ルパンが死んだ。 腹にドでかい風穴をあけて。 俺の目の前で。 時間が止まっていたのは一瞬。 俺は奴の体に〇・四秒で六つの穴をあけ、ルパンに駆け寄った。 だがその時にはもう、ルパンは死んでいた。
いつものトリックだ。 敵を欺くにはまず味方から。 水臭いじゃねぇかルパン。 俺とおまえの仲だろう。 なにも俺まで欺かなくたって、どんな変装でも演技でも、俺は今まで上手くやってきたじゃねぇか。 だが腹の真ん中の巨大な穴からは血と内臓越しに地面が見え、もしやと思って引っ張った顔は剥がれしなかった。
「斬る」と五右衛門は言った。 不二子は黙って泣いていた。 俺は、ルパンはどこかで生きていると信じていた。
五右衛門は斬った。 不二子はいつの間にか姿を消した。 俺はまだ、待っていた。 いつかどこかからあいつがひょっこり、いつもの間抜けな猿ヅラを見せる日を。
だが十日たっても一ヶ月たっても半年過ぎても、ルパンは帰ってこなかった。
俺は復讐なんて真っ平だ。 おまえは必ずどこかで生きている。 だから復讐なんてものは道化の芝居、俺たちはテレビのニュースでも眺めながら笑って待てばいい。気に入りの酒をオン・ザ・ロックスで楽しみながら。
だが待てども待てどもルパンは帰ってこなかった。 一年たって俺はあいつの墓石に気に入りのバーボンを瓶ごとぶっかけて別れを告げた。 もう二度と来てやるものかもう二度と思い出してやるものかもう二度と出会ったりするものかもう二度ともう二度ともう二度と。 くそったれの最低、最悪で最低でくそくらえのくそったれだ。 このむしゃくしゃはあいつらファミリーを皆殺しにでもしなけりゃおさまらねぇ。
神様今日の俺はラッキーだ。それとも俺のために少しばかり運命ってヤツをいじってくれたのかい? ホテルで一家勢揃いなら都合がいい。 爆破なんてちんけな真似は俺の性に合わねぇこいつで一人ずつ仕留めるのが俺の流儀。 たとえ相手が何人いても、俺のマグナム、もうおまえだけが俺の相棒。俺は決めていたいつだってそのつもりでいた俺が死ぬ時はおまえと一緒だって。
ベルトの後ろにこいつを挟んで俺はホテルの前に立った。 さあ正面から堂々と入場邪魔する奴等は容赦しねぇ。
―――だが、ホテルはやけに静かだった。 フロントでは若いボーイが青い顔をして寄り集まっていた。 俺はなにに阻まれるでもなく二階へ上がり三階へ上がり、これはたぶんどこまで行っても同じようだと思ってエレベーターで一気に十五階最上階にまで上がった。
エレベーターホールは呻き声と飛び散った血に彩られていた。 どいつもこいつも手か膝を撃たれて蹲っている。 壁には銃痕もない。 いったいどこのどいつの仕業だ? 俺のすることを横取りしやがったのはどこのどいつだ? しかも死体一つ出しゃしねぇこのスマートな手際。
そして俺は見つけた。 ファミリーのドンたちが集まる最上階の広間、バカでかい両開きのドアからほんの少し入った真っ赤な絨毯の上に仁王立ちしている男。 銭形。 銭形のとっつぁん。 とっつぁん。
下からどたばたと足音が近づいてきたかと思うと、エレベーターホールに立ちんぼしてる俺のことなど無視して警察官の群れが広間に殺到した。 その波をゆっくりと掻い潜って銭形が歩いてきた。 俺をちらと見たきり俯き、ボルサリーノの庇を押し下げて顔を隠す。 「俺ァ死ぬまで待つ」 俺の脇を通り過ぎる時とっつぁんが言った。 「あいつァ必ず帰ってくる」 とっつぁんの姿はゆっくりと階段の踊り場を過ぎ見えなくなった。
とっつぁんは待ちつづけるだろう。 俺もまた待ちつづけよう。 俺ととっつぁんと、二人で待っていればきっと諦めずに待っていられる。 だからルパンよ。 いつでもいいから帰ってこい。 俺はテーブルにグラスを二つ用意して待っている。 その日おまえがあのドアを開けたらお疲れさんと言って俺は瓶をとり溶けかけた氷の上からなみなみついだバーボンをおまえに押しやることに決めている。 おまえが何故姿を消しどこでなにをしているか、それはおまえから話すんでないなら聞きゃしねぇ。 だからルパンよ。 いつでもいいから、帰ってこい。 俺たちのところへ、帰ってこい。
(fin) |