メル友

 あたしにはメル友が一人いる。
 一人だけね。
 ほとんどノリだけみたいな薄っぺらい付き合い相手を友達だって思う趣味ないの。
 「メールでやりとりしてるweb上での友達」と「メル友」はなんか違うと思うしね。
 でも、「web上での友達」とはちょっと違う、「メールで他愛ないこと会話する友達」、そーゆー意味でのメル友が、一人だけいる。
 それは、あたしのお父さん。

 お父さんなの、そのメル友。
 変?
 かもね。
 だってあたし、生活が12時間逆転してるし、しかも家庭内引きこもり状態に、家にいたら自分の部屋からほとんど出ないもんだから、家にいても親と顔合わせないの。
 だからお父さんとなんて、下手すると一ヶ月に2回ほどしかお互いの姿見ないことも珍しくない。同じ家に住んでてだよ?

 でもあたしは、お父さんはちっちゃい頃からずーっと好き。母親が嫌いな分ね。
 母親はあれよ。自分と同じでないと気がすまないの。「自分の知識・生活・人生=正しい」なの。違うと気に入らないわけ。それが自分よりも「しっかりしてる」って方向性ならともかく、少しでもレベル低いとすぐ文句つけてくる。
 それに比べてお父さんは、度を越えてまずくないかぎり、なにも言わない。「こうしなさいって言わなきゃいけないほどのことじゃないと思うからなにも言わない。おまえがそれでいいならいい」ってね。それがお父さんの考え方。前に聞いたことがある。

 あたしは母親の顔見たくないから部屋からほとんど出ないって言ってもいい。
 そのせいで、母親と同じ部屋にいることの多いお父さんとも顔合わせないわけ。
 お父さんのことは好きでも。

 そんなあたしが、この間よーやく、ものすごーく遅まきながら、ケータイ電話を買いマシタ。
 で、いずれ領収書が届くわけです。料金引き落としのね。
 それ見た母親は、なんでそんなもの買ったの、電話なら家にあるもの使えばいいじゃない、なんでそんなものにお金使うの、ってイヤそーな顔して言う。だから嫌い、あの人。自分がしないことで、かつ理解できないこと、認めないこと、いいと思えないことをあたしがすると、すぐこーゆー反応。マジムカつく。
 だから今までケータイ持ってなかったって言ってもいいよ。けど今は、「正社員になったから、いつでも連絡できるほうがいいからできたら持ってほしいって言われたの」って、ものすごくホントっぽいウソがつけるからね。だからやっと。

 ちょっと話は逸れるけど、こうなると可哀想なのがお父さん。あたしに直接言わない文句をさ、あの人はお父さんに愚痴るわけですよ。
 で、お父さんは―――別にあたしのお父さんにかぎったことじゃなくて、よくあるでしょ? つかふつーそうでしょ。自分の好きな人のこと悪く言われたら嫌な気分になる、ってさ。
 あたしの場合、お父さんから見たら我が娘です。自分の娘。そりゃもーちょっとしっかりしてくれたらなっては思ってると思うけど、それでもそれなりに認めてはいる娘の悪口聞かされたら、「哀しくなる」ってお父さんは言う。「お父さんにはおまえの気持ちも分かるから」って。
 ……ああ、ごめん。そんな話した時のこと思い出すとウルッとくるわ。お父さんが涙目になっててさ。「だから、お母さんとケンカするのやめてくれ」って言った時のこと。

 今回も、そういう愚痴はあった模様。
 けど、珍しくお父さんのほうがあたしの部屋ノックして、首突っ込んで言ったのは、
「ケータイ見せてくれんか」
 ってことだった。
 お父さんもケータイ持ってはいるけど、それ、あの人バイクが趣味だから、ツーリング先で事故ったりして動けなくなった時のための用心用なのね。とにかく通話できればいいっていう、何年くらい前のものかな。基本料金めちゃ安いかわりに、通話料めちゃくちゃ高いプランのはず。今のケータイとは全然違う。ほんとに初期の頃のだね。……初期ったって、バッグみたいにデカかった頃ほど初期じゃないよ?
 で、どうやって使うんだとか、なにができるんだとか、いじりながらちょっと話したの。好きなんだわ、あの人。昔っから電子機器とか好きで、まだほとんどの家にパソコンなんかなく、パソコン通信なんてものもろくに知られてなかったはるか昔に、「マイコン」(今で言うパソコンのこと)買ってきたくらいで。

 そんなわけだから、今の新しいケータイがどんなのか、興味あったわけね。
 写真こんなに簡単にとれるのかとか、メールどうやって文字出すんだとか、バーコード本当に読み取れるのかとか。
 で、まあ、ハナっから、これを言おうと決めては来たんじゃないかと思う。ううん。これを言うために、来たんじゃないかと思ってる。
「お父さんとメールせんか?」
 って。
 自分もケータイ買いなおしてメールできるヤツにするから、それでメールやりとりしようって。
 老眼で小さい文字見てるのつらいから、毎日とか、一日に何通もとかは無理だけど、たまにでもやってみないかって。

 あたしは、もちろんOKだった。
 もちろん。
 喜んで。
 OKしないわけない。
 あたしと話そう、話したい、同じもので楽しみたい。そんな思いあればこそ、言ってくれたんだから。
 顔も合わせないのは寂しい、でも顔合わせるとなると母親もそこにいることが多くて、お父さんが横で聞いていてイヤな思いする台詞が出かねない。
 でもメールなら、お互いに手があいた時に、一人で見れる。
 老眼で、新聞も虫眼鏡で見てるくらいで、ケータイの画面で文字見るの楽なわけもないのにさ。
 文字サイズ大きくすれば、これならなんとかって言ってさ。

 そしてあたしは日曜日、たまたま仕事が休みの日、いつもなら真夜中(ふつーの生活してる人の真昼と同じね)まで寝てるのを、仕事がある日よりも早く起きて、お父さんと一緒にケータイ買いに行った。
 同じ会社のほうが家族割引とかあるからいいねとか、画面は大きいほうがいい、ボタンも大きいほうがいいとか。使い方もできるだけ同じほうが、分からない時に教えてもらいやすくていいとか(老眼の人には説明書読むのも大変なわけですよ)。
 で、その日は結局、お父さんはあたしの部屋に入り浸りで、メールの打ち方やアドレスの登録の方法を覚えてた。老眼鏡かけてね。
 それからあたしとお父さんは、メル友になったの。

 初日の練習が終わった後、最初のメールは、「仕事の休み時間です。メール送ってみます。ちゃんと届いてますか?」だった。
 あらためて家族間でメールやりとりするって、ちょっと書くことに困る。お父さんも困ってはいたと思う。
 とりあえずあたしは、返信するのが仕事の休み時間か(夜9時頃ね)、帰ってから(夜中の3時頃よ)だから、「今日は寒いからシャワーじゃなくお風呂入りたいです。お母さんに沸かしてって言ってください」とか。まずはこんな程度。
 でも、日曜日、この季節天気が丁度いいから、お父さんはたまにバイクに乗ってツーリングに出かける。その一休み中に、「今○○にいます。さすがに歳とった。ここまで来ただけで腕も足もパンパン」とか送ってきたりして。あたしは、「大学にいた頃、アパートまでバイクで来たことあったけど、さすがにもう無理? でも、うちのお父さんバイクで○○からここまで来たんだよって、実はけっこう自慢でした☆ そう言うとだいたいみんな、すごい、かっこいいって言うよ〜」って送り返した。「じゃあ今はもうかっこよくないなぁ(^_^;)」って返ってきてた。

 今までずっとできなかった会話を、メールを使ってはじめたんだって気がする。
「晩御飯、刺身の残りが冷蔵庫にあるから見落とさないように」
 とか、
「ヒーターもういらないので部屋の外に出しておきます。しまっておいてください」
 とか、もうとんでもないほど他愛ないことなんだけど。
 あと、あたしの仕事場が仕事場だから、
「テレビでロッキー2やっていて1が見たくなりました。あったらビデオ借りてきて」
 とかいうこともある。で、あたしは
「ビデオ台所のテーブルの上に置いておきます。返却予定日は○日までだから、見終わったらまたテーブルの上にでも置いといてください」
 って送っておく。するとお父さんからは、
「お金、部屋の机の上に置いておきました」
 って返事があったりして、あたしは、
「スタッフの特権として、古いビデオはタダで借りれたりします。このお金は、新作借りる時にでも使うことにします」

 別にこんなこと、二人とも家にいる時に口で言えばいいことだろって思う人もいるかもね。
 じゃあきっと貴方の家は、親は、子供と当たり前に日常の会話ができる場所と人なんだ。
 うちは、そうじゃない。
 生活時間がまるっきり逆だってのもあるし、一週間で母親に話し掛ける言葉が「いってきます」のみだったなんてのも珍しくないのね、うちは。つかそれが当たり前なくらいかな。
 会話しないまま十年とか過ごしてればさ、いくら好きでもお父さんにも話し掛けにくいし、むこうだって話し掛けづらくなるわけよ。それがちっとも分からない人は、少なくとも家庭環境は無難でしあわせかもね。

 でもあたしのうちでは、そーゆーしあわせは行方知れずになってて、ケータイ使って、メールして、やっと、お父さんとの接点が戻ってきてくれた。
 そしてやっと、
「日曜日が休みの日ないか? 久しぶりに一緒に映画行こう。○○○面白そう」
「ちょうど今週休み! 4時くらいでいい?」
「ついでに外でなにか食べてこよう」
 やっと、顔合わせて会話する機会を、自分たちで作るのも不自然じゃないとこまで来た。
 このメールもさ、他愛ないようで、実はそれほど他愛なくもないんだよ? 基本的にうちのお父さん、映画はテレビで放送されるの見ればいいって人で、お金出して映画館まで見に行くほどのファンじゃないの。
 つまり、あたしと一緒に遊びに出かけるために、映画行こうって言ってるの。つまり映画は、半分ほど口実。久しぶりって、十年以上ぶりなんたから……。

 人によって、ケータイの良さっていろいろあると思う。
 便利なのは確かだね。
 あたしは今、文字で会話するっていうことの不思議な距離感を感じてる。
 実の父親とメールで会話してるなんて変な娘。しかも同じ家に暮らしてるのに。変な親子だよね。ごくふつーにしていれば一番近くにいる人と、わざわざ遠回りして話してるんだから。
 でも、この距離があればこそ、前より近くなった。
 近いままだと遠くて、遠回りすれば近い。
 不思議な感覚。
 ともあれ、ケータイ買った思いがけない恩恵は、お父さんっていうメル友ができたコト。
 変な親子。

 

(終)


 えらくリアルな話に見えると思います。
 簡単に言えば、この中の「いい話やなぁ」ってトコがすべて嘘で、それ以外がすべて本当です。
 自分の人生も環境も付属物も、全てはネタになるために存在すればいいのです。