ほんの少し、特別な日。 誕生日。 夏美と冬樹からプレゼントをもらったケロロは、それがよっぽど嬉しく、心に染みたらしく、そわそわと他人の誕生日まで心待ちにするようになった。 「ねえねえねえねえ。そういや我輩たち、けっこう付き合いも長いけど、お互いの誕生日なんて気にしたことなかったよね。ギロロはいつなの?」 壁に小さなフックを取り付け、嬉しそうにガンダムのカレンダーをかけながら、ケロロはギロロにそう尋ねた。 無論、ギロロは「馬鹿馬鹿しい」の一言で一蹴した。夏美の誕生日だというから命がけでプレゼントも用意したし祝ってやりたいとも思ったが、それ以外の誰かの誕生日には興味などなかったのだ。だからケロロの誕生日など気にもかけなかったし、自分の誕生日とやらにも意味など感じていなかった。 だが、どこからどうやって調べたのか、ケロロはちゃっかりとギロロのバースデーパーティを企画した。 しかも、 (案外あなどれんな) とギロロを唸らせるほどうまく隠蔽しつつ。 地球の日本では寒さも厳しい1/25。その日がギロロの誕生日だった。 「テント暮らしで寒いでしょ」 と夏美がくれた手袋と毛布(地球人にとっての膝掛け)は、 「こんな軟弱なもの俺には必要ない」 とは言ったものの、汚さないよう大切にしまってある。 「自分のほしいものあげたって意味ないのよ、まったく。相手がほしそうなもの、あるいは使ってくれそうなものにするの」 と夏美からアドバイスがあり、監視の目も光っていたせいか、冬樹は地球の軍隊に関する本をくれた。侵略者に軍事情報を与えてどうするとは思ったし、そこに書いてある程度のことは簡単に調べられるのだが、「くだらん」と思いつつも何故かきっちり読んでしまった。 タママがくれたのは、西澤家の一室、タママのトレーニングルームを自由に使える回数券。安上がりだと思ったら、なんとそれには桃華の 「ほしい設備があればできるかぎりご用意しますから」 という巨大なオマケがついていた。タママとトレーニングなど冗談じゃないと思いつつ、その回数券もちゃんと片付けてある。 ドロロはケロン軍の正規品、ただし暗殺兵のみが与えられる光学迷彩マント。これはいつか使う時が来るかもしれない。 ケロロは……人の話を聞いてないのか、プラモデル。しかしガンダムなどではなく、1/100スケールの地球の戦車だった。組み立ててはいないが、これも一応とっておいてある。 そして、不安の種だったクルルがくれたものも、予想外にマトモだった。クルル自身が開発した最新型の小型レーザー砲である。おかしな機能はついていないし、射撃精度も抜群。エネルギー効率も良く、携帯性もある。手入れは多少面倒だが、それを差し引いてもトップクラスの銃器だった。 そしてほんの少しばかり時間は流れ、2月の終わり。 もはや公共の場となったケロロの部屋で、ギロロはたまたま、クルルからもらったレーザー砲を磨いていた。 重さも材質も、どこまでもギロロ好みでしっくりと手に馴染む。 素晴らしい武器というものは、自分の命を守ってくれるなによりの防具でもある。クルル作という一点が少し癪に障るが、どんなに悔しくてもこのレーザー砲には惚れ込んでしまった。 そしてふと、ギロロは後ろの壁を振り返った。 そこにはガンダムのカレンダー。2/25のところには、ケロロの手で赤い渦巻きが書かれていた。そしてその上に、太い黒マジックで×印も。 2/25はクルルの誕生日なのだそうだ。 「くだらねぇな」 といつもの調子でクルルは相手にしない。 (あいつは、心底どうでもいいのかもな) つい嬉しくなってしまった自分とは違うのか、それとも、祝われてみれば照れたりもするのか。ギロロはクルルの顔と陰湿な笑い声を思い出してみる。照れるところは、まるっきり想像できなかった。 手元に目を落とす。 自分の腕の延長、手の一部のように馴染むレーザー砲。 (……借りは、返すか) なにも誕生日を祝うのではない。 そう。クルルが本当に誕生日をどうでもいいと言うなら、他人の誕生日もどうでもいいはずなのだ。それなのにこれだけのものを寄越したなら、それは大きな借りだ。返してしかるべきである。 なにか返してやろう、とギロロは決めた。 ―――決めたのはいいが、それは2/24のことだった。 あっという間に夜は更けた。 要領の良さや器用さには縁のないギロロには、半日でいいアイディアを出すことなどできなかった。 考えすぎて秋ママの作った夕飯の味もよく覚えていない。ぼんやりしていてごはんを零し、夏美に叱られたことくらいしか記憶にない。食卓にあったのは魚だったか、肉だったか。 「ゲロ? どうしたでありますか、ギロロ」 夕飯後、居間でテレビを眺めていたケロロは、テントにも戻らずぼんやりとそこにいるギロロを見て、不思議そうに首をかしげていた。 本当なら今頃ケロロは、張り切って明日の準備をするところだ。が、案の定クルルは「くだらねぇな」「ガキじゃないんだぜぇ?」で完全に無視。挙げ句には 「忙しいんだから邪魔しないでくれよなぁ」 と、この一週間ほどの間、ずっと自分の研究室にこもっている。 これではどうしようもなく、クルルの誕生会は無期延期、好意を足蹴にされたケロロに言わせれば 「祝ってくれって言ったって金輪際永久に祝ってやるもんかいッ!!」 になってしまった。 だから、ギロロがクルルにあげるプレゼントのことで悩んでいるなど、ケロロの頭には少しも思い浮かばなかった。 相談できる相手もなく、ギロロはみなが寝静まった夜中まで考えつづけ、 「もうやってられん!!」 一人怒鳴ってこれ以上考えるのを諦めた。 テントを抜け出し、家の中に入る。ケロロはベッドで熟睡中で、ギロロが部屋の中を通ってもまるで気付かなかった。冷蔵庫を開け、ルートをクルルの研究室前につなぐ。 クルルの顔を模したその建物の前で少し躊躇ったが、ギロロは思い切ってインターホンのスイッチを押した。 「おいクルル。まだいるのか」 明かりの乏しい敷地に自分の声が反響した。 『珍しいねぇ、先輩が俺に用事とは。ひょっとして、あれの調子でも悪くなったんスか』 「そうじゃない。入れろ」 『……今出ますよ』 クルルは仕方なさそうに返事をして、やがて外に出てきた。 あまり寝てなかったらしく、いつもより猫背度が上がっている。 「なにをしてるんだ、毎日」 「そんなこと聞きにきたんスか? で? せいぜい手っ取り早くお願いしますよ」 「う、うむ」 小さな欠伸をして、クルルは肩が凝ったのか、頭を左右に倒し、軽く回した。 「その……」 「早く」 「あ、ああ。……だからその、明日だ」 「明日が?」 「いわゆる誕生日というヤツだろう。おまえの」 「まさか先輩まで毒されてるんスか」 「そうじゃない。そういうことじゃなくてだな。だから、つまり、おまえにとって誕生日が無意味だというなら、俺の誕生日にあれをくれたのにも、特に理由がないことになるな」 「そうなるんスかねぇ」 「わけもなく物をもらうのは、俺の趣味じゃない。かと言って、突っ返す気にもなれん。有用で、……まあ、気に入っても、いるからな。だから、つまり―――借りを返させろということだ。明日でなくてもいいから、おまえになにかほしいものとか必要なものがあるなら、それが俺に調達できるものなら、かわりにくれてやる。……とまあ、そういうことで……そういうことだ!」 しどろもどろに説明したギロロに、クルルはなんの反応も示さなかった。 笑いもせず揶揄もしない。 渦巻き眼鏡のせいで表情も読めない。 いったいどうしたのかとギロロも少し気になった。 いつものクルルらしくない。 バカにされるか笑われるか、とんでもないものを要求されるかだと思っていたのに、様子が違う。 「……なんとか言え」 沈黙を扱いかねて、ギロロが促す。するとクルルは、少し考えて、 「せっかくのお申し出とあらば、ありがたく頂戴いたしますかね。それじゃあ先輩。明日の朝6時に、この家の玄関トコで待っててくださいよ」 「分かった。6時に玄関の前だな」 ギロロには、それがなんになるのかよく分からなかった。だが、なにか引っ掛けられるとしても、素直に乗ってやるのもいいだろう。少しお人好しすぎる発想で、ギロロは庭に戻っていった。 つづく→ |