の誰かを異動させる権利を、彼は持っていない。
 つまり彼は今もって、一人ですべてを背負っているのだ。
 星を、民を、セイバートロンのあらゆるものを、相談できる相手もないままに。

 評議員の爺どもははなにがしたいのか。
 プライム―――オプティマスになにを望んでいるのか。
 ただ彼を追い詰め、責め立て、潰したいようにしか思えない。
 メガトロンはしかし、それが自分の感情からくる判断であることを認め、膨れ上がる怒りと敵意を押さえつける。
 評議員たちはプライムを敬っている。
 その前提が間違っていないとして、だ。
 ならば何故彼等は、オプティマスの提案すべてに難癖をつけるのか。まるで彼を見下すように、非難するのか。
 感情を廃することは困難だった。
 だが培ってきた論理性を総動員して、答えを見つけた。作り上げたと言ってもいい。
 オプティマスが実際に、プライムとして到らぬ答えを出すから、彼等も拒絶せざるをえないのではないか?
 受け入れられぬ提案を拒み、議論する権利は誰もが持っている。彼等はそれを正しく行使しているだけなのかもしれない。
 では、すべてはオプティマスの責なのか。
 彼が責められ、拒まれ、非難されるのは当然のことであり、彼はそれを甘んじて受け入れねばならないのか。いつか、誰もが認めるプライムとなるときまで。
 プライムというのは、それほど厳しいものなのかもしれない。
 だが、やはりできるかぎり冷静に振り返って、どうなのだろうと思った。老いたプライムたちに対しても、彼等はこのように手厳しい批判を投げつけていただろうか。
 責任だけが存在し、権限のかぎられた現状は間違ってはいないのか。
 評議員たちが間違っていないという保証はどこにあるのか。
 彼等のプライムに対する忠誠は、今も揺るぎなく謙虚なものなのか。
 ―――この問いに答えを出すには、千年でもまだ足りないだろう。
 そしてその間を、オプティマスは毅然と耐えられるのだろうか。

 何度目だろう。
 メガトロンは自問し、ついに自答した。
 決意とともに高く顔を上げたとき、目には揺るぎない意志があった。
 そして、僅かな躊躇いと煩悶。
 それを払拭するために、彼はまっすぐに防衛軍本部に戻ると、直下の軍の幹部に召集命令を出した。
 突然の召還に驚き、何事かと緊張した面持ちの幹部たちが執務室に集う。
 メガトロンは各自テーブルにつくように言い、こう切り出した。
「諸君に問う。もし私が、これよりクーデターを起こすと言ったら、諸君はどうする」

 

 

 

 戦火は実にささやかで、呆気なく、小さく、そしてすぐに消えた。
 強力な武を誇る主軍のほとんどすべてを敵に回して、戦える者はない。
 決着は他愛なく付き、反逆者の悪名はあまねく広まった。
 メガトロンは己一人のものとなった議事堂から都市を見下ろし、己の罪業を思う。
 間違っているかもしれない。
 だが、正しいとされていることが間違っているときには、間違った行動こそが正しいこともある。
 己の選択が真に正しいものか否かは、この先の歴史が答えるだろう。
 少なくとも今は、誰に対してもはっきりと答えることができる。

 プライムが一人になってしまったこの世界を、今までと同じやり方で運営していくことはできない。なにもかもをプライムに求め、帰し、誰もが納得のいく絶対の答えを求めるには、たとえプライムであろうと、一人ではままならない。意固地に古い体制を守ろうとすることでプライムを内側から壊すとしたら、古い評議会は最早害悪である。よって今こそ旧習を廃し、新たな秩序を作り上げるのだ。それを話し合いで遂行できるといった希望を最早持てない今、すべては、我が軍事力によって成し遂げられる―――。

 横暴だろう。
 評議員たちが間違っていると決まったわけでもない。
 この決断と行動が過ちである可能性もある。
 なにより、その新たな秩序体制の中心を、己が担う必然性はあるのだろうか。
 地位を辞退することで、この革命はもう少し穏やかに受け入れられるのかもしれない。
 だが誰がいる? 全身全霊をかけてセイバートロンの平和と繁栄を目指し、そのためにいかなる努力も自己犠牲も惜しまないと、いったい誰を信じ、誰にその荷を背負わせればいいのか。
 己の決めたことだ。己が背負う。
 すべてを背負う覚悟はある。
 この過ちが、すべてを悪しき方向へと流すなら、命にかえてでもそれを正す覚悟が。
 今は己のものとなった広大な空間にただ一人、メガトロンははるかな星の風景を見下ろした。

「メガトロン様」
 背後から聞こえたスタースクリームの声に、メガトロンは少しだけ振り返る。
 現れた部下の目にも迷いはなく、曇りもない。
 だからこそすまないと思う。己の腹心として、彼等も反逆者の汚名を着たのだ。
 だが彼等は言う。「喜んで」と。
「貴方が正しいから従うのではありません。貴方の理念を正しいと判断すればこそ従うのです。これは私自身の意志です」
 スタースクリームはそう言った。
「間違っていると思えば、遠慮なく指摘します。ただ残念ながら、未だに一度もそのチャンスには恵まれていませんが」
 と。
 すまない。
 だが、どれほど心強く、嬉しいことか。
 だから彼等のためにも、己の決断を後悔してはならないし、疑ってはならないのだ。
 正しいと思えることをし、その責任をとる。
 堂々と立たねばならない。彼等もまた堂々と立てるように。
「市街の混乱はほぼおさまりました。倒壊した建築物も98%まで修復が進んでいます。いくらか反対勢力も確認できますが、当座は様子を見ることにしました。よろしいでしょうか」
「問題ない。―――オプティマスは?」
「混乱しているようです。貴方に敵意はないと信じていても、やはりメガトロン様から直接、今度のことの真意をお話になられたほうがいいでしょう。彼との信頼関係は、今後の統治体制の要のはずです。不信はすべてを台無しにしかねません」
「まったくだな。なるべく早い内に時間をとるとしよう」
「できれば今夜にでも」
「州吏の査問があるだろう」
「不都合でなければ、私とサウンドウェーブ、必要とあれば他数名をつけて代行いたしますが」
「……よし。おまえたち二人に任せよう。すまんな」
「いえ。それにしても、いい眺めですね。こういうものを毎日見ていると、それだけで偉くなった気になる」
 メガトロンの少し後ろに立ち、スタースクリームがささやかな感想を述べた。その言に含まれる、ささやかとはいえない批判は、とりあえず聞かなかったことにする。しかし忠告としては真摯に受け止めるべきだろう。
「なんだ、おまえはいつも、これより高いところを飛んでいるのではないか?」
 重い考えは胸に仕舞い、つとめて軽くやり返すと、
「いつもなにかに追われて、です。前と後ろを気にするのが精一杯で、下を眺める余裕はありませんよ」
 さらりと返された。
 この副官との舌戦は、いかにメガトロンでも勝率が五割以下になる。苦笑して、メガトロンはオプティマスとの会見に備えるべく議事堂を後にする。すれ違いざまに、スタースクリームの肩を軽く掴んだ。
 彼等の忠義を信ずればこそ、言葉は不要だ。
 ついてくるスタースクリームを振り返ることなく、メガトロンは回廊歩んだ。中央を。誰にはばかることもなく。

 

(終)


 

 TFのSSを書き始めた当初からあたためていた設定です。
 メガトロンは反逆者であるという点を、いかにこのif世界にあてはめるかで、これはいける!と我ながら思っていたのが、これです。
 私はDVD-BOX 2のオマケ冊子に書いてあったのを見たのですが、初代トランスフォーマーにおけるメガトロンの主義は、「専制政治における平和」だそうです。wikiにもこういう記述があるとか。
 単純にいい人ではなく、悪とされることを実際に行っているけれど、それが実際には私欲のない、大勢の人のためのもの―――プライムのためのものだったら、かっこいいなぁと。

 細かく書けば全10話とかになりかねず、そうすると書ききれるかまったく分からないので、ダイジェストになりますが、こういう形で表現だけいたしました。
 私の中では、本当はものすごくつらいけど懸命にプライムとしての職責を果たそうとしてるオプとか、彼を案じながらも越権行為を躊躇って苦悩するメガ様とか、いろいろ動いています。
 泣き言言っても困らせるし、泣き言言ったところで自分のやらなきゃいけないことはこれだし、なんて必死にがんばってる、まだ若いオプティマス。でも本当はメガ様に泣きつきたいんですよ! 彼なら分かってくれると思うけど、そうして彼に寄り掛かると負担を与えることにもなるし、プライムとしての決定をメガ様に頼ったところで、責任まで彼に分けることはしたくないし、と。
 一方のメガ様も、アドバイスはできるけど、それが評議会に受け入れられなかったり、あるいは間違っていたときに非難されたり責任をとることになるのはオプだし、大丈夫だよと束の間甘やかしてあげても、彼の立場や現状を変えてやれるわけではないしと、悩んでいたのです。

 なお、このクーデターの後、議事の決定権は評議会に返されますが、メガトロンの同意が強くそれを左右するようになります。つまり、「そんなものプライムにやらせるな、おまえらでやれ」とか、「俺がいいって言ってるんだからいいんだ」という感じに。
 ということをふまえて、です。
 1話目のオプティマスとメガトロンの部分があります。星の崩壊は「君のせいではない」というメガトロンの言葉を、真面目すぎるオプティマスは自分への慰めと受け取っていますが、メガトロン様としては「私の責任かもしれない」と思って言っています。