「おまえもジェントルメンの一員なら、姑息な嘘はつくんじゃなーい!!」 ロビンマスクの右フックが、光の速さでケビンマスクの左頬を打った。 「どこの国のジェントルメンが息子に会うなり拳飛ばすか!!」 ケビンの左拳が閃き、ロビンの右頬に炸裂する。 どちらも、テキサスブロンコ真っ青のパンチングである。 こうして、親子の対話は幕を開けた。 本日のお題は「ウォーズマン」だった。
それぞれの手を掴み、力比べしつつ睨みあう。 体格とパワーならばケビンが上だが、ロビンにはそれを補うだけのテクニックがあった。 「夜這いがかけたいならば最初からそう言って行きなさい!」 「お生憎様っ。それで撃墜されるのがお望みなんだろうが、そうはいくかっ」 押して、押される。押し返して、押され返される。 「ほーう。それでなにか? 『一人でねんねすゆのこあいの、いっちょにねんねちて?』とか言ってるわけか!?」 「だ〜〜〜〜ッ、気色悪りッ!! あんた猫に赤ちゃん言葉で話し掛ける口だろ!?」 「ふんっ。私は子猫相手にも紳士的態度は忘れんよ」 「それはそれでハタから見てりゃ立派な変人だ!!」 「その2mオーバーの無駄に育ったガタイで一人寝が寂しいなどとほざく不気味さよりマシだ!」 どこがどうジェントルメンかは理解不能な光景である。
その後ロビン家の書斎では、あの名作「グリーングリーン」のごとき光景が繰り広げられた。
♪ある日 パパと二人で 語りあったさ(拳で) この世に生きる喜び そして悲しみのことを(それは愛)
その時パパが言ったさ ぼくを胸に抱き(ベアハング) つらく哀しい時にも 泣くんじゃないと(ロビンスペシャル完成)♪
落下の勢いと着地の衝撃により、両足で頚動脈を締められる技―――、と言えば凄惨なロビンスペシャルであるが、被害者は語る。 「一番つらいのは、決まった後でほんのりと後頭部に当たるものの感触だ」 と。 そんな全国のロビンファン全て敵に回すようなことはともかく、かけられて初めて分かったその衝撃にもなんとか耐え抜いたケビンは、ふらつく体でなおもロビンに殴りかかっていった。 「あんたみたいなエセ紳士に、クロちゃんのなにが分かるっていうんだ〜ッ!!」 ちょっと恥ずかしい脳内呼称がつい口をついて飛び出したが、ケビン自身もロビンも、そんなことに気付く余力はなかった。(ちなみにクロエ+黒らしい)
体重を乗せて放った渾身の右ストレートを、ロビンは避けずに両手で受け止めた。押されて踵が後退し高価な絨毯は摩擦熱で焦げたが、ロビンは受け止めた息子の拳だけは、掴んだまま放さなかった。 全身全霊の力をこめた一撃だった。ケビンはその場にがっくりと膝をついた。その手がロビンの手から滑り落ち、深紅の絨毯に埋まる。 柔らかな毛足の中へ拳を打ち込むケビンの上から、 「おまえに」 とロビンの声がした。その声はかすかに震えていた。 「おまえにこそなにが分かる!」 それは、ケビンが初めて聞く、父の魂の叫びだった。
「こんな家に生まれなければというのは、おまえだけの叫びだとでも思っているのか!」 突然高尚な方向へ持っていかれた話題に一瞬取り残されて、ケビンは 「え?」 と呟いた。その隙に、ロビンの言葉が迸った。 「貴族の家に、この国に生まれなければと、私も何度思ったことか! 私が貴族でなく、私が紳士でなく、私がロビンマスクでさえなかったら、着せた恩を盾にしてとっくにノーブルフォームなんか解除したに決まっている!」 ……やはり大して高尚な話題ではないようだ。
話題の高尚さなど、ケビンにはどうでも良かった。 「お、親父が、そんな……嘘だろ? 親父がビーストフォームになりかけてたなんて……」 初めて知った父親の一面に、ケビンの口から愕然とした呟きが零れる。ロビンは大きく息をついて冷静さを取り戻すと、遠く窓の外を見やった。そこには、手入れのいい広々とした庭があり、明るい日差しの下で、緑のアーチが小さな迷路を形作っていた。 「……あの頃の私のお祈りの言葉を教えてやろうか? 『こいつはマシンだ、こいつはツールだ、私は紳士だ、女王陛下に栄光あれ』だ」 「親父……」 美しい美しい、貴族の生き方。 だが、それを望まなかったのは、自分だけではなかったのだ。ケビンはただ父親の横顔を見つめていた。
「何度こんな偽善がましい紳士の仮面なんか投げ捨てて、感情のままに襲ってやろうと思ったことか。だがな、分かるか? 私がなにかしようとしても、なーんにも知らない顔できょとんと見上げられるんだ。私のことを信じきっておとなしくしてるんだ。自分がどんなに卑しいケダモノか、百万の言葉で罵倒されるより痛切に胸に突き刺さる。私が……、私がロビンマスクでさえなかったら……っ」 「親父」 ケビンの心に、初めて父親の声が切々と染み渡った。 そしてロビンの心には、かつて己が歩んだ険しい道を、歩き始めてしまった息子への思いが湧き上がった。 それは不思議にも、嫉妬というものではなかった。
父子としては、接し方を間違ったのかもしれない。 同じ戦いの世界に生きる者としては、決して譲れないプライドがあった。 だが今やっと、対等な男と男として、この難儀な親子は通じ合えるものを見つけたのである。
「私はもう年だ」 「親父」 「それに妻もいる。無論、大切な存在だ。私が落ちぶれていた時も、文句の一つも言わず支えてくれた。捨てて飛び出した後ですら私のことを案じ続けてくれた、かけがえのない存在だ」 「ああ」 「だが、ケビン、分かるな」 「ああ、分かるよ、親父」 「男の愛は、何故だろうな。一つじゃないんだ」 「ああ」 振り返った父と立ち上がった子は、互いの手をとりあった。 「私の果たせなかったもう一つの夢を、おまえに託したい」 「親父……。いいのか? 俺で」 「フ。他の男ならはいざ知らず、おまえは私の、たった一人の息子じゃないか」 「お……親父ぃっ」 「ケビン!」 がっしりと抱き合い涙した父子は、今初めて、本当の絆を取り戻したのだった。
そうしてケビンの手には、一冊の分厚い本が手渡された。
『ロビン・ザ・フェイバリット・裏』
―――まことに傍迷惑な親子である。
(どうなるクロちゃん!?) |