Memories

「ひ〜っ!」
 間一髪、俺はロキを引きずってターミナル部屋に逃げ込んだ。
 さすがカグツチ塔。
 三つのコトワリの最終決戦となるだけあって、出てくる悪魔も半端じゃない。
 ミトラさんとニュクスママは、ダメージのせいで実体を保てなくなっている。俺の周囲に気配は感じるから、完全にロストしていないのが幸いだ。ロキも瀕死手前。俺もボロボロだ。
 前に仲魔にして特性をよく知ってるヤツとか、見た目から効きそうな攻撃、効かないっぽい攻撃が分かる相手はいいが、はっきりしないヤツが困る。
 アナライズしてから攻撃すりゃいいのに、ロッキーのバカチン。あの白い鳥、思いっきり氷結反射するじゃねぇか。いくらそこまでに出てきた悪魔が氷結に弱い奴多かったったって、油断するにもちっと限度ってものがある。
 俺は幸いミアズマつけてたから反射ダメージ受けずに済んだが、氷結に弱いミトラさんなんて即死。ママは凍りついちゃって、くちばしアタックくらえばクリティカル。ロッキー自身もモロ反射されたのを食らって、いきなりピンチだ。

 氷結反射なら火炎には弱いだろうとは分かる。
 けど、俺がマグマ・アクシス使うにしても、あれは体力を消耗する。回復してくれる仲魔がいないのに乱発はできない。
 俺自身のMPも、ストックにいる回復役ユルングのMPも底をつきかけていたから、メディアラハンを使えるミトラさんが消えた後では、そんな危険なことはする気になれなかった。
 こういう時にかぎって、ショック・ウェーブでも感電してくれないし、殴ってもダメージは小さかったような気もする。それに鳥だ。避けられる可能性も高い。ガチンコ勝負は分が悪い。
 結局ママも瀕死で実体をなくしてしまった後は、戦うより逃げるほうが良さそうだった。
 ロッキーは責任感じたのか、単にムカついたのか、なんとか倒そうとしていたが、俺は無理やり引っ張って逃げ出した。
 追いかけてくるのをなんとか振り切ってここに飛び込み、やっと一安心だ。

 一度アサクサに戻って、泉の聖女サマんとこ行かなきゃな。ママとミトラさん、俺たちも回復してもらわないと、このままじゃとても先に進めない。
 それに、アイテムもかなり乏しくなってきた。ガラクタ集めくんとこ行ってチャクラドロップ買ってこないと、にっちもさっちもいかない。
 なんだってこんなに高くて、しかも複雑なのよ、カグッちゃん!?
「ロッキー、行くぞ」
 ターミナルを始動させながら呼ぶ。
 ……まあ、不貞腐れる気持ちは分かる。オレサマなロッキーとしては、自分のミスでパーティ全滅の危機に陥ったってのは、最悪な気分だろう。

 それにしても、カグツチ塔も半ば辺りまできて、ここしばらくのロッキーはちょっと変だ。
 なんか、やけにピリピリしてる。
 余裕がないっていうか。
 やっぱあれなんだろうか。アーリマンを倒して、もう少しでノアのいるところに辿り着くっぽい。更にのぼってバアル・アバターも倒せば、コトワリはなくなる。そうなったら、カグツチ塔のてっぺん、カグツチ自身に会った後どうなるかは分からない。
 それを考えると、俺だって不安はある。
 けど、そういう理由でどれかのコトワリに従ったって、そのあとの世界は苦しいだけだ。第一、今更ゴマすったって勇も千晶も受け入れないだろう。
 もう、やるしかないわけで。

 ロッキーもそういう覚悟は決まってると思ったのに、やっぱり不安なんだろうか。
 俺は人修羅で、他の悪魔とちょっと違うから、なにか特別なことになるのかもしれないけれど、もしかしたら自分たちは消えるだけなんじゃないか、とか考えてんだろうか。
 だから、そう、焦ってるっていうか、落ち着かなくて、こんな初歩的なミスなんかしたんだろうか。
 ロッキーは俺を見ない。
 俺も、どう言って今の気持ちを聞けばいいのか分からなくて、そのままターミナルを始動させた。

 アマラ経絡を流されていく時、俺はいつもヒジリさんを思い出す。
 いろいろと協力してくれて、情報をくれて、「あんた俺より平気でこの世界うろついてないか!?」とかも思ったけど、千晶も勇もコトワリとかいって離れていった後も俺に近いところにいてくれたわけで、俺には、少し年上だけど、最後の最後まで残った人間のダチだった。
 けど、ヒジリさんもマガツヒに魅入られた。
 世界の秘密。
 それを暴いたから。
 なんでもできると思えば、世界の王様になろうと思うものなんだろうか。
 俺には、世界の王様なんて、あまりいいとは思えないのに。

 そんなことを考えているうちに、俺はアサクサに辿り着いていた。
 以前はマネカタたちが頑張って暮らしていたが、今はもうヨスガの悪魔の巣窟だ。今の俺たちから見れば強い敵じゃないけれど、この状態で不意打ちでもくらったら間違いなく死ねる。
 全滅してしまっては、実体を戻してくれる奴がいなくなってしまう。
 俺はターミナルから出ると、真っ直ぐに正面、泉の聖女サマの部屋に駆け込んだ。

 もう、完璧、俺のマドンナ。
 ナイスバデーなのに肝心なところは見えそで見えず、その優しい声と、少し古風な喋り方。全滅寸前にこうして辿り着いた時なんか、もうホント、癒して〜、って気分。
 俺はさっそくマッカを支払って、ミトラさんとママを回復してもらい、俺たちの怪我も癒してもらった。
 ディアなんかとは違う、この不思議な水の効能だ。
 持ち出せればいいと思うのに、聖女サマの傍を離れると効果がなくなってしまうのがものすげー残念。

 なんにせよ、まずは不機嫌なミトラさんを宥めるところからはじめなきゃならなかった。
 ミトラさんとロッキーが喧嘩なんかはじめたら、そりゃえらいことになる。大惨事だ。
 ミスしたのがもっとしおらしい奴なら、ミトラさんに叱られれば素直に詫びるんだろうけど、相手が相手。
 しかし幸い、ミトラさんから短慮を指摘されたロッキーは、
「悪かった」
 とだけ言った。態度は殊勝とは言えないが、こいつがこういう奴だってことはミトラさんももう知っている。謝ったことで良しとしてくれるらしい。

 ともあれ、まずはアイテム補充。いや、待て。
 その前に、俺ももうLV81。
 ってことは、ずーっと待ち望んでいたリリスねいさんを仲魔にできるってことだ。
 ぎりぎりの戦闘続きで、そんなことなんて考えてる余裕もなかったけど、これはさっそくリリムちゃん呼び出さなければッ!!
 ステキなヌードに蛇をにょろんと巻きつけたセクシーおねいさんは、俺が彼女の存在を知った時から、絶対仲魔にするんだと思っていた悪魔だ。
 俺はさっそく、聖女サマの部屋の隣、邪教の館に駆け込んだ。

 じっつぁんに頼んで、悪魔全書の中からリリムちゃんを呼び出してもらう。
 この不思議な悪魔事典は、俺がここに連れてきたことのある仲魔のことなら、全て記憶してくれる。そして、記憶した状態で、いつでも再生してくれる。
 リリムちゃんのレベルはほんの12だから、全書の召喚エネルギーも小さくて済むんだろう。マッカもそんなにかからない。
 呼び出されて出てきたリリムちゃんは、俺を見ると、
「その時になったのね。またアナタと一緒に行けるのね」
 と微笑んだ。ああ、もうキュート。こんなキュートなコが、あんなステキなおねいさんになるんだから……。
 ともかく、リリムちゃんにはあと一回か二回だけ、戦ってもらわないとならない。このアサクサの町はリリムちゃんにはつらい場所だが、強力な仲魔がサポートするんだから、先制されなければまず大丈夫だ。

 そして、そして……!
 とうとう、とうとう、リリムちゃんがリリスねいさんになる時がきた。
 体の中に溜め込んだ力を解放し、一気に変貌を遂げる。俺が悪魔になって間もない頃に助けてもらったリリムちゃんが、もう何日、いや、何ヶ月ぶりだろう。また俺の仲魔に帰ってくる。リリスねいさんになって、だ。
 力の解放が終わり、光が薄れると、ちょっと見るのが申し訳ないようなお姿にアヤしくにょろりんを巻きつけたリリスねいさんがいた。
「これからまた、よろしくお願いするわ」
 あああああ、少女はこうしてオトナになりました、って感じ?
 今はまだ、スキルはリリムちゃんの時のままだけど、能力そのものが格段に違う。それでも、強力なスキルを種族の記憶の中から思い出してくれるまでは、俺たちでサポートしてやんなきゃな。

 それからそれから、ストックしてある悪魔で、もう滅多に呼び出すことのない仲魔を、合体させてしまおうか。
 買い物に行く前に、先に強い悪魔作れないか、じっつぁんに相談してこよう。
 そう決めてまた邪教の館に戻る。
 俺のストック悪魔を見て、じっつぁんが生成できる悪魔の一覧を出してくれた。
 サンプル映像を見てみると、あの白い鳥がいる。フレスベルクだ。って……北欧神話系悪魔じゃん。それでなんでロッキーが、あいつあれだって気付かないかな、もう……。
 でも、火炎に弱いのはアイタタタとして、スピードあるし、ダーキニーとゴグマゴグは命乞いしてきたから見放すのも可哀想で仲魔にしただけだし。この二人を合体させてフレスベルクにして、それから育ててやれば、捨てられるよりは二人もマシだよな。ゴグマゴグはディアラマ持ってるし、うまくすると後でメディラマとかにスキルアップしてくれれば、最速で回復してくれるようにもなるわけで。

 よし。
 火炎耐性はクシミタマ合体させてくっつけるとして、フレスベルク呼んでみよう。
 俺はそう決めて、じっつぁんに頼んだ。
 ダーキニーとゴグマゴグは、飼い殺しにされているよりははるかにマシだと思うんだろう。不服も言わずに、むしろどっかほっとした様子で従った。
 俺も、憐れみだけで連れて歩いているより、ずっといい。
 やっぱり俺は、半分は人間だ。
 悪魔的にドライにはなれない。
 期待されもしないのはつらいだろうから、なんて思うんだから。
 そんなくらいなら、合体して別の悪魔になってでも、頼りにしてるって思われてたほうがいいよ、たぶん。

 クシミタマも呼び出して、さっそくフレスベルクに火炎耐性をつける。
 これで戦力も充実した。
 他には俺好みでかつ戦力になりそうな悪魔もいないから、あとはもう少し俺のレベルが上がるか、新しい仲魔ができから検討しよう。
 そう思って俺が、館を(部屋に入っていても館とはこれいかに)出ようとすると、
「待てよ」
 ロッキーに呼び止められた。

 いったいどうしたのかと思えば、
「なんでなんだよ」
 なんて言う。それじゃわけが分からない。
「なんでって、なにがよ?」
 俺が問い返すと、ロッキーは、
「なんで俺を残しておくんだよ」
 と言った。

 

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