別れの言葉 〜ある女の場合〜

 さよなら。
 嫌になったのよ、貴方と付き合うの。
 どうして、って?

 そうね。
 貴方、べつに嫌な男じゃないわ。
 でもいい男でもない。
 バカね。顔形のことを言ってるんじゃないわ。
 要するに、貴方は面倒なのよ。

 貴方、はっきり言って常識的だし、普通だし、ううん、そこがつまらないって言うわけじゃないわ。悪いことは悪いと思う、人のこともちゃんと思いやる、そういう、普通の人よ。
 嫌になったのは、嫌いなら嫌いだと言えばいいのに、言わないこと。
 変に遠慮深くて慎重で。
 それで誰にも愚痴も零さず、自分一人の中に仕舞って、平然と振る舞って見せるくらい芸達者ならまだしも、思わせぶりだし。

 そういう人だって分かってて、付き合ってたわ、もちろんね。
 そういうところ、貴方の個性だと思って笑って見てられるうちは良かったのよ。
 でもだんだんと嫌になってきたの。

 そんな素振り、ええ、見せなかったわ。
 べつに貴方は悪いわけじゃないし、そんなことを言ってせっかくの貴方との関係、壊したくなかったから。
 でももう面倒なのよ、気を遣ってまで一緒にいるのは。

 身勝手?
 ええ、そうよ。それが?

 ……分かる?
 貴方のそれが嫌なのよ。
 「どうせ俺が悪いんだろう」って言わんばかりの顔。
 自分を被害者にして、相手を加害者にして、そのくせ責めるんじゃなく、一人でうじうじと。
 相手の言うことにも一理あると思うなら、もっとさっぱりした顔をしたらどう?
 文句があるなら、堂々と言ったらどうなのよ。

 文句も言わない。
 責めもしない。
 それでいて、本当に自分にも悪いところがあったんだと思うわけでもない。
 だから笑い飛ばして許すこともできない。
 許してほしいと謝ることもしない。

 まあ、分かってるわ。
 貴方って、本当にその人のために気を遣うってこと、しないものね。
 いつも自分のため。
 その人に不愉快な思いをさせないでおこう、っていうんじゃなく、相手を怒らせたりして、自分が嫌な思いするのが嫌なだけなのよね。
 ……会った頃は、そうじゃなかったのに。

 会った頃は、今よりもっと心配性で、あれこれと余計なことまで気にかけて、今よりずっとビクビクしてたけど、今ほど卑屈じゃなかったわ。
 今よりずっと……ちゃんと笑ってたわ。

 貴方は変わった。
 私もたぶん変わった。
 それでつまり、もう合わなくなった、そういうことよ。

 だから、さよならよ。

 ……貴方のこと、好きでいるうちに別れておけば良かったわ。
 そうすればどんなに寂しくて切ないかもしれないけど、貴方のことを思い出す時には、幸せな気分になれるもの。
 思い出すだけつまらない思い出は、少ないほうがいいものね。
 これ、覚えてる? 貴方と行った旅行で買ってくれたもの。
 捨てるわ。
 見るたびに思い出すから。楽しかった旅行のことじゃなくて、貴方にげんなりさせられた時のことをね。
 観覧車なんて、もう見たくない。貴方と乗ったことを思い出すから。……子供みたいって思ったけど、貴方が見せてくれた夕日、あの時は本当に嬉しくて、可笑しくて、……あの時に別れておけば良かったわ。

 ……またその顔ね。
 私のこと、身勝手だと思うんだったら言えばいいのよ。
 「それならおまえはどうなんだ」って文句の一つくらい言ったらどう?
 「あの頃のおまえは」って言い返したらどうよ。
 別れたくないと思うんだったら、そう言えば?
 まだ私を好きだと思うんだったら、そう言って、考え直してくれって言ったらどう?
 私に幻滅したんだったら、そんな顔してそこにいないで、「俺をなめるのもいい加減にしろ」とでも、怒鳴ってみたらどう?
 それとも、しらけムードで「あ、そう」と出ていったら?

 私はね、中途半端が一番嫌い。
 今の貴方はどうしようもないくらい、私には中途半端よ。
 大人の度量もなければ子供の我が儘も言わない。
 怒りもしなければ泣きもしない。
 誰だってどこかしら必ず中途半端で、私だってそうだろうけど、そんなことは棚に上げてでも、もう貴方と付き合うのはうんざりなの。

 最後に一つ、忠告してあげるわ。
 これは私も学んだことよ。
 思ったこと素直に顔に出すんじゃないなら、できるだけ完璧に隠すことね。
 思わせぶり、物言いたげって、お互いが惹かれあってる時ならいいけど、少しでも心が離れたら、鬱陶しいだけだから。

 じゃあ。
 私は、貴方よりはマシな男を見つけるわ。
 貴方も、私よりマシな女を見つけたら?
 貴方の言うことになんでも「そうね」って笑って答えてくれるような、貴方を傷つけるようなことを言わない女。
 現実にいるかどうか、分からないけどね。
 それじゃあね。
 バイ。

 

(end)