Tales of An Argonian 4

 

【第十章:イルクンサンド】

 イルクンサンド―――。今となっちゃ懐かしい場所だが、あの当時はとてもそんな悠長なことは言っていられなかった。
 とは言え俺はどこか部外者、あくまでも手伝いのつもりでいたからマシだ。カーリアやブリニョルフがどんな思いで目指したのか、俺には見当もつかないが、俺よりはるかに深刻で緊迫してたのは間違いない。
 俺は、いったいなんでこんなことになったんだろう、なんて考えていた。身を隠してそれなりに過ごす、ただそれだけのために潜り込んだはずなのに、いつの間にかナイチンゲールだのギルドマスターだの、やたらヘビーなものがまとわりついてきた。
 面倒になったらとっとと抜けようとか、最初の頃はずっとそんなつもりでいたのに、今じゃもうそれはできそうもない。いや。やればできる。だが、なんとなくそうしづらいって感じるようになった、それは俺自身の変化だ。
 しがらみ、ってヤツなのかな。俺にはずっと無縁だったもの。
 だがそれが嫌なのかって言えば、そういうわけじゃない。扱い慣れないから敬遠したいような気持ちはあるが、同時に、このままあいつらと楽しくやるのもいいか、そんなふうに思う気持ちのほうが強かった。
 なるようになれ、だ。
 そして、なるようにしかならない。
 で、なにかになった先で、じゃあどうするか。それはそのときに決めればいい。
 だから今はとりあえず、イルクンサンドとやらに向かってカーリアの手助けをし、メルセルをぶっ飛ばして宝石と鍵を手に入れる。それから後のことは、そのときになってから。
 雪山の中にある遺跡に近づく頃には、俺はもうあれこれ考えたりはせず、これからとりかかる仕事に集中していた。

 イルクンサンドはかなり険しい山の中にある。ウインドヘルムのだいたい西、近くにはもう一つ、なんとかって言う別のドゥーマー遺跡もあったはずだ。普通に旅してるくらいじゃまず見つけることのなさそうな場所でな。正式な道がどこから通じているのかは、今もって俺も知らない。ただ、おおよその場所はメルセルの残した地図に記されていたし、俺はたまたまその近くを通ったことがあったから、それほど迷わずに行けた。
 俺が経由したのはシアーポイントって場所だ。ギルドの仕事の合間にふらふらしていて見つけたんだ。しかしここは参ったね。ドラゴンはいるわ、倒したと思えば変な仮面の魔術師ゾンビは出てくるわでエラい目に遭った。ドラゴンのほうはあの巨体だろ? あっちが俺を見つけるより先に、こっちがあいつを見つけられる。だから不意打ちで急所を突いてやればそれでいい。だがまさか棺桶から魔術師ゾンビが出てくるなんて思ってもみなかったからな。ま、そんなことは今はどうでもいいか。
イルクンサンド 結論から言えば、シアーポイント経由で向かったのは正しかった。だいたいの方向と勘を頼りに進んでいくと、出たのはイルクンサンドの屋根を見下ろす絶壁の上だ。落ちれば即死だろうが、雪で足を滑らせるなんて愚を犯すのは一度きりでいい。俺は慎重に切り立った崖を降り、遺跡の屋根に着地した。イルクンサンドの入口はその頂上近辺にあって、正しかったってのはこのことだ。俺は眼下にたむろしている山賊に見つかる前に、さっさと遺跡の中へ滑り込んだ。
 盗賊ギルドにいたせいで不殺が染み付いたってわけじゃない。単に余計な騒ぎを嫌っただけだ。これからなにがあるか分からないのに、無駄な立ち回りで怪我をしたり騒動を起こしたりするのは利口じゃないだろ。たとえたまたまでも、厄介な連中に見つからず目的地に辿りつけたなら、それはラッキー……正しい選択だったってことさ。

殺された山賊たち さて、中に入ってすぐ見つかったのは、山賊の死体だった。汚い殺されようで、これはカーリアたちの仕業じゃないなとピンと来た。彼女たちなら、俺と一緒で無用な殺しは避けるだろう。メルセルだけは許せないとしても、誰彼構わずに殺して進むのは盗賊ギルドのやり方じゃないし、利口でもない。それに、やむをえず戦ったとしても、あんななぶり殺しみたいなことはしないはずだ。
 ところでアンタ、ドゥーマーの遺跡に入ったことはあるかい? 入り口付近だけ? だが変なのを見かけただろ? あれは不思議な世界だな。俺たちの知ってる場所によく似ちゃいるが、まるで違うものがある。魂石で動いているらしい、金属の蜘蛛みたいなヤツや、ボールの上に人の上半身が乗ったようなヤツ。どう見ても生き物じゃないのに、どういう仕組みでか襲いかかってくる。蜘蛛みたいなヤツの中には、壊すと電撃を出すのもいて厄介だ。
 出てきたのはもっぱらそういヤツらばっかりだった。あの山賊たちには遺跡内部をアジトにするような腕はなかったってことだな。
 とはいえまだまだ遺跡も入り口だ。仕掛けられた罠も徘徊する敵も、それほど面倒じゃない。
 少し進んだ先ですぐにカーリアたちと落ち合った。やはり二人が来たときから、山賊はああなっていたらしい。それに、ざっと調べたところによると、メルセルはもうとっくにここに来て、奥に進んでいるに違いなかった。もたもたしてはいられない。俺たちも急いで後を追った。

 それにしても、なんだってああも入り組んだ構造にしてるのかね? カルセルモのじいさんが研究所にしてた場所もそうだった。俺はこの後で他の遺跡にも入って、イルクンサンドやマルカルスにある遺跡の構造はまだしもシンプルなほうだと知ったが、ひどいところは上ったり下ったり、それでまた同じ場所に出たり。わけが分からなくなる。いちいち別のところを回って高いところに出るくらいなら、最初からまっすぐそこにつながる階段でも作っておけばいいのにな。そこに住んでいたドゥーマーたちは、不便じゃなかったのかねぇ。
 で、ドゥーマーの遺跡には、ドゥーマーはまったく存在しないが、たいていファルメルが住み着いてる。奴等は目が見えない分、他の感覚が鋭い。足音を忍ばせてこっそり動きまわるのは得意な俺たちでも、まったく戦わずに進むのは無理だった。一人で進むならともかく、三人もいると気配や音なんかも相乗されるんだろう。
 何故別行動しなかったか? 危険だからさ。山賊やファルメルならともかく、メルセルがどう出るか分からない。今のメルセル、つまりピックの力を受け続け、しかもそれを隠す気のなくなったあいつがどんな能力を発揮できるのか、それはもうカーリアにもブリニョルフにも、当然俺にも分からなかった。
 事実メルセルは、ファルメルを無視して進むのも殺していくのも自在だった。
 途中で一度だけ、頑丈な金属の鉄柵越しに開けた空間を見下ろせる場所で、メルセルの姿を見かけた。奴はわざわざ、気づいてないんだから放っておけばいいような金属の蜘蛛を倒して見せた。俺たちへのパフォーマンス、挑発だ。
 冷静に見えてもかなり頭に来てるのは確かで、ブリニョルフは過激なことを口走っていたし、カーリアも殺気立っていた。だがいくらかは他人事な俺にとっては、拍子抜けに感じただけだった。だってなぁ。雪帷の聖域で俺を刺した後、もうギルドに戻らなかった……戦利品を盗み出す以外には行かなかったとしたら、あのときから計画は進めていたはずだ。準備に時間がかかったとしても、つい数時間前にここに来たくらいしか進んでないのはおかしいだろ? それとも、あそこまで辿り着くのに何日もかかるのか? いくらドゥーマーの遺跡が複雑で広いっていったって、まさかな。だから、余裕かましてモタモタしてるようにしか思えなかったんだよ。

 だが、だからってそれを理由にメルセルを侮るなら、俺も馬鹿の仲間入りだ。
 奴にはそんな余裕を見せるだけの、絶大な自信がある。その自信が過信ならいいが、事実として余裕で俺たちを出し抜ける可能性もある。
 そういや思い出したよ。仕掛け柵を抜けた先、収納庫みたいな場所で、メルセルはまた俺たちをおちょくってくれた。
メッセージとシャドウマーク 俺はただ空っぽの宝箱を見つけて、メルセルの野郎が取っていったんだろうなくらいにしか思わなかったんだが、突然ブリニョルフが「あの野郎!」とかすごみをきかせてさ。カーリアも嫌悪むき出しって顔になった。さっぱり分からない俺に、ブリニョルフは宝箱に書かれたマークを指差した。丸の中に四角が描かれたようなヤツだ。
 だからなんだか分からないでいると、あれはもうただの八つ当たりだな。おまえはギルドのシャドウマークを覚えてないのかって叱られたんだ。ギルドには、互いにちょっとした連絡、言伝をするためのマークがある。で、丸に四角は「中は空」。このマークが書かれていたら、立派そうに見える豪邸でも、盗む価値のあるものはない、入るだけ無駄だって意味だ。
 そのうえ、ただの汚れだと思ってたのは壁に書かれたメッセージで、「お先に失礼。メルセル」だなんて殴り書いてある。
 俺はどっちかって言うと呆れただけだが、ブリニョルフは「眉間に皺の寄る音が聞こえる」ような顔になってたし、カーリアもぞっとするほど冷たい目だったな。まあ、それもメルセルの狙いどおりだろう。追手を不快にさせるっていうな。

 そんな具合にメルセルは、明らかに俺たちを小馬鹿にし、嘲笑っていた。
 だがどんな理由であれ、それが奴の足をゆるめ、追いつくチャンスを増やすならそれでいい。
 実際、この遺跡は進むだけでもかなり大変だった。かつてガルスとメルセルが挑もうとして、防備の前に諦めるしかなかったってだけのことはあった。
 入り組んだ構造、面倒な仕掛け。それに加えて、メルセルが仕掛けたトラップ。更にはドゥーマーの残した巨大な金属人形……センチュリオンとか呼ばれるヤツまでいて、ブリニョルフは戦ってもいいしやりすごしてもいいなんて言ったが、俺に戦うなんて選択肢はなかった。後で人から聞いた話、あのセンチュリオンを倒して体内をあされば、なかなか価値のあるものが手に入るらしいが、そんなのは戦闘好きな冒険者にでもやらせておくさ。
 だいたい、俺たちの目的はそういうこまかいお宝じゃない。こんなところで無駄に戦って、メルセルと会う前に怪我したりするのも馬鹿らしいじゃないか。ブリニョルフもヤケクソ半分の冗談だったと思うよ。万一俺が「じゃあ戦うか!」なんて言ったら、真に受けるな馬鹿って一喝されただろう。
 それに、俺たちには前にも増して急ぐ必要ができていた。メルセルに逃げられちゃたまらないってのもそうだが、時々、遺跡全体がひどく揺れてな。なにせ岩山の中に作られた古い遺跡だ。人の手が加えられた部分なんかはあちこち崩れて、特に天井や壁は原型をとどめてる部分のほうが少ない。床だってそこらじゅう敷石がめくれ上がったり陥没したりだ。いつ全体が崩落したっておかしくないんだ。
 まあ……生き埋めになって死のうが、それ自体はどうでもいいし、そんなこともあるだろうなってくらいだが、それでもいつ頭に地面が落ちてきても不思議じゃないってのは、気分のいいものじゃない。それに、万一そうなったらメルセルは野放しだ。あいつも埋まってくれればまだしも、あいつだけは無事、みたいなイメージがあったんだよな。
 それに、ここまで追ってきてカーリアの悲願が叶わなかった、なんてのは嬉しくないし……俺はともかく、二人はまだ生きていたいだろうし。
 二人が急ぐのは当然で、俺もできるだけ、三人仲良く生き埋めってのは避けたかった。

 さて、このあたりでとんでもないピンチにでも陥ると、物語としちゃ盛り上がるんだが、あいにく俺たちは超がつくほど優秀な盗賊三人衆でね。それに、まだノクターナルの加護なんて得られちゃいないはずなんだが、ある意味ラッキーでもあった。突発的なトラブルには遭わなかったんだから。
 やたら広い、吹き抜けを石の回廊が縦横に走るような場所を抜け、次はファルメルの跋扈する湿った洞窟だ。カーリアが言うには、そこは元は奴隷の居住区だったんじゃないかってことだった。つまり、ドゥーマーに奴隷化されたスノーエルフたち、今のファルメルだな。
 かつて主だったドゥーマーは、今はもう一人残らずいなくなって、遺跡の主はファルメルだ。浅いところをうろついてた連中より身につけてるものも良くなってるし、戦闘力も高い。できれば全部やり過ごしたかったが、そうもいかなかった。
 だがカーリアは弓の達人で、ブリニョルフはメルセルに劣らないほど剣の技に長けていた。俺はそういう正面からの戦いは苦手でも、二人が囮になってる間に後ろに回って首を掻き切るくらいは造作もない。だが―――分からないか? そういうところを見せるわけにはいかないんだ。リフテンに来るまでなにをしてたか、真っ当じゃないだろうとくらいは思われていても、殺しの専門家となると見る目は違ってくる。きっと歓迎もされない。
 だから俺は、こういう手強い奴等と戦えるほどの腕はない、勘弁してくれってことにして、二人に任せきりにしておいた。よっぽど危なくならないかぎりにはそのつもりだったし、二人とも十分に強かったから、幸い俺の出番はなかった。
 戦闘じゃ役立たずだとしても、二人に失望されることはなかった。なにせ不殺の掟さえあるギルドだ。荒事が苦手でも盗賊は務まる。「見つからないように隠れてなさい。潜んでいるのは得意でしょ」なんてカーリアは言うし、ブリニョルフは「心配するな。俺たちが守ってやる」なんてさ。
 妙な気分だったが、悪くはない。ただ、騙してるみたいでな。少しだけ気が引けた。

 奥に進むほどに敵は強くなった。けど、問題はそれそのものじゃない。聴覚に優れたファルメルの精鋭を、メルセルはもうほとんど倒していないってことだ。
 戦わないのは利口だ。それ以上に、俺たちのために敵を残しておくってのも、悔しいが利口だ。そしてそれを実行するだけの隠密の技が、メルセルにはあることになる。
 きっとカーリアたちも同じことを考えただろう。進むほどに口数は少なくなった。
 本当にメルセルを倒せるのか? ナイチンゲールになったって言ったって、俺たちが手に入れたのは鎧一式くらいのものだ。それとも、ナイチンゲールになったことで、ノクターナルはいくらかの加護をくれるんだろうか? 俺にはそうは思えなかった。ノクターナルとの関係は取引、商売みたいなものだ。だとすると、こっちにはピックを盗まれた分の負債がある。ってことは、ピックを取り戻し聖域に戻してやっと、失態が償われて加護を受ける権利が生まれるくらいのものだろう。
 一方のメルセルは既に大きな力を手に入れている。ピックがもたらした力だ。それは、ろくな加護もないナイチンゲール三人が束になったところで、とても敵わないようなものなんじゃないだろうか。
 そんなふうに考えたところで、俺の危機感なんて大したものじゃなかったろうな。俺には特に遺恨もない。雪帷の聖域で殺されかけたこと? それだって別にどうってことはないさ。俺が間抜けだったからだし、そもそも俺には、自分の命……「自分」を大事にするような感覚ってのは乏しいんだ。だがあの二人、特にカーリアにとっては、メルセルを取り逃がしてしまうことや、力及ばず返り討ちに遭うことは、なんとしても避けたい未来だっただろう。
 二人の沈黙はずいぶん重くて、とても俺からなにか言えるような雰囲気じゃなくなっていった。

 奥へ進むほどに温度は下がり、湿度は上がった。壁を這う金属パイプの中を水が流れる音もする。カーリアは方向感覚に優れていて、複雑な遺跡や洞窟の中を歩きまわった後でも、このあたりはたぶんヨルグリム湖の地下にあたるだろうと見当をつけた。
 空気だけなら、俺には心地よかった。ひんやりと湿っていてな。だが、景色としては一種 異様だった。シャウラスの青白い卵が産み付けられた壁や地面を、ドゥーマーの作った金属パイプが走っている。かと思えば、ファルメルの作った骨と皮のテントや柵がある。壁には光り茸。天井の岩は発光する鉱石らしく、見上げると青く光っていた。その脇を蜘蛛の糸が覆い尽くしているかと思えば、綺麗な水が伝い落ちていて……。
 そしてとうとう、俺たちは一番奥、行き止まりの巨大な金属扉に辿り着いた。

 

【第十一章:決着】

 イルクンサンドの聖域だ。
 と言っても、俺にはただ扉が一枚見えるだけだ。だが長年盗賊として生きてきた二人には独特の直感、お宝を見つける勘みたいなものがあるのか、それともメルセルに対する勘か。なんにせよ、二人ともほとんど同時に、この奥が目的地に違いないと言った。
 万一に備えて姿勢を低くし、扉を開ける。最初に届いたのは音だ。金属か、あるいは石か。それともその中間か。なにか固いものを叩く音。それからもう少し扉を押し開けると、そこには巨大な神像があった。
 メルセルの家で見つけた地図に書かれていたヤツだ。
 高さは、そうだな、3階建ての家くらい……もう少しあったかな。思っていたよりもデカい像で、メルセルはその神像、ファルメルがかつてスノーエルフだった時代の姿だという、その像の目に嵌めこまれた巨大な宝石を抉り出したところだった。

スノーエルフ像

 俺たちはメルセルに気付かれないように足場を降りようとした。だが奴はとっくに俺たちの到着に気付いていた。突然 俺の足元が崩れて、俺は石塊とともに滑り落ちた。そう高くもないからなんてこともなく着地はできたが、今の破壊は、洞窟全体も不安定にしたらしい。四方から地鳴りのような音が聞こえはじめた。
 メルセルは宝石を拾い上げて俺たちに向き直ると、俺に向かって、「おまえは俺と同類だ」とか言った。嘘つきで詐欺師で泥棒。他人のことなど構いはしないと。

 妙な話だ。因縁はカーリアとメルセルの間にあるはずなのに、奴が話しかけてきたのは俺だった。メルセルは、俺がギルドに入ってきたときから、なにかある、いずれこんなことになるみたいな予感を感じたと言った。だからあいつは俺に仕事をやらせたり、雪帷の聖域に連れて行ったりもしたんだろう。
 それにまあ、否定はしないさ。「嘘つきで詐欺師で泥棒」。昔なら最後の一つは違ったが、その代わり「人殺し」とかいうもっとタチの悪いのがついたしな。それに、実際 俺は何人も、相手の事情なんかお構いなしに殺してきた。それで良心が咎めたことなんて一度もない。俺はそう生まれついて、そう育った。「他人のことなんてどうでもいい」ってのも、そのとおりだろう。
 だが、あいつの同類かって言われると、それは違う。
 メルセルが詐欺師で泥棒で自分勝手なのは、「自分」のためだ。自分自身がなにより大事で重要で、それに比べたら他の誰もがちっぽけでくだらなくて、構ってやる必要なんかないんだろう。だが俺には、そんなご大層に大事な「自分」なんてものがない。なにをするにしたって、「自分」のためじゃない。
 それに、そのときはもう違ってた。
 カーリアやブリニョルフ、デルビンにヴェックス、酒場のヴェケル、盗品商のトニリア、サファイアやルーン、シンリック……損得なんてさしてありもしないのに、俺のことを心配するようなお人好したち。
 ―――裏切りたくない。できればこれからも一緒にいたい。
 ああ。メルセルと対峙したあのとき、あのときにはもう、俺にとってギルドの連中は、できればこのまま手放したくないものになっていた。俺はそれに、メルセルに同類呼ばわりされて、はっきりと気付いた。おまえと一緒なんかじゃないってな。

 これ以上くだらない演説を聞くつもりはない。
 あんたと一緒にするなと俺が言うと、これでもう前座は終わりだ。メルセルは捨て台詞を残し、なにか魔法を放った。
 途端、俺の背後、少し上でのことだが、そこに残ったブリニョルフが、自分の意志には関係なくカーリアを斬りつけはじめた。幻惑の魔法だろう。
 俺が後ろの二人に気を取られた隙に、メルセルは俺のすぐ目の前まで来ていた。刃風を感じてとっさに横へ飛んだ。水の中を転げて体勢を取り戻すと、メルセルは俺の目の前で消えた。
 今度は透明化の魔法だ。だがそのまま斬りかかっては来なかった。いくら姿を消しても、完全に見えなくなるわけじゃない。周囲の空気の動きや、水の中にいれば足元の水の動きなんかで居場所は知れる。一度離れたのは、有利な足場を作るためだろう。
 だがそれは俺にとってもチャンスだった。
 俺は透明化なんて都合のいい魔法は覚えてないが、暗殺者として、そして盗賊として鍛えてきたスキルがある。なにか遮るもの、影があればそれで十分だ。そしてその点では、ピックの力を利用して高めたあいつの能力に劣るものじゃなかった。
 あいつが俺を見失った隙に、俺はデカいスノーエルフ像の襟元に登って、そこを足場に決めた。
 透明化は長続きしない。そのせいで奴は動き回りながら頻繁に姿を消した。俺を見失ってるからだ。どこから襲われるか分からないし、接近されればまだしも気付くチャンスはあるが、弓で射られればそれも危うい。それなら、立ち止まらないようにしつつ、魔法が使えるときには極力消えているほうがいい。
 俺はひたすら待った。まともに斬り合いになったら勝てる見込みなんてないからな。できれば一矢で仕留めたい。
 待つ間ずっと、カーリアが無事かどうかが気にかかった。彼女は防戦一方で、ブリニョルフに自分を取り戻してと懇願していた。普通の幻惑魔法と違って、ブリニョルフの意識はあるようだった。もういいから攻撃しろと彼は言っていた。ブリニョルフが自我を保っているのが、そういう魔法だからなのか、それとも意識までは支配されなかったからなのかは分からない。だがどちらにせよ、防ぐ一方のカーリアが先に疲れ果てるのは目に見えている。そうなったらどうなるかも。
 だが焦りはしなかったよ。こういうときには、長いこと暗殺者として鍛えられた感覚……無感覚が役に立つ。狙う対象のこと以外に対して無感覚になるんだ。なにが聞こえようと、なにが見えようと、気にしないんじゃなく反応しない。……たとえカーリアがブリニョルフに殺されても、無反応でいる。……いや、分からないな。もしそうなっていたら、本当に無感覚、無反応でいられたかどうか。……ああ。分からない。

 ともかく俺は待った。
 メルセルが眼下に現れるのを、ひたすら待った。
 そして、狙いをつけたその先で姿を現し、足を止めたそのときに、頭を射抜いた。

 一瞬だ。
 それで終わり。
 呆気無いかもしれないが、それが決着だ。
 華やかな大立ち回りの末に敵を打ち倒す、なんていう英雄の戦いと、俺は無縁だからな。

 メルセルが絶命すると同時にブリニョルフも正気に戻った。
 だが二人ともかなり消耗していた。ブリニョルフはなんとか自分を取り戻そうと必死だったろうし、カーリアは反撃するわけにもいかずひたすら受けに回ってたんだからな。
 カーリアは俺に、洞窟が崩れそうだから、早く宝石とピックを回収して脱出しようと言った。集中しすぎていてまるで気付いてなかったが、そのときにはもう洞窟全体が震えているような有り様になってたんだ。
 俺はメルセルの懐やザックから、宝石、ピック、奴がここで手に入れたらしい諸々のお宝、価値のありそうなものを全部抜き取った。
 「不壊のピック」はなにやら妙な装飾がされていて、ピックっていうには奇妙な形だったし、「ファルメルの目」は本当に人間の頭くらいあった。どっちかって言って俺の頭かな。楕円形だったから。なんにせよ、すごい代物だ。
 だがそれを三人で眺めてる余裕はなかった。
 入ってきた扉の向こうで壁か天井か、それともその両方が崩れたらしく、開かなくなっちまったんだ。
 それに、天井のパイプ、遺跡の中に水を引いていたパイプがぶっ壊れて、大量の水が流れ落ちてきた。
 ちょっと辺りを見回してる間に、水位はどんどん上がっていった。あっという間に足首、膝。少し高いところへ移動しても、すぐ追いついてくる。どこからも排水されていないらしい。
 俺たちは泳ぎながらあちこち見回して、どこか他に出口はないかと探した。
 だが、見つからなかった。

 途中で水位の上昇が止まればいいと思ったが、天井はどんどん近くなっていく。湖の水が落ちてきてるとしたら、像のある空間なんかやがて埋まっちまう。
 出口がないなら、どこか排水できるような場所はないか。剣なんかで崩すだけで、水が流れ出すような場所は?
 それとも、同じ要領でどこか崩して出口にできないだろうか。
 冷たい水に浸かりながら、三人で手分けして探しまわった。刃が傷むのも構わず岩の隙間みたいなところを突いたりもした。
 だがそのうち、俺はともかくカーリアとブリニョルフが明らかに弱りはじめた。
 俺はアルゴニアンだ。だから水をかぶったところでなんてこともないし、たとえ水温が低かろうと、実のところ乾燥してるよりはマシなくらいだ。だがダンマーとかノルド……まあたぶんな。ともかく彼等は違う。俺がまずいなと思うよりはるかに切実に、溺れて死ぬ可能性、恐怖に直面してたはずだし、冷たい水のせいで体力も奪われてたはずだ。
 種族の違う俺には、そういう切迫感みたいなのは分からない。まずいんだよなってことは考えられても、それがどれくらいまずいのかはピンと来ないんだ。なのに、まずいんだよな?っていう疑問形だけで、俺まで妙に落ち着かない気分になった。
 水は巨大な神像の肩近くまで来て、天井がどんどん近づいてくる。
 いったいどうすりゃいいんだと思ったよ。そう思って、自分で考えたって無駄だ、俺なんかよりあの二人のほうが頭もいいしこういう状況の切り抜け方だって知ってるだろう。それで二人を探した。
 そのとき丁度二人とも、俺の傍に泳いできた。
 なにかしてくれって言うのかと思った。水の中でも平気なアルゴニアンにしかできないようなことを。言ってくれれば、俺はできることならなんでもするつもりでいた。
 だけど違った。
 急にカーリアが笑ってさ。いくら俺でも、今がピンチだってことくらいは理解してたから、急に笑われて何事かと思った。そしたらブリニョルフまで笑って、こう、俺の肩を掴むんだ。それで、小僧、おまえが無事で良かった、後のことは頼んだぞ、ってな。カーリアはリンゴをくれた。落ち着いて出口を探すのよ、おなかがすいたらこれを食べてね、なんて言いながら。ブリニョルフが持ってたパンは、水のせいで食えたものじゃなくなってたけど……。
 二人とも、俺になにかをさせたくて傍に来たんじゃなくて、逆だったんだ。俺のために……俺が生きて出られるように……。

 ―――すまん。いや、大丈夫だ。
 思えば、俺が初めて泣いたのもあのときだ。
 絶対に嫌だと思った。
 この二人がいなくなるなんて絶対に嫌だと。

 俺は、諦めるなと怒鳴って、目当てなんかないのにとにかくどこか出口になりそうなところがないか、水にもぐって探した。壊れそうなところを殴りつけたり、蹴り飛ばしたり。我ながら、冷静沈着が売りのアサシンのすることじゃない。
 でもあのときは必死だった。冷静になろうとかなんとか、そんなことを考える余裕もなかった。
 それでも全然壊れそうな場所はないし、水位は上がり続け……天井の一番高いところでも、もう手が届くほどになっていた。
 打つ手を見失って、俺が心底思ったのは、ふざけるなってことだった。
 ノクターナルにさ。
 あんたの可愛いナイチンゲールが、今ここで二人も死にかけてる。尻拭いのためでもなんでも、あんたのためにここまで来て、ピックだって取り返したのに、ここで見捨てるのか。あんたが本当に幸運を司るなら、奇跡の一つくらい起こしてみろよ―――。

 そんな、願いってより、怒りか。それが届いたのかどうかなんて知らないし、後にノクターナルに会ったときもなにも言われなかったが、なんにせよ、ラッキーは起こった。ああ、起こったんだ。
 突然、このへんの陸地全体が揺れたんじゃないかってほど大きい揺れが起こって、天井の一部が崩落した。岩がいくつも落ちてきて水しぶきを跳ね上げ、そこらの水が白く泡立った。そしてそこに、明らかに匂いの違う空気が流れ込んできた。見上げると一ヶ所だけ、鉱石の光のない暗い空間が口を開けていて、そこから吹き込んでくる風には新鮮な土や緑の匂いが染み付いていた。
 俺は大急ぎで二人のところに泳ぎ戻った。二人とも立泳ぎするのも限界で、今にも力尽きそうになってたが、それでも出口があると分かると、もう一度気力を振り絞って俺についてきた。
 俺はまずカーリアを、それからブリニョルフを小さな穴の中に押し上げた。二人とも、這い上がるなり横に転がって、今まで聞いたこともないほど荒い息をしてた。
 俺も疲労困憊……俺の場合はほとんど初めてって言ってもいい、精神的な危機感だろうな。それで急にどっと疲れて、しばらくは立つこともできなかった。
 それでもどうにか動くだけの力を取り戻して、俺は二人にはまだしばらくここにいるように言い、様子を見に行った。一難去ってまた一難ってのは、よくある話だろ? 進んだ先がファルメルの巣窟なんかだったりしたら笑えやしない。
 だが幸い、俺たちの上がった穴は浅い洞窟に通じていて、少し行くだけで光が……肺いっぱいの新鮮な冷たい空気と、明るい外の光。明け方の湖の風景が、開いた洞窟の外に広がっていた。

 俺は二人を呼びに戻って、もう安心だと告げた。すぐ外に出られるし、ファルメルだの金属人形だのもいない。クマやトロールなんてのもいないってね。
 そういえばあのとき突然トロールに襲われたのよねって、カーリアが笑ってな。俺にはすぐあのことかって分かったが、当然ブリニョルフは知らない話だ。
 いったいなんなんだって言うから、湿った岩の壁に寄りかかって、雪帷の聖域でのこと、そこで起こった本当のこと、俺を連れ出したときのことを話して―――そして話してる途中で急にカーリアが言葉を切って、やっと終わったのね、そう言った。
 俺たちにはああとしか言えなかったよ。彼女の声は震えていて、たった一言に、25年分の思いが込められているみたいだった。
 しばらくの間、誰もなにも話さなかった。俺は、自分がなにか言い出していいような雰囲気じゃないし、そもそも俺は主役じゃない。二人の内のどちらかがなにか言うのを待っていた。
 そのうち、感傷を振り切ったらしいきっぱりした声で、カーリアが、不壊のピックを墓所に戻さなければと言いだした。彼女は、色恋にうつつを抜かして鍵を守れなかった女が、ノクターナルに会うなんてできないから、俺一人で行ってくれと付け加えた。ブリニョルフには、ギルドに戻って指揮をとるって仕事があるからな。万事うまくいったと伝える必要もあるし、そういうときに皆をとりまとめるのはマスター代理の仕事だろう。
 俺に異存はない。ちらっと、やっぱりブリニョルフがマスターでいいんじゃないかって思ったが、どうせ言っても押し問答だろうしな。

 ともあれ、ナイチンゲールの間で会ったノクターナルはあくまでも思念体のようなもので、これから行く先、「黄昏の墓所」の奥に、本物のノクターナルが現れるってことだった。
 本来なら墓所の最奥へ、ナイチンゲールの間からつながる道があった。だがピックが盗まれたときに閉ざされてしまって、他に唯一通じている場所となると、「巡礼の道」しかないらしい。
 巡礼の道ってのは、「自称ノクターナルの信徒」が作った道のことだ。その試練の道を歩き通すことで「影」の一員になれると信じられている。
 ノクターナルにとればそんな奴等はどうでもよくて、相手にもしてないらしいんだが、本人たちは大真面目だ。大真面目だから、試練ってものも本気で作られている。つまり、俺もその試練の道を踏破しなきゃならないってことだ。この手の試練はまず間違いなく厄介なものだが、ま、仕方ない。ノクターナルとの契約は、ピックを墓所に戻すことだしな。仕事は最後まできちんと終える。それがプロってものだろう。

 これからどうするかを銘々が確認して、それから軽く一眠り。それでようやく俺たちは外に出た。
 世間はなんてこともない平和な昼間で、湖はのどかだった。世間の誰も、この地下で盗賊たちが殺し合ってたことなんか知らないし、すごいお宝が眠っていたことも、それがとうとう持ちだされたことも知らないままだ。そう思うと、妙にわくわくする気分だった。
 なんにせよ、俺たちはそこでそれぞれの道に分かれることになった。
 「ファルメルの目」はブリニョルフに預けた。ギルドに持って戻ってもらって、デルビンに渡すんだ。ちょっと変わったものは、デルビンを通してギルドの共有財産になるのがルールでね。すごい価値のありそうなものも、ただ珍しいだけのものも、そうやって飾られていく。それを見るのは、ギルド全員の楽しみってわけだ。
 それから別れ際、カーリアは俺に彼女の弓、ナイチンゲールの弓をくれた。ガルスの持っていた剣は、先払いの報酬のようなものだったかもしれない。本来は無関係な俺に復讐の手助けをさせることへの代価、いわば取引のために必要な支払いだ。だがこれは、彼女の感謝だろう。今までずっと共にあり、命を預けてきた愛用の弓。俺は素直にもらうことにした。受け取らないってことは、彼女の気持ちを拒むってことだからな。だからこれは、今も俺の手元にある。持って歩いたりはしないが、隠し場所に、今もちゃんと仕舞ってあるよ。

 

【第十二章:影と共に歩まんことを】

 たしか、ブロンズウォーター、だったかな。俺たちが出てきた洞窟の名前だ。ヨルグリム湖独特の色合いからついたとかなんとか聞いた覚えがある。そこで別れた俺たちは、それぞれの道に向かった。
 ブリニョルフはまっすぐギルドへ。マスターにはなりたくないって言うくせに、こういうときに指揮する責任があるとは思ってるんだから不思議だ。たぶん、いざなにかあったときのマスター代理って役割は決められていて、それは引き受けていたんだろう。で、引き受けた以上はそれを全うしようとする。考えようによっては、だからこそマスターにはならないほうがいいのかもしれない。真面目すぎるからさ。なんでもかんでも背負っちまいそうだ。特にそれが、仲間のため、ギルドのためになるとな。
 カーリアは、ガルスに報告するため、雪帷の聖域へ行ったのかもしれない。聞いちゃいないが、今思い返すとそんな気がする。「終わりが始まった場所」へ、「終わりが終わったこと」を伝えに行った。どうだ? 最愛の人の仇を討てた女として、ありうるか?
 でも俺にはそういう、行かなければならない場所ってのはなかった。もちろんギルドに戻って一休みすればいいんだが、なんとなく一人になりたかった。一人で考える時間がほしかった。「不壊のピック」を早く返さないといけないのは分かっていても、今すぐに向かうには疲れも取れてなかったし、なにより、なんだかいろんなものが俺の頭の中、胸の中をぐるぐる回っててな。もちろんそれは無視しようとすれば無視できるし、忘れようとすれば忘れられる。だけどそのときは、そいつに少し付き合いたい気分だったんだ。

 俺はホワイトランへ向かった。あそこには有力な支援者がいたから、多少のことで衛兵に絡まれる心配はない。なにより、すぐ近くのホニングブリュー醸造所に、俺に個人的貸しのある奴もいる。
 客のふりして店で会うと、マラスもギルドで一騒動あったことは知っていて、それが自分の地位と財産を脅かさないか、やたらと気にかけていた。だから、俺がすっかりもう片付いたこと、今片付けてきたことを伝えると、それなら良かったと喜んで滞在させてくれたよ。まあ、あいつの場合は少しでも俺に借りを返しておいたほうが得だからだろう。はは。そういう奴もいるさ。
 バナード・メアに泊まらなかったのは、あそこだとどうしても客のふり、もっと言えば、前にホワイトランを訪れたときと同じ「俺」のふりをしなきゃいけないからだ。そんなことに労力を使わずに、俺自身としてぼんやり過ごすには、醸造所の二階は最適だった。忙しい時期じゃなかったから、職人たちが酒の様子を見に来るのも朝だけだ。マラスから、個人的な客がいるからそっとしておけって言われてるらしく、話しかけられることもなかった。
 そこで考えたり思ったりしたことなんか話しても仕方ない。うまくまとめて話すことなんて、今でもできないしな。
 ただなんとなく、そうだな、気持ちの整理をつけたって思ってくれたらいい。俺に生まれた変化のことや、これからのこと。結論や答えは出ないままだったが、「まあいい。なるようになるし、さあ行くか」、そう思えるようになるまでの、ぼんやりした時間さ。

 さて。
 言うまでもないが、俺の……盗賊ギルドの物語は、もうかなり終わりに近づいている。
 最後の目的地は「黄昏の墓所」だ。
 そして、そこへ通じる道の一つ、「巡礼の道」は、ファルクリースの傍……比較的という話でいいなら、ファルクリースの傍にあった。
 俺はホワイトランから馬車でファルクリースへ向かい、そこからは徒歩で目指すことにした。
 カーリアに教えてもらったのはだいたいの場所で、とりあえず西へ行けばいいと聞いていた。
 雨が降っていた。なぜだか覚えてる。ぱらぱらと小雨が降る夜明け前に、俺はファルクリースを発った。
 なんだか妙な気分だった。カーリアとブリニョルフの二人とともに行動したのは束の間、長くても、そうだな、立石で落ち合ってからでさえほんの数日ってところのはずなのに、一人きりで目的地へ向かっているのが不思議な気がした。一人でいた時間のほうが圧倒的に長いっていうのに、くすぐったいような、変な感じだ。
 だがとにかく、そのときの俺にとってはっきりしていたことは一つ。ピックを返して、ギルドを元のとおりの面白い場所にしよう。それだった。

 ん? ピックをしばらく持っていようとは思わなかったのかって? 便利な鍵開けの道具。そのうえ、才能を開花させる力まであるデイドラの秘宝?
 いや。全然。
 俺にはほしいものなんてない。金も、宝も。あえて言うなら、ピックを折って舌打ちしながら手ごわい鍵を開ける、それそのものが面白い。だから、折れないピックなんてどうでもいい。
 それに、才能がどうとか、そっちも別にほしくなかった。俺は、デイドラのピックの力を得て25年間、その恩恵に与っていたメルセルを自分の力で倒した。隠密と弓、更に言うなら平常心。そういう、つまりは暗殺のスキルで。それで十分じゃないか。変なアイテムに頼らなくても俺は一流だ。もちろん欠点はあるし、できないことも多い。だがそれでなにが悪い?
 だから返した。
 なにより、ピックを私物化すれば俺はメルセルと同じだ。俺がギルドにいるためには……必要のない嘘をつかず、カーリアたちと気楽に楽しくやるには、ピックは返さなきゃならない。返すのは、当たり前だろう?

 返す約束だし、特にほしいとは思わない。
 だから俺は普通に、ごく当たり前に、巡礼の道の入り口になっているという場所を目指した。
 街道に沿って歩いて行くと、やがて左手に入る小道が見えた。このまま街道を進んだら、どんどん平地のほうへ行くような気がして、俺はその小道に入ってみることにした。
 少し行くと砦が見えた。なんて名前かは知らない。けっこう大きかったはずだ。俺はそこで急に、今は一人で、戦いになっても誰も助けちゃくれないってことを思い出した。油断大敵だ。
 案の定、砦は山賊の根城と化していた。奴等がウサギだ鹿だを追い回している間に、俺は身をひそめながら砦を迂回して進んだ。
巡礼の道へ 街道みたいなものはないにしても、自称信徒ってのが時々通るんだろう。獣道みたいに自然とできたような道はあって、それを辿っていくとやがて、明らかに人の手で作られた立石が見つかった。ノクターナルの印なんてものはなかったが、岩壁には扉が嵌めこまれていて、そこに間違いはなさそうだった。

 入ったところは洞窟だったが、すぐに広い人工の空間に出た。なかなか立派な階段と門が築かれた場所だ。
 そこに、青白く光る霊体が一人佇んでいた。俺は反射的に身をひそめて気配を殺し、しばらく様子をうかがった。
 そいつに敵意は感じられなかった。どちらかというと、途方に暮れてぼんやりと彷徨っているような、そんな印象だ。
 俺が姿を見せると、そいつはすぐに気付いて俺のほうへ顔を向け、ゆっくりとこっちに歩いてきた。
 ありきたりでなんだが、「アンタは誰だ」って聞いてみると、そいつは男の声で、ナイチンゲールの衛士、その最後の一人だと答えた。長い間、たった一人で墓所を守っている、と。
 これがつまり、「死した後も守護する」ってことか。それなら俺もいずれこうなるのかと思ったが、まあそんなことは今はどうでもいい。衛士はどことなく虚ろで、俺が尋ねもしないのに独り言みたいに語りだした。他の仲間は、この衛士の不注意でいなくなってしまったという。腹黒い裏切り。注意深くしていなかったがため、ピックを盗まれた。そして霊体の口から出たのは、メルセル・フレイの名だ。
霊魂の衛士 そうだ。俺もまさかと思った。
 アンタはガルスなのかと聞くと、どうやって自分のことを知ったかと尋ねてきた。間違いないらしい。まさかな。噂のって言うのも変だが、とにかくこの一件に関わりのあるギルマスに、まさか会うことがあるなんて思ってもみなかった。
 姿形はぼんやりして、どんな顔をしているのかとかはまったく分からなかったが、とにかくこの男が前のギルドマスターで、カーリアの恋人、そしてメルセルに殺された男だ。学者になれるほど頭が良かったのに、スリルがほしいからと盗賊になった変わり者。
 俺はもっと調子のいい脳天気なタイプを想像してた。いつの間にかそんなイメージを持ってたんだが、実際にそこにいるガルスは、落ち着いた、それとも、沈んだ男だった。無理もない。腹心の部下、あるいは親友だと思ってた男に裏切られ、挙げ句に殺され、それから25年もここで一人きり、霊体として墓守りしていたなら、どんな奴だって陽気じゃいられないだろう。
 俺はピックを取り返してきたことを告げ、メルセルが死んだことも付け加えた。カーリアのことも話した。このピックを取り返したのは、俺一人のしたことじゃないと。
 その瞬間、変な話だが、ぼんやりと虚ろだった男が、急に息を吹き返したようになった。
 失態の償い、仇を討ったこと。しかしなにより、カーリアが無事でいたこと。ガルスは他のなによりもそれを気にかけていたようだった。真実を知る彼女をメルセルが放っておくわけはない。殺されたんじゃないか、それとも無事でいるのか。25年。霊にとってどうかは分からないが、生身ならかなり長い年月だ。その間ずっと、繰り返し繰り返し考えてきたんだろう。

 もちろん、ガルスは俺に協力的だった。最初からそうだったが、そんな話をしてからは、確かに感謝、熱意みたいなものを感じるようになった。
 できることならあらゆる手助けをしたいと言ってくれたが、「できることなら」、つまり実際にはできないってことだ。
 ガルスの話はこうだった。
 まず、大した手助けができない理由だ。自分のような影の衛士が存在するには、エバーグローム、すなわちオブリビオンにあるノクターナルの領域から流れ込んでくる彼女の力が必要だが、今はそれがほとんど途絶えてしまっている。それだけでなく、奥へ行こうとすると力を奪われ、死……消滅に近づくような気がするらしい。だから、俺と一緒に巡礼の道を進むことはできなかった。
 「その"ピック"がまさに鍵なんだ」。ガルスはそう言った。「不壊のピック」は、この墓所の決められた場所に存在することで、エバーグロームとこの世界をつなぐ通路を開いていた。エバーグロームから、その通路、エボンメアって名らしいが、そこを通ってノクターナルの力が流れ込んでくる。それが盗賊たちに幸運の恩恵として与えられたり、霊魂の衛士をここに存在させたりしているという。
 ところがそのピックがメルセルによって盗まれた。
 それによって通路は閉じ、幸運を得られなくなったギルドは衰退した。そしてガルスも、十分な力を得られずに弱っている。他の衛士がいないのは、エボンメアが閉じた際になにかあったんだろうって話だ。今も奥に近づけば力を奪われるような気がするとガルスが言うように、通路に異変が起こったとき、近くにいた衛士を反射的に喰らい尽くしたのかもしれない。ガルスは通路が閉じた後、つまりメルセルがピックを盗んだ後に殺されたから、その消滅には巻き込まれなかったわけだ。

 巡礼の道を進むため、俺が頼りにしたのは、先に挑戦した者が残した日記だ。そういう奴がいたから、なにか参考になることを書き残してるかもしれないとガルスに教えられて、広間の入り口あたりを探してみると、白骨化した死体の傍にぼろぼろの手帳が見つかった。
 どうやらノクターナルのお宝目当てに、試練を受ける巡礼者のふりをして紛れ込んだ連中の一人らしい。日記の中には、他の巡礼者たちから聞き出した試練の内容がメモされていた。ただしそれはかなり曖昧なヒントで、……えーっと……さすがにどんな文面だったかなんてもう覚えてないな。はっきりと書かれていなかったことだけは確かだ。なにかのたとえみたいな、謎かけみたいな表現でな。実際にその場に行ってみれば、ああこのことかって分かる程度のものだったんだが……。光がどうとか、影がどうとか。
 どんな試練だったか、仕掛けはなんとなく覚えてる。たしか4つ、それとも5つほどあったはずだ。
 だが、ここの詳しい話はよしておくよ。ノクターナルのもとに通じる、秘密の巡礼の内容だ。誰かれ構わず教えていいものじゃないだろう。たまには、たかが物語でも、いかにも本当のことみたいに秘密があったっていいだろう? もしあんたがその道を辿ってみたいと思うなら、ファルクリースの西。それは本当だ。スカイリムに戻ったら、探してみるのも面白いかもしれないぜ?

ノクターナル 俺はいくつかの試練を越え、とうとう聖域の最奥に辿り着いた。
 そして、25年間不在だったピックを、本来の場所へと返した。
 鍵だからな。鍵穴にさして、回すんだ。すると、手がかりも足がかりもないような井戸の底だったその場所が音もなく沈んで、俺の目の前にノクターナルが現れた。
 時々見かけるノクターナル像ってのは、案外本物を活写してるんじゃないかな。ああいう感じの女の姿だ。美人かどうかは、俺にはちょっと分からないが。
 彼女は、当たり前のことをしただけなのだから褒めてもらえると思うな、とか言ったかと思うと、別に腹を立てているわけではないとも言う。それからなにか、まあいろいろと。
 正直なところ、なにを言っているのかなにが言いたいのか、俺にはよく分からなかった。仕事を達成して報告をしたら、「ご苦労。下がれ」。そう言われればまだマシなほうで、機嫌が悪いと出て行けって意味で軽く手を振られる。偉い奴ってのはそんなもんだと思ってたし、俺にはそれが当たり前だった。だから、こんなタイミングであれこれ言われても、どうしていいか、な。
 要約すると、義務は果たして当然だが、その当然のことをきちんと守ることにも報奨は出すから受け取れ、ってことだったんだと思う。
 デイドラの心理なんて俺には分からない。だから、俺を見てどう思っていたのかはさっぱりだ。イルクンサンドでのことにも一言も触れなかった。一応でもカミサマっぽく離れた場所のことも見てたり聞いてたりするのか、それともそんなことはないのか。あれは本当にただの偶然なのか、それとも、通路が閉じて力を届けづらくても、なんとかしてやろうと手を貸してくれたのか。なんにもだ。

 話が終わると、ていうか、言いたいことを言い終えると、ノクターナルは姿を消した。
 俺が驚いたのは、いつの間にかカーリアがそこにいたことだ。ピックが元の場所に戻ったことで、ナイチンゲールの間と聖域をつなぐ通路も復活したらしい。彼女はその通路を通ってこっちに来たんだ。
 顔を出しづらいと言っていたから、ノクターナルが去るまでは影で見ていたんだろう。カーリアは、ノクターナルが喜んでいたと言った。俺にはそう思えなかったが、カーリアに言わせると、ノクターナルは子供を叱咤激励する母親のようなもので、内心では喜び、誇らしく思ったとしても、表に出すのが得意ではないんじゃないかってことだった。そう言われても、俺にはそもそも母親なんてものがよく分からないが、もし彼女の言うとおりだとしたら、面白いデイドラもいたもんだ。
 ノクターナルの恩恵についても彼女から教えてもらった。一つは惑わしの技術。もう一つは隠密の技術。そして最後は諍いの技術だ。幻惑は、魔法でも同じようなのがあるが、相手とこっちの強さには関係なく必ず効くものらしい。隠密は透明化で、そして諍いは、相手にダメージを与えて生気を吸い取る。
 そういえばイルクンサンドでメルセルが使ったのも幻惑と透明化だ。どっちかはここで得た恩恵だったのかもしれない。
 ま、それはともかく、どれにしようか迷ったが、ここに来さえすればいつでも付け替えられるらしい。それならとりあえずでいいかと、まずは隠密の術を選んでおいた。スマートに盗むなら、見つかって相手を殺すようなことには極力ならないほうがいいだろう。それに、幻惑の術のほうは俺はどうにも使い方がよく分からないんでね。
 だがそれから先も、俺がノクターナルの力を使ったことはない。必要にならなかったからさ。俺自身のスキルだけで十分だ。そうだな、メインの物語はもう終わったも同然だが、盗賊ギルドの復興って点では、もうあと少しだけオマケが残ってる。そこで俺の隠密の技術、暗殺者として身につけ、盗賊として磨いたそれがどれほどのものになったか、少しだけ話してやれるよ。楽しみにしててくれ。

 さて。
 俺がノクターナルの恩恵を得て、どうやってここから出ればいいのかと思っていたときだった。ガルスの霊魂が現れた。
 25年ぶりの、恋人たちの逢瀬だ。邪魔したくはなかったんだが、なにせ出口が分からなかったもんでね。カーリアが通ってきた通路があることは聞いていても、その位置がはっきりしなかった。だから、できるだけ気配を殺して、静かにしていた。
 そうは言っても、ガルスはエバーグーロムへ呼ばれたとかで、自分勝手にとどまっていられなかったんだろう。甘い囁きなんかじゃなく、最低限みたいな言葉をいくつかかわして、一度だけカーリアを振り返り、彼は消えた。
 ナイチンゲールのマスクの下で、カーリアがどんな顔をしていたのかは分からない。もし見えていたとしても、感情を隠そうとしていたら、とても俺には読み取れなかっただろう。ただ、どうやって出ればいいのか、ガルスはどうなったんだと話しかけたとき、彼女の声は今までよりずっと穏やかで、落ち着いていて、寂しそうではあったが、不思議と満ち足りているようにも聞こえた。
 そのへんは、今だって俺にはよく分からない。いい仲間が死ぬことの痛みや悲しみくらいは分かるようになっても、そういう、恋人がどうとか、そこまで深いつながりってのはな。あんたはどうだ? ……そうか。なにか似たようなことはあったとしても、25年の歳月とか、片方は霊体だとか、ちょっと特殊すぎるよな。
 それに、ノクターナルのもとへ行って影と一つになることは、ナイチンゲールにとって最高の名誉なんだそうだ。それならあの別れも、ただ悲しいとか寂しいだけものじゃなかったのかもしれない。
 ―――影、あるいは闇。死したナイチンゲールはそれらになって、俺たち盗賊を守護してくれるんだとカーリアは言った。つまりガルスはこの世界から消え、人だったときの姿は失ったが、その代わり、こうして存在する影、深い夜の闇の一部になって、いつでもカーリアを守っているってことだ。そう考えれば、光がさしてその向こうに影ができるとき、夜が訪れるとき、いつでも傍にいることになる。だとしたら、そう悪いことじゃないのかもしれない。
 一部の古い盗賊の間で使われる挨拶、「影と共に歩まんことを」っていうんだが、それは故人となったナイチンゲール、彼等でもある影が、この身を隠し、守り、導いてくれるようにという祈りなんだそうだ。俺が入って以来ギルドで聞いたことはなかったったが、悪くない挨拶だよな。ま、少し気取りすぎだとは思うがな。

雰囲気の変わった正門 それから俺たちは、カーリアが通ってきたのとは別の通路を使って聖域を出た。転移門とかいう次元の通路で、墓所の入り口とつながるものだ。燭台には青白い炎が燃え、来たときとはずいぶん感じが違っていた。
 カーリアはナイチンゲールの間に住むことにしたらしい。ギルドの中にもベッドはあるが、ギルドのメンバーであるよりも、ナイチンゲールであることを優先するようにしたんだろう。もう二度と、ああいう悲劇が起こらないように、もう二度と、面目を失わないように。
 もちろん、腕が錆びつかないように、時々は街に出ると言っていた。ま、ナイチンゲールの間ならリフテンのすぐ近くだ。会いたいと思えばいつでも会えるし、カーリアのほうからギルドに来るのももちろん自由だ。実際彼女はそれからもよく貯水池に顔を出して、耳にした美味しい話や面白い噂をいくつも運んでくれた。

 カーリアとはそこで別れて、俺はようやくギルドに戻った。
 ピックを返したことをブリニョルフに報告すると、お互い無事で良かった、だがこれで終わりじゃないぞと言われた。大きな節目を越えたのは事実でも、それは歪められたものが元に戻っただけのことだ。ギルドの最盛期には程遠い。やることはまだまだあった。

 

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