俺はサンシャイン。 グズでノロマでドジでバカだった俺だが、近頃ようやく、人並みに扱ってもらえるようになった。 みんなアシュラマンのおかげだ。 こんな俺のどこが気に入ったのかと聞いたら、 「頭はないが力はある。使いやすそうだと思っただけだ」 とあっさり言い切ってくれたけど、それでもいいんだ。 今までの俺は、その力だってあてにしてもらえなかったから。 それに、 「思ったより使えるな」 ってことは、予想してたよりマシだったってことだ。 魔界のプリンス様のお眼鏡にかなったんだから、俺も満更捨てたものじゃないのかもしれない。
そうなんだ。 アシュラマンは魔界の王子様なんだ。 だから人前でも平気で俺をこき使うし、怒鳴りつけるし罵るし、だから俺を可哀想っていう奴まで出てきた。 うん。ドジでノロマでグズでバカで……似たような言葉が重なってる気がするけどまあいいか。そんな俺だけど、いくらなんでも可哀想だって言われて、俺はちょっと嬉しかった。みんなが俺のこと、バカだとは思ってても嫌いじゃなかったんだって分かったから。 でも、嬉しいけどそれは違うんだ。 アシュラマンは、けっこう優しかったりするんだから。 あ、これは内緒だぞ。いくら俺がバカだって、こんなことを人に言ったら、アシュラマンが怒るのは分かるんだから。
そうだなぁ。 俺も最初は、怖くて我が儘で人使いが荒い、王子様らしい王子様だって思ってた。 一度なんか本気で怒らせて、怒りの面にまで変えたくらいで、その時には殺されるかと思ったほどだ。 ただ、ふざけるなって怒鳴って出て行ったアシュラマンを追いかけた先で、俺はものすごく意外なものを見た。
あっ、その前に言っておかなくちゃな。 魔界の南はいつも天気が悪い。呪われてるんだ。エンサ? ジュソ? なんかそんな名前の雨が降る。 その日はいつもよりひどい雨が降っていた。濡れて平気なのは、だいぶん強い奴等だけだ。でも俺は、アシュラマンいわく「バカだから」だそうだけど、そんなに強くなくても平気だった。 怒らせてしまったら、俺は謝るしかない。許してもらえなくて、もうどうしようもないのでないなら、誤るだけなんだ。それでも駄目なら出て行くしかない。 それに、いくら腹が立ったからって、アシュラマンが雨の中に出て行って、俺が建物の中にいるのはおかしい。もともと雨宿りしようって駆け込んだところだったし。 俺は追いかけて、謝って、許してもらえなくても、だったらせめて、俺が別のところに行くからあんたはあそこで雨が小降りになるのを待ったらいいって言うつもりだった。
雨は本当にすごかったんだ。 前も見えないくらいだ。ただでさえ暗い魔界で、どんより濁った雨が滝みたいに降るんだから、想像できるだろ? 俺はバカだから、アシュラマンがどっちに向かったかなんて考えなくて、ただ真っ直ぐに走っていった。アシュラマンも頭にきすぎて、曲がろうとか考えてなかったんじゃないかな。そうでなかったら、それっきりはぐれてたと思う。 ずっと走っていくと、どうどうと川の流れる音が近付いてきた。 よく考えたら、そんなところへわざわざ飛び込む奴なんていないよな。なのに俺は、落ちたんじゃないかって怖くなって、川岸まで行ったんだ。 そうしたら、……これは冗談じゃないぜ。アシュラマンが川の中にいたんだ。
その時の俺は、間違って落ちたんだとしか思わなかった。 俺はほら、このとおり図体だけはでかいし重いだろ? だからそのまま川の中に歩いていった。なんとか流されなくて済んで、もう少しで飲まれそうになってるアシュラマンを引っ張って岸に戻ったんだ。 無事で良かったって思ってたら……六本あるうちの二本の腕を地面について水を吐き出してたんだけど、残り四本の腕の中に、小さな生き物がいたんだ。 そうだな。人間の世界でなら犬とか猫にあたるような、ペットにもなる馴染みのある生き物だ。 俺はやっとそこで気付いたよ。アシュラマンが川に気付かないなんてことはないし、魔界の王子様ともあろう人が、これくらいの流れで溺れるはずもない。なのにあんなことになってたのは、その生き物を助けるために飛び込んだんで、腕が何本かふさがってたからじゃないかって。
さっきのことは許してやるから、誰にも言うなって言われた。 え? あ、ああ。バレたらまずいって思うけど、だってアシュラマンのこと悪く言われたら嫌だから。あんただって、自分の好きな人とか尊敬してる人のことを「ひどい奴」って言われたら、そんなことないって言いたくなるだろ? そうだろ。 ともかくさ、それからやっと分かるようになったんだ。 たしかにアシュラマンは我が儘だしオウボウだけど、俺にできないような無理は言わないんだ。俺にできることだけ言うんだ。それに、俺が落ち込んでたりする時は、……なんて言うのかな。そんなこと考えなくてもいいような用事とか言いつける。 気のせいじゃない。 魔界のプリンスが「いい人だ」なんて言われたらキレるかもしれないけど、俺はアシュラマンに拾ってもらって良かったと思ってる。
だから役に立ってやるんだ。 俺はバカだけど力だけはあるし、根気良く教えもらえたら、少しくらいのことならできるようになるし。 嬉しいんだ。 俺みたいなのをタッグの相棒にしてくれて。 使いやすいって理由なんだろうけど、使えるって思ってもらえたら嬉しいんだ。他にもっと強い奴はいるのに俺を使ってくれるから、それでいいんだ。
……へへへ。 あの時怒らせた理由? え、えっと……あ、あのな、魔界の南って、そうだなぁ、ニホンで言えばシンジュクとかカブキチョウくらいのところなんだ。飲んだり食べたりできる、えーっと……そう、それ。カンラクガイってヤツ。 なにかいいことあったみたいで、繰り出したのに俺が付き合わされて……、アシュラマンは飲みすぎたみたいでだいぶ酔っ払ってたんだよな。 俺はそんなところ行ったのは初めてで、右も左も分からないし。アシュラマンの言うことはなんだかおかしくなってきてるし。仕方ないから、適当に歩いてたら覚えのあるところに出るって思ってたんだっけ。 その内に雨はひどくなるし、どんどん知らないところになるし、さびれてくし。 やっと見つけた明るい建物だったんだよな……。う、うん。なんていうか、不自然に明るいっていうか。えっと、分からないかな。あんただってカンラクガイとか、見たことあるだろ? それとも、そういうとこ知らないのか? 知ってるんなら、ほら、繁華街とかからそう遠くなくて、少しさびれたような場所で、急に不自然なくらいライトアップされてて……。
いっ、言うな、他の奴には言うなよ!? 俺だって知らなかったんだ、そんなとこだなんて! だから……だからその……アシュラマンが怒ったわけで……。 笑うなよ。あんたがそんなに笑うと、俺がよっぽど間抜けみたいじゃないか。 内緒だからな、絶対。
(終) |