ドジを踏んだ。 俺らしくもねぇ。 もっとも、てめえのケツはてめえで持つモンだ。 間抜けな俺が、間抜けな死に方をする。 不本意じゃあるが、当然のことだ。 今更じたばたする気もねぇ。 だが、これはたまらねぇ。 ルパンの野郎。 ねんねじゃあるまいし、俺は、他人にてめえの尻を拭わせる気はねぇんだ。 プライド? いいや。 誇りってヤツだ。 俺は男だ。 助けられたって、嬉しかぁねぇ。 俺が奴に帰れってぇのは、相手が悪いからだけじゃあ、ねぇ。
ショーン=ハウンド。 イヤな野郎だ。 昔一度だけ組んだことがある。 腕の立つガンマンで、五年前の俺なら、やり合おうとは思わなかったろう。 なにしろ強ェ。 早撃ちには自信のある俺だが、ショーンとやり合えば、五分五分……いや、俺には四分ほどしかねぇ。 だが、俺より腕が立つからイヤだってんじゃねぇ。 それだけの腕があるってのに、小汚ェ真似をするのが、俺は大っ嫌いだった。
俺をダシにルパンをおびき寄せようなんて、そんな了見が気に入らねぇ。 それでまんまと捕まるてめぇの頭に鉛弾を食らわせてやりてぇ。 それに乗ってまんまと出てくるルパンのどてっ腹にも風穴をあけてやりてぇ。 そういう仲じゃあねぇだろう。 俺の誇りが分からねぇわけじゃねぇだろう。 おまえだってそうだろう。 助けられちゃあ、恥じゃねぇか。 分かるだろう。 分かってるはずだ、ルバン、おめぇにも。 横に並んで歩くにゃあ、負い目ってぇのはあっちゃならねぇんだよ。 こういう時には、黙って俺の帰りを待って、見捨てるのが正しい作法ってヤツじゃねぇか?
「ハンディをやろう」 ショーンがにやにやと、右足の爪先に小石を踏んだ。 「俺は、この円から出ない。おまえは何処からどう撃ってくるのも自由だ」 ふざけてやがる。 ガンマンに足場なんざ、さほど関係ありゃしねぇ。 自由に動けるほうが有利に思えたところで、実のところはちっとの差にもなりゃしねぇ。 相手がショーンほどの腕なら、尚更だ。 「やめろルパン。誘いに乗るんじゃねぇ」 とっとと帰れ。 「なーるほどねぇ。そんじゃ、お言葉に甘えましょうか」 ルパン。
「とはいえ俺、まーるごしなのよ」 ヤツお得意のマイペース。 ショーンはそんなコントに乗ってくれるほど優しかない。 「なにせてっきり女の子の呼び出しだと思っちゃったもんだからして」 ルパンがひらひらとジャケットの裾を振ってみせるのを、ショーンは面白くもなさそうに眺めている。 「これを使え」 その仏頂面のまま、ショーンが俺のコンバットマグナムをルパンへと放り投げた。 足元に転がってきた銃を取り上げたルパンは、俺の相棒を拾い上げて顔をしかめる。 「ハンディをやると言いながら、ちっともハンディになってねぇなぁ、これじゃ」 「なんだと」 「俺の銃はワルサーだ。こんなでかいのは、扱い慣れねぇよ」 「ちっ」 ショーンもショーンだが、ルパンもルパンだ。 俺の大事な相棒を、無造作に放り投げやがる。 落ちたマグナムの変わりに、安っぽいトカレフがルパンの手へと投げられた。 「今度はちっと軽すぎるが、まぁいいか。贅沢は言えねぇ。けどよぉ、ショーン。俺は泥棒だ。こんなドンパチは、趣味じゃねぇ。俺に銃なんか持たせるなよ」 ……ルパン? たしかにおめえは盗むのが本領で、こんな殺し合いは趣味じゃねぇだろう。 だが、そんな綺麗事を言うようなヤツじゃあねぇと思っていたが……。
「おしゃべりの時間は、そろそろお終いだ」 おどけるルパンに関わらず、ショーンはデザートイーグルを持った腕を上げた。 乾ききった夕焼けに、銃声が轟く。 慣れた音だ。 だがてめぇのモンじゃねぇとなると、やけにうるさい。 腕までがっちりと縛り上げられて、耳も塞げやしねぇ。 もっとも、人間離れした身のこなしと直感で、次々と弾を避けるルパンのヤツを見ていれば、ともすると音なんか聞こえなくなる。 こんなことは、いつまでも続くモンじゃねぇ。 ショーンの弾は、当たるかどうかを運に頼ってるわけじゃねぇが、ルパンが弾をかわすのは、半分は運だ。 分が悪い。 ましてや、避けることで精一杯のルパンには、反撃に移る余裕はなかった。
ショーンは二度、弾を入れ替えた。 その隙にルパンも二度、たった二度だけ撃ったが、どちらもショーンにはヒットしなかった。 腕が違いすぎるんだよ。 いくらおめえが天才的な泥棒でも、ガンマンじゃあねぇ。 冗談じゃねぇぜ、ルパン。 てめえが間抜けなせいで、おめえの死ぬところを見なきゃならなくなるとしたらよ。
チャンスがあるとすれば、弾を替えるその瞬間か、あるいは、全弾撃ち尽くしたその時だ。 だが、ハンディと言いながら、あいつは平気でそれを無視する。 約束なんか屁とも思ってねぇ野郎だ。 案の定、イーグルの弾がなくなると、それをチャンスと思ってるルパンがようやく足を止めたと同時に、ヤツは円の外に出た。 「汚ェぞ!」 ルパンが怒鳴る。 だがその時には、ショーンは落ちていたコンバットを拾い上げていた。
右と左から、銃声が同時に響いた。 ショーンの右の頬が切れる。 赤い色がかすかに飛び散る。 夕日の中に溶ける。 だが、溶けようもないほど大量の血が、ルパンの胸から散っていた。 「ルパン!!」 二度ほど左右に揺れたきり、ルパンの体が横へと倒れ、重く弾んだ。
「へ……。あとは次元。おまえだ」 そりゃあねぇだろう。 おまえがなんとか勝ってくれりゃあ、情けなかろうがみっともなかろうが、まだしも俺は……。 そりゃあねぇよ、ルパンよ……。 頭にゴツンと、硬いものがぶつかった。 いつだって覚悟はしていた。 明日が必ずあるなんて、信じられる生き方じゃねぇんだ。 だがこんな野郎に殺られるなんてな最低だ。 俺のいなくなったこの世界で、俺が、誰が、なんと言われようと知ったこっちゃねぇが、五右衛門のヤツはあれでずいぶんと熱い野郎だから、ともすると「カタキウチ」ってぇヤツをしてくれるだろうか。そんなことを考えちまうんだから、潔くスマートに退場とは、いけないらしい。 「次元。いいツラだ。見納めにするにゃもったいないが、いつまでも見ていたいツラでもない。消えな」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ」
銃声を、俺は聞いた―――。
額の真ん中から血と脳みそを飛ばして倒れたショーンの向こうに、ルパンの姿があった。 「言ったろう。俺に銃を持たせるなって」 ヤツはにやりと口元を歪めて笑い、穴のあいていない、ただ赤く染まった左の襟を、ひらひらと振って見せた。
夕日は背後、道の果てに微かに色を残すだけで、道の両脇には街灯も輝きだしている。 ベンツの助手席で、俺は延々と黙りこくっていた。 言える言葉なんかありゃしねぇ。 ルパンが無事なら無事で、俺はただの情けない大間抜けだ。 時々ちらちらと頬にルパンの視線を感じたが、俺になんて言ってもらいてぇんだ? 分かるだろうがよ、ルパン。 口なんかきけやしねぇ。 それっくらいは……。
アジトに帰り着き、エンジンの音が消えると、あたりはしんと静かだった。 「なぁ、次元よぉ」 ハンドルを握ったまま、ルパンが言う。 「おまえにおまえの誇りってぇヤツがあるのと同じようにな、俺にだってあるんだよ。このルパン三世、挑まれて背を向けるわけにゃいかねぇ。さらわれたのが可愛いお姫様じゃなくったって、取り戻さなきゃ俺の誇りってヤツが許さねぇんだ。だからさ、捕まった自分が間抜けだと思うなら、ここは素直に、俺の誇りのために我慢してちょーだいよ」 「……誇り、か」 せいぜいこれが、まだしもマシな考え方なんだろう。 礼なんか言いたくもない。 心配したとかなんだとか、そんな言葉は鬱陶しい。 ルパンは俺のためじゃなく、自分の誇りのためにやってきた。 助けたとかどうとかじゃなく、つまり。 ルパンが勝った。 ただそれだけ……か。 「ふん」 それでも俺が大間抜けだってことだけは変わりないが、それは本当のことだ。 俺は帽子の庇を押し下げて、車のドアを蹴った。
まあ、借りにしておいてやる。 だからいつか、返してやる。 もしおまえが今日の俺みたいな大間抜けになった時には、この借りを返してやる。 これこそ腐れ縁だ。 こうしてますます腐れて行く。 そんな気がしてげんなりしたが、 「入ろうぜ、次元」 満更悪くも、ない気がした。 |