'Cause you need me, I'm here

 

 

 無音の真空空間を、慣性に任せて漂う。
 長時間の宇宙滞在においては、サウンドウェーブほどそれに特化したオートボットはいない。
 祖形にトランスフォームせずに宇宙空間に出られるオートボットはそれほど多くなく、あのメガトロンでさえ十年に一度くらいはどこかに着陸し、体を休める必要がある。恒星間ジェットに変形して宇宙を一人で旅することができるほど強靭でも、だからこそその運動の対価として、休息を必要とするのである。
 しかしその点、サウンドウェーブは駆動機能をオフにして慣性に従い、一定速度以下で移動するならば、千年でも宇宙にとどまっていることができた。実際、彼は生涯の大半を惑星上ではなく宇宙空間とネメシス号―――セイバートロン星の崩壊に際し、ディセプティコンが宇宙航行のために使用した大型輸送艦―――の中で過ごしている。
 第二の故郷である地球に辿り着いてからも、彼はすぐにその惑星の衛星軌道上に出た。
 正直に言うと、大量の有機物質を含んだ地球の大気は、サウンドウェーブの繊細なボディにはあまり嬉しくない環境なのである。管理の行き届いたセイバートロン星でさえ、離れる直前の数百年は、続く戦争のために生まれた粉塵や他種族の持ち込んだ物質のため、地上にはいられなかったほどだ。
 無論、宇宙は彼等種族にとっても退屈な空間だが、その環境下で生きてきた結果なのか、サウンドウェーブは静寂と孤独を厭うことはなかった。
 それに時折は、仲間から通信が入る。異常はないか、といった事務的な確認事項であることもあるし、なにかの相談事であることもある。
 今日も、半ばまどろむようにして軌道上を流していると、急にアクセスが入った。
『サウンドウェーブ』
 呼ぶ声は、スタースクリームだ。
「はい」
『一つ頼みがあってな』
「どうぞ」
『その……』
 スタースクリームが口籠る。仕事の話ではないらしいとサウンドウェーブは判断する。あのせっかちな参謀長は、仕事に関することならナノ1秒も無駄にはできないと言わんばかりに、立て板に水でしゃべるものだ。その彼が言うべきことを整理しきらずに話しかけてくる、あるいは話そうとして躊躇うということは、プライベートな事情だと推測できる。
 サウンドウェーブは待つことに慣れている。相手が再び話し出すまでの時間は、宇宙規模から考えれば取るに足りないレベルである。ちなみに、促してやったほうが話しやすくなるだろう、という発想は残念ながら持っていない。
 ただじっと待つと、自分で自分に決着をつけて、スタースクリームが再び音声を送ってきた。
『今日一日でいい。バリケードがなにをしているか、調べて俺に教えてくれないか』
「彼に問題でも?」
『いや。そういうわけじゃない』
「個人調査は正当な理由なく実行することはできません」
『そんなことは分かってる。監視しろと言ってるわけじゃない。何事もないならないで、それでいいんだ。報告も、特に問題はありません、だけでいい。ただ、ここのところ単独行動が目立つ。なにをしているのかも、関係ない、問題は起こさないと言うだけで教えてはくれん。メガトロン様に聞いても、特に指示は出していないとおっしゃる』
「調査の理由として不十分です。彼個人の私的な時間における行動を貴方が把握する必要があるという明確な理由をお願いします」
『クソ、このカタブツ! だから、その、そう! 情緒的に不安定になっている要素が見受けられるのが問題なんだ。どういった根拠でとか言うなよ。そんなものは感覚だ、説明のしようがない。問題がなければそれでいいんだ。あいつのプライベートを覗こうなんて思っちゃいない。地球における共生計画に支障が出るようなトラブルを起こす要因がないか確認してくれと言ってるだけだ』
「指示が矛盾しています。この惑星基準における『一日』の監視では、必要な質量の情報が得られる確率は……」
『だったら一週間だ! 一週間、七日! 七日あればできるだろう!?』
 指定された期間をセイバートロン的な時間感覚に換算すると、決して充分な期間とは言えなかったが、スタースクリームはそれだけの期間中に問題要素が見つからなければ、問題はないと見做して良いと考えているのだろう。ならば、七日という期間に異を唱える理由はない。
「了解」
 それにしても、何故スタースクリームの声に苛立ちと興奮が検出されるのか、分からない人だと思いながら、サウンドウェーブは自身の軌道を修正し、バリケードの捕捉に取り掛かった。

 

 

 サウンドウェーブにバリケードの追跡調査を依頼してから四日が過ぎた。
 今日もバリケードは一人で出かけている。ならばサウンドウェーブは、宇宙空間で彼の真上に張り付いて監視を実行しているだろう。
 これは完全にスタースクリームの独断で、メガトロンにも知らせていない。独断での行動は珍しいことではないし、悪いことでもないが、上官のすぐ傍にいてそれを隠していることは、あまりいい気分ではない。しかも、サウンドウェーブに指摘されたように、この調査はあまりよろしくないものだというのも事実だ。
 バリケードがどこでなにをしていようと問題ないではないか? そう思う。問題さえ起こさなければいいし、その点で信用できないような相手ではない。だが同時に、なにか問題が起こるのではないかという予感も捨てられず、そうなってからでは遅いとも思うのだ。
 ブラックアウトは気にしすぎだと言うし、ボーンクラッシャーは余計なお世話だろうと言う。ドクターとフレンジーはトラブルが起こったときに関与しているのが嫌だからだろう、我関せずの態度を決め込んでいる。他の仲間も似たようなものだ。
 彼等の言うことももっともだ。第一、仲間のプライベートを覗き見するような真似はしたくない。だからサウンドウェーブの報告も、いかにも彼らしい必要充分な言葉で「特に問題は見受けられません」だけで済めばいいと思っている。というか、それ以上の会話は疲れる。遠慮したい。
 サウンドウェーブとのコンタクトは、軍務に関わる端的な事項以外では、疲れなかったためしがない。任務や、そのために置かれる環境から生まれた性質なのだろうから、なんとかしろと責めるのも勝手な話だ。だから我慢するしかない。
 そこまで思慮しても、そのサウンドウェーブのほうから通信が入った瞬間、スタースクリームはこれから行うもどかしい会話を想定して、少しだけ出るのを躊躇った。
「なんだ? なにか……」
 あったか、と問うまでもない。なにもなければ連絡してくるはずがない。
「なにがあった」
 言いかえると、サウンドウェーブは
『依頼されている件については特に報告すべきことはありません。別件として、バリケードの救助を要請します』
「救助だと? いったいどうした」
 思いがけない言葉を聞いて、スタースクリームは腰かけていたクレーンから立ち上がった。
『衝突事故です』
 とサウンドウェーブは答える。
 衝撃緩和の姿勢をとらずに、長距離輸送用の大型トラックと衝突したため、背面全体に軽度とは言えない損傷が起こり、自己修復が追い付いていないらしい。
 スタースクリームは、すぐさまメガトロンとラチェットに連絡を入れようとしたが、回線を開く直前に思いとどまった。バリケードの性格からして、任務以外の単独行動中のトラブルで仲間の手をわずらわせることは嫌うだろう。もう少し状況を把握してから、必要最低限の手を打ったほうがいい。
「あいつにかぎって、ボケッと突っ立っていたわけじゃないだろう。何故まともにぶつかった?」
『人間をかばったためです』
「人間を? かばった?」
『はい』
 地球に置いてもらっている以上、人間のために便宜をはかることは必要だと理解している。それはバリケードも同じだろう。だが、バンブルビーやオプティマスあたりならともかく、バリケードが自分の身を犠牲にしてまで人間を守るだろうか? 少なくとも自分なら、手は貸すが、体は差し出さない。
 そのあたりには事情があるのか、それとも、こちらの認識不足なのか、しかし今問題なのはそこではない。
「そのへんの話は後で聞く。それで、損傷の度合いは?」
『自己修復機能自体に障害が発生しているのではないかと推測されます。修復は可能な範囲と思われますが断定はできません』
「無事は無事ということか。だが放っておけば回復には時間がかかるんだな」
『おそらく』
「おそらくじゃない。緊急措置をとる必要があるかどうか、今夜半過ぎまで待っても問題がないかどうか、できるだけ詳細に確認しろ。ただし、バリケードには気付かれないようにだ」
 了解、と答えてサウンドウェーブの通信はいったん切れた。
 まったく世話をかけてくれると、スタースクリームは溜め息をつく。
 助けが必要なくせに、なんとか治るからと連絡も入れない。それで、数日して帰ってきたときに事情を問いただせば、不在が具体的な問題を引き起こしていないかぎりにはなにも答えないだろう。
 たまたまサウンドウェーブに調べさせていたからこうして知ることができたが、そのこと、サウンドウェーブに監視されていたことを知られれば確実に不機嫌になるし反感を持たれる。
 だから、本当ならすぐにもラチェットを向かわせたいのを我慢して、「夜になっても帰ってこないから心配になって連絡した」という言い訳を用意しなければならないのだ。
 まったく、手間のかかる厄介な仲間である。

 

 

 人けのない廃工場の片隅で、バリケードはぼんやりと空を見上げている。
 意識の片隅には、小さな老婆の死体が焼き付いて離れない。
 そして、胸中に渦巻く自分の感情は、どんなものか名付けることもできず、分類もできず、消すこともできず、ただ押し込めて黙らせておくしかできなかった。
 その老婆に出会ったのは、二ヶ月ほど前のことだ。
 少しは前からバリケードは、パトカーという偽装に相応しく、近隣の都市を流して回っていた。
 撮影所にいると、自分の無用さばかりが身にしみる。2年前からどうにもしっくりはこないし、楽しめもしない空間だった。今回は出番がないということで尚更、自分がここにいる理由はあるのかと思うことが増えてしまった。
 その落ち着かなさゆえに仲間と喧嘩になることも多く、だからといって適当にうまくやることもできないなら、一緒にいなければいい。そう思って、メガトロンと監督に外出許可だけはもらい、必要とされるとき以外は人間の街をパトロール……という名目で走っていたのだ。
 その老婆とは、街で出会った。
 驚くほどの角度に腰が曲がり、しかも目の見えない老婆は、その不自由な体に関わらず、二日に一度ほどは、決まった時間に決まった通りを歩いていた。買い物に出かけているらしいと分かったのは、帰りとおぼしき道で、荷物を抱えた姿を見たからだ。
 時には、親切な誰かが老婆の荷物を持ってやったり、そっと脇について一緒に歩いてやったりもしていた。だがまったく無視して歩き去る者も少なくはなかった。そして、これほど弱々しい老婆から、荷物を奪い去ろうとする愚か者もいた。
 バリケードは、彼自身の表現によれば「戦うことしか能のない」オートボットである。だが、あるいは、だからこそ、かもしれない。戦う力のない、むしろ助けを必要とする弱者を虐げることには無条件に怒りを覚えるのだ。
 パトカーであるという自分の外見を最大限にいかしてすぐさま追いかけ、追い払った。ロボットモードになれるなら二度とこんな真似はしないよう脅したいところだったが、自分たちの存在についてはできるだけ伏せておくべきだと決定している。よって、追い払うだけで我慢するしかなかった。
 腕だけを変形させて老婆の荷物を拾い、引き返した。目の不自由な老婆は、運転席には誰もいないこと……ホログラムの警官が映し出されているだけということには気付くはずもなく、そこにあるのが巨大な手であることにも気付かず、取り返してもらえた荷物をありがたそうに受け取って、何度も礼を述べた。
 送っていこうと言ったのは、バリケードにとっては当たり前のことだった。
 弱々しく善良な老婆が、不自由な目と体で、家がどこかは知らないがそこまで歩いて帰るのは大変だろう。手をとって促してやれないことを不自然に思われないかと懸念しながら助手席のドアを開け、手は貸してやれないがとにかく乗ってくれと促した。
 そうして老婆はバリケードの助手席におさまって、無事に古びたアパートまで帰り着いた。
 それからだ。
 街で老婆を見かけると、無事に買い物をして帰途につけるか、なんとなく見守るようになった。時には声をかけ、送ってやることもあった。ことに、いつもより帰る時間が遅かったり、荷物が大きかったりする場合だ。
 何度目かの帰宅途中で、どうしても気になったので訪ねてみた。家族はいないのかと。買い物など健康な息子や娘、あるいは孫、それとも雇ったヘルパーにさせればいいのに、何故この老婆は自分の足で出かけるのか。
「一人暮らしなんですよ」
 と老婆は微笑んでいたが、環境センサーから得た反応によると、彼女が達観しているわけではないことは間違いなかった。それに「一人暮らしだ」という答えは、「世話をしてくれる家族が存在しない」という意味ではない。家族はいるけれど、一人で暮らしている。そういうことだろう。嘘をつかず、愚痴も言わず、けれどほんの少しだけ、分かってもらえればと思う気持ち。バリケードはあえてそれ以上追及せず、見かけたときには送ってやろうと申し出た。
 俺らしくないとは思ったが、不自然なことをしているとは思わなかった。
 マリアという名の老婆はバリケードを人間だと思いこんでいて、時には車内で、食べてちょうだいねと惣菜のお裾分けをしてくれたりもしたし、あなたの家族について聞いてもいいかしらと、他愛ない話を持ちかけてきた。
 家族について聞かれたときには困った。嘘は言いたくなかったから尚更だ。いない、というのが人間の感覚では正確だが、セイバートロン的に言えば、同じオールスパークによって生みだされた者すべてが兄弟でもある。嘘をつきたくもないがマリアを困らせたくもないので、家族はいないが、仲間はいると答えた。
「そう。でも、面白いかたね、あなた」
「面白い? なにが」
「仲間って言い方ですよ。普通は友達って言わないかしら。仲間って、なんだか特別な響きがするわ」
「そうか?」
「ええ。でも、素敵ね。仲間って、いい言葉だわ。同じものを共有してる感じがするでしょう? 友達みたいに仲がいいだけじゃなくって」
 そんなものだろうか。―――そんなものかもしれない。
 自分で言ったなにげない言葉を、人間によって解釈されて今更、バリケードは自分がディセプティコンのメンバーを自然に「仲間」という存在だと認識していることに気付いた。

 特に事情がないかぎりは、自分がこの傍に駐留するかぎりには、マリアの送り迎えとボディガードをしてやろうか。なんとなくそう決めてからは、街に出るのは必然になった。
 マリアも次第に、送り迎えを楽しみにしてくれるようになったと感じていた。それに合わせて贈り物が増えたのは、人間ではないバリケードには困るものばかりだったが、悪くはなかった。
 なにより、マリアとの会話は今の自分にとって重要で、必要なものだと思えた。
「本当はね、一人でいるのはさびしいんですよ」
 ある日マリアは言った。つい数日前のことだ。
「でも、息子たちには息子たちの幸せがあって、私はそれを邪魔しちゃいけないって思うの」
「だからと言って、あなたのような人を一人にしておくのは道義的に許されることなのか?」
「そうね……。でも、一緒に暮らしていると、あれこれ気を遣わせるんですよ。それで時々ね、感じるの。面倒だな、厄介だなって思いを。気のせいかもしれない。でもそれならそれで、そんなふうに思う自分が嫌になるわ。そして本当なら……そう思われるのは仕方のないことだけど、傷つかないわけじゃないの。それなら、一人でいて不自由な思いをしたほうが、まだマシ。大変だけど、どう思われてるかしらって怯えなくていいから……。―――仕方ないわね。役立つより邪魔になることが多くなったのは、本当のことだもの」
 そんな馬鹿な。思わず怒鳴りそうになって、バリケードは慌てて声を抑えた。運転席の男がしゃべっているように偽装しないとならない。
「役に立たないなどということはないだろう。体が不自由でも、あなたには今まで生きてきた知識もあれば経験もある。なにより、子供たちにはあなたに育てられた恩があるだろう。それを……」
 これ以上言うと、彼女の家族をののしることになる。そう思って、バリケードは無理に言葉を飲み込んだ。
「ありがとう。嬉しいわ」
 マリアは閉じた目の合間に微かな涙を光らせていた。そして、
「でもね、悪いことばかりじゃないんですよ。あなたにこうして知り合えて、お話できるのだって、私が一人暮らしで苦労をしていたからでしょう。ご迷惑でなければいいんだけど、私は最近、ずっと買い物に出かけるのが楽しみなの。それに、ホントにご迷惑でないならいいんだけど、あなたになにか持って行ってあげようって思うのは、とっても楽しいんですよ。少し若返った気分になるくらい」

 マリアとともに過ごすことで、胸の中にわだかまっていた思いは少しずつ形になった。彼女に語った自分の言葉を思い返し、自分の存在は今も無価値ではないのだろうと、ようやく受け入れられるような気がしていた。
 そして、この人間の世界で生きていくことを、もっと楽しめそうだとも思いはじめていた。
 だが―――。
 飛び出してきた少年を避けようとハンドルをきったトレーラーが、巨大な体をこちらに向けた。
 避けようと思えば楽に避けられた。
 だが傍にはマリアがいた。
 選択肢はなかった。
 バリケードは即座にトランスフォームしてビルの外壁に手をつきマリアをかばった。
 背中にトレーラーが激突し、装甲をへし曲げ、背骨を砕くのが分かった。
 一方で、手をついたビル壁は衝撃で壊れコンクリートの破片にかわり、ガラスが飛び散った。
 マリアに直接のダメージはなかった。
 なかったはずだった。
 だが、彼女は地面に横たわって動かず、センサーが彼女の死亡を明確に伝えた。
 バリケードは去るしかなかった。
 あちこちが曲がった体を強引に変形させてビークルモードになり、混乱に乗じて現場を立ち去った。
 ビークルモードのままでは修復がまともに進まないことを察知し、人間のいない場所を探してここを見つけた。
 だが今も、それほど修復は進んでいない。
 全身に痛みがある。放置すべきでないという信号だ。
 だがそんなものより、もしかしてマリアを殺したのは自分ではないかという思いのほうが、ずっと痛かった。
 驚かしたのではないか。変形したときに弾き飛ばしてしまったのではないか。トレーラーからは守れたが、崩れたビルの壁でどこかを打ったのではないか。もっと他の方法をとれば、助けられたのではないか。
 守ろうとした相手を守れないということが、これほどハードなことなのだと、バリケードは数万年の命の中で初めて知った。
 敵を倒すための戦いで同胞を失うのとはまったく違うものだった。

 空に星が瞬き、月が工場の屋根をかすめ、また隠れた頃、
『バリケード、どこにいる』
 スタースクリームから通信が入った。
「……なにか用か」
 答えると、
『用はない。が、外泊までは許可されていないはずだが? どこにいる。すぐに戻れ』
 戻れと言われても、とバリケードは傷や歪みの治らない体を見下ろす。
 これは、隠そうとして隠せるものでもない。
「ちょっとしたトラブルだ。身動きがとれん」
 正直に報告すると、少しの沈黙があった。
『身動きがとれん、というのは?』
「怪我をした」
『怪我? 治せんのか』
「ああ」
『分かった。ラチェットに向かってもらう。場所は?』
「ポイント201X-11A、ロス郊外の廃工場だ」
『よし。―――それで、大丈夫なんだろうな?』
「……問題ない」
『信じよう。おとなしくしていろよ。それから、戻ってきたら説明してもらうぞ、何故怪我をしているのかをな』
 返事を待たず通信は切れた。
 間もなく救助は来るようだ。
 バリケードは自分が安心していることを自覚する。
 助けに来てくれる、ということの意味が、今は分かる。
 お節介なスタースクリームの、鬱陶しいにもほどがある心配も、今は、いささか困るほどダイレクトに伝わってきた。
 放っておいてもいいものを、チームの統制を保つという目的もあろうが、それだけでなく彼は、なにかあったのではないかと思って連絡してきたのだろう。
 心配される、ということ。今までは鬱陶しいとしか思えなかったが、マリアと出会って、それがどれほどありがたいことかを知った。誰にも心配されないということが、どれほど悲しいことであるかとともに。
 それにしても、さっきのスタースクリームはいつになく端的だった気がする。いつもなら、なにがあったどうしたと通信中に問いただすような気もするが、それとも、こんなものだっただろうか。こんなものだったかもしれない。彼が無駄口を叩くのは緊急性がない場合だけで、いざとなれば、有能な参謀長として必要な情報だけを的確にやりとりしたはずだ。ここのところそういった緊急事態がなかったため、少し馴染みがなくなったのだろう。
 ともかく助けは来るようだし、ならばと、バリケードはエネルギーを節約するため、維持モードに入って待つことにした。
 だが最後に、マリアのことを。
 失われた命は戻らないが、ならばせめて、彼女が家族から手厚く弔ってもらえたのかどうかを、後日でいいから確認する手立てを考えなければならない。そして、もしそれが不十分なときには―――。
 眠りに引き込まれるようにして、バリケードの思考はそこで途切れた。

 

 

 

 

 墓地の傍らにとまったパトカーから、派手なジャンパー姿の男が降り立つ。
 どう見ても警察官には見えないし、さりとて犯罪者にも見えない彼は、パトカーのほうを振り返っていくつかの墓碑を指差した後、その中の一つに向かって歩き始めた。
 手にしていた花束を、小さな墓碑の前に置き、短い祈りを捧げる。
 それからパトカーに戻ると、間もなく走り去った。
 上空を旋回していた不似合いな戦闘機もまた、それに合わせて空の彼方に消えた。

 

 

(おわり)


 

 最初におことわりしておきますと、このシリーズでは、1話目の前書きにあるように、基本は英語表記に従って書いています。
 ただ、その中にあって「これは意味として少し違うのでは?」と思ったものは、適宜混ぜて使用します。
 そのため、「サイバトロン」「ディセプティコン」をそれぞれのチーム名とし、「オートボット」という言葉は、彼等自身が自分たちの種族を人間の言語に合わせて総称したものとして使っています。「自律型ロボット」→「オートノマス・ロボット」→「オートボット」ですから、サイバトロン戦士のみを示すものではありません。
 このあたり、少し混乱をきたすかもしれませんが、ご了承ください。

 というわけで、思いつくままに第二弾です。
 サウンドウェーブさんも登場です。リベンジの中では、彼もかっこよくてナイスです。ラヴェッジのご主人さまですね!

 考えていた当初は、もっとベタベタな展開でスタースクリームがバリケードを助けに駆け付けていたのですが、あまりにもベタすぎて面白くないなぁと思いつついじっていたら、こうなりました。これでも充分ベタだというのは事実なので否定しません。
 ちなみに、修理すればすぐに元に戻るかどうかが微妙な気もしているので、実は、レッカーがわりにオプティマスも一緒に行ってるんじゃないかなぁとか思ってたりします。トレーラー部分に収納して連れ帰ったんじゃないでしょうか。って、自分で書いててなにを推測してるのか。
 あと、帰還したバリケードがスタースクリームにどう説明したのかとか、これは、読んでくださったかたがそれぞれに想像してもらえたらいいかなと思って、あえて書きません。
 また喧嘩になったとも考えられるし、バリケードが意外に素直に白状したのでスタースクリームが戸惑った可能性もあるし、やはりまだ心を開けないバリケードをスタースクリームのほうがうまく汲んで許してやった可能性もあります。サウンドウェーブに調べさせていたことがバレる可能性もあるし、バレない可能性も。

 なんにせよ、メガトロン様は確信しています。問題はない、と。そう信頼して見守っていることだけは間違いありませんし、その期待が裏切られないことは、書き手として断言できます。