RANDDY WEDDING

 

「兄さん」
 あらたまって恭介が呼ぶ。
 雹はぎくりとして、聞こえなかったふりをし、新聞に顔を隠した。
 しかしその程度のことでこたえる恭介ではない。
 そして言うには。
「結婚式、あげない?」
 ぶっ、と雹は本気で噴き出してしまった。
 唾の飛んだ新聞をゴミ箱に叩き込む。
「恭介! バカげた冗談もほどほどにしろ!」
「冗談じゃあないよ。ね? あげよう?」
「あ・の・なあ! 男同士で兄弟で、今更ケッコンもクソもあると思うのか!? だいたい、今だってさんざん好き勝手やってるではないか! それがケッコンするかどうかで何か変わるのか!? ああ!?」
 激昂して怒鳴り散らす雹に、恭介はやんわりと微笑む。
「だから、僕の言うこと、ちゃんと聞き取ってほしいな。『結婚しよう』って言ってるんじゃなくて、『式をあげよう』って言ってるんだから」
「む……」
 言われて、雹はうなった。
「僕だって馬鹿じゃない。兄弟で養子縁組も何もないし、かといってフランスまで行ったところで、やっぱり兄弟では結婚できないしね。ただ、そういう形式事を経たいだけだよ」
 言いながら、恭介の手は雹のシャツの下に入り込んでいる。
 どうせこの弟は、嫌だと言ったところで引き下がらずに、三日でも四日でも、ことによると一年でも二年でも、諦めないに決まっているのだ。
(そういえば)
 遥か昔、「将来は何になりたい?」と聞かれた恭介は「お兄ちゃんのお嫁さん」と言ったとか。
 十年間、それが変化しなかったのかもしれないが、恭介が今なろうとしているのは、「お嫁さん」ではなく「お婿さん」であることは、言うまでもない。
 そしてそれを証明する夜――――。

 用意周到というより、単なる馬鹿だ。
 しっかり式場まで予約してある上に、告知までしてあったことに、雹は眩暈を覚えた。
 形式、とやらには参列者も含まれるらしい。
 下世話な興味まるだしで集まっている知った顔ぶれに、雹は忌々しげに舌打ちした。
「本当はウエディングドレス着てほしいんだけど、さすがにそれじゃあんまりかと思ってね」
 と恭介が用意したのは白いタキシード。
 それにひらひらとフリルの大きな白いドレスシャツに、淡い水色のスカーフ、生花で作ったコサージュ、などなど。
 とにかく、この一日だけ我慢すれば良いのだ。
 どうせ恭介とのことは、隠そうともしない本人の口から皆に知れているのだし、それで罵られたこともなし。
 恥ずかしい思いを一日我慢すれば、少なくとももう二度と「式があげたい」などとは言い出さない。……恭介に欠片ほどの常識があれば、だが。
 渋々と衣装を身に着けた雹は、とりあえずみっともないのは御免なので、どうせならカンペキに着こなしてやろうと鏡に向かっていた。
 その鏡の中でドアが開き、やはり白いタキシード姿の恭介が現れる。
「やあ、兄さん。さすがに綺麗だね。雪の精みたいだ」
(この腐れ脳……)
 無視してコサージュの位置を決めていると、真後ろに立った恭介が、いきなり腰に手を添えてきた。
「! 放さんか」
「まだ少し、時間あるんだけどな」
 言いながら、恭介の手はもう既にベルトを外してスーツの中に入り込み、雹自身に触れていた。
「この……っ」
 殴り飛ばしてやりたいが、そこを刺激されると力が出ない。
 立っていることさえ難しいほどに足が震えて、雹はドレッサーに手をついた。
 恭介は雹の腰だけ曝け出させると、準備万端整っていた自分を、そこに押し付ける。
 雹は観念して、さっさと終わらせてくれることだけを願った。
 あまりしつこくされると、式の最中、その余韻を抱えることになる。
 出入りする恭介を感じながら、汗でシャツが台無しにならなければいいが、などと考える。
 もう頭痛もしないほどさんざん繰り返された日常で、今更それに対して立てる腹も失った。
 たぶん、完璧にに敗北したのだろう、と雹は認めてしまった。
 だがそう割り切ってみると、物事はそう大したことではなくなっていた。
 それに、かなり歪みきってはいるが、恭介の愛情そのものは、全て一点集中・全力投球で自分に向けられているのだ。
 それを信じられずには、こんなことなどさせられる雹ではない。
 とっくに舌を噛んでいる。
「あ……っ、も、もう……早く、イったら、どうだ……っ。時間、が……」
「まだ大丈夫だよ。それに、最中に体が火照ってるのが嫌なんだろうけど、……フフフ」
 耳元に恭介の吐息が渦巻く。
 スパートのかかった腰の動きに合わせて、雹の体も切なげにくねって、やがて、先端から白い迸りが散った。
 と同時に、中に吐き出される恭介の、生暖かいもの。
「! 恭介! 始末が……」
「分かってるよ。だから、こうするんじゃないか」
 いつの間にか恭介の手には、いかがわしいピンク色の物体があった。
 ぎくりとする雹。
「ま、まさか……」
 まさか。
 いや、しかしまさかいくらなんでも。
 二つのまさかがぶつかる。
 そして、最初のまさかが正解だった。
 恭介は力の入らない雹の腕を片手でまとめて押さえてしまうと、熱をもって膨らんでいる入り口に、冷たい玩具を触れさせる。
 そして、くっ、と指で押し込む。
 雹の背が微かに反った。
「もちろん、これじゃ小さすぎるしね。しっかり蓋してあげないと」
「恭、介……ッ!」
 また別の冷たさが、体に触れ、押し入ってくる。
 それは今しがたまだ身の内に疼いていた恭介よりも、更に凶暴な質量をもって雹の中を圧迫した。
 苦しさのあまり、呼吸が途切れる。
「は、はあ……っ、あ……」
「どう? 兄さん、好きでしょ? 一杯にされるの」
「ふざ、けるな!」
「そんなカオして凄んでも、怖くないよ。それから、ほら」
 薄く。
 悪魔のような。
 天使のような。
 微笑を浮かべて恭介が見せたのは、細く透明なチューブ。
 なんなのかと思えば。
 それを恭介は、雹の「前」に突き刺した。
 あまりの激痛に声も出ず、にわかに高まった感触に、雹は必死に「それ」をこらえた。
「……出さなきゃつらいよ? そうできてるんだしさ、人間の体」
 悪魔が、耳元で囁いた。

「新郎新婦の入場でーす!」
 ひなたが面白そうに声をはりあげる。
 こんなことに本物の教会を使わせるわけにはいかない、とボーマンガ本気で怒るので、仕方なく、それらしい雰囲気のある、ロイの友人宅の離れが会場だった。
 母屋から庭へ、白い衣装に身を包んだ二人が腕を組んで出てくる。
 馬鹿げているとは思うが、それでもつい、なかなか綺麗なものだな、などと思ってしまう光景だった。
 うっすらと高潮し、俯いた雹がことのほかしおらしい。
 てっきり開き直って、雰囲気ぶち壊しに堂々としているのだろう、と思っていた参列者たちは、意外なものを見る気分だった。
 恭介にすがるようにして、そろそろと運ぶ足取りが微かに怪しいが。
 ともすると、照れてしまっているのかもしれない。
 なんだかんだ言いながらも、雹は恭介を突き放さずにいたわけで、そこには諦めしかなかったわけではないのだろう。
 勝手に納得している招待客たち。
 しかし実際は、体の中で蠢き続ける無機物の刺激に、耐えるだけで精一杯だったのだ。
 挙げ句。
 固く押さえつけられて外からは分からないようになっているが、立ち上がった雹のものから、中にまで、透明な管がつながっている……。
 既に一度その状態でイかされて、体の奥に感じるのは、まさかありえるはずのなかった、自分の吐露したもの。
 それがぬるりと軟化プラスチックにかき回されるたび、感じているのは悪寒なのか、倒錯した快感なのか。
 縛り付けられていく。
 恭介の傍に。
 この狂った快楽の海に。
「OK。えー、汝は……」
 神父を気取ったロイの声を聞きながら、ただ奥底から湧き上がるモノに押されるようにして、雹はこっくりと頷いていた。

 

(そっとしておいてやってクダサイ……)