最後のゲーム

 自由になりたい、と私が言ったら、貴方は少し呆れたように苦笑して、こう言った。

「今だって充分自由だろ? それ以上は、ただのワガママになるよ」

 私は貴方の目を見つめる。
 そんな言葉はなんのためか、それを見透かすために。
 私を「ワガママ」な女にしないため?
 それとも、そうやって諭すことで自分の優位を確かめるため?
 知性や常識のひけらかし。

 そんな建前はもうたくさん。

 私が黙ってスツールを降りて、支払いを済ませて店を出ると、貴方は慌てて追いかけてきた。
 そしてさも苛立ったように言う。
「そんなことくらいで拗ねるなよ」
 子供だな、と付け加えたいのを、我慢しているのが分かる。

 気遣われるのは嫌。
 それと同じだけ気遣わないとならなくなるから。
 そう。
 気遣いのこまやかな人ほど、結局は細かいことまで気にしていて、そのことにこだわっている。
 自分と同じだけの気遣いを、当たり前のように他人に求める。
 それが当然、常識だと思って。

 無神経な人がいい。
 そして、他人の無神経さを笑って「そうか」と受け止めてしまう、大きな人がいい。
 気遣いあって誤魔化しあって、小さな小さな自分でいるのは、もうたくさん。
 私は、自由になりたい。
 当たり前だと言われているだけの、いろんな無意味な戒めから、自由に。

 そんな気持ちは、きっと常識的な貴方には分からないでしょう。
 言葉を尽くして説明しても。
 いえ。
 言葉を尽くせば尽くすほど、私の思いは言葉に縛られて、狂っていく。

 私が貴方の目を見つめながら黙っているのは、それでも貴方に、分かってもらう方法はないのかと探しているから。
 諦めてしまう前に、分かってほしいと願う、それが私の貴方に向ける、最後の思い。

「なんだよ。言いたいことがあるんなら言えよ」

 ああ、やっぱり駄目。
 私がどれほど切羽詰って言葉を探して黙っているか、そんなことはほんの僅かにも想像だにしない貴方。
 私は貴方じゃない。
 駆引きに勝つために言葉を探しているんじゃない。
 思わせぶりにしたいわけじゃない。
 ただ、言葉を探し、探しあぐねて、今ある言葉で語ったところで貴方には伝わらないのだろうと……私が哀しいことに、貴方は気付いていないに違いない。

 分かりやすい女がいいのなら、さようなら。
 分かりにくい私を、それでもそのまま受け入れてくれるわけではなかったのだと、ただそれだけのこと。

「人からどんなに自由に見えても、息苦しいと思うから、そう言うの。分かる?」

 別れのきっかけくらい、作ってあげましょう。
 ワガママで身勝手な女になって、未練もなく別れましょう。
 なにも貴方のためじゃない。
 貴方に幻滅すれば、未練もなくなるのは私のほう。
 さあ、幻滅ゲームを始めましょう。

 

(終)