思いがけない言葉だった。 それってつまり、合体させろってこと? いや、なんか違う。 そういうニュアンスじゃない。 つまり、合体という形で、なんで自分を消さないのか、ってことだ、ロッキーが言うのは。 「な、なに言ってんの。そりゃ」 躊躇う。どっちの言葉を使うべきか、一瞬迷う。 「気に入ってっからに決まってるっしょ?」 そんな、物みたいには思ってないけど、「好き」ってーのは、さすがに恥ずかしいし、ロッキーもほら、男だしさ、それじゃなんつーか、薔薇の世界の香漂うじゃん? テイスト的に。
だってさ、今までずっと一緒にいたんよ。 他の仲魔はいろいろと入れ替わって、ロッキーと同じ時期から残している奴なんていない。ロッキーの次に古い付き合いっていると、ニュクスママになる。一緒に戦ってきた時間は全然違う。 なんでそんなに長いこと連れてるのかって言われれば、気が合ったとしか言いようがない。それに、いざって時にはナンパしてもらって、仲魔にはできないまでも、戦闘回避がかなりの確率でできて、攻撃とかだけじゃなく、いろんな面で頼りになった。 俺はロッキーが気に入ってるからずっと連れてきたのに、 「俺にかけた金惜しんでんじゃねぇだろうな」 なんて言う。
そりゃ御魂と合体させて強くするためにさ、かなりの金使ったよ。イヤだったから。ロッキーのために、ホントにただ御魂作るための道具として悪魔集めるのはなんかイヤだったから、まだしもそれなら、俺たちを殺す気で向かってくる悪魔倒して手に入れたマッカ使って、全書使ってじっつぁんにお願いして御魂呼び出したほうが良かったから。 御魂一体、平均して約15,000マッカ。20万くらいはかけてるよ、確かに。 今は出てくる悪魔も強くて、その分、倒した後に発生してるマッカも多くて、20万稼ぐのだってずいぶん楽になったけど、あの頃の20万マッカは大金だ。 そりゃ、もったいないと思ってないったら嘘だけど、でも、それが惜しいから合体させないなんて、そんなんじゃない。
「なんでそんなこと言うんだよ」 俺はただ、どうせなら最後まで、なにがどうなるか分からない最後まで、腹ァくくってロッキーに付き合ってもらおうと思ってたのに。 腹が立つより、哀しかった。 そんなふうに俺のこと見てたのかと思うと、無性に。 俺もともと涙腺緩いほうなのに、そんなこと言われたら……。 やっぱ悪魔には悪魔のものの見方があって、人間には人間の考え方とか感じ方があって、俺のそーゆー気持ちとか、分かってもらえないんだろうか。 なんとなくさ、なんとなくだけど、分かってくれてる気、してたのに。
強い悪魔は合体させて作れるけど、そうしたら、前の二人、三人だったときの記憶って、なくなっちまう。継承されるのはスキルだけだ。 例外は、リリムちゃんからリリスねいさんになった時みたいな変異の場合、御魂と合体……御魂を吸収させた場合だけ。 それ以外じゃ消えちまう。 俺と話したこととか、全部忘れちまうんだ。 他人行儀な挨拶とかして、初対面。 それって、またダチいなくなるってことじゃん。 鬱陶しいのかもしれないけどさ。悪魔にしてみれば、ダチなんて思われるのは……。
こういう女々しいこと聞かされるのは嫌いだろうとは思ったけど、それで嫌われたほうがマシな気がした。 誤解されてるよりは。 「マッカなんか、手間惜しまなきや稼げるじゃんよ。ダチだと思うから、記憶なくなるような合体させたかねぇの。そのまんまで、いっそ最後まで付き合ってもらおうと思ってんのに」 俺がそんなふうに言うと、ロッキーは、 「バカ言うなよ」 やっぱり湿った感情、苦手なんだろう。 こんなふうに思われたって迷惑なのかもしれない。 そう思った。 でも―――。
「俺のレベル分かってんのか?」 ロッキーが言った。 「他の奴等、軒並み70オーバーだぜ? 俺はやっと60だ。いくら御魂くれたって、器(レベル)がなけりゃ力は出せねぇんだよ。ナンパ師ならミトラがいるじゃねぇか。氷結魔法なら高揚スキル持ってるニュクスのほうが強ェだろ。今作ったフレスベルクなんて、のっけから高揚つきで俺と同じマハブフダイン使えんだぜ? 俺なんかいらねぇじゃねぇか。それともなにかよ。ランダマイザさえ連発できるメンツ揃ってんのに、まだ俺のフォッグブレスほしいのかよ。そんなもん、俺を素材にして作った奴に引き継がせりゃいいじゃねぇか」
……それってさ―――つまり、プライドなのかな。 強い奴に囲まれて、弱い奴になりたくないっていう。ヨスガ負け組はイヤだってのと、同じことなのかな。惨めに思えてイヤだって、ただそれだけ? それとも、もっと人間的に解釈してもいいのかな。 プライドもあるけど、俺に、他の仲魔より誰よりも、この俺から「頼りない」って思われたり、「役に立たなくなった」って思われるのがイヤだって、そんな意味に。
まあ、俺もロッキーも、あんま女々しい話、したくないタチで。 俺は「どうなんだ」なんて問い掛けない。 ロッキーがどう思ってたって、俺はダチだと思ってる。 「俺はほら、元が人間だからさ」 悪魔ほどドライにゃなれないから。 女々しい真似しちまうのは、俺だけでいい。俺、だって人間だから。 「いなくなったら寂しいのよ。ここまで一緒に戦ってきて、いろんな話もしてきたダチが、いくら強い奴に生まれ変わったって、そういうこと全部忘れちまうんだから。……けど、それじゃプライドが傷つくってんなら、仕方ねぇね。いてくれってのは俺の我が儘だし」 余計に好きになったほうが自分の我が儘を引っ込めるのは、いつどこで、相手がなんだって同じみたいね。
その時だ。 俺は、ちょっと理屈に合わない言葉を聞いた。 「汝は精神において、まがうかたなき人間である。先の裁判のおりの我が判断は、浅慮による誤りであった」 ミトラさんだった。
ありえない。 だって、ここにいるミトラさんは、俺が合体で作ってもらったミトラさんだ。 ギジドウで俺に、「自分が悪魔だと認めるか」と尋ねてきたミトラを連れてきたわけじゃない。 いったいどういうことなんだと俺がミトラさんを見ると、 「珍しいケースではあるが、ありえないことではない」 館のじっつぁんが言った。
本来は複数存在するはずのない、ロキやミトラという悪魔が、この世界では何体も存在している。 もともとは一つのものでも、分裂しているか、あるいは鏡に映った中で個別に活動しているような状態、と言えるらしい。 「つまり、魔王や魔神といったクラスの悪魔は、根本的にはただ一体存在するのだ。したがって、同じ悪魔は基底部分でつながっているとも考えられる。表層的な意識は固体特有のものでも、強烈な印象などは共通した認識として伝播する可能性がある。そう考えると、そのミトラが君の戦ったミトラの記憶を一部持っていることも、不思議ではなくなる」
「ど、どうなの、ミトラさん。俺と戦ったって記憶、あるの?」 もし、それに間違いがないなら……。 「不可思議なり。我に汝と戦いし記録は存在せぬが、記憶のみ、断片的に存在する。先刻までは存在しなかった記憶なり」 「つまり、君がギジドウで戦った時、ミトラには君の印象がよほど強く刻まれたのだろう。まさか自分を倒す者がいるとは思わなかった、というような形か。それが今、この固体の意識に表れたのかもしれん。つまり、たとえ私の理屈が正しいとしても、共有されることにも呼び覚まされることにも、条件は伴うということだろう」 だとすれば、じゃあ、 「俺がまたロキを作ったら、このロッキーの覚えてたことが、そいつにも伝わってるってことは、あんの?」
「君との記憶が共有されるほど強いものであり、想起するに充分なきっかけがあれば」 じっつぁんは言った。 つまり、もしロッキーにとって、俺と戦ってきたことがどーでもいいことじゃなくて、俺がロッキーにとって、たまたま組むことになった奴ってだけじゃなければ、別のロキが、このロッキーの記憶、俺のいる記憶を持ってるかもしれない、ってこと。
だったら、試してみよう。 もし新しいロキが俺のことなんてなにも覚えていないなら、仕方ない。 ロッキーにとって俺は、それだけの奴だったってことだ。 別れたことへの諦めもつくだろう。 それでもし、俺のことを少しでもいいから覚えていたら、それはたぶん、ロッキーにとっての俺も、ダチみたいなもんで、どーでもいい奴じゃなかったってこと。
俺は、ロキを新しく作ることに決めた。 ロッキーとは、とりあえずお別れだ。同じ悪魔を二人は連れて行けないから。たぶんそれも、なんか理屈はあるんだろう。 ロッキーは、ソロネと合体させてトウテツにした。 その後であらためて、じっつぁんのアドバイスに従い、ビャッコとバロンを呼び出した。あとはいろいろと、少し育てたり、ランクをいじったり。 楽じゃなかったけど、このメンバーの中で惨めな思いをしなくていいように、スキルは厳選して揃えた。 器がないとどんなに強化しても駄目だ、とロッキーは言ったが、だったらビシバシ、スパルタで鍛えてやる。
そうしてやっと、俺の理想とする新しい魔王ロキを、召喚する準備ができた。 俺のことを覚えているかどうかは、賭けだ。 もし覚えていなくても、仕方がない。 だったらまた、ここから付き合っていけばいい。根本的なところじゃ同じロキなんだから、きっと似たような仲間になれるはずだ。
合体装置の上に乗ったスザクとバロンが、分解されて消えていく。 光と闇が混じり合って渦巻く。 その中心から、なるほどじっつぁんはグラサンかけてるわけだと思う光が広がって、視界が真っ白に染まった。 事故が起こることもなく、そこには、新しい俺の仲魔、新しい魔王ロキがいた。 「俺様は魔王ロキ」 お定まりの自己紹介。 けれど―――
「これからも、ヨロシク頼むぜ」
……これからも、またよろしくな、ロッキー。
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