野盗に襲われた村があると聞き、ビサラはそこに向かうことを決めた。
そのようなひどい目に遭えば、きっと村人の心は沈み、荒んでいるだろう。
それを束の間でも和らげてやることができるかもしれないし、それは歓迎されないとしても、なにか手伝えることもあるかもしれない。
「そりゃあアタシは器用ですからなァ」
と独り言。
細かな芸も得意だが、一人暮らしのあれやこれや、路銀に困った時の臨時収入に、ナーガの腕力を活かして力仕事をしたことも少なくない。
家の建て直しでも畑仕事でも、それを少し手伝うことで「楽になったよ」と笑ってもらえるなら、それが彼の本望だった。
だが、そうして訪れてみた村には、生きた人間は一人もいなかった。
田舎の村だとはいえ、長い間、様子を見に訪れた者さえなかったのだと分かった。
腐りかけ、骨の覗いた屍が散乱していた。
しばし言葉を失ったが、たとえ誰も見ていないとしても、ビサラは暗い顔をしたくはなかった。
「せめて拝んでだけでもあげますよ。ここまできたついでです」
そう呟き、荷物を木陰に下ろした。
焼き殺されたらしく、既に骨だけになってしまった遺骸があった。
子供を庇おうとしたのか、小さな死体を抱いたままうずくまっているものもあった。
そして、どう見ても互いに切り結んだとしか思えない群れがあった。
朽ちた手の先に剣や斧が転がり、中には首から上がない死体も混じっている。
おそらく、野盗と、連中と戦った人たちの死体だろう。
だとすれば、若い青年、働きさかりの男が多かったはずだ。
「これからなんでもできる時に……。アンタたちもアンタたちですよ。ほかに楽しいこと見つければ、返り討ちにあって殺されることもなかったでしょう、に……? ……これは……」
一つの死体が、ひどく刃毀れした刀を握っていた。
剣とは違い、そう数は多くない武器だ。
そして、見た覚えのある、素朴で実用的な意匠。
人としての特徴を失い、全て同じような屍と化しつつあるそれが、ビサラの知っている人虎の青年のものなのかどうかは、分からなかった。
彼から刀を譲られた、あるいは奪った他人ということもある。
まったく同じ意匠の刀がもう一本あったのかもしれない。
分かるのは、この刀をふるっていた者は、今は屍だということだけだ。
死にっぱなしで放置されていた屍たちの中、一つだけ、埋葬途中のものが見つかった。
争いのあった村の中からは外れた、海の見える場所だった。
深く掘られた穴の底には、子供のものか、さもなければ女のものと思われる小柄な骨と、遺体をエサにしようとして穴に降り、上れなくなって餓死したらしい犬の死体が二つ、横たわっていた。
傍らには高く盛られた土。
村の墓地は教会の庭にあったのだから、ここに埋められようとしていた誰かは、海の見える場所がいい、とあえて望んだのかもしれない。
そして、その埋葬の途中に、野盗に襲われたのだろう。
村を守るために駈け戻っていっただろう男たちは、そのまま同じ世界の住人となり……。
穴の底を見下ろしていると、ぽつりと頭に雨が落ちてきた。
いつの間にか、頭上には灰色の雲がある。
「はあ……。今日は厄日ですかいな」
ビサラは急いで荷物のところに戻り、火災の被害には遭わなかったらしい家の一つに這いこんだ。
間もなく雨になると屋根からは雫がいくつとなく落ちてきたが、外よりはいい。
だが、薄暗く静かな家屋に一人っきりでいては、どうしても明るい気分にはなれなかった。
(あの刀……)
もし、あれが彼だったとしたら。
そんな思いが過ぎる。
(笑った顔、結局見れなかったわけか)
必死で、本気になって、「賞金首・ビサラジェナ」を探していた青年。
理由は知らないし、ついぞ名も聞かなかったが、彼は切羽詰ってビサラを探していた。
それだけは間違いない。
良い師に出会い、武人をやめて芸人になりきったビサラを、「百片殺し」のビサラジェナだと見抜く者は、いつも決まっていた。
彼が殺した同胞の遺族や、あるいは、死に物狂いで賞金を手に入れようとしている者だ。
娯楽のため金を求めていたり、あるいは楽しみのために首を狩ろうとする者、正義感だけで探し出そうとする者には、今まで一度として、顔を合わせただけで見抜かれることはなかった。
あの山間の村、ふらりと現れた人虎の青年は、「ビサラジェナ」を見つけた。
それは彼が、本気になってその姿を探し、求めていたからだ。
ハンターだということは、いでたちを見れば分かった。
だとすれば金が目当てなのは間違いないが、その理由は、真剣で抜き差しならないものだったに違いない。
それを叶えようとするあまり、笑うことも忘れてしまった、真面目で寂しい青年。
(あいつ……あれから一度くらい、本当に笑ったのか)
たとえあそこで死んでいたのが彼だとしても、望むとおりに金を手に入れ、それでなんらかの事をなし、晴れ晴れと笑い、そして戦い死んでいったのならば、まだ救いがあるだろう。
だがもし、志半ばで、笑うことすらなく、果ててしまったのだとしたら。
「やめにしましょ」
考えても憂鬱になるだけだ。
雨。
静かな、古くて小さな、薄暗い家。
一人きり。
そんな状態ではならない。
ビサラは大きな荷物の中から、油紙を巻いた八弦を取り出した。
名のある品ではないし、扱いとてこのとおりだが、できるかぎりの手入れを怠ったことはないし、なにより、弾かなかった日はほとんどない。
指を当てると、丸く響く滑らかな音が零れた。
雨の中、誰も聞かない、レクイエム。
(END)