ケイドロ

 

 昔、こんな遊びがあった。
 呼び名は地方によってそれぞれだろうが、まあ、ちょっと変わった鬼ごっこさ。
 普通の鬼ごっこは鬼が一人で、あとはみんな逃げる側だが、その鬼ごっこは鬼になるほうもチームを組んだ。
 片方が警察。片方が泥棒。
 警察、これが鬼たちってわけだ。そして泥棒が逃げる。警察の数はそう多くない。不思議なもんで、そこにはいつの間にかルールがあった。たとえ二十人集まったとしても、十対十にはならないんだ。鬼……警察の数は泥棒より少ない。ま、この理由は今から説明する。
 警察側は、牢屋って場所を一つ決めておいて、捕まった泥棒はいったんここに入れられる。そして、警察の内の何人かは、この牢屋の見張りを担当することになる。
 なんでかって? ルールがあるのさ。捕まった泥棒は、仲間の泥棒にタッチされれば逃げることができるんだ。
 そう。だから見張りが必要だ。
 そして、だから警察の数が多すぎると面白くねえ。泥棒を追い掛け回す連中のほかに見張りがわんさかいたら、捕まったが最後逃げ出せなくて、この鬼ごっこをやる意味がなくなっちまう。だから、見張りの数は何人と最初から決めてあったりもしたっけな。
 他の鬼ごっこと違って、泥棒にタッチしたからってそいつが鬼でなくなることはない。警察は警察のまま、泥棒全員を牢屋にぶち込むまで続ける。

 なんで俺がこんな話をしたか、もう分かってると思うが、……そうだ。俺はこのレースの話を聞いた時、このケイドロ……俺たちはそう呼んでた。この変則鬼ごっこを思い出したのさ。
 ただしこっちは本物の警官と本物の泥棒だがな。
 金持ちの考えることは分からねえな。
 もっとも、もっと分からねえのは、こんなお祭り騒ぎにのこのこ参加したルパンのほうだ。
 そういや昔五右衛門が、不二子に騙されて殺人大会に出るハメんなったこともあったが、いやあ、ルパンの奴は自分から出かけていきやがったからな。

 ん?
 おっと。とうとうデックスの野郎もリタイアか。偉そうにふんぞり返ってたわりに、レースはまだ中盤だぜ。
 しかし笑えねえな。
 子供の鬼ごっこと違って、こっちの鬼は本物の現役警察官で、ぶち込まれるのも本物の牢獄ときてる。鬼ごっこと違うのは、助けてやるって選択肢がねえってことか。
 世界中から選りすぐられた泥棒に、世界各国の敏腕刑事。明日の日の出まで逃げきりゃこれまでの罪は帳消し。そりゃたしかに美味しい話かもしれねえが、それは射殺許可さえなけりゃのことさ。死刑執行の同意書にサインしてるのと変わりゃしねえ。
 ……なに?
 まあな。そう言いながら俺も一口乗ってるんじゃ、同じ穴のムジナか。
 俺はもちろん、ルパンに賭けたさ。それが友達甲斐ってヤツだろ。
 ただし、銭形−ルパンさ。

 ―――正気だぜ。
 ウサギとカメ……、いや、違うな。
 そうだな。
 とっつぁんとの付き合いは古い。たしか、七百何十回だか、俺たちの作戦を邪魔しようとして、ことごとく失敗してるはずだ。いつだったか、こまっしゃくれたガキがそんな講釈垂れてたことがある。
 たしかに、最終的な結果を言えばルパンは必ず逃げ延びて、いつだってとっつぁんに一泡吹かせてきた。
 けどな、獲物を盗み損なって出直したり、作戦でもなんでもなくとっ捕まった後で脱獄したことだって百回以上はあるはずだ。つまり、とっつぁんがルパンを上回ったことも、何度だってあるんだ。
 そして、とっつぁん以外の警察官に逮捕されたことは片手で数えるほどしかない上に、どれもこれも作戦の一部だったりする。
 それに、七百回だぜ。七百回。他のどんなサツが、それだけの失敗を繰り返してもまだ諦めずにルパンを追うってんだ?
 メロンだ、シャーロック三世だ、腕の立つサツは何人かいたが、そいつらは一度か二度の失敗で、それきり姿を現さねえ。
 とっつぁんだけが、他の仕事に乗り換えることもなく、何百回失敗してもまだ追いつづけてきやがる。
 そして―――こんなこと言うガラじゃねえが、とっつぁんだけが、まだルパンに負けてねえんだ。何度失敗しようと、投げ出さねえかぎり勝負は続くんだよ。

 このレースを見ろよ。
 他のサツはみんな、配当は低くても手頃なヤツを獲物にしてクリアしてる。
 ルパンを狙ってた奴だって、次々に諦めて手頃な相手に切り替えた。
 とっつぁんだけが、どんなにみっともなかろうと最後までルパンを追いつづける。
 とっつぁんにとっちゃ、名誉や手柄なんてものはどうだっていいんだ。誰に笑われようと馬鹿にされようと構やしねえし、どんな困難があろうと関係ねえ。何一つ報いられることがなくても、だからやめるってもんじゃねえんだ。どんなことがあろうと、とっつぁんかルパンか、どっちかが死ぬまで続くんだろうよ、この鬼ごっこは。

 大した根性だぜ、銭形のとっつぁんはよ。
 とっつぁんとの付き合いも長いからな。俺にも、とっつぁんの気持ちってヤツがよーく分かるぜ。
 俺が一生こいつから離れられねえように、とっつぁんは一生、ルパンを追う仕事をやめられねえ。どんなことをしても諦められねえ。諦めたほうがいいって分かりきってる時でも、こいつを捨てちゃ俺は俺じゃなくなる。こいつを捨てるくらいなら、命を捨てたほうがマシだ。
 アイデンティティ? 怒るぜ。そんな安っぽいもんじゃねえよ。

 ―――ルパンがこのレースに出たのは、もしかすると、とっつぁんとサシで勝負したかったのかもしれねえな。
 俺や五右衛門の手を借りず、とっつぁんもまた部下の手を借りず。一対一でとことんまで追いつ追われつしてみたくなったのかもな。
 ヘン、悪趣味なこった。
 ん?
 俺がとっつぁんの勝ちに賭けた理由?
 さあな。
 なんとなくだ。
 こんなものはただの運。時間が切れた時ルパンがどこにいるかなんてな。運が良けりゃ捕まってねえか、捕まっても逃げた後だろうし、運が悪けりゃたまたま捕まってる真っ最中。それだけのことさ。
 それに、ルパンのこった。案外、銭形に花を持たせてやる気―――いや、サシの真剣勝負のつもりなら、それはねえか。とすると、ちぃっとまずったかな……。
 ま、いいさ。
 こんな金、どうせ明日には戻って……

 ―――おっと。
 ……はっはっはっ!
 そうさ、ルパンがただでこんなゲームに乗るもんかよ。
 銭形と遊びたいのも本音かもしれねえが、それはそれ、これはこれさ。
 さて、こっちもそろそろ時間だ。
 それじゃあな、ジャーナリストのお嬢さんよ。

 

(Fin)

余談の「銭ガタリ」