キングサイズのベッド。 「一人で寝るのが嫌だから」と夜ごとやってくるようになったケビンの巨体を持て余して、ウォーズマンが購入したのである。 なにせあれこれとストレスを溜めていたケビンだから、寝相は悪いし歯軋りもひどい。長い間抑え付けられていたものが、今ようやく、リラックスしたことで出てきているのだろうと思えば、ウォーズマンには笑うも責めるもなかった。 ただ、一緒に寝てほしいと言うなら、対処はしなければならない。 そんなわけで、世間がどう誤解したがっているかなど気にもかけず、キングサイズである。
「これならいいだろう」 ベッドのサイズに対してドアの高さは不充分で、搬入にはだいぶ手間取った。余計な装飾品をカットしてしまうことでなんとか運び込み、ウォーズマンも一安心である。 俺がやるから、とせっせと働いていたケビンが隣で汗を拭いつつ、 (これなら多少激しくしても……) などという不埒なことを考えているなど、思いもよらない。 (これならもう蹴り落とされることも壁との間にプレスされることもないな) などと満足している。ケビンの下に押さえつけられる可能性については、選択肢として浮かんでも来ないのが機械の生理だった。
さて、その夜。 ようやく二人で転がっていても充分なスペースのあるベッドの上で、ウォーズマンはひそかに安堵の溜め息をついた。今までは窮屈極まりなく、しかも夜中に二度も三度も蹴り落とされたり、壁に押し付けられたり、散々だったのだ。 これならなんとか、ケビンの手足が届かない位置まで離れて寝ることができる―――というのがウォーズマンの極めて無機的な考え方で、二人の間には当然のごとく、人二人分くらいの隙間があった。 ケビンの心中は、想像に難くあるまい。
ところが……。 真夜中過ぎだろうか。何度か寝返りを打って、ケビンがふと気がつくと、思いがけず近いところにウォーズマンの顔があった。 鉄の仮面で目らしい目も口らしい口も、鼻の形すらもないのに、どぎまぎするあたりがもう末期症状といえる。 それが、ころんと転がって自分のほうに接近してきたのだからたまらない。 吐息が頬をくすぐらないように……、ならロマンティックかもしれないが、その前に、鼻息がかからないように息を殺さねばならないのが、男の悲しいサガである。
そうしてふと、 (クロエの格好でいてくれたほうがいいかもなぁ) と思った。 あれならまだ目はあった。それに……あの、「何処でも好きなところから触っていいよ」と言わんばかりのスーツ。 (あ゛あ゛あ゛あ゛) 腕の中にすっぽりと入るサイズ。(自分の体の大きさゆえであり、他の超人の多くもそのサイズであることは、この際ケビンの頭の中には存在していない) 超人としては三十年以上も先輩で、かつては残虐超人とさえ呼ばれたこともあるくせに、実際にはあまりにもお人好しだし真面目だし、穢れがない。 完全なロボットやアンドロイドではないはずなのに、有機物が腐り爛れて発するおぞましさにはまるで縁がないのだ。 (俺のお姫様……vv) とりあえず、ケビンの脳は腐って発酵した後のようであるが。
などとうっとり眺めていたら、少しまずいことになった。 ここでいきなりビーストフォームにチェンジしても、勝算がないのは明らかである。時機を得るまでは、ノーブルフォームでじっと我慢するしかない。 ケビンが無理やり腰だけ引くと、その不自然な動きが伝わったせいだろう。ウォーズマンの目にはほんのりと黄色い光が灯った。 「あ、す、すまん、起こしたか?」 「…………」 返事がない。 夢現らしい。 恋狂った頭は無残で、こんなふうにぼんやりしているのも、俺といれば安心していられるからかなぁ? などと都合良く解釈する。単に、そう急には電圧が上がらないだけのことを。 それでも、また暗くなった目の光と共に、ウォーズマンがケビンのほうへ擦り寄るようにしてくれば、ケビンが舞い上がるのも無理はなかった。 (ひょっとして、自覚がないだけで本当は俺のこと……?) と思うのだって、許されるだろう。
が。
「ロビン……」
と、ウォーズマンは呟いて、それっきりになった―――。
もう明け方近いロビン邸でこの父と子が繰り広げた騒動の模様については、あえて記すまでもあるまい。 むしろ、何故あのシチュエーションで、ウォーズマンの口からロビンマスクの名が出たかを説明するべきだろう。 単に彼は、自分の子供の頃の夢を見ていたのである。三頭身の子供時代があるくせに年はとらないとはこはいかに? というツッコみは封印するとして、薄汚い袋で顔を隠し、石を投げられて生きていた幼少時代の記憶である。 夢の中でその小さなウォーズマンを拾ってくれたのが、ロビンだったのだ。 実際に彼がロビンに見出された時には成人していたが、生まれて初めて、嘲ることなく接してくれた人物である。自分を復讐のための代理人に仕立てようとしていることは分かっていたが、それでもロビン……バラクーダは、一度として、顔や体のことで差別をしたことはないのだ。ウォーズマンにとっては、師であり、兄であり、父でもあるような存在なのである。 だから、目覚めてそこにぼんやりと見たあのマスクがロビンのものに見え、その名を呟いただけなのである。
「殺す」 と一言呟いて突風のごとく出て行ったケビンと、突然暴れこんで来た息子に応戦するロビンの、血みどろの争いの原因が自分だとは夢にも思わず、ウォーズマンは久しぶりにのびのびと、広いベッドで朝まで熟睡したのであった。
結論。 美しさより無邪気さのほうが、罪は重いようである。
(美しさは罪〜♪) |