とある魔術師(?)の物語

 

【3】

 フェルグロウ砦に、大学の本を取り返しに行くことにした。
 ウラッグによれば、オーソーンという学生が、魔術師のサークルに参加するための献上物として盗んでいった本が3冊あるらしい。この本を取り戻すことが、あの謎の遺物とどう関わるのかは分からないが、読む者が読めばきっと謎の一端が解明されるのだろう。禁書ではないようであるし、見つけたら私も一通り目を通してみるとしよう。

 砦にいたのは魔術師たちだが、吸血鬼を捕らえて実験台にしていたり、あまり真っ当な者ではないらしい。檻に閉じ込められていた吸血鬼たちを出してやると、礼は言わなかったし、私への恩返しというつもりもないのだろうが、砦の魔術師たちと戦い、彼等を退けてくれた。一人は犠牲になってしまったが、二人は逃げ出すことができたようだ。吸血鬼を外に出すことには賛否あるかもしれないが、すべての吸血鬼が人を殺すわけではない。現に、襲おうと思えば私を襲うこともできたはずだった。彼女たちに平穏があるように祈る。
 それにしても、この砦には魔術師たちばかりいるせいか、そこかしこに錬金素材が仕舞い込まれている。ありがたい。

 オーソーンを助け、一人でも頭数は多いほうがいいと同行を頼んだものの、彼もまた、砦の探索中に命を落としてしまった。守りきれなかったことが悔やまれる。カルジョも私も、だいぶ危ない目にあった。
 ことに、なにやら大掛かりな召喚を試みているらしい砦の主には苦戦した。本を返してくれるように頼んだが交渉は決裂し、力ずくになってしまった。自身も破壊魔法を使う上に、強力な炎の精霊まで召喚しきた。かろうじてしのぐことはできたものの、幾度ももう駄目かと思った。
 カルジョが無事であったことがなによりも嬉しい。
 お互いの無事を喜び、大学への帰途についた。

 


 

 しばらくはあんな大変な思いはしたくないと意見が一致し、ウィンターホールドでしばらく骨休めすることにした。
 カルジョは町の宿でのんびりするらしい。
 ウラッグに届ける前に、本を読んでしまおう。

■涙の夜
 この本は、サールザル、私がウィンターホールド大学に入って最初に探索したあの遺跡、元はノルドの街でもあったあの場所が、何故滅んだのかについての考察だ。
 ノルドとアルトマーの間に、大規模かつ相当激しい戦いがあったらしい。アルトマーがノルドを襲い、虐殺したその出来事のことを「涙の夜」というようだ。
 アルトマーである私としては、読んでいて複雑な気分になる。こういった書籍の常として、書かれていることは"事実"ではなく書き手の主観であることもある。ノルドの書いたものであれば、当然ノルドを善、正しい者とするだろう。私は種族だけで善悪や正義を判断したくはないけれど、自分の種族をできるだけ善良であると思いたい、という気持ちは持っている。けれど、だとしてもノルドを悪とは言いたくない。書かれているとおりなのかもしれないし、そうでないかもしれない。事実は、過去のそのときその場にいないかぎり分かるものではない。
 ともあれこの本では、ノルドとアルトマーの争いは領土といったものが理由ではなく、私とトルフディル先生が見つけたあの遺物が原因なのではないかと考察されている。アルトマーはそれを自分たちのものにしようとし、ノルドはそれを誰にも知られず使わせないように封印しようとしたらしい。

■アルテウムについて
 なんとなく聞いた覚えがある気がしていたのは、ここがサイジック会の本拠地たからだ。
 突然島ごと消えたり、場所を変えたりする島らしいが……。なんにせよ、この島に住む者たちは、かつて、タムリエルに助言を与えたりしていたようである。

■アイレイド最後の王
 アイレイドとは、アルトマーの祖のことだが、今よりもはるかに強く力を持っていたと言われている。
 この本はアイレイドの概略について至極簡単に触れたものだ。文献としては興味深いが、遺物にはあまり関係がないように思える。もし関係があるとすれば、あの遺物がアイレイドの技術によるものだ、ということになる?
 ところで、ジェイ・ザルゴは何故私の部屋に来て、椅子を占拠するのだろうか? 気安く接してくれるのは嬉しいが、ベッドで読んでいたらうっかり寝てしまった。

 種族が違うからと対立したり、時には争いになり殺しあう世の中で、この大学では誰も私をアルトマーだからどうとは言わない。もちろん、カジートだからとか、ダンマーだから、あるいはノルドだからといったことも一度も耳にしていない。素敵なことだ。

 


 

 ウラッグに本を届けたら、三冊の本は私が持っていればいいと言ってくれた。大学を出て行くつもりになったら、そのときには返してくれと言われた。もちろんそうしよう。これでゆっくりと読み返すことができる。そのうえ、本を取り戻した礼にと、魔法の学習に役立つ本を何冊も譲ってくれた。どれも非常に興味深く面白い本ばかりだ。読むだけで理解が深まる。実際に少し、魔法術の腕前も上がった気がする。
 特に興味を覚えたのは「武器付呪の目録」だ。私自身は武器をとることはないが、手に入れた武具を売るのにも、力を貸してくれる仲間に身につけてもらうのにも、付呪はとても役に立つ。
 ついその場で読み耽ってしまった。図書館は居心地がいい。まだ読んでいない本がたくさんある。

 ウラッグから、トルフディル先生と「涙の夜」について話すように言われた。やはりあの本が、謎の遺物を調べるのには最も役立つようだ。
 先生と遺物について意見を交換していると、アンカノ殿が割り込んできた。"楽しい時間"を邪魔されて、珍しくトルフディル先生が憤慨していた。
 アンカノ殿によると、サイジック会から来た者が、私を探しているらしい。
 思いがけない理由で、アークメイジの居住区に入ることになってしまった。

 アークメイジの居室で待っていたのは、あのときのサイジック会の男だろうか? 幻影と実物とではなかなか一致しない。
 彼は、自分が来たことについては心配する必要はないとサボス殿と話していたが、私が近づくと、たぶんこれも魔法なのだろう。急に世界が奇妙な光の中に閉じ込められ、また私と彼だけの世界に切り離されてしまった。
 彼はあの遺物―――"マグナスの目"というらしい―――あれの取り扱いについてひどく心配していた。懸念しているのはサイジック会全体もそうなのだが、その中でクアラニルという彼は、私たちに特別友好的にしてくれるようだ。たぶん、彼がいなければかなり強硬な手段をとって、なにかが行われるのではないだろうか。
 話は不透明で、なにが起こりつつあるのかは分からなかったが、彼が私の味方であり、自分の身や立場を危うくしてでも手助けをしようとしてくれていることと、なにか重大なことが起こりかけていることは感じ取れた。

 ダンレインの予言者に会え、とクアラニルは言った。ダンレインというのは、かつては大学の学徒だった人物のようだが、今はなにか"違うもの"になっているらしい。
 サールザルのときと同じく、彼との会話が終わると、元に戻った世界では、サボス殿とアンカノ殿がなにやら落ち着かない様子だった。アンカノ殿は敵意を剥き出しにしていた。サボス殿は、クアラニルが来た理由がさっぱり分からず、彼がなにもせず帰っていった理由も不明なので、サイジック会に失礼なことをしたのでなければいいがと案じていた。アークメイジともあろう人を不安にさせるとは、サイジック会というのはそれほどに権威のある組織なのだろうか。名前くらいは知っていても、詳しくはなにも知らない。サボス殿は知識がある分、私よりも正確に重みが分かるのだろう。
 ともあれ、たぶん大丈夫だ、優しそうな人だったではありませんかと話しかけたついでに、ダンレインの予言者というのをご存知か尋ねてみた。サボス殿の口から出たのは、トルフディル先生の名だ。気軽に話題にするにはふさわしくない予言者のことを、トルフディル先生は時々話したがるらしい。先生に聞けば、もう少し詳しいことが分かるだろう。

 それにしても、クアラニルはどこへ行ったのだろう。歩いて出て行ったが、人目につかないところで消えてしまったのではないかという気がする。サイジック会には、なにかそういう、私たちよりもはるかに優れた魔法の力が伝わっているのではないだろうか。
 興味はあるが、きっと私の手には負えないだろう。

※ アークメイジの居室はさすがだ。錬金台、付呪器。小さな庭。灯火の魔法で生み出すような明かりがずっと漂っていて、様々な草花、菌類が育っている。綺麗だった

 


 

 アンカノ殿と話していると、父と話しているような居心地の悪さを感じる。父は確かに優秀な魔術師だと思うが、私はやはり、好きになれない。

 


 

 ダンレインの予言者は、ミッデンという場所にいるとのことだった。
 トルフディル先生が生まれるよりもはるか前の学生であり、優秀なウィザードでもあったが、強大な力を得ようとした挙げ句、なんらかの事故に遭ったらしい。
 なんにせよ、ミッデンは大学の地下にあるという。
 探してみると、中庭の片隅に小さな地下への入り口があった。中は凍てついた、牢獄のような石造りの迷路だ。なにかはよく分からないが、大掛かりな仕掛けがあった。これはいったいなんなのだろう。
 氷の生霊にドラウグルまで住み着いているが、数が少ないのが幸いだ。壁には人骨を使った作った不気味なオブジェまである。ろくな場所ではないらしいし、こんなところにいるとなると、予言者というのも一種の危険人物だったに違いない。
 その奥の鍵のかかった扉に触れると、たしかに男の声がした。だが中に入ってみると、そこにいたのは、青白い光、だった。
 "彼"はなにやら、もう手遅れだとばかり言う。それに、アンカノ殿もここに来たと? 彼はミッデンのことも予言者のことも知らないと言っていたはずだが。どうも彼は信用できない。そう決めつけたくはないのだが。
 予言者の言うことはよく分からないが、クアラニルが心配しているなにかを避けるためには、"マグナスの杖"とやらを探さねばならないらしい。予言者はその場所を教えてくれなかったが、アークメイジに話せと言っていた。
 それきり予言者の光は消えてしまった。

 来た道とは別の道をたどったところ、妙な手の像のある場所に出た。これもまたよく分からないシロモノだ。傍にある手記によると、サボス殿より前のアークメイジの時代の話のことのようだ。なにかを召喚しようとして、生徒たちが死亡したという。オブリビオンの紋章が刻まれたものなどろくなものではないに違いない。少なくとも私は、自分の魔術の技量に自信がつくまでは……十分以上の自信を得る日が来るのでなければ、二度とここには来ないだろう。
 むしろ私にとっては、垂れ苔が手に入ったことのほうが喜ばしい。これはたしか、クマの爪と調合すると非常に良い値で売れたはずだ。もっと他に、垂れ苔の手に入るところはないだろうか。

 元素の間にいたサボス殿と話すと、今度はマスター・ミラベルと話すように言われた。彼女が杖について言及していたから、と。しかし、彼はマグナスの杖について、自身もなにか知っているように見えたが……?
 ともあれ、褒美にとサークレットをいただいた。素人魔術師用のフードよりは、集中力を上げる効果がありそうだ。ありがたく使わせてもらうとしよう。

 


 

 マスター・ミラベルに話を聞いた。
 最近サイノッドの者がマグナスの杖について話を聞きに来たらしい。サイノッドとは懐かしい響きだ。シロディールの魔術師たちだが、権威主義で、私は誰と話しても好きになれなかった。ということはつまり彼等も私のことは好きでないということで、何度か気の滅入るような口論になったことがある。
 ムズルフトという遺跡に向かったらしい。仕方ない。気は進まないが、私もそこへ行くとしよう。しかし、ムズルフトという名前からすると、ドゥーマーの遺跡ではないか? 行く前にカルジョに声をかけよう。私一人で探索できる気はしない。
 ムズルフトはウィンドヘルムから南西にあるらしい。正確な所在地は誰も知らないから、近辺まで自力で行くしかないようだ。

 


 

 ウィンドヘルムで準備を整えて出発し、カイネスグローブという小さな村についた。この近くにはリュウノシタの黄色い花がよく見られる。珍しいことに、街道沿いにはクリープクラスターも見つかった。
 例によってその調子で寄り道していたら、いつの間にかオークの集落に来てしまった。日も落ちたし、泊めてもらえないかと思ったが、親族でないかぎり入れてはもらえないらしい。仕方ない。しかし、オークの集落とは興味があるので、入る方法はないのかと訪ねると、「巨匠の指」という魔法の篭手を見つけてくればいいと言われた。急ぐことでもないが、時間ができたらぜひ探してみよう。

※ ウィンドヘルムの町中に垂れ苔。
※ そういえば、ソリチュードの町中には青い花が咲いていた。

 


 

 なんとかムズルフトに辿り着いた。
 途中では、倉庫のようなところもあった。ドワーフのインゴットが大量に保管されていたのには驚いた。
 ドワーフの遺跡など、初めて訪れる。いったいどんなものが見られるのだろうか。危険もあるに違いないが、楽しみでたまらない。

 と思っていたが、中に入った途端、まさか人が死ぬ場に立ち会うなどとは思っていなかった。サイノッドの一員のようだ。彼は一言二言うめくと息絶えてしまったため、なにがあったのかは分からない。なんにせよ、ここが危険であるということは、まったく間違いがないということだ。

 中には、太いパイプが蒸気を吹き出し、金属でできたクモのようなものが徘徊していた。どうやら魂石と、油で動いているようだが……。
 内部はまさに迷路のようだ。だがサイノッドの遺体が正しい道を教えてくれた。
 月長石の鉱床があったのは幸いだ。お誂え向きにつるはしまで付近に落ちていた。
 危険ではあるが、素材集めにはなんと素晴らしい場所だろう。魂石は豊富に手に入るし、このオイルも素材になりそうだ。ドワーフのインゴットや、インゴットに加工できそうな金属塊も見つかるし、時々はドワーフの武具も手に入る。資金を作るのにも丁度いい。
 奥のほうではファルメルの死体まで見つけた。
 いくつもの意味で言うが、こんな場所を一度で探索するなんてとても無理だ!

 


 

 大学に戻った際、精鋭クラスの破壊魔法を買った。エクスプロージョンとチェインライトニングだが、私では使いこなすのは難しい。しかしここぞというときに身を守るためには、これくらい強力な魔法があってもいいだろう。ただ、一度に半分ものマジカを消費してしまう。もっと熟達すれば、消費マジカもだいぶ抑えられるのだろう。私はまだまだ見習い程度だということだ。だが、いつかそうなる日を迎えられるよう、もっと研鑽せねば。

 


 

 ムズルフト、二日目。
 ピックを何本も駄目にして、どうにか達人クラスの鍵を開けたドアの先で、この遺跡の合鍵を見つけた。これでずいぶん楽になる。
 また、素人レベルの基本的な魔法も、場合によっては精鋭クラスの魔法に劣らない効果があることを痛感している。近づかれてしまったなら、ファイアボルトなど使っていても仕方ない。火炎の魔法で継続的に攻撃したほうがはるかに効果的だ。
 それに、広範囲の魔法は仲間も巻き込んでしまう。カルジョの毛皮を焼いてしまうのは可哀想。

 ここはドワーフの居住区、巨大な建物の中に作った町だったようで、あちこちに石のベッドも見つかる。だがこんなところではさすがに眠れない。野宿には慣れているものの、寝場所はまず柔らかな槌の上や、落ち葉を集めた上に作る。石の上というのは……。
 十分な休息が取れない以上は、無駄に疲労しないよう、ゆっくり進むことにする。

 


 

 最奥で、パラトゥスというサイノッドの男と、奇妙な装置を見つけた。道中のファルメルが持っていた球体を使って、ドゥーマーの残した壮大な装置を動かすことができるらしい。
 パラトゥスは大学に協力を仰ぎに来た者のようだが、正直なところ私には、なにを言っているのかがよく分からなかった。大学に"マグナスの目"があることを、こちらのなにか企んだことのように決めつけてしまっている。あれが大学にあるのはたまたまで、なんの意図もない。むしろ使い方もなんなのかも分からないから私が調べまわっているだけだ。
 パラトゥスはなにかにひどく固執し、魔法の力を解き明かそうとしているようだが……。シロディールに戻って議会に報告し、私の"企みを暴いてみせる"などと言っていた。困った人だ。
 装置は、天蓋から取り込んだ光をうまく屈折させ組み合わせることで、地図を投影するものだった。それにより、"マグナスの杖"はラビリンシアンという場所にあると分かった。サイノッドの邪魔が入らない内に、さっさと行動する必要はありそうだ。

 遺跡から出ようとしたところで、クアラニルの(たぶん)幻影が再び現れた。私の道は間違っていないと彼は言う。サイノッドの動きも気になるが、その対応はサボス殿に任せてもいいように思う。なんにせよ、早く大学に戻って報告しなければ。

 

【4】

 大学に戻ると、アンカノがなにやら不穏なことを始めていた。元素の間に強力なシールドを張っていたのだ。彼がそうしていても別に驚きはしない。ただ、思っていたよりはるかに早く正体を現した気がしただけだ。
 サボス殿とマスター・ミラベルとともに魔法でシールドを破壊し、強引に中に入った。
 アンカノはマグナスの目に向かい……力を放出しているのか、それとも吸収しているのか。マスター・ミラベルが止めるのにも関わらずサボス殿は近づき、途端、閃光があたりを包み、私はすさまじい力で吹き飛ばされた。壁にしたたかに体を打ち付けたが、マスター・ミラベルの声でなんとか起き上がると、目とアンカノを取り巻き、嵐のような魔力が渦を巻いているのが見えた。
 サボス殿の姿がなかった。マスター・ミラベルに言われ付近を探したが、どこにもその姿はなかった。
 まさかと思ったとおり、サボス殿は不可思議な力で、壁を超えて中庭にまで飛ばされ、そして、絶命していた。
 そしてウィンターホールドの町に、なにか得体の知れない霊体のようなものが飛び回り、私はファラルダ先生やアーニエル氏とともに、それを駆除せねばならなかった。とはいえ、乱戦の中でカルジョもアーニエル氏も負傷し、膝をつくことがしばしばあったので、私はせっせと、自分の身も含めて、治癒して回っていたようなものだ。それでも彼等が霊体を撃退してくれたので、結果に問題はないだろう。

 その後マスター・ミラベルのところに戻り、これからラビリンシアンに向かうことを告げると、彼女はアークメイジから渡されたものだと言い、奇妙な鉄の輪を私にくれた。「いずれ時が来れば必要になる、と言っていたのは、貴方(私)に渡すためだったのではないか」と。
 ラビリンシアンといえば、司書のウラッグから聞いた第一期の高名な魔術師・シャリドールが篭った場所だ。ウラッグからはシャリドールについて書かれた本が見つかったら持ってきてほしいと言われていたが、まさか、シャリドール自身がいたと言われる場所に向かうことになるとは。

 


 

 いったいどういうことなのだろう? 幻影たちの姿が見え、声が聞こえる。
 しかも、中の一人は「サボス」と呼ばれていた。幻影の「サボス」は若さと自信に満ち溢れた、そして軽率な若者だ。
 どうやらこれは彼等が学生時代、この遺跡に眠る宝を探そうとやってきたときのものらしい。
 広いところに出ると、ドラゴンの骨に襲われた。
 ドラゴン自体は時たま見かけることがあった。だがまさか自分が襲われることになるとは夢にも思わなかった。
 氷のブレスを吐く上に、回りにいるスケルトンたちまで氷雪の魔法を使ったり、弓で射かけてきたり、死ぬかと思った。カルジョが無事なのかも気になって仕方なかったが、使うときがある気がしてずっと持っていた保湿の薬を飲んでなんとかしのぎ、どうにかこうにか撃退ができた。
 ドラゴンが倒れた後、スケルトンと戦っているカルジョを見たときには本当にほっとした。
 ドラゴンなんて、私みたいな普通の者が会うべき相手じゃないと思うのだが……。

 次の通路で、またサボスの幻影。彼等もかつて、あの広間でドラゴンに襲われたのではないか? ともすると、ドラゴンが骨だけのになっていたのは、彼等が生身の状態で倒していたからではないか? それでも、6人いた魔術師は、5人に減っていた。
 大学が危険なのは分かるが、これは私には荷が重すぎやしないか? 役者不足とはこのことを言うのではないか?
 とはいえ、引き返して誰かに頼もうにも、学友たちはあまりあてにならない様子であったし……。どうしようもないと思うところまでは、カルジョの腕を頼みに、進んでみるしかない。

 奥へ進むと、聞いたことのない言語を語る声が聞こえ、マジカを奪われた。慎重に進めば、流出が終わり、自然回復を待つことはできる。これは、うまくできるかどうかはさておき、隠密行動に徹してゆっくりと前進したほうがいい。
 脇道に、付呪器と錬金台のある小部屋があった。椅子には誰かの死体が腐り果て、白骨化したまま腰掛けていた。
 更に進むと、今度は私に分かる言葉で、声が語りかけてきた。声の言うとおりだ。私に分からない言語で話されても困る。
 水の流れる地底で、声は私のことを「アレン」と呼んだ。どうやら私をアークメイジと勘違いしているようだ。話しかけるたびにマジカを奪うのはやめてほしいものだが。それにしても、「終わらせられなかったものを、終わらせる」とはどういうことだろう。この声の主は誰なのだろう。「また失敗するだけだ」と言ったりもする。
 やがて人違いに気付いてはくれたようだが、マジカを奪うのはやめてくれない。

 またサボスたちの幻影を見たが、また一人減っていた。そして、青白い霊体の犬やドラウグルに襲われるという、なんとも奇妙な体験をした。しかも、剣まで霊体のようなものでできている。
 鍵のかかった扉のむこうで黒檀の盾を見つけた。こんな素材でできた武具を見つけたのは初めてだ。実感や手応えというのはあまりないが、こういったものが眠る場所を探索できるほどには、私の腕も上がってきたということだろうか。それとも、これはたまたまの幸運なのだろうか。そうかもしれない。
 だがなんにせよラッキーだ。さっそくカルジョに渡した。彼も不安を覚えていたらしく、より強力な武具を手にするとほっとした様子だった。これでしっかりと身を守ってほしい。
 そしてその先で、また一人魔術師が減っていた。残っているのは、サボスの他二人だけだ。

 ラッキーだったのはそこまでだった。
 サボスたちが踏み込んだのは、古のドラゴンプリースト、強力な魔術師の眠る場所だったらしい。霊体と化した二人の魔術師が、魔術師モロケイを魔力のシールドで動けなくしているようだ。マグナスの杖は探しても見つからず、となれば、モロケイが持っていると考えられた。
 仕方なく、魂のみの存在となった魔術師を、申し訳ないが冥府に送らせてもらった。
 後は、つくづくと、二連の唱えにより相手をよろめかせられるようになっていて良かった。それだけだ。まともに戦っては、まず勝てない相手だったに違いない。

 思ったとおり、マグナスの杖はモロケイが持っていた。私はそれとは別に、灰にならずに残った奇妙な仮面を手に入れた。身に付けると呪われそうな気もしたが、持った感じ、そう悪いものとは思えなかったので、おそるおそるかぶってみたところ、精神が研ぎ澄まされるような不思議な心地だ。素晴らしい遺物を手に入れたに違いない。
 ただ、この姿で町を歩いていたら、絶対に衛兵に捕まるような気がする。そろそろ、町にいるときとそうでないときで、着ている服を換えたほうがいいのかもしれない。

 入ってきたときとは別の道を見つけて、外に向かった。そこで最後の幻影を見た。
 はっきりとは分からないが、どうやらサボス殿は、共に来て最後まで残った二人に魅了の魔法をかけ、死後も永遠にモロケイを封じるようにしたらしい。それは凶悪な魔術師を外に出さないため必要なことだったのかもしれない。だが、自分が残るのではなく、仲間を無理矢理に残したのだ。勝手かもしれない。しかし彼を責められるだろうか? もし私だったらどうしただろう。私に当時のサボス殿と同じくらいの魔法能力があり、同じことができるとしたら? 自分が犠牲になることを、選ぶ自信はない。
 あのアークメイジにこんな秘密があるとは思わなかった。

 外に出るのにあとどれくらいこの迷宮を進まなければならないのか、たいがい裏口は短いものだし、今回もそうだといいがと思っていたら、サルモールのお出迎えに遭った。
 アンカノの指示で杖を奪い、ついでに私を殺しに来たらしい。残念ながら、いくら戦略勝ちとはいえ、ここまでラビリンシアンを歩いてきた今となっては、目の前にいる、自分とさして違いもしない魔術師一人、さして恐ろしいとは思わなかった。
 カルジョも、やっと出られると思っていたところを邪魔されて、相当立腹していたと見える。すさまじい攻撃で、実のところ私の魔法など最初に少し使っただけだった。
 サルモールの制服は、見た目は嫌いではないが、身に着けていると彼等と同類に扱われるだろうことが残念だ。
 しかし、これをスマートで洗練されていると感じるのは、私がアルトマーだからだろうか。いかにもアルトマーらしい世界で、その教育を受け、その文化に馴染んで、ともすると洗脳されて育ってきたからかもしれない。ノルドたちにはどう見えるのだろう。カルジョには? しかしあまりにも馬鹿げたことなので、黙っておくことにした。

 ところで、遺跡の中にはブリスターワートや白かさキノコ、ベラドンナがところどころに生えていた。ブリスターワートは小麦と調合すれば即席の回復薬になるし、白かさキノコは赤い花と合わせればマジカの回復薬になる。効果はささやかだが、私にはどちらも大切な薬だ。ベラドンナは一般的には毒だが、組み合わせ次第で魔法耐性を得ることもできたはずだ。
 カルジョには、こんな緊急事態にまでそれかと呆れられた。それは、緊急事態だからといって息をしなくなるわけじゃないだろうと行ったら、ますます呆れられた。

※ ここにもまたドラゴン文字の壁があった

 


 

 探索の途中、なんとなく腕が痛い、熱っぽいと思っていたが、どうやら気のせいではなく骨折していたようだ。
 だがマグナスの杖を手に入れるという非常に困難な仕事を終えた以上は、後少しのはず。このまま一息に乗り切ってしまうことにした。幸い、私は一人ではない。カルジョもいるし、大学には教官たちや学友もいる。あと少し。そのはずだ。

 大学に戻ると、魔力の壁は元素の間だけでなく、大学の建物全体を包むようになっていた。アンカノがなにをしようとしているのかは知れないが、ろくなことでないのは感じる。
 なんとか避難してきた先生もいたが、どうやら中には先生も生徒も残っているらしい。
 マグナスの杖には、相手のマジカを、マジカがないときには体力を吸い取る力がある。この力を使えば、シールドを無力化できる。
 杖を翳すと、思ったとおり、シールドは霧消した。途端に、中で戦っていたらしい声が耳に届いた。フィニス先生の召喚した炎の精霊が、あの得体のしれない霊体を追い回していた。
 トルフディル先生とともに加勢し、そのままの勢いで元素の間に飛び込んだ。