深夜―――。
 星も見えない曇天の夜の中を、ルパンは影から影へ、走っていた。
 入念な下調べで、見張りの位置も、巡回コースも、その時間も分かっている。
 機械のように正確に、決められたコースを決められた時間に通過していく警備員を見送り、次の影へと走りながら、ルパンは、それこそこちらの思う壺だとほくそえんだ。
 更に三つ影を辿り、そこでしばし止まる。
 耳を澄ますと、足音が近付いてくる。ぴたりと時間通り、大柄な警備員が目の前を通り過ぎるのを見送って、ルパンは次の影へ向かうべく、茂みから抜け出した。

 その時である。
 見張りもおらず、当然ながら客もいなければ、巡回警備員もいないはずのライオンの檻の角を曲がった途端、まともに何かにぶつかった。
 こんなところにはゴミ箱もないはずだ。
 何より、
「うおっ!?」
 ゴミ箱は喋らない。
 姿勢を低くしていたルパンは弾みで転んでいたが、その上から聞こえた声は、間違いなく銭形。

 なんとか踏みとどまった銭形は、
「はーっはっはぁっ! 残念だったなルパン。今日こそ年貢の納め時だ!」
 してやったり、と野太い笑い声を上げた。
「あーらら、とっつぁん。今頃檻の前でなかったの?」
「ふん。今回は変装防止に徹底的に力を入れたからな。おまえが真っ当に忍び込むしかないのは分かりきっておった。どうせおまえのことだ。しっかり下調べしたつもりだったろうが、それが仇となったな」
「なるほど」
 これは一本とられたな、とルパンは肩を竦めた。
 機械のように正確に動く警備システムの、裏をかこうとしたルパンの更に裏を、銭形はかいたのだ。

 唯一気まぐれに動く、予定にない狂った歯車。
 いくつも用意すれば、勘付かれる可能性が高くなる。だから、たった一つだけ用意した。
 それがたまたまルパンにぶつかるかどうかは賭けだったろう。
 その賭けに銭形は勝ったのだ。
 しかし、たとえ賭けの要素はあったにせよ、その勝利はただの偶然ではない。直観と第六感をフルにいかし、自ら引き寄せた実力の勝利である。

「さあ、おとなしく観念しろルパン。男は引き際が肝心だ」
 懐から縄つきの手錠を取り出し、銭形はいつでもそれを投げつけられるよう身構える。銭形の手錠術は、ルパンでもそう容易くかわすことはできない一級のものだ。
 ところが、である。
「ここでこんなことしてていいのかい、とっつぁんよ」
 急ににやりと笑ったルパンの口から出たのは、次元の声だった。

「なに!?」
 ルパンは自分の顔に手をかけると、それをむしりとった。
 下から現れたのは、顎鬚をたくわえた浅黒い顔、次元大介だった。
 スーツの背中に隠していた愛用の帽子を取り出すと、慣れた手つきで形を整え、頭に乗せる。
「き、貴様、次元!」
「本物のルパンは今頃何処にいると思う?」
 次元は悠々と煙草を取り出し、口にくわえる。
 銭形は、黄金の鳥たちが収容されている建物を振り返った。
「しまった! これは囮か!」
 今ここにとどまれば次元を逮捕することはできるが、それでは、その間にルパンがまんまと鳥を盗み出すだろう。
 銭形はすぐさま走り出そうとした。
 途端、後頭部に重い一撃をくらった。
 目から飛んだ星の光が最後。あとは銭形、真っ暗な昏倒の闇の中である。

「あーぶねえあぶねえ」
 今度は次元がルパンの声を出した。
 そして、次元の顔の下から、またルパンの顔が出てくる。
「それにしてもとっつぁん、あとすこーしが素直すぎるんだよな」
 変装道具は、いついかなる時にでも携帯している。ルパンは何かにぶつかって転んだ瞬間、相手が銭形だと知るや否や、次元の顔の上にもう一枚ルパンの顔をかぶせた変装マスクをかぶっていたのである。

 銭形という最大の邪魔者を片付けてしまった以上、他に障害になりそうなものはなかった。
 いくらか時間はロスしたが、人の位置・動きは、コンピューターのごとく頭の中で再現できる。待つところを無理やり通り抜ける危険をおかさざるを得なかったが、獣が走るような低い姿勢で、足音もなく闇の中を駆けるルパンの気配は、そうそう掴めるものではない。
 今度こそ誰かにぶつかることもなく、かねてからの予定通りに、ルパンは建物の中に忍び込んだ。
 昼間のうちに小屋へと放り込んでおいた睡眠ガスのスイッチを入れ、同時に、玩具のようなミニ銃で、小さな針を警備員の首筋に打ち込む。強力な麻酔薬が塗られたその針で、二人の警備員はくたくたと眠り込んでしまった。

 ルパンにとって、鍵などただのドアと同じだ。開ける手間がかかり、時にはいくらか固いことがある、というだけで、道を塞ぐものではない。
 いくらか頑丈で精密なものがとりつけられてはいたが、造作なく開けてしまう。もっとも、すぐに開けることができないものだったとしても、同じように警備の隙をついて忍び込んだ五右ェ門が小屋の真上で待機しているのだから、合図を送れば済むのである。

「これが世界にたった一羽の、黄金の鳥、か……」
 ルパンの腕で一抱えほどもある金色の鳥は、ガスで眠りながらも、止まり木の上にいた。ただし、ルパンが触っても身じろぎもしない。
 しっかりと止まり木を掴んだ爪に難儀し、結局止まり木ごと、ルパンが鳥を小屋の隅へと連れて行く。人一人と大差ない重量があって手間取ったが、時間にはまだ少し、余裕がある。
 表の園内を歩く巡回警備員が、この檻の傍を通過するのが約二十秒後。建物内部の巡回がここに来るのが、三十秒後。この十秒間の空白が最大のチャンスである。
 二十秒が過ぎ、小さな音ともに天井が丸く切れる。五右ェ門は切った天井を吸盤で固定し、引き上げる。ルパンがその穴から鳥を押し上げる。重量があるため大変な力がいったが、うまく五右ェ門が引くのに合わせた。そして、今度は自分が穴へと飛びつき、這い上がった。

 大急ぎで漆黒の気球を膨らませ、鳥を乗せ、自分たちも乗り込む。
 足の下で、仲間が倒れていることに気付き、鳥が消えていることを知った巡回警備員の驚きの声が聞こえた。
 あとは、万事予定通りである。
 鳥に当たることを思えば発砲できず、かといって他に妙案も浮かばない凡庸な警備員たちが手をこまねいてただ見上げているのを眺めながら、次元とトレーラーの待つ公園へと、黒い気球は笑い声を乗せて飛んでいった。

 

 約束の日、約束の時間に、青年はルパンの隠れ家を訪れた。
 そこにはルパンと次元と五右ェ門と、黄金の鳥がいた。
 黄金の鳥は、目覚めてからも至極おとなしく、鳴き声一つ立てるでもなく、一度としてルパンたちを煩わせることもなかった。
 それが、青年が部屋に入ってくるなり、まさに歌うような美しい声で鳴いた。
 その様はいかにも嬉しげで、青年もまた、歓喜に耐えない、といった様子で籠に駆けより、黄金の鳥が籠から出した頭を抱いた。

「さて、これでこっちの仕事は果たしたぜ」
「ありがとうございます、ルパンさん。お約束どおり、これを差し上げます」
 青年は素直に地図をルパンたちへと手渡した。
 その地図は前に見たものとまったく同じであるし、ルパンが独自に調べて判明した実際の地形と、ほぼ合致している。
 つまり、王家の財宝は本当にここに埋まっている可能性がある。
 もし誰かに既に持ち去られていたり、伝説が何処かででたらめになっていたとしても、それはそれで悪くない。

 宝捜し、というのは、それそのものがロマンであって、手に入れる財宝はオマケのようなものだ。それは、ルパンの信ずる盗みの美学にも通じるところがある。
 そのことについては、次元も五右ェ門も、不服はない。
 ここのところ面白い物もなく、ただのんびりとしていたが、命も、洗濯しすぎると縮むものだ。ここらでそろそろ、冒険に出かけるのは悪くないどころか、いいことだ。
 地図に夢を描くルパンたちの傍らで、青年は籠を開けた。
 中から出てきた黄金の鳥は、やっとのびをするように大きく翼を広げる。そして青年に向かい、まるで話すように歌うように、様々に鳴いた。
 その声はルパンたちにとっても、聞くだけの価値はある美しい声だった。

「本当にありがとうございました、ルパンさん、次元さん、五右ェ門さん」
「いいってことよ。あとは、ここから本当にお宝が出れば、いいことだらけなんだけどな」
「あの人たちの言っていたことがでたらめでないかぎり、本当にあると思います。僕も、本当にあると思ったから……長い戦争の後で、あれだけ貧しい人たちが困っている時に、せっかくの財宝で裕福な人間ばかりが贅沢をするのなど許せないと思って、取り上げたんです」
「ふーん」
 青年が王家ゆかりの者、という考えは、少し違うのかもしれない。もし王家に縁がある者ならば、「王家復興のための財宝だから」取り上げるはずだ。
 なんにせよ、青年も誰かからこの話を聞き、地図を見せられ、言ってしまえば「盗んできた」ということである。

(ん……? なんか、引っかかるな……)
 ふとルパンの脳裏に何か小さな違和感がよぎったが、それが何かは分からない。
 なんにせよ、ルパンたちにとって宝は宝、それそのものであり、それ以外の何かではない。人のために使うわけではないが、少なくとも、間違った鑑賞の仕方や使用法は、しない。

「本当に、傷一つつけることもなく助けていただいて、さすがです、ルパンさん。貴方は完全に約束を守ってくださった」
 重ねて礼を言われると、背中がむず痒くなるルパンたちである。
 だいたい、泥棒は悪いことで、悪いことをして感謝されるというのも、おかしなことである。
「いいからいいから、ほら、さっさとその鳥さん連れておうちに帰んなさい」
「はい」
「はいはい、じゃ、おやふみ……」
 もう、いい時間である。
 眠くなってきたルパンは、大欠伸をしながらひらひらと手を振った。

 おやすみ、と言いつつ背中を向けると、
「お、おい」
 次元が目を丸くして、ルパンの背後を指差していた。隣では、五右ェ門も驚愕の顔をしている。
「なーんだよ、もう」
 何を驚くことがある、と振り返って、ルパンも同じように、目と口を開けっ放しにした。

 部屋は電灯の光ではないもののために、いつもより更に明るかった。
 その光は、今しも人の姿から大きな鳥の姿へと変化していく「それ」が放つものだった。
 そしてその光がおさまった時、そこにいるのは、黄金の鳥と、それと瓜二つの、銀色の羽毛にサファイアのような目をした、もう一羽の鳥だった。
「ルパンさん、お元気で」
 そしてその銀色の鳥は、青年の声でそう喋った。
 白銀の鳥がベランダに向かうと、黄金の鳥が頭を下げ、
「お世話になりました、皆さん」
 柔らかな女性の声でそう言った。
 そして金と銀の鳥は、夜空へと飛び立ち、見えなくなった。

「つまり、まさか、……嘘だろう、おい」
 次元が呟く。
「良いではないか。トリックであろうと疑うより、彼等は真実王家の守護者、神の鳥で、まさに彼自身が商人の手から地図を奪い去った本人であるとしたほうが、面白いというものでござる。たえ神の鳥ではなくとも、猫又のごとく、人に化けることができる鳥がいたとて悪くはない」

(ああ、そうか。あいつ、最初に来た時、あの地図はずっと自分が持ってた、って言ったっけな。地図が書かれて間もない頃に取り上げて、それから四百年ずっと、ってわけか)
 小さな違和感の謎も解けて、ルパンはにやりと口の端を上げた。
「ああ、五右ェ門の言うとおりだ。どうせならロマンチックにいかなきゃな。さあ、いざ行かん、神の鳥より授けられし宝の地図を手に、財宝の待つ谷へ!」
 ルパンがわざとらしく気取ったポーズで、宝の地図を高く掲げる。

 その瞬間、ドアがけたたましい音を立てて開き、振り返ったそこには、こめかみを痙攣させつつ笑い、立ちはだかる不二子がいた。
「もちろんそのロマンの旅、あたしも連れてってくれるんでしょうね?」
 強張った笑いを浮かべるルパンと次元、無表情の五右ェ門。
 三人は一斉に駆け出し、窓から飛び出した。
 下に止まっていたベンツの上に落下するや、運転席のルパンがエンジンをかける。
 月に向かって走り出したベンツの後ろから、不二子の叫ぶ声が響いた。

 


(THE END)

遊び相手もおらず、ビデオなど見て寂しく過ごしていたら、なんとなく思いついたモノ。

意識したのはテレビシリーズ第二弾と、アクションで連載していた「Y」。
私自身の好みは、原作の「作者(ルパン)と読者の知恵比べ」みたいなパズル性なんだけど、
……難しいデス。
そんなわけで、ライトかつなんでもありっぽい「ルパン」シリーズに、
一話加える気分で書いてみたのであった。