Sings instead of you

 

 友達は大切だ。
 友達がいれば、大変なことも乗り越えて行ける。

 そういうことを素で信じる者を純粋と呼ぶか馬鹿と呼ぶかはさておき、少なくともこの場合には、あまり褒められたものではないという一例がある。
 バンブルビー。
 彼を形容する言葉はいろいろあって、「黄色い」とかいった外見の話から、「好奇心旺盛」といった内面の話まで、それは様々である。
 性格について話をするならば、彼はとにかくなんにでも興味を持つし―――それがどれくらい「なんにでも」かはオプティマスに聞けばよく分かる―――、それを非常に好意的、あるいは楽観的に受け止める。
 それは対象が「ひと」であってもだ。
 なにが好きなの、それは楽しいの、どれくらい楽しいの、どんなことができるの、どうやってやるの。そんな興味と、ごくごく素直な、すごいねぇ、面白そうだねぇという感想や称賛。人間も、そしてオートボットも、自分に興味を持ち、しかも肯定してくれる相手というのは、好ましく受け止められるのが常である。
 だからバンブルビーには友達が多い。もちろんそこには、彼の誠実さや優しさ、愛嬌などがあればこそだが、友達を作りやすい性格をしているのは間違いない。
 そんな彼にとって、友達との喧嘩や仲違いは、たとえ自分のことでなくても胸の痛むものだった。
 楽しいことは友達と分かち合えば大きくなるし、つらいことは和らぐ。
 そして、その友達を傷つけてしまったり、怒らせてしまったときには、とてもつらい。
 だから。
 仲違いしている者たちを見ると、なんとか仲直りさせてあげられないものかと、彼は思うのだ。ごく純粋に、親切心から。

 

 

 非常に気まずい空間だった。
 こうなることは分かっていたから、できるだけこうならないようにしていたのに、タイミングが悪いときにはどうしようもない。
 バリケードはスタースクリームと二人きりで、黙りこくっていた。
 他には誰もいない。
 二人で話し合うべき議題もない。
 つまりこれが「こう」ならないようにしたかったシチュエーションである。
 いつもはおしゃべりなスタースクリームまで黙っている。たぶん彼も、なにを話せばいいのか、どう話せばいいのか、困っているのだろう。
 言うべきことがなにか……言っておかねばならないことがあることは、バリケードにも分かっている。
 これまでにぶつけてきた、いくつかの乱暴な言葉、あるいは見当違いの暴言についての謝罪。それから、気にかけてくれることへの感謝。
 この地球の言語でもそれはかなり短い音節で成り立っているし、セイバートロン語であればもっと短くて済む。
 別にうまく言う必要はない。とにかく言うことが肝心だ。それが不格好でも、適当でない部分があったとしても。肝心なのは、その言葉に託されている気持ちだ。それが伝わればいいのだし、それはきっと、言葉が多少足りなかろうと伝わるだろう。
 だから、言うだけでいい。二言。
 いや、だが、それだけで済むだろうか。
 バリケードはそれを懸念している。
 自分の性格はよく分かっている。もしそこから余計な会話になれば、そこでまた言わなくてもいいことを言い、ともすると心にもないことを言い、売り言葉に買い言葉で争いになるのではないか。スタースクリームは確実に一言か二言多いタイプで、失言の多さもディセプティコン一と思われる。さらに、気に入らないときに黙って飲み込むという芸当ができない性分でもある。これがブラックアウトあたりなら、争いたくないという気持ちゆえに、言い返さないほうがいいだろうといった判断もするのだが。
 ―――などと考えていては言葉は出ないし、スタースクリームも似たようなものだった。
 スタースクリームは、今ここで「他の話題」を持ち出すのはあからさまに不自然だし、ということはバリケードからなにか言ってくるべきだと思っていた。それとも、自分から言えと? 「なにか言うことがあるんじゃないか」とか?
 馬鹿な! それで素直に言うべきことを言う相手なら、起こした諍いの数は半分以下に減るだろう。
 つまりは、さりげなく促して、自然に言わせなければならないのだ。
 いや、ちょっと待て。言わせなければならないのだろうか? べつに言わなくてもいいのではないか?
 そう、バリケードがどう思っているかは予測がつく。その程度のことは分かる。長い付き合いだ。ならば、それでいいのではないか? 分かっているから、言わなくてもいい、と。
 それもそれでどうだろう。なにやらとても上から目線だ。こういうのもバリケードは嫌がる。
 というか、なんで俺がこんなにあいつのことをあれこれと配慮してやらなきゃならないんだ、という思いもあって、スタースクリームはやっぱり黙っていた。

 黙りこくった、不自然な沈黙。
 それが異常と言えるほど長くなり、最早こうなれば喧嘩をはじめたほうが自然じゃないかと危険思想に陥りそうになったとき。
 抒情的なピアノの音が、控え目な音量でガレージに流れ込んできた。
 いったい何事かと思えば、音は曲であり、曲には歌がつく。
≪Everybody needs a little time away≫
 なんだ? 思わずバリケードとスタースクリームは顔を見合わせた。
 思いがけない出来事だが、今一瞬ちょっとだけ、同じ気持ちになっている。そう、視線を合わせたのはいい切っ掛けだ。
「その……」
 ようやくバリケードが口を開いた。その間もどこかから音楽は続いている。
≪I heard her say, from each other≫
 スタースクリームは心を落ち着けて、とりあえず今日は、彼がどんな言葉を選ぼうと、なにも言わず、ただ頷こうと心に決めた。そうすればきっとうまくいく。
 だがなかなかバリケードから次の言葉は出てこない。たった一言か二言じゃないかと、スタースクリームは苛立ちそうになる自分を抑える。面倒くさい、なんでその一言にこんなに手間取るんだ、こいつは? いやいや、これだからいつもうまくいかないのだ。ここが我慢のしどころだ。間違いない。
≪Even lovers need a holiday,far away from each other≫
 スタースクリームの苛立ちとは別に、そしてバリケードの躊躇いとは別に、勝手に流れてくる歌を二人の頭は勝手にキャッチし、感想を述べつつある。
 ふむ、「たとえ恋人同士でも、時には遠く距離をおく必要がある」、か。そう彼女に言われているということは、歌い手である男のほうがなにかして彼女を怒らせたのだろう。
 って、なんでこんな曲が流れているのか。
 と思っていたのは、そこまでだった。

≪Hold me now,It's hard for me to say I'm sorry,I just want you to stay≫
(抱きしめてよ、ごめんって言うのが難しいけど、傍にいてほしいんだ)

「はあ!?」
 バリケードは目を剥き、スタースクリームは思わず声を上げた。
≪After all that we've been through,I will make it up to you,I promise to≫
 続く歌はもうどうでも良かった。
 二人はほとんど同時にシャッターに殺到して首を突き出し、
「一ヶ所しか合ってねえだろ!?」
 そこにいた黄色いカマロに怒鳴っていた。
 その際たまたま、体格の差もあって、スタースクリームがバリケードの背中に重なり密着してしまっていたものだから、二人は我に返ると大慌てで離れ―――。

 

 

 いったいなにがあったのか、また殴り合っていたパリケードとスタースクリームを、それぞれに捕まえて引き離しながら、なんでこいつらは喧嘩せずにいられないんだろうとボーンクラッシャーとアイアンハイドは考えた。
 そしてほとんど同時に、「喧嘩するほど仲がいい」という人間の言葉を思い出したが、
(そんなことないか)
 と思いなおした。これもやはりほとんど同時に。
 その少し離れたところで、バンブルビーはしょんぼりと、しかしやっぱり胸のラジオから歌を流していた。
 甘い声の女性が囁くように歌っている。
≪Time after time,and any time at all≫
 引き離されて今度は怒鳴り合いはじめた二人には、こんな歌はまったく聞こえていないようだ。必死に止めようとしている連中も、近づけずに遠巻きにしている者たちも、こんな歌はほとんど聞いていないようである。
 しかしオートボットの頭脳は人間とは仕組みが違うので、意識していない情報も、取り入れたものは自動的に分析が進められる。
≪That' why I call you my friend.You will be my friend,Now 'til my life is end≫
 なるほど、友達を思う歌ということか。友達っていいものなんだから、喧嘩しないでと訴えたいのだろう。そう気付くと、今まで意識の外にあった情報は中央に据えられ、歌声はよりクリアに聞こえるようになる。
 だがしかし、

≪Two hearts broken together will heal into one≫
(打ち砕かれた二つの心は、いつか癒されて一つになるわ)

 そんな歌声が響くや否や、全員が思った。これって、友達に対して言う言葉にしてはずいぶんとディープじゃないか? と。
 しかもなにを思ったか、バンブルビーはそのフレーズをリピートして流し始めた。
 つまり、と皆は渦中の二人を見やる。
 それと前後して、渦中の二人は同時に、
「気色の悪い歌流してんじゃねえ!!」
 とバンブルビーを怒鳴りつけた。
 今度はそのこと、言葉もタイミングも重なったことが気に入らなくて罵りはじめ、オプティマスは大急ぎでバンブルビーを抱えてその場を離れることにした。
 その胸からはまだ、「だからあなたは私の友達なの」と歌う声が流れているのであったとさ。

 

 

(おわり)


 

 THE 小さな親切大きなお世話。

 引用したのはそれぞれ、シカゴの「HARD TO SAY I'M SORRY」と、ダイアナ・ロスの「THAT'S WHY I CALL YOU MY FRIEND」です。どちらも非常にいい曲です。
 で、「HARD TO〜」の邦題は「素直になれなくて」(笑
 なにかトラブルがあったのか、彼女から「少し離れていましょうよ」と言われた男が、謝ることがなかなかできないけれど、傍にいてほしい、と訴える歌です。二番では「君の言うとおりにするから、約束する。いろいろあって分かった、君は僕の一部なんだ」とかいう内容になります。だったら謝れよ!!とかいうツッコミがしたくなります。「心から謝りたいんだけど、言いづらい」とかいつまでもグダグダぬかしてんじゃねえ!
 ……いい歌なのに、こう注釈してしまうと台無しですね。
 ダイアナ・ロスのほうは、邦題は「フォー・フレンズ」になってるんじゃないでしょうか。
 「くじけそうになるたびに貴方が支えてくれた」とか「果てしない道を、時に涙にくれたりすることもあったけど、それを笑顔にかえてここまで来れた」とか、「どれほど厳しい冬でも、私は両手をいっぱいに広げているから、いつでも飛びこんできて、夏の太陽のようにあなたといるわ」とか、おまえこれ友達に向けた歌か!?と思いたくなるほどスイートです。