ディストの竜

     †

 

 おとうさんも、おかあさんもいない。
 どこかにいるはずなのに、なんでだろう、いないんだ。
 だからぼくは、おかあさんの匂いがするカラをおいかけて、ずっと水の底にもぐっていった。
 おかあさん。
 おかあさん……。
 おかあさん………………。
 おかあさんのあったかいおなかのなかで、ずっととくんとくんって音、きいてたよ。
 おかあさんのことおぼえてるよ。
 だからわかるんだ。
 もうおかあさん、いないってこと。
 だったらぼくはここにいる。
 おかあさんののこしてくれた、カラのそばにいる。
 ずっとずっと、ここにいるんだ。
 そうきめたんだ……。

 おなかがすいたらおさかなたべればいいものね。
 ぼく、ちゃんととれるよ。
 だれも上手だっていってくれないけど……。
 だれもほめてくれないけど……。
 おかあさん……。
 どうしていなくなっちゃったの……?

 かなしくてさびしくて、涙がでてきた。
 ぼくはひとりぼっち。
 これからもずっとずーっと。
 おとうさんもおかあさんもいないよ。
 なんでだろう。
 おとうさんとおかあさんのともだちもいないんだってわかるんだ。
 ぼくもう、ほんとうにひとりぼっちなんだって。
 おさかなさんはいいね。
 おともだちたくさんいて。
 いつもいっしょだね。
 ……たべたらかわいそうかな?
 おなかすいてもガマンしようかな。
 だって、みんないっしょがいいものね。
 ひとりぼっちは、イヤだものね……。

 おかあさん―――。

 なんかいくらいないちゃったんだろう。
 でもある日、きゅうにぼくの体がふるえたんだ。
 よんでる。
 だれかがぼくをよんでる。
 いかなきゃ。
 ぼくのからだがぼくにそういうんだ。
 いこう。
 いかなきゃ。
 ぼくを、よんでる人がいる。
 おいでって。
 ううん。
 おねがいだからきて、って。

 ぼく……いかなきゃ!
 いかなきゃいけないんだ。
 おもいっきり翼をうごかした。
 ぐんぐん水をかいて空をめざした。
 空。
 なぜかしってる、まっさおでひろくってきれいな場所。
 空へ。
 それから、ぼくをまってる人のところへ。
 ぼくは、いかなきゃ!

 でも空はおもっていたほどきれいじゃなくて、ぼくはなんだかこわくてしんぱいでたまらなかった。
 でも、いくんだ。
 きっとだからぼくをよんだんだから。
 そんなきがする。
 おかあさん。
 おとうさん。
 みててね。
 これからどうすればいいのかちっともわからないけど、ぼくはいくから。
 がんばるから。
 ぼくのしってる、おとうさんとおかあさんと、きっとおじいちゃんやおばあちゃん、そのまたずーっとおとうさんたちがしってる、あおくてきれいな空。
 ぼくきっと、それをとりもどすためによばれたんだ。

 どんどんスピードをあげた。
 だってわかるんだもの。
 ぼくとおなじじゃないけれど、いるんだって。
 ぼくはひとりぼっちじゃないんだって。
 ぼくをよんでるのは、その人なんだって。
 あいたくてあいたくて、はやくあいたくて、ぼくはおもいっきりいそいだ。
 ねえ、あなたはだれ?
 だれなの?
 ぼくたちとおなじじゃあないけれど、ほかのどんないきものともちがう人。
 なにかとても、ぼくたちにとってたいせつな人。
 あいたい。
 ぼくは、たくさんの雲をつっきって、そのお城をみつけた。

 ぼくはひとりじゃない。
 ちかづくほど、そんなおもいでいっぱいになった。
 あいたいよ。
 はやくあいたいよ。
 なのにお城の窓はちいさくて、ぼくが入れそうなところをさがすのにちょっとたいへんだった。
 大きなでっぱりのところの窓がおもいっきりひらいていたから、ここからはいったらおこられちゃうかなとおもったけど、ええい、もうしらない!
 だってぼく、あいたいんだもん!
 だぁれ?
 だれなの?
 あなたは……だれ?
 ―――だれ?

 その人からはなつかしいにおいがした。
 たくさんの大竜たちのにおいだった。
 ぼく、すぐにわかったよ。
 あなたがぼくをよんだんだよね。
 それで、これからぼくたちは、パートナーなんだよね。
 ずっといっしょにいるんだよね。
 ぼく、がんばるからね。
 きっとうんとがんばるから。
 ふたりでいたら、ひとりぼっちじゃないんだもの。
 これからよろしくおねがいします。
 ぼくが首をさげると、その人はぼくの頭をだいてくれた。
 ああ、いっぱい大竜たちのにおいがする……。
 なんとなく……ねえ、いちばんいっぱいするこのにおい。
 ぼく……おとうさんのにおい?
 そんなきがしてぼくはちょっとなきそうになったけど、ガマンした。
 だって、なきむしってわらわれたくないもんね。
 たよりにならないなぁって、おもわれたくないからさ。
 もうなかない。
 ぼくはきめた。

 


      ††

 

 お城の人たちはみんなやさしかった。
 でも、リチャードさん―――ぼくのパートナーだよ―――は、ケンカしてた。
 やっとすこしだけ、リチャードさんのきもちがわかるようになったんだけど、ぼくがまだちいさいから、あぶないことはさせたくないっておもってるんだ。
 ぼくは……最後の飛竜だから。
 とってもいっぱい、ぼくのことしんぱいしてくれてるのがわかった。
 ちゃんと練習もしないでいきなり人をのせたら、ぼくまでおちちゃうかもしれないこととか、空にいるこわいヤツにおそわれたらどうするんだとか。
 でもねリチャードさん。
 ぼくじゃないとできないことなんでしょう?
 そのためによんだんでしょう?
 ぼくがおもったよりちいさかったから、心配になったんでしょう。
 でも、ぼくはディストの飛竜だよ。
 名前だって「ディスト」ってもらった。
 最後の飛竜だから。
 だったらぼくは、この世界にいる飛竜みんなの代表選手。

 ねえ、しってる?
 がんばろう、やらなきゃ、っておもうとね、どこからか力がとどくんだ。
 がんばれってきもちと力が、とおくからたくさんながれてくるんだよ。
 その中にはね、ぼくのおとうさんとおかあさんのもあるんだ。
 きっと、しんじゃった飛竜みんな、きえてなくなったんじゃなくて、どこかにいるんだよ。
 みんなをみてるんだよ。
 ぼくを、たすけてくれるんだ。

 だから、いこう。
 ぼくはへいき。
 こわくなんかない。
 ひとりだったらこわいけど、リチャードさんもきてくれるんだよね。
 だったらぼくは、へいきだよ。
 リチャードさんがときどきおもいだす、きっとぼくのおとうさんのこと。
 ぼく、おとうさんにまけたくない。
 おとうさんみたいにかっこよくてつよくって、たよりになる飛竜になるんだから。
 あのぐるぐるの風、ほんとのほんとはとってもこわいけど、こわいからってじっとしてたら、いつまでたってもこわいままだもの。

 リチャードさん。
 だから、のって。
 みんなものって。
 ぼくにまかせて。
 ぼくはまだ牙も爪もちいさいからたたかえないけど、みんなをのせてはやくとたかくぶことくらいできるから。

 ぼくがそうおもって鳴くと、リチャードさんはケンカをやめた。
 だまってぼくの顔をなでてくれた。
「おまえがそう言うなら、行こう。フリオニール。すぐに出発の準備だ」
 そうこなくっちゃ!
 ぼくがんばるからね。
 うんとうんとがんばるからね!

 


      †††

 

 ぐるぐるの風が消えたとき、空は急にあかるくなった。
 なんにもかわってないはずなのに、なんとなくね。
 でも、なんでだろう。
 ぼくのしってる、ぼくのお父さんたち、お祖父さんたちがしってる空と、どこかちがう。
 どこかまだつらそうで哀しそうで……。
 どこかがちがう。
 ぼくの気のせいなのかな。
 うん、きっと、気のせいだよね。

 こわい人がいなくなったって、お祝いしたりした。
 それからうんとお仕事。
 こわれたお家とか、なおさないといけないから。
 ぼくもお手伝いしたんだ。
 おっきい木の束とか、ぼくのほうが一度にたくさんひっぱれるから。

 それから、リチャードさんといっしょに、お父さんたちの国にもいってきた。
 そこには、ほんの小さな男の子もいた。
 小さくて、ぼくはよっぽど近づかないと、その子もリチャードさんと同じだってわからなかったけど、うれしくなっちゃった。
 友達がふえたんだ。
 きれいな人間のお母さんもいっしょだよ。
 お城の人たちが用意してくれたぼくのごはんもおいしかったけど、このお母さんが用意してくれたもののほうがおいしいな。
 リチャードさんもものすごくうれしかったみたい。
 いつもとちょっと違う感じなんだ。
 でも、リチャードさんがうれしいとぼくもうれしいよ。
 だってぼくたち、パートナーだもんね。

 フリオニールくんたちにはナイショだけど、やっぱりぼく、リチャードさんだけ乗せて飛ぶほうがいいな。
 四人も乗るとちょっと重くって……。ちょっとだけだけどね。
 それに、リチャードさん以外の人たちは、なじまない荷物みたいなんだもの。
 おっことさないか心配で心配でひやひやするよ。
 ぼくとリチャードさんだけだったら、うんと高く速く飛べるんだけどな。

 雲の上まで行くんだ。
 お日様をいっぱい浴びて、気持ちよくってたまらない。
 飛びながらいっぱいお話して、疲れたらおうちに帰って、やわらかい干草のベッドでおやすみなさい。
 時々、ぼくがさびしいんじゃないかって、リチャードさんがいっしょにいてくれる。
 うん……。
 ぼく、この世界にひとりぼっちの飛竜だから、さびしくないって言ったらウソになる。
 でも、お日様みたいにいつもお父さんたちの気配は感じてるし、友達はたくさんできたもの。
 でもやっぱり……もっといっぱいいっしょにいてくれると、いいなぁ。

 


      ††††

 

 お城のみんながまたあわただしくなったのは、一年くらいしてからだった。
 悪いヤツは倒したのに、別の悪いヤツが出てきたんだって。
 今度はものすごく高い山の上のお城。
 もちろんぼくならひとっとびだけど、リチャードさんも平気だけど、フリオニールくんたちには無理かな。
 だからぼくはお留守番。
 お城を守るっていう仕事ももらったんだ。
 ほら、牙も爪も、すこしだけと大きくなったでしょ。もう口から火だって吐けるんだから!
 弱い魔物くらいなら追い払ってあげられる。
 お城を守りながら待ってるからね。
 早く帰ってきて。
 悪いヤツなんかたおして、今度こそ、今度こそ……。

 お姫様が教えてくれた「お祈り」をぼくはマネした。
 ぼくって手が体に比べて短いから、ちょっときゅうくつなんだけど、こうやってくんで、みんなが無事に帰ってくるように、っておねがいするんだ。
 誰にかはちょっとわからないけど……。
 早く帰ってきますように。
 みんな元気で帰ってきますように。
 そうしたらまたお祝いだね。
 あの美味しい木の実、またもらえるかなぁ?

 そんなこと考えたら急におなかがすいてきて、ぼくは干草のベッドからおりた。
 うーん、やっぱカラだ。
 リチャードさんは優しいけど、時々こわい顔して怒るんだよね。
 ぼくのためだってわかってるけどさ、一口ぶんくらい、夜食をくれたっていいとおもうんだけどな―――――――……!?

 ものすごく、とんでもなくイヤな感じが、世界のどこかで爆発した。

 その途端に呼ばれた。
 ものすごく強く。
 「早く来い」、リチャードさんがそう言ってる!
 願ってる。
 ううん、祈るみたいに強い気持ち。
 い……行かなきゃ!
 早く行かなきゃ!!

 ぼくは小屋がこわれるのも気にしないで飛び出した。
 全速力で空を飛んだ。
 小鳥さんごめんね。
 でもぼく、今はほんとのほんとに急いでるんだ。
 高い山。
 あの竜巻と同じ、でももっとずっと悪くてイヤな、体じゅうがビリビリ破れそうにイヤななにかが、そこにいる。
 早く行かなきゃ、早く、早く……!!

 邪魔しないで!
 ぼくの邪魔しないで!!
 飛んできたいきおいで体当たり、魔物になんかつきあってらんない。
 ベランダを見つけてとびこむ。
 ガラスなんて知らない!!

 リチャードさん!
 みんな!

「フリオニール、行け!」
「リチャード!?」
「行け!!」
「でも……!」
「ここは俺が食い止める。おまえたちは行け!!」

 わからない、でも、でも……おこってる。ものすごく。
 でも、まよってる……?
 かなしんでる?
 ねえ、リチャードさん、みんなもう乗ったよ?
 早く……早く来て!
 ものすごくイヤな力が、そのイヤなヤツのところに集まってる。
 こわいよ。
 なにか、絶対にダメなことになるよ。
 だから……。

「ディスト、行け。フリオニールたちを連れて行け」
「リチャード!!」
「駄目よりチャード! あなたは……!?」

 

 

死なせない。

誰かがこの力を止めていなければ、脱出すらできない。
皆、死んでしまう。
だから、俺が。

同朋全て殺されて。
たまたま一人生き残り。
悔しくて戦ってきた。
哀しくて戦ってきた。
憎くて戦ってきた。

だがいつも、なにか釈然としなかった。
どんなに戦っても、なにか心に引っ掛かっていた。
復讐のためや世界のためでは、奮い立つのは難しかった。
ずっと、ただ違うとだけ感じていた。

なんのために戦うのか。
今もまだ迷いは晴れない。
分かるのは、おまえたちを死なせたくはないということ。
俺より若い奴を、先に死なせてたまるものか。
だから、俺が。

 

 

 うん。
 ……うん、リチャードさん。

 ぼくは、行かなきゃならないんだね。
 どんなに哀しくても。
 どんなにつらくても。

「駄目! 戻って、ディスト!!」

 別れることが、パートナーの証なことも、あるんだね。

 大好きだよ。
 リチャードさんの飛竜になれてとても良かった。
 だから、ぼく行くよ。

 ……行きたくないけど。
 行きたくなんか、ない、けど…………。

 さよなら。
 ―――さようなら。

 

 さよう、なら……。

 

 

 

「クルォオオオ―――――ン……」