「で、どうするんだよ、おまえは」 バカっ高い塔を見上げていたら、後ろから問われた。 「どうって何がよ?」 顔だけ後ろにねじ向けて問い返すと、ロキが面倒くさそうに頭を掻く。 「だから、あれだ。コトワリ。おまえあっちこっちでシカトしてるじゃねぇか」 付き合いが長いだけに、ロキは俺のことをよく知っている。俺が千晶にも勇にも氷川にも、徹頭徹尾、同意せずにきたことも承知なわけだ。ま、召喚できるようになった時、マガタマ暴動でわざわざ呪われてまで作り出し、以来ずっと連れているんだ。まだ召喚できなかった頃のことも、時々は話したりもしてきた。 最初のうちは「なんで俺様が人修羅なんかに」って態度モロ出しだったが、俺のレベルにして25。これだけ上がる間ずっと連れているんだから、今じゃ俺のことも認めてくれているらしい。ロキって奴は神話まで遡ったって、それほど頭の固い存在じゃないから、簡単に言えば「ダチ」ってこと。俺だって、仲魔がいなきゃろくに進めもしないのは承知しているし、従えるだの支配するだのってつもりはなかったし。
なんにせよ、ロキがなにを心配しているかは分かった。 俺は悪魔。人修羅とかいう特殊な存在じゃあるにしても、悪魔の一員だ。悪魔にコトワリは拓けないって話だから、この世界で肝心なのは、どのコトワリに属して生き残るか、ってことになる。 感情のない絶対の静寂、氷川のシジマ。 力こそ全て、強い者こそ正義、千晶のヨスガ。 誰にも干渉せず誰からも干渉されない、勇のムスビ。 裕子先生とマネカタたちが脱落したからには、この三人のうちのどれかに属するべきなんだろう。 けれど俺はロキの言うとおり、どのコトワリにも頷いたことはない。
三人が三人して守護神とやらを降臨させ、カグツチ塔も出現した。 コトワリは並び立つことがないから、一つだけが生き残り、他二つは滅亡することになるんだろう。 今の俺の状態だと、どれが生き残っても消される側に回ることになるんじゃないかと、「ツレ」としては気になって当然だ。 だがまあ、俺はちょっと、嬉しかったりもする。 「仲魔」なんていったって、実のところ全てが口約束で、強制力なんてありゃしない。悪魔は人間よりずっと義理固いようだけど、いざとなったら俺との契約を無視することだってできる。けれど、「このままじゃ俺も巻き込まれるじゃねぇか」と気にするってことは、あっさり俺から離れていくつもりがないってことで。 「こうなったら適当にどれか選んじまえよ。まだ間に合うかもしれねぇだろ。シジマは面白くなさそうだし、ヨスガはなんか鬱陶しいし、ムスビはどうよ。だいたいおまえ、なにが気に入らねぇでえり好みしてんだよ」 そんなことを聞きたがるのも、自分の身のふりを、俺と一蓮托生だと考えてくれているからだろう。
そういえば俺は、どうしてどのコトワリも嫌いなのか、話したことはなかったっけ。 カグツチ塔に入れば、こんな話をしている余裕もなくなるのかもしれない。どのコトワリにも属さない者の運命、とかの話になれば、さすがの俺も必死にならなきゃいけないかもしれないし。 「やー、最初はさ、高尚な理由があったんよ、これでも」 「おまえの『高尚』なんてあの塔2階までくらいだろ」 「茶々入れんで聞けっつの。シジマってさ、よーするに胸ン中空っぽってことじゃん? ムカついたりしなくてすむってのはいいけど、おもろいことも笑えることもないってのはつまらんでしょ。理知理知理性、理性理知、なんてちょっとついていけんね、俺は」 「俺もな」 「だしょ? ヨスガばどうかっつーと、あれ、負け組に回ったら最低よ。最強ならなんでもできっけどさ、負けたら一切の人権なし。なーんかそれ思うと、最強の自負まであるわけじゃないしさ。第一あれよ。負け組が勝ち組にリベンジしようっつって、徒党とか組んだりしはじめそうじゃねぇ? 負けたら奴隷でいいですはいスミマセン、なんてしおしおできる奴なんかいそうにないしさぁ。そしたらまーた元の人間世界みたいに俗臭くなりそーだしさ」
とかいう表向きの理由の他に、千晶ムカつく、って理由もあったりするんだが、それはもう、ロキには話したことがある。もともと他人の意思とか平気で無視する好かん女だったけど、自分が弱者側に回ること考えないバカさ加減に呆れたね、俺は。 まあ、それはそれとして。 「ムスビも実際に自分がそこで生きること考えるとつまらんよ。だって考えてもみ。自分一人で他人の干渉受けないって、自分の妄想だけが相手ってことだしょ? すっげそれ、サムいわ。一生部屋閉じこもってマスかいてろっつの。だいたい勇もムカつくし」 こっちゃ勇とフトミミ助けるためにあれこれ苦労して、あのワケの分からん捕囚所歩き回ったっつーに、人をなんにもせんで寝てたみたいにコキ下ろしやがって、なにもしてねぇのはてめぇだろうが、勝手に期待して勝手に腹立てて勝手に拗ねるまでは良しとして、それを俺が悪いみたいに言うんじゃねぇと、俺も本気でブチ切れかけたもんな。
まあ、本音の話、 「だいたいあれよ。コトワリに属するってことは、あの三人の誰かを、他の悪魔みたいに総帥だとか千晶様だとか勇様だとか、仰げっつーのよ? フ・ザ・ケ・ン・ナっつの。それだけを言や、まだしも氷川総司令がマシだね。あの人あれだ、自分でこのトーキョー作り出したり、しょっぱなからせっせと働いてんだからさ。まだしも偉いと思うわ、俺は」 「じゃあシジマかよ」 「氷川さん自体は別に嫌いじゃないよ、俺は。でもさ、シジマの世界は勘弁。だしょ?」 「おいおい。それじゃあつまり、シジマは世界そのものが嫌で、他の二つはボスが嫌。それでどれも却下してたってか?」 「まあ、ちょっと前まではね」 うん、少し前までは。 「……今はなんなんだよ」 今は、なーんかちょっと、気付いたんだよなぁ。もっと根本的なこと。ギジドウで氷川の言ってたこと聞いてさ、あれぇ?と。
「ロキちゃんさぁ」 「『ちゃん』付けやめろ」 「固いこと言いなさんな。ただのロキだと仲魔にしてないのも入るからイヤソなのよ、俺的に」 「じゃあ『様』つけろ」 「『様』つけると目ェハートマークにしたくなる」 「……それもよせ。『さん』で妥協」 「他人行儀でヤだ。じゃあ、間とってロッキーで」 「どこの間だよそりゃ」 「キミとボ・ク★」 「もういいから話進めろ……」 「よし、ロキちゃん認知」 「してねぇ!」 スカディとニュクスが、後ろでくすくす笑っている。
「話戻してだな、ギジドウで氷川の話、聞いたっしょ? 俺らにじゃなくて、裕子センセに話してたヤツ」 「ああ」 「言ってたじゃん。貴方は逃げただけだって」 理想と自由。裕子先生の拓こうとしていたコトワリ。けれどそれは、今までの世界にもあったものだと氷川は言った。裕子先生は、そんなコトワリを拓きたいと言いながら、心のどこかでは無駄だ、無理だと思っていたんだろう。そんな迷いや諦めが混じれば、コトワリなんて拓けやしない。 都合のいい夢を見て、それを追うだけの、そして捕らえる気はないという、現実逃避。……現状逃避、かな。 でも、 「あれ聞いた時に、なんかねぇ」 「なんだよ」 「いやさ、思っちゃったわけよ。おまえらも全員逃げてるだけじゃねえのって」 俺の中にふっと、そんな考えがよぎっていった。
「そりゃ闘争でもあるけどさ、つきつめればなんかそんな気すんのよ、俺。自分の嫌いなものいらない、自分の好きなものだけある世界がいいって、やっぱこれ『逃げ』よ。それもさ、嫌いなもの駆逐するのに、守護神とやらの力に頼るわけよ? なんかものすげー他力本願。それで偉そうに、俺がトップ、みたいなツラされちゃ萎えるって。なんか、冷めたのよ、俺」 俺はいきなり初心者悪魔としてこの世界にほっぽり出されて、ピクシーちゃんやコダマくんと共に身を興し(?)、今じゃロキやスカディたちを仲魔にできるほど、自分自身の力を高めてきた。 それを思えば尚のこと、神サマのお力拝借してのコトワリだの創世だの、ものすげーバカなことに思えてならなくなった。 それにさ、新しい世ってなに? 永遠に創世初期の都合の良さが続くわけ? それって時間の停止と同義じゃねぇの? それって、生きてるって言うの?
付き合いが長くても、俺の言うことはすぐには理解できないらしく、ロキは難しい顔をして考え込んでいる。 ちょっとややこしい話かもしれない。もう少しなら、シンプルに言えるかな。俺はロキの肩に手を置いた。 「なんつーか俺、今のこの世界が面白いんだわ」 「今の、って、この半端な状態か?」 「そ。エセ・トーキョー。どんなコトワリもなくて、微妙に弱肉強食。みんなが好き勝手やってる、今のこの状態。婆さんと坊ちゃんに悪魔にされたのも、今じゃ良かったと思ってるし。人間のままだったらとっくに死んでるか、コトワリ探して躍起ンなってるかもしんないけどさ。悪魔にしてみりゃ、いい世界じゃん、ここ? 適当に喧嘩して、いい感じなら仲良くなって、気に入ったら一緒にいるし、気に入らなかったら殺しあうか、それともバイバイか。すげー分かりやすいよ。無理に一人でいることもないし、無理に強弱決めることもないし、そこそこ腹立つこともあって、そこそこ笑えることもあって。ニンゲンシャカイのウザったいシステム全部ぶっ壊れて、俺的にはせいせいしてるし、だから現状維持が最善。だからさ、どのコトワリもいらんのよ、俺」
コトワリ全部ぶっ潰したら、どうなるのか。 俺は今、それを考えている。 創世のはじまらないまま、ずーっとこの、閉じたトーキョーが続くのか? けれど考えたって分かることじゃない。 たったら、死ぬまで生きるだけのこと。 それは今までの世界でもこの世界でも、これからの世界でも唯一の共通項だろう。
「おまえなぁ……。言ってること無茶苦茶だって分かってんのか? コトワリ三つとも潰すってことはだぞ。守護神つけた連中潰すってことで……」 「そ。少なくとも御三家よりは強くなんないと駄目。つかたぶん、このトーキョー最強ンなんないと駄目」 「だったらハナからヨスガにしとけよ。守護神潰せるだけの力あるくらいなら最強だぜ? 千晶とやらも無視して好き勝手できるじゃねぇか」 「ヤだ」 「なんでだよ」 「俺の気分的にはヨスガよ? 今だって、コトワリ気に入らんから力任せに潰したろかっつってるわけだしさ。けど、それをいっつも付きまとうルールにはしたくないの。分かる、そこんとこ?」 もう御免なのよ、俺。他人とか世界から、ああしなきゃ駄目ですこうしなきゃ駄目です、なんて縛られるのはさ。
気に入らない奴なら殴り飛ばしたっていいでしょ。気に入ったらどんなに弱くたって、他の誰になんと言われてたって、仲良くしたっていいでしょ。 どうしなさいなんて、他人に決められたくはない。 気が合えば一緒にいるし、ぶつかったら喧嘩するだけのこと。一人で勝てないなら仲魔と一緒でいいし、一人がいいなら一人でいればいい。 その点今の、この悪魔だらけの世界は、マイ・ベスト。
俺がそんなことを言うと、ロキは派手な溜め息をついて、掌に顔を埋めた。 「因果な奴についてきちまった」 なんて呟く。 「バアル、アーリマン、ノア相手に喧嘩かよ。挙げ句、その後どうなるかは分かんねぇときてる。現状維持になるかどうかも分かんねぇんだぜ?」 「今更なこと言いなさんな。この先どうなるかなんて、ホントはいつだって保証なんかなかったっしょ。だいたいロキちゃん、伝統的にダーク・カオスじゃん。細かいこと気にするなんて似合わんよ」 てきとーてきとー。ルールなんて決めたって、守る者と破る者が出てややこしくなるだけ。 ビバ・カオス! 俺、ダークかどうかは分かんないけどライトじゃないのは確かっぽいし、でもカオスなことは、たぶん間違いないし、だから上手くやってきたのよ、俺たち。
「さーて、とりあえずちょっくらカグツチ塔の中、覗いてくっか。おもろそうな奴いたらナンパよろしく、ロキちゃん★」 「ナンパって言うなよ。女悪魔相手ならともかくよ」 「まあまあ。あとはスカディの『静天の契り』とランダの『説得』で固めて、と……」 俺がスタメンを考えていると、本当にナンパする気満々ねぇ、とママさんことニュクスが苦笑した。
(おしまい) |