ある日、ウォーズマンがロビンマスクのもとを訪れた。 「ケビンのことで、大事な話があるんだ」 と言う。 わだかまりは捨てたと言い、ロビンが編み出した技を用いることに躊躇いのなくなったケビンではあるが、捨てたのはあくまでも、レスラーとしてのわだかまりのようなものだ。 この父子の間には、深い深い谷があり、やすやすとは渡河不可能と思しき大河が流れている。 その万丈の谷に一役買ってることなど気付きもしないウォーズマンに、ロビンはマスクの中で溜め息をついた。
「あ、いや、その……あんたの家庭のことに、俺なんかが口を出しちゃいけないとは思うんだが……」 その溜め息を聞き取ったウォーズマンが狼狽する。 ロビンはことさら優しい雰囲気を心がけ、 「そういう意味じゃない。おまえにずいぶんな迷惑をかけているんだろうと思っただけだ。それで、その口ぶりだと、話というのは私とのことについてだな」 と穏やかに話し掛けた。 バラクーダ時代の調教が未だに尾を引いているのか、自分の前ではやけに緊張するこの弟子に、いくらかは申し訳なさを感じているロビンである。
何度か促してやると、ウォーズマンはやっと、話というものをはじめた。 「俺には一般的な父親ってのがどんなものかは分からないから、見当違いなことを言うかもしれないが、その、あんたはケビンに、ただの父親として接したことはあったのか?」 「ふむ。痛いところを突いてきたな。それを問われると一言もない」 「自覚があるなら、今からでもなにか、父親としてしてやったらどうかと……」 「ケビンが嫌がるだろう。俺ももうガキじゃないんだとか言って」 「それはそうかもしれないが、あれは少しひどすぎる。ケビンの心に大きな傷を残しているのは間違いない」
「あれ」とはなんだろうか。 なにがあったのだろうか。 冷静なコンピューター性の頭が、いささか熱くなっているのだから、よほどのことだろう。 「ウォーズマン。なにがあった。それ次第では、私も考えてみようと思うんだが」 話してくれないかと言うと、ウォーズマンは少し言いにくそうにした。そして、 「ケビンの名誉のために……、相手があんただから、まさかということはないと思って話す。だから、絶対に秘密にしてやってくれ。アリサさんにもだ」 いやに深刻な声になった。 そして。
「だって、もういい年をした一人前の男が、一人じゃ寂しくて寝られないなんて言って俺のベッドに入ってくるんだぞ?」 と、言った―――。
今まで張り詰めていたものが緩んだからだろうとか、父親(あんた)に愛されてるっていう実感がほしいんだとか、本当はあんたのことが好きなんだよとか。 ウォーズマンが言うことはどれもありえそうな理屈だが、ロビンの拳は机の下で震えていた。 甲には青い血管が浮かび上がり、今度じっくり、かわいい我が子ととことん(拳で)語り明かさねばなるまいなと、決意を固めるのであった……。
(ロンドンに、赤い雨が降る〜♪) |