「春霞むヒゲ」

風の行方を ヒゲに問う

ひそかな答えは 顎の先に

心の音より微かに 声なき囁き

「風は迷い子 行方などない」

「風は身無し子 行ったとて帰るところもない」

「だから」

「問わずに行かせてやるといい」

と……

そして僕の手に

風が残したひとひらの花

「それだけが 風の居た証」

ヒゲはしめやかに 残されたのは沈黙と 桜の香

「恋人たちのヒゲ」

ささいなことで笑えたころ

きみはぼくにとって なにより大切なヒゲだった

ささいなことでけんかしたころ

きみはぼくにとって なにより大きなヒゲだった

きみのヒゲに触れるように きみのこころに触れ

きみのヒゲにキスするように きみのむねにくちづけたかった


けれどいま きみの笑顔もぼくのヒゲにはとどかず

きみの嘆きも ただとおりぬける

きみがぼくのヒゲを こっそりと裏庭の蔓の根元にうめたとき

ぼくがそのことをしったとき

ああ

ぼくたちの恋はおわった


そしてぼくも

きみのヒゲを裏庭にうめる

きみの好きだった 躑躅の根元に

  

「忘れがたきヒゲの乙女」

春爛漫 天上の乙女か 麗しきヒゲリーヌ

やがて青葉芽吹き 滴るほどの美しさ

静かな雨に濡れそぼる 姿もまこと女神に見まがう


日傘の下の いと白き肌よ 汗すら馨しきヒゲリーヌ

黒々とした木陰に佇むも まるで影を従えるかのごとき厳粛

溜め息に触れる指の細さよ


舞い散る葉音に 憂いも深きヒゲリーヌ

枯葉を踏んでひそめる眉の

痛みも露な 情け深いひと


真白な夜 窓辺にまどろむ 暖炉の影よヒゲリーヌ

音という音が真綿の雪に殺された 静寂と沈黙

何を夢見るか 閉じた青白い瞼の下で


そして私は冬の夜

扉を叩いてもいらえなく

窓に映るかのひとの たおやかなる姿だけ目に焼いて

巡る春への寝床となりぬ

「折鶴」

思いをこめて折りましょう

紙の翼がはばたいて

あなたのもとへと届くよに

思いをこめて千の鶴を折りましょう


願いをこめて折りましょう

紙の翼が風に乗り

あなたのもとへと舞えるよに

願いをこめて千の鶴を折りましょう


祈りをこめて折りましょう

あるだけすべてのの折り紙で

色とりどりの折鶴を


赤い鶴には私の髪を

青い鶴には私の爪を

白い鶴には私の涙を

そっと封じておきましょう


そして最後の一枚に

一羽混じえた黒いのに

あなたの髭を入れましょう

  

 「目に見えぬ…」

目に見えぬ

悲しみの輪郭を ヒゲでなぞる

毛先に触れるなめらかさ


毛先にとらえた悲しみに

そっと唇触れさせる

ただ冷たくなめらかな

目にみえぬ悲しみのおもて

「彷徨」

ゆく場所も

帰るところもない

語る言葉も

問う者もない


行き暮れて

かえりみたとて

変わることない

遠い旅路


この手にあるは

あてのない道

役に立たぬヒゲ