「魂喰」


 電影の隙間から、無念が揺らめいているのが見える。
 可哀相な子。
 ここで、殺されて。
 深く深く埋められた亡骸、誰も気付かずに。
 私は見上げる。
 光の塔。
 そうね。
 重くて煩くて、ゆっくりと眠れもしないわね。
 ああでも、だとしたら墓標というのは、死者の抱き枕なのかしら。
 あれを抱いて安らかに眠るのかしら。
 それとも、あれは死者の口を封じる魔法なのかしら。
 そんなこと、アナタにはどうでもいいわね。
 さあ、私の中にいらっしゃい。
 アナタの無念を私に頂戴。
 アナタの無念を私が食べて、アナタの望みを叶えてあげる。
 この重くて煩くて眩しくてどうしようもない重石を粉々にしてあげる。
 アナタの思いで。
 私?
 私は「魂喰」。
 思いを食べて力に変える、魂喰の者。
 だから、さあ。
 私の中に。



     「魂狩」


 感じる。
 強い無念。
 殺人者の記憶も薄れて、ただ今を呪う声だ。
 嘆くことはない。
 もはやおまえはこの世ならざるもの。
 あの世の有無など俺は知らない。
 死に損ねて彷徨い残った魂は、跡形もなく消え失せるさだめ。
 俺は「魂狩」を生業とする者。
 思いを断ち切る大鎌。
 あるいは翼ある剣花。
 ……どうした。
 何を思う。
 誰の声を聞いている。
 もしや、「魂喰」の声か。
 ならば因果を含めてやる間もやれぬ。
 すみやかに、無に果てるがいい。



     「魂喰の者」


 私は私が誰かを知らない。
 私は私が何処からきたかを知らない。
 私は私が何処に行くべきかを知らない。
 私が私について知っていることは、「魂喰」と呼ばれる力があるということだけ。
 だから私は思いを食べる。
 死した人の、死にゆく人の、思いを食べる。
 力の辿り着く先が、私の行くべき場所かもしれないから。
 空っぽの私が、少しは満たされていくかもしれないから。
 食べても食べても、心は膨れないけれど。
 食べても食べても、空白だけが大きくなるけれど。



     「魂狩の者」


 俺には黄泉の花の名がある。
 だが誰もその名を呼ばない。
 俺は望んでこの力を手に入れた。
 だが二度と失うことはできない。
 俺の体は俺のものではなく、鋼鉄の操り人形。
 だが俺の体はここに一つしかなく、捨てることはできない。
 だから俺は、この体を手に入れる時に成さんと決めたことを、成し続ける。
 無念にも愛惜にも耳を貸さず、彷徨う魂を狩り続ける。
 たとえどれだけ狩ろうとも、もはや二度と戻れぬことは知りながら。
 この身が錆びて朽ち果てて、忘れ去られるそのときまで。



     「魂」


 光に溢れ夜を凌駕していた華やかなビルが、静かに、音もなく砂に変わり、崩れていく。
 何億トンもの砂に巻き込まれて、何千人という人が流され、押しつぶされていく。
 悲鳴を吸い込み、血の色が砂を斑に染めていく。
(おやすみなさい)
 女はそっと、自分の胸から腹を撫で下ろした。
 振り返ると、そこに長身の影があった。
 霊気の大鎌を手に佇む、機械仕掛けの生霊。
「何人巻き込んだ。百年も昔の屍の思い一つ叶えるために」
 脇を通り抜けようとした時、彼が言った。
「知らない」
 彼女は答える。
「また何千の死霊が生まれる」
「知らない」
「そしてまた喰うのか」
「知らない」
 もはや声の届かないところで、彼は声を大きくすることもなく何かを言い、彼女もまた、同じ調子で同じ言葉を唱えた。

 


(END)