それまでやけにハイテンションだったスカーフェイスが、日暮れと共にいきなり不機嫌になった。 「車買ったからドライブ行こーぜ、ドライブ」 と電話をかけてきたのはスカーのほうだ。数少ない友達のお誘いであるから、少し迷いはしたものの、ケビンマスクも気軽に応じて出かけた。町中を流して、なんとなく海岸線に出た。春先の海に人影は少なく、雄大な水平線が心地好かった。 ついさっきまで、スカーはずいぶんはしゃいでいたのだ。 新車がそれほど嬉しいのかと思ったが、少しわざとらしい気がしたのも事実。 今は、その反動のように憮然とし、黙然と波打ち際を歩いていくスカーだった。
温厚とか寛大という言葉とは無縁のケビンである。 むしろぼっちゃん育ちの挙げ句にグレたものだから、我が儘で自己中心的、……もう少し正確なイメージを伝えるならば、女王様的な男である。 この俺を誘い出しておいて、一人ではしゃいで一人でムクれてんじゃねぇよ、と呼応するように不機嫌になった。
こうなると、我が儘と身勝手は暴走する。 (チッ。だったらクロちゃんと映画見てりゃ良かった) 機械仕掛けのくせに、あれでかなり涙腺が弱いし、怖がりでもある。ヒューマンドラマや悲恋ものでは簡単に泣くし、ホラーやスプラッタは正視できない。 父・ロビンマスク直伝の攻略法によれば、親密度アップのためには映画がもってこいなのだ。映画の内容に興味はなくても、その場合はウォーズマンの反応を眺めていればいいというのも良かった。 「ただ、ホームドラマはまずい。親子の情愛とかは鬼門だぞ。見ている時は感動していても、終わった後で沈み込むからな」 などなど、具体的なポイントもしっかり教わっている(ちなみに授業料はガッチリとられた)。 今日の昼には、和製ホラーの傑作とも言われる、邦画の「リ○グ」が放送されたのだ。怖がりの怖いもの見たさで、ウォーズマンも見るつもりでいた。ケビンが一緒に見てくれるならば、と。
つまり、いい雰囲気になれるかもしれないチャンスだったのだ。 だがスカーからの電話があると、ケビンの受け答えから内容を察したウォーズマンは、行ってこいと言った。映画も見たいのは見たいが、やはり怖いものは怖い。ケビンが出かけてしまうなら、一人ではとても見る気になれないから、それはそれでいい、といったところだったのだろう。 だからケビンは、どうしようか迷ったが、友達を選んで出てきたのだ。 片思いの相手と友達とを天秤にかけて、友達をないがしろにするのは、さすがになにか嫌な気がしたのもあった。
それなのに。 一人で浮き沈みされたのでは、ついていけなかったケビンとしては腹を立てるしかない。 車が自分のものならば、主導権も自分にあったろう。だが車はスカーのものだ。無論、その気になれば走ってでも帰ることはできるが、それは非常に馬鹿馬鹿しい。 「おい」 なに一人で浮かれた挙げ句ムクれてんだよ、と言うつもりで、ケビンはスカーの脇腹を小突いた。
スカーは足を止め、くるりとケビンに背を向けた。 (……ッンだ、その態度!) 女王様は超自己中心的だった。だが、背を向けたスカーが 「なあ。俺たちももう子供じゃねぇんだしよ。俺……おまえと友達でいるの、もう我慢できねぇんだ」 と言うと、茫然とした顔に(マスクの下で)なった。 そして。 新幹線すら追い抜けるスーパーダッシュで、砂浜から姿を消してしまったのだった―――。
「え?」と言う間もなく砂埃の中に取り残されたスカーは、茜の色も乏しくなった渚で、それこそ唖然として固まっていた。 この激烈な反応は、照れたのか、パニックでも起こしたのか。 (こんなの聞いてねぇぞ、チェックよぉ) 旧友チェックメイトの授けてくれた「バナナン・ティアー大作戦」。急に不機嫌になって相手を不安にさせておいてから、衝撃の告白をする、というのが筋書きだった。予定ではこの後、いい展開になるはずだったのだが……、はたして成功したのだろうか、失敗したのだろうか。
その答えは、たぶんチェックが知っている。 彼は現在、優雅にティーなどたしなみながら、こんなことを考えているのだ。 (相手が相手ですからね……。まさか真に受けて実行はしてないと思いますが、スカーも単細胞ですし……。やっぱりあんな冗談、まずかったかもしれませんね。反省) そう思いながらも、やはり優雅にカップを傾けるチェックであった。
そして、猛ダッシュで数十キロを一気に走り帰ったケビンは、ウォーズマンに泣きついていた。 「スカーが、スカーがっ、絶交しようって……。俺と友達でいるの嫌だって……ッ」 でかい図体して泣きわめく巨大なお子様を抱えて、狼狽するウォーズマンであったとさ。
(悪いのは誰だ?) |