「うわっ」 チュアリングクロスで少しばかり古書をあさり、ソーホーでざっくりと食事、グリーンパークを軽く散歩していた昼下がり。 短い悲鳴を上げてウォーズマンが飛びのいた。その腕から零れ落ちた袋をとっさに受け止めて、ケビンは不思議そうに首をかしげた。……と、ウォーズマンはそんなケビンの背後に回り、前に進まなくなる。 「どうしたんだ?」 とケビンが問うと、 「情けないが、そいつだけは駄目なんだ。なんとかしてくれないか」 ウォーズマンはケビンの足元からほとんど離れていない、繁みの際を見ていた。
こんな都会の真ん中では珍しいことながら、緑の濃い繁みから、緑色をした小さな蛇が一匹、顔を出していた。 「あんた、蛇、苦手なのか?」 「どうしてもとなれば我慢はできるが……」 意外な弱点があるものだとケビンはおかしくなったが、ここは紳士的に振る舞って、点数を稼いでおかなければならない。 さりとて嫌味になってもまずいからと、 「こんなに小さいのにな」 と一度くらいはからかっておいて、 「頼む、なんとかしてくれ」 怒らせない程度で切り上げるのが正しい。
手掴みでとって放り投げることもできるが、そんな手では触らせてもらえないだろう。 かといって、枝や棒切れを探すのもどうだろうか? 全く平気なのに、おまえも怖いのかと思われるのは嬉しくない。もちろん、苦手なものが同じならば親近感は増すだろうが、男としてのメンツというものもある。ここは頼り甲斐のあるところを示しておきたい。 手で拾って捨てて、すぐにどこかで洗おう。そう決めてケビンが手をのばし、背を屈めると、 「そんなものを素手で触らないでくれ」 とウォーズマンに止められた。 ケビンはこれ幸いと手頃な棒を探し、それを使って蛇を追い払うことに成功した。
ほっとした様子のウォーズマンの横に並び、スローペースな散歩に戻る。 「蛇だけは駄目なんだ」 珍しく言い訳をするウォーズマンの話を、ケビンはおとなしく聞くことにした。 「どうして?」 さりげなく水を向けると、話は予想外に重い方向に傾いた。 「昔、ロビンに拾われる前だが、『蛇の穴』というところににいたことがある。やられ専門のレスラーを育てる組織でな。そいつらが俺に目をつけたのは、負けた後、このマスクを剥がさせればいい見世物にできるからだった」 これではもう、からかうもなにもない。ケビンも言葉をなくして黙り込んだ。
重い雰囲気に気付いたウォーズマンは、慌てて声を少し高くした。 「いや、蛇が苦手なのはその名前のせいじゃない。ただ、そこで反抗した時、本物の蛇の穴に落とされたことがあるんだ。穴の底で何百匹もの蛇がからみあって蠢いていて、あれだけは本当に怖かった。その……気にしないでくれ。昔のことだ。そこにいたことがなければ、ロビンには会わなかったかもしれない。キン肉マンたちとも会わなかったかもしれない。おまえにも、会わなかったかもしれない。そう思えば、俺が今の俺であるために、必要な過去だったとも言えるからな」 ―――ケビンが感動したのは、言うまでもない。
ところで、じーんと来たついでのように、ふっとケビンの脳裏をかすめたものがあった。 「なあ」 「なんだ?」 「もし俺のタトゥーが蛇だったら、どうした?」 2mを一息に飛び下がったウォーズマンを見た時、ケビンは心底思った。 あの時どちらか迷ったけれど、蜘蛛(の巣)にしておいて良かった、と。 そんなことで二重の感動に打ち震えているとはまさか思わずに、不思議そうな顔(?)になるウォーズマンであった。
(いけるぞケビン!) |