【大学と猫と盗賊】
俺はその日、ウィンターホールドの大学で珍しい顔を見た。 アルケイナエウムの一画、小さなテーブルで頬杖をつき、足をぶらぶらさせながら熱心になにかを聞いている若い女だ。ただし、その向かいに座る大柄なアルトマーにすっぽりと隠れてしまうほどに小さい。名前はカッツェ。俺は"にゃーこ"と呼んでいる。彼女はタムリエルでもかなり珍しい、ハーフリングだ。 「にゃーこ。こんなところでなにしてるんだ」 司書のウラッグに睨まれない程度の音量で、俺はカッツェに声をかけた。 カッツェはひょいと椅子から少し体を横に出し、 「あっ、にゃーくん!」 ウラッグに睨まれそうな声を張り上げ、案の定叱りつけられた。「図書館では静粛に」と。 それに合わせて、カッツェの前にいたアルトマーが振り返る。金色のエルフとも呼ばれるアルトマーにしては白い肌の、左の頬に派手な赤の戦化粧がある。大学に来れば時々見かけるから、俺はその男のこともいくらか知っていた。タリスという魔術師だ。アルトマーにしては、というより、どんな種族にしたところで温和でのんびりした、人当たりの良い……見かけこそ人間なら30代くらいだが、実のところオブリビオンの動乱すら知っているご高齢エルフである。
そのタリスに促されて、俺たちは大学の前庭に出た。俺も入って三人になると、どうしても声が大きくなるからだろう。 「おまえ、こんなところでなにしてるんだよ」 「にゃーくんこそ、こんなとこでなにしてるのよ」 「俺はコレットさんに魔法教えてもらいに」 「あたしはタリスさんのお話に聞きに、よ」 俺もカッツェも、こういう知的な場所には基本的に縁がない。それでも俺は冒険の助けとなるような魔法を身につけたくて、たまにトレーニングしてもらいに来る。我流ではどうにも上達しないからだ。しかしカッツェは根っから盗賊で、しかもその仕事の腕では不自由してなさそうなに、彼女が魔法大学に来るというのはどうにもピンと来なかった。 「時々いらっしゃるんですよ」 タリスはつもどおりの優しげな笑顔と声で言う。 「おまえに分かるのか? 魔法のなんとかとかかんとかとか」 「そう言うにゃーくんにだって分かんないでしょ。どうして空が青いのかなんて」 言われて俺は面食らった。タリスは穏やかに苦笑する。 「今それを説明していたんです」 聞けばにゃーこは、面白半分の「中が見てみたい」でやってきて門番のファラルダをぽかんとさせ、それでもまあ構わないでしょうと入れてもらってからは、そういう他愛もない疑問をぶつけに現れるのだという。 他愛もないが……たしかに、俺も答えは知らない。 空が青い理由は、誰も知らないのか、どんな本にも書いてない。300歳越えのエルフの記憶でも、そんな本は覚えがないし誰かに聞いたこともないらしい。しかしそれでも、たとえばある花が赤いのは、赤い花を好む虫を呼び寄せて蜜を与え、代わりに花粉を運んでもらうためだとかいったように、別の話が出てくる。そして尋ねられるのだ。「じゃあどうしてその虫は赤が好きなの?」と。 答えが得られるかどうかは、カッツェにはそれほど問題じゃないらしい。そういう話の中で知ること、分かることが面白くて、ふらっと現れて疑問を持ち出し、長話をしていくようだった。
「あっ! そうだった!」 突然カッツェが話を遮り、 「にゃーくんにゃーくん。今ヒマ?」 俺に向けて小首を傾げる。カッツェの歳は俺とほとんどかわらない。よく見ればちゃんと大人の人間の女の顔だ。だがこの小柄さのせいでどうにも幼く見えるし、しかも本人はそれを知ってて利用する。分かっていても、つい可愛く見えてしまうものはどうしようもない。 聞けば、今日の一番最初の話題は、「幽霊も着替えるのかな」だったそうだ。 ある場所で、彷徨う幽霊を見かけた。そいつは戦士のような格好で、「近付かないでくれ」「すまない」と言いながらもカッツェを襲ってきた。もちろん彼女は、いったいなんなんだと思いながら逃げ出した。そしてふと思ったらしい。 「あの格好で死んだから、あの格好で幽霊になったんだろうけど、服も死ぬの?」 と。 それを聞いて俺は呆気に取られた。しかしたしかに……死ぬのは俺という生き物で、服じゃない。なのに服まで幽霊の一部になってるんだから……? 「それで、そもそも幽霊とはどういうものか、どうやって"なる"のか、あるいはならないのか。そのうちにいろんな話に流れて、空の話になったんです」 とにかく、カッツェの疑問に付き合うのはかなり大変だろう。同時に、かなり面白くもあるに違いないが。 で、それに俺がヒマかどうかがどう関わるのかと言えば、 「あそこ、まだ誰も入ったことないと思うのよ。だってもしそうなら、あの幽霊たちもいないはずじゃない?」 だからお宝を探してみたいのだが、一人では怖いから、と。なるほど、そこで俺の出番か。 「それともにゃーくん、行ったことある?」 「それ、どのへんだ?」 「えっとね、モーサルの南のほうね。少し山の中」 「謝りながら襲ってくる幽霊のいる遺跡か……」 そんなのはまだ見たことがないから、たぶん行ったことはない。そして、俺もその、謝る幽霊とやらを見てみたくなった。
カッツェを見下ろすと、見上げてくる目とかち合う。にっと笑えばとりあえず合意だ。ただし。 「取り分は?」 こいつを決めておかないと、カッツェとの冒険は無駄に騒がしくなる。嫌いじゃないが、戦ってる真っ最中に報酬の交渉は御免だった。 「ナナサン」 「俺が7なら」 「ダメよ。あたしが7」 「幽霊に襲われるんだろ? つまり荒事は確実にあるわけだ」 「んー……だったら、ロクヨンで、面白いものとか変なものはあたしがもらう」 「おまえは武器だの防具だの使わないだろうが」 「お金になるもん」 「俺は使うかもしれないし、そうでなくてもコレクションしたい。ていうか命がけになる部分担当して4割ぽっきりってどういうことだよ。言っとくが、俺は罠も自力ではずせる。他人の助けは要らない。つまりその気になれば、一人でそこに行って丸取りすることもできる」 「でもあの場所見つけたのあたしよ! 抜け駆けしたら絶対許さないからね!?」 「ほー。じゃあ一人で行くか、そのへんの傭兵雇って、帰りに襲ってもらえ」 「うっ。それはイヤ……」 そんなふうにああだこうだとやり合っていると、 「あの、私も同行してよろしいですか?」 おっとりのんびりと、そのくせ案外きっぱりと、タリスが割り込んできた。 「それで、分け前はジェインくんと私が2、カッツェさんが6。ただ、ユニークな品物があれば、それは使う可能性の高いジェインくんが取ることにしましょう。それとジェインくんには、錬金用の素材以外の私の取り分を差し上げます。いかがですか?」 「おいおい。それじゃアンタは、苦労したとしても草だのきのこだのだけってことか?」 「私には遺跡の探検自体も報酬です。私も、一人ではなかなかそういった場所に踏み込めませんから」 「えっと……つまり……」 「つまり、だいたい6がおまえで3と貴重品は俺。タリスさんはほとんど取り分なし。それでも変わった遺跡探検できるならいいってよ」 「えーっ。それでいいの、タリスさん?」 「はい。これで、取引成立ですか? それなら私は、準備を整えてきますから」 なんの屈託もない様子で宿舎のほうに行く広い背中を見送りながら、俺は肘でカッツェの頭を小突く。 「少しは見習え」 「余計なおっ世っ話ッ!」 そして代わりに思いっきり足を踏みつけられた。
【遺跡と罠と八つ当たり】
ともするとふらっと道を外れていきそうなタリスを引き戻したりしながら、俺たちはモーサル南の山中にあるというその遺跡に辿り着いた。俺とカッツェだけなら馬車を使い馬を飛ばして半日程度で来れるはずの道のりに、この爺さん(見かけは若いんだが)がいると一日はかかるから大変だ。 300年も生きていれば、本人はまだまだ見習い程度ですなんて言う火炎魔法でもたいていの敵は消し炭になる。その他にも様々な魔法を使いこなして助けてくれるんだが、とにかくこの爺さんはどうってこともないような虫だのきのこだの見つけてはふらふらとそっちに行きそうになる。それにはカッツェもさすがに呆れていた。 「すみません。悪い癖だと分かってはいるんですが、どうしても直らないんです」 タリスは面目なさそうだ。しかしクセだの性分なんてものは、そもそもがなかなか直らないものだ。それが300年も積もりに積もったんだから、どうしようもないと諦めるしかない気もする。 そんなわけで、予定より一日遅れて俺たちはモーサルに到着し、そこからは寄り道しそうなタリスを引っ張って、目的地に辿り着いた。
そこには確かに、「近づくな」「来ないでくれ」と言いながら襲ってくる奇妙な幽霊たちがいた。 「誰かに操られているんでしょうね」 タリスに言われるまでもなく、その可能性が高い。そしてそいつはこの中にいて、幽霊たちをコキ使って、自分のしているなにかを隠し、守っているってことだ。 俺が先行して敵がいないかを調べ、いれば片付け、罠を解除する。内部にも幽霊たちが彷徨っていたが、見つからなければ一方的に攻撃できるのは生者も死者も同じだ。 幸い遺跡の構造はシンプルで、しかも奥行きはほとんどなかった。 中に入って20分もしないうちに、俺たちは最奥と思われる小綺麗な広間に辿り着いた。そしてそこには、どかんとかなりお大きな宝箱が鎮座ましましていた。
「うっわ〜っ! すっごい!」 「おい!!」 俺が伸ばした手は空振りし、カッツェが飛ぶように宝箱へと駆けていく。こういうところには罠があるのが定番だ。そのへんに棺桶でもあればドラウグルが出てくるものだし、ともすると厄介なゾンビ魔術師なんかが現れる可能性もある。もちろん、踏み板式のトラップだって仕込まれていかねない。炎が噴き出してきたり、突然床がせり上がって天井の針で串刺しになったり。 だが俺の警戒とは裏腹に、カッツェは巨大な宝箱に辿り着くと、棺桶のびっくり箱も炎や槍が飛び出す仕掛けもなにもないまま、重そうな蓋を押し開けた。 途端、 「え―――ッ!! なにこれ、からっぽ〜〜〜ッ!!」 甲高い声が響き渡る。 からっぽ? カッツェは宝箱にすっぽり落ち込みそうなくらい身を乗り出して底まであさっている。 「うっそ、信じらんない! ちょっと、にゃーくんタリスさん! ゴールド一枚も入ってないんだけど〜っ!?」 じたばたと足が動く。 「おいおい。完全に無駄足かよ」 もしかして、これだけのことをしておいて実はなんにもありませんでした、なんていう肩透かしそのものが目的か。まあ、ドラウグル・デス・ロードを倒し、達人級の鍵を開けた中に入っていたのが15ゴールド、なんてこともある世の中だ。俺にはまたそのオチか、ってだけだが……。 「こんなでっかい宝箱なのに、からっぽはないでしょからっぽは!」 「おい、にゃーこ。暴れればお宝が出てくるわけじゃ……」 近づこうとした俺の足元が、突然、がくんと沈んで消えた。
驚いたと同時に落下して、落ちた先は水の中だ。 重い鎧に手こずったもののどうにか水面に顔を出す。そして息を継いでコンチクショウと思った。 罠はあったんだ。ただし、小柄で軽いカッツェの体重ではまったく反応しなかっただけで。で、俺は? いくら羽ほど軽く歩けるとは言っても、重装鎧に身を固めた、標準体型。 チ ク シ ョ ウ … ! 「にゃーくん! 大丈夫!?」 「ジェインくん、無事ですか!?」 上から二人の声がする。 それとは別に、陰湿な笑いが前から聞こえてきた。 明るかった広間から、急に暗い場所に来たせいでよく見えないが、人影は分かる。それにここは檻の中だ。しかも先客が傍に浮いている。 俺は大丈夫だと上に声を張り上げておいて、辺りを探った。目が慣れてくると、扉になっている部分が見つかった。軽く揺すってみるがもちろん開かない。そこにいるのは男のようで、ちゃんと生きているとか、これでようやく使えるとかなんとか呟いている。テーブルの上をあさっているのは、なにか道具でも探しているんだろうか。頭がおかしいのは言うまでもない。 俺は檻の隙間から手を出して錠前に触れてみた。試しにピックを突っ込んで見る。かなり複雑な仕掛けだ。だが、男が背を向けているだけの時間で十分だった。 こいつが謝りながら襲ってくる幽霊の作り主には違いないし、あの罠を仕掛けた奴でもあるなら、遠慮なんてするわけがない。後ろから捕まえるなり首を斬って片付けた。 そうしてよく見てみると、地下の部屋にはいくつもの檻、牢があり、中には骸骨が転がっていたり、テーブルの上には犠牲者のものらしい衣類が散らかっていたりする。 見つかった日記は、一読して破り捨てた。 いいか? 俺はどんな宝箱を見つけても、喜び勇んで飛びつくことはない。俺だけで来ていれば、あんな罠には掛からなかった。だがカッツェが……まさか彼女が通って何事もなかったところに、実は罠があったなんて思いもしなかっただけだ。それなのに……まんまと物欲で身を滅ぼした馬鹿どもと一緒にされたくはない。
壁の鎖を引けばよくある隠し扉が開き、音を聞きつけて降りてきたらしいカッツェとタリスに、俺は無事に合流できた。 宝はからっぽ。道中で少しばかり手に入った戦利品なんてものは微々たるもので、 「あの壁の碑文が、ドラゴンボーンであれば宝になるかもしれませんが」 と言うので近づいてみると、たしかに、なにか……穏やかなイメージの言葉が頭の中に流れ込んできた。俺にその素質があるとしても、ドラゴン退治の英雄になるつもりなんか毛頭ないんだが。 「あーもう! くたびれ損の骨折り儲け〜っ!」 外に出るなり、カッツェが叫ぶ。それを言うなら「骨折り損のくたびれ儲け」だとツッコむ気力もなく、俺は溜め息をついた。俺なんて落ちて痛い思いして死体の浮いてた水まで飲んだんだからむしろ大損だ。 「これ、分ける?」 カッツェがポケットからいくつかの宝石とゴールドを取り出したが、俺は首を横に振った。たったそれだけなら、むしろ今日はまっっっっったくいらない気分だ。 そんな憂鬱な俺の頭上に、聞き慣れたドラゴンの咆哮が響き渡る。 カッツェは驚いて肩を竦め、おそるおそるといった様子で空を見上げたが……。 「……ちょっと狩ってくる。たしかこの北に巣があったはずだ」 「え〜っ!? にゃーくん、ドラゴンだよドラゴン!?」 「ただのデカいトカゲだ」 「ただのトカゲはブレス吐いたりしないってばっ」 「タリスさん、にゃーこよろしく」 「お一人で大丈夫ですか?」 「ただのフロストドラゴンぽいから、問題ない」 「それなら、念の為にこれを。モーサルで待ってますね」 「むしろアンタ、俺が戻るほうが先になった、なんてオチにならないようにしてくれよな?」 その一言にタリスは言葉に詰まらせ、いかにも面目なさそう顔で笑って頷いた。 俺はもらった冷気耐性の薬を懐に入れ、登り口を探す。 「にゃーこ! これもロクヨンで分けるか?」 降りていく小さな背中に一応言っておくと、 「親切なねこさんが、記念にウロコの一枚くらいくれると嬉しいなーとは思ってるー!」 まあ、ウロコの一枚くらいなら、話の種にプレゼントしてやってもいいだろう。 そうして俺は、今夜をすっきりと眠るため、壮大な八つ当たりをしに行くのだった。
(おっしまい) |