メルセルの屋敷、その秘密の地下室には、実はもう一つ隠し通路があった。 それは小さな落とし戸で、開けてみると僅かに灯りも見えるし、地面まで大した高さもない。どこへ通じているかは分からなかったが、そこにもなにか手掛かりがあるかもしれないと、俺は降りてみることにした。 大人一人がぎりぎり通り抜けられるくらいの狭い竪穴で、高さは3メートルくらいか。飛び降りてから見上げると、ロープかなにかなしでは戻れそうにない。そして、降りた場所からこの穴は、あると知らなきゃまず見つけられないよう巧みに隠されていた。 どこへ通じているかはすぐに分かった。アンタには今まで話したことはなかったと思うが、ラグド・フラゴンからは、町に通じるラット・ウェイ、それから貯水池へ通じる隠し通路の他に、もう一つ出口があってな。その先は、乞食ってよりも、頭がおかしいような連中が住み着いた古い地下道で、名前はなんて言ったっけな……。すまんが忘れちまった。俺も入ったのは数回くらいでね。ギルドに慣れない頃、貯水池に行こうとして間違って入ったんだ。一度だけ探索したこともあったが、いるのは言ったとおりおかしな奴ばかりだし、俺を見ると襲ってくる奴もいるしで、それっきり入ることはなかった。 俺が出たのは、その地下道だったんだ。 それがメルセルの屋敷に直接通じてたんだから、人知れず出入りするのは、俺たちが思っていたよりもいくらかラクだったに違いない。だとしても酒場・貯水池の分岐点に程近い出入り口だからな。見られる可能性は大いにあって、メルセルの隠密、潜入の腕前を疑うほどのものじゃなかった。
俺はそっちからギルドに戻り、この隠し通路のことも含めてブリニョルフに報告した。 俺が持ち帰ったものはいろいろあったが、宝石とか貴金属は駄賃に持っていけばいいと言われた。ギルドに納品したのは胸像くらいだ。付呪のされた剣も、たぶんそう珍しい物じゃなかったんだろう。俺の取り分になった。 重要なのはやはりあの地図だった。それを見てブリニョルフはすぐさまメルセルの狙いを察した。 それは「ファルメルの目」ってお宝で、かつてはガルス秘蔵の計画だったらしい。 「ファルメルの目」ってのは、ファルメルがまだスノーエルフだった頃に作られた彼等のお宝なんだそうだ。人の頭ほどもあるバカでかい宝石でな。今の俺はもうそれを見たから事実だと知ってるが、話を聞かされたあのときには、どこか眉唾に思ったね。だがなるほど、ガルスがファルメル語を身につけたかったのは、このお宝のためだったに違いない。だがメルセルの裏切りに遭い、ガルスは死亡、計画は頓挫したってことだろう。 しかしメルセルが今更「ファルメルの目」を狙う理由は分からない。いや、大した金になるお宝だってのは間違いないが、分からないのは「なんで今更」って部分さ。ガルスの死からは25年。計画のことはブリニョルフも知っているくらいだから、メルセルが知らなかったはずはない。ガルスが死んだ後はマスターになり、好きに采配もできた。なのに、25年間なにもせずにいて、なぜ、今になって? 考えられるのは、探索に欠かせないなにかを最近になって手に入れた可能性だ。それをギルドで探させなかったのは、宝を独り占めするためか? 気にはなったが、理由なんて俺には関係ないし、そんなことを考えるのは俺の役目でもない。肝心なのは、メルセルの向かった先が判明したことと、そして、まんまと宝を手に入れて高飛びさせないためには、悠長にしてはいられないってことだった。
俺とブリニョルフはカーリアのところへ急いだ。その短い間に、ブリニョルフはざっと、カーリアへの補償を取り決めたと話してくれた。今まで追い回し、安息を奪ったことへの償いはすると、ギルドとして約束したらしい。俺は、なんでそれを俺に言うんだって気はしたが、黙って聞いておいた。まあ一応は、そんなことどうでもいいとは思っていなかったし、それならカーリアも喜ぶだろうとくらいは思ったしな。 カーリアは訓練室にいた。俺がメルセルの屋敷に行って帰ってくるのにかかった時間は、そうだな、2時間てところだっただろう。25年ぶりに戻ったアジトを堪能するには短い時間だ。狭くて殺風景な訓練室だって、懐かしかったか、それとも、カーリアがいた頃にはなかったものだったのかもしれない。俺たちが入っていったとき、カーリアはなにかしみじみと眺めているような様子だった。 だがこっちに向き直ったときには、引き締まった追跡者の顔になっていた。 ブリニョルフは、俺が持ち帰った地図から分かったことをカーリアに伝えた。そして、追跡は俺たち三人で行うほうがいいだろうと提案した。 それには俺も賛成だった。行き先は……あ〜、すまん。ド忘れだ。なんて名前だったっけな。ドゥーマーの遺跡なのは間違いないんだが。まあとにかく、奥へ進むのでさえ苦労するような入り組んだ遺跡だ。大勢で押しかけたって、無駄な死人・怪我人が出るに決まってる。 カーリアは三人で追跡するという意見には同意したが、出発の前には準備が必要だと言った。 これには俺もブリニョルフも少し驚いた。行き先さえ分かれば俺たちはすぐ出発するつもりでいたし、実のところブリニョルフは手下に命じて馬の用意までさせていた。なのに、一番急ぎたいはずのカーリアが寄り道を提案したんだ。 たぶん、落ち着いて見えてもブリニョルフは相当頭に来てたんだろうな。騙されてた年月でいえば20年以上だ。自分自身に腹が立つとかいうのもあったかもしれない。だから珍しくイライラした様子で、いったいなんなんだ、急ぐんじゃなかったのかとカーリアに詰め寄った。 彼女は、仮にもメルセルは「ナイチンゲール」の一人、十分な準備をして挑まなければならない、それ以上のことはここでは話せないと答えた。 それにもブリニョルフは軽く食って掛かったよ。メルセルの腕は知ってるが、俺たち三人を合わせたほどじゃないだろうってね。カーリアはきっぱりと首を横に振った。そしてほとんど触れるくらいにブリニョルフに近づいて、今のままじゃ太刀打ちできない、「ナイチンゲール」って肩書は、決してお伽話や虚仮威しじゃないんだと、ごく小さな声で付け加えた。
さっきも言ったし、アンタだって別に俺に聞かされないまでもうっすらと知ってたとは思うが、ナイチンゲールってのはノクターナルの衛士のことだ。 俺にとっては、そんなものがいると聞かされても「へえ」だったし、メルセルがそうだと言われてもやっぱり「へえ、そうなのか」くらいだった。そんなに大したものには思えず、だから、存在するってんならそうなんだろう、って感じでな。 だがブリニョルフにとっては、ナイチンゲールってのはつまらない与太話、さもなければ伝説だった。 黄昏の墓所とか、ノクターナルへの忠誠とか。盗賊ギルドに住み暮らして長ければ、誰だって耳にする話らしい。だがほとんどの奴は本気にしない。ブリニョルフに言わせれば、そんなものは若造や新米を脅すための法螺話だ。 だがその一方で、実は本気で笑い飛ばすこともできない。なにせデイドラ自体は実在するんだからな。だから、万一
本当にナイチンゲール、ノクターナルに選ばれた盗賊なんてものが実在するとしたら、それはたぶん、自分たちとは完全に格の違う存在、盗賊世界の英雄さ。 だから、バカバカしいお伽話だと笑い飛ばして相手にしないと同時に、しかしもし本当にいるとしたらと恐れてもいる。そんな感じらしい。 カーリアは、 「ナイチンゲールは実在するわ」 そう言った。そして、それ以上の詳しいことは現地で話すから、リフテンの近くにある大立石で落ち合うことを俺たちに約束させ、音のない風みたいに去っていった。 「お嬢がああいうなら、行くしかないか」 ブリニョルフにもそれ以上の追及は無理だった。なにより、この戦いは誰よりもまず彼女のものだからな。それに、カーリアの様子は真剣ってより深刻で、とても拒めるものじゃなかった。 俺はブリニョルフがどう考えたって自分より年上の相手を「お嬢」なんて呼ぶのが妙で、そのあたりの理由も聞いてみたかったが、ま、急場にのんきに聞けるようなことでもない。個別に動いたほうがいいだろうと言うブリニョルフに従い、彼ともそこで別れた。
目印にした大立石は、リフテンの南東門を出て道なりに行き、脇の山道へ入ればいいとカーリアは言っていた。 南東門ってのは、…………、あ、いや。ちょっとな。思い出したことがあっただけだ。この話には関係ない。 南東門ってのはギルドの裏口にもほど近い出入り口で、市場とか商業施設からはだいぶ離れたところにある、まあいわゆる裏門だ。リフテン自体がスカイリムの南東の端にある町で、その南や東っていったら人馬が越えられるような山じゃない。つまり、裏門から出入りして行ける場所ってのはごく限られていて、住人でさえめったに使っていなかった。傍にあるのはボロい孤児院くらいで、そいつらだって別に使っちゃいなかっただろう。 にも関わらず、衛兵はいつも二人、昼夜を問わず律儀に詰めててな。状況が状況だから、できれば人に見られたくはない。無関心に通り抜けさせてくれればいいが、顔見知りになっていればなっていたで話しかけられることもあるし、時にはタチの悪い奴に絡まれることもある。とすると、門番の目をかすめて裏門から出るか、それとも湖を泳いで渡るか、あるいは表門から出てぐるっと回り込むか。手っ取り早いのは最初のヤツだ。幸い、夕方の交代時間
間際で二人ともくたびれてたから、目を盗んで外に出るのは難しくなかった。 カーリアの言っていた脇道については、あんまり詳しい説明はしないでおくよ。一応は秘密の場所だしな。ともかく、俺は無事に目当ての道を見つけ出し、登っていった先の巨大な黒い石の前に二人を見つけた。 カーリアは先に立って岩の合間を歩きながら、質問があるなら、回答は一度でいいように二人まとめてどうぞと言った。たぶん、先に着いたブリニョルフがあれこれ聞こうとして、俺が来てからだとおあずけでも食らってたんだろう。 俺はノクターナルとナイチンゲールについていくつか質問した。部外者がただなんとなく知っていることと、カーリアが知っていることにはかなりの差がありそうだったからだ。つまり、エンシルのところでざっと聞かされたことなんて、ほんのサワリじゃないかと思ったのさ。 重なりあう木々とか岩陰に巧みに隠されていた入り口に辿り着き、中に入るくらいまでの間に俺が聞いたのは、ざっとこんなことだ。
盗賊たちの中に、ナイチンゲールと呼ばれノクターナルに仕える者がいるのは事実だった。で、25年前、ガルスとメルセル、カーリアは、「ナイチンゲールの三人衆」としてノクターナルに仕えていた。 ノクターナルが司るのは、いわゆる「運」ってヤツだ。というか、彼女の気まぐれが、俺たちには「運」として作用するって感じかな。手に負えないような錠前を簡単にこじ開けちまったり、ちょろい相手からスろうとして手を伸ばすや否や見つかったり。そういうラッキーとアンラッキーに、ノクターナルの力が働いているらしい。盗賊がノクターナルにあやかろうとするのは、ま、ラクして金を手に入れるのと同じだ。ラクして幸運を手に入れようって魂胆なんだろう。 だが、おっと、その前にだ。「運」って言えば、忘れてないよな? ギルドがここのところずっと不運に見舞われてたってことを。それをデルビンは「不可知の存在」によるものだと言い、ヴェックスはただの「運」だと言った。けどそれは、言葉こそ違えど実のところどっちもノクターナルを示す。つまり二人とも、同じもののことを言ってたわけだ。 それなら、ギルドの不運と凋落はノクターナルのせいとも言える。とすると問題は、なんでノクターナルがギルドに不運ばかりもたらすようになったかだが、……そう。俺もそう思った。ガルスが書いてたあれだ。メルセルが黄昏の墓所を穢したっていうヤツな。それがノクターナルの怒りを招いたからか? 俺がそう言うとカーリアは、否定こそしなかったがなんだか考えるような顔をして、それについてはもう少し後で話すと言って先を続けた。 ともかくノクターナルは存在し、しかもカーリアたちナイチンゲールには接触さえする。だが彼女はあくまでも、なんていうか、取引相手って感じらしい。ノクターナルは信仰を求めない。供物も求めないし、神官もいない。説教もしない。ただ、幸運には代価を求める。ナイチンゲールとの間にあるのは信仰と庇護じゃなく、特定の働きをすることとそれに対する報酬みたいな関係ならしい。 ってことはつまり、彼女を信じ崇め奉ってたって実はなんの恩恵もなくて、大半の盗賊は無駄なことをしてるんだ。ノクターナルからなにかもらいたかったら、彼女が求めてもいない信仰心なんかじゃなく、別のなにか、求められるものを差し出さないといけないし、その契約ってのは誰でもできるわけじゃない。で、その限られた契約の相手が、ナイチンゲールってわけさ。
そんな話をしながら、俺たちは「ナイチンゲールの間」とか呼ばれてる洞窟に入っていった。 ブリニョルフは、ここのことをギルドに入ったときに聞かされたが、伝説だと思っていたと言った。カーリアは、ナイチンゲールがつくり話だというのは、あれこれ詮索されないために意図的に広められた話だと答えた。 「で、なんで俺はこんなところにいるんだ?」 ブリニョルフはそう言った。たぶん察しはついていたんだろう。だが信じられなかったのかもしれない。その点、ギルドに入って長くない俺は、ナイチンゲールってものの重さをあまり感じていなかったから、もっとあっさりと予想していた。 ナイチンゲールであるメルセルに対抗するためには、俺たちもナイチンゲールになれってことなんじゃないかってな。 ナイチンゲールが実在し、本当にノクターナルの加護……っていうか、働きに対する報酬として与えられる特権だな。それを与えられてるとしたら、そいつらはただの腕利きの盗賊以上のなにかだ。メルセルがナイチンゲールとして特殊な恩恵を得ているなら、俺たちもそうならないと太刀打ちできないのかもしれない。だから、回り道をしてでもここに寄る必要があった―――。 って、おいおい! 納得するなよ! アンタ……記者って言ってたけど、お人好しなのか馬鹿なのか。いやまあ、俺も一瞬は納得しかけたがね。 だが変だろう? メルセルは聖域を穢した張本人なんだぜ? そのせいで、ギルドが不運に見舞われたんじゃないかと思われる。だとしたら、なんで一番罪深いはずのメルセルが、今もまだノクターナルの加護を持ってるんだよ? そんなの真っ先に取り上げられてしかるべきじゃないか? だろう? 俺も気付いたが、ブリニョルフもそれに気付いた。メルセルにはもうナイチンゲールの力みたいなものはないんじゃないかと彼は尋ねた。 だがその答えを聞く前に、俺たちはちょっとした中継地点に辿り着いていた。
そこにあったのはナイチンゲールの鎧ってシロモノだった。 ノクターナルの加護ってほどじゃないが、これだけの付呪を揃えるとしたらなかなか大変だって裝備一式だ。盗賊向きの付呪だけじゃなく、暗殺にも向いたような付呪がされててな。俺にはお誂えだ。 これを身につけて誓約の儀を行えば、俺たちはノクターナルの使徒、ナイチンゲールとして認められるという。 ブリニョルフにとっては、与太話か伝説だったものがどんどん目の前で現実になっていくんだ。後になって、悪い夢でも見てるんじゃないかと思ってた、なんてこぼしてたっけな。それでも彼は夢想家じゃないから、条件ってものが気になってた。メルセルを破滅に追いやることには大賛成でも、加護やこんな鎧をタダでもらえるわけはない。ノクターナルが女神サマってより取引相手だっていうなら尚更だ。 ブリニョルフがそう言うと、カーリアは、ナイチンゲールになる代償は黄昏の墓所の守護をすることだと言った。しかもそれは、死した後も、だ。 そう聞いてちょっと待てと思ったのは、俺だった。そのときまではへーほーふーんくらいだったのが、さすがにそれはちょっと待てってね。 ブリニョルフは、根っからのって言うと変だが、ともかく長いこと盗賊として盗賊ギルドで生きてきた。だから、ナイチンゲールってのがたとえ伝説だろうと、そんな人生の延長線上にある。より優れた盗賊になる代償が死後もナイチンゲールであること―――大雑把に言えばそんなもんだ。そういう条件なら、飲めないでもないだろう。 だが俺は違う。盗賊をやってるのは成り行きだ。もちろん、あの時点の俺はとりたてて他の生き方なんて考えちゃいなかったが、それでも、このまま一生盗賊をやるつもりはなかった。なんとなくだが、いつかどこかで出て行く……理由はともかく、いつかは出て行くような気がしてた。それなのに、ナイチンゲールになればこの後ずっと、死んだ後まで盗賊って生き方に縛られることになる。それは考えものだ。 だが、ブリニョルフとカーリアには、俺が「根っからの盗賊」、「これが天職」みたいに見えてたんじゃないかな。このままずっとギルドにいて盗賊ライフを楽しんでいく、みたいなさ。 さすがにこれは迷った。手を貸すくらいならともかく、死んでまで盗賊稼業、ヘタすると墓守みたいな立場に縛られるのは御免だと、断るかどうか。 かなり迷った。真剣にな。だが、長いことは迷わなかった。 だってなぁ。他にああしたいこうしたいって、決めた生き方があるわけじゃない。なとんなく盗賊やってて、なんとなく楽しくて、今は満足してる。もちろん、いつかはそうじゃなくなって、出て行きたくなるときが来るのかもしれない。だったら、そのときはそのときだ。契約を破ったらどうなるかは知らないが、どんな人生も最悪
死ねば終わる。死んだ後も墓所を守れってのと同じ理屈で、契約を破って死んだらやっぱりなにかあるのかもしれないが、そんなこと俺に分かるわけもないし、案外なにもないかもしれない。俺は、分からないことであれこれ無駄に悩まない主義でね。 それに、……正直に言えば、あの場で「そんなのは冗談じゃない、ここから先は御免だ」とか言って、カーリアとブリニョルフを失望させるのは気が進まなかったんだ。 だから俺は、なるようになる……いや、もうどうにでもなれって気分で、ナイチンゲールの鎧を受け取って身につけ、歩き出したカーリアとブリニョルフについていった。
半分人工の洞窟の一番奥は、泉に足場をいくつか残したような広い空間になっていた。 俺とブリニョルフはカーリアに促されるまま、その「儀式の間」の足場の一つに立った。カーリアも別の足場に立って誓約の祝詞を唱えると、広間の中央に青白い光が出現した。そして優雅な女の声が広間全体に響き渡った。 俺にはそれが本物なのかなにかのトリックなのかよく分からなかったし、ペテンみたいに感じられなくもなかった。だがカーリアは厳粛な調子でノクターナルに許しを乞い、汚名返上の機会をくれるよう訴えた。 だがノクターナルは冷たかった。おまえは既に自分の所有物だというのに、差し出せるものなどなにもなかろうと言うんだな。 まあ、このへんは茶番だよな。わざわざ言わなくても、新参者が二人、ナイチンゲールの装束に身を固めて突っ立ってるんだから分かって当たり前だ。それでもノクターナルはわざと問いかけて、カーリアの返事、そういう茶番のやりとりを楽しんだんだろう。 汚名返上の機会をもらう代わりにカーリアが差し出した代価は、俺とブリニョルフだ。新たな使徒、ノクターナルに仕える従者を二人連れてきたと彼女は言った。 ノクターナルはその条件を受け入れた。声からしか判断はつかないが、メルセルに復讐するために力がほしいってのを面白がってるように聞こえたよ。
こうして俺とブリニョルフはナイチンゲールになり、カーリアはやっと、メルセルの犯した罪について俺たちに話してくれた。 彼女がここまで俺たちになにも言わなかったのは、物が物だからだ。これは、ナイチンゲール、つまりノクターナルの従者、彼女の所有物にならなきゃ教えられない究極の宝、デイドラの秘宝の話でな。―――俺がそれをアンタに話すのは、俺がただ面白おかしい嘘をついてるからかもしれないからで、別に信じてもいいし、信じなくてもいい。 さて。 ガルスの手帳にあった、「聖域を穢した」って一件だが、これについてはカーリアも、少し前までは見当がつかなかったらしい。それがはっきりと分かったのは、ギルドで大金庫を開けようとしていたときだ。あのとき彼女は「メルセルは錠をこじ開ける必要なんてなかった」と言った。実はそれが、「聖域を穢す」ことと同義だった。 カーリアによると、黄昏の墓所にはいわゆるデイドラの秘宝が一つ祀られていた。その宝は「不壊のピック」っていって、まずは名前通り、決して壊れない鍵開けの道具だ。 だが、早合点するなよ。壊れないピックは確かに便利だが、それにしたって微妙な錠前を開けるのにはかなりの手間がかかるし、ピックでは開けられない鍵だってある。だから、いくらメルセルが「不壊のピック」を盗んでモノにしてたとしても、ノルドの仕掛け扉やギルドの大金庫を開けるのには使えないんだ。 問題は、にも関わらず奴がそれを開けたってことで―――そしてそれは、間違いなくノクターナルのピックのせいだった。 ピックのせいなのか違うのか、どっちなんだって? まあ、こういうことさ。 「不壊のピック」は、物として壊れないピックってだけじゃない。最大の恩恵は、その鍵が持ち主の潜在能力を"開く"ことだった。 いいか? そいつを持ってると、持ち主は大した努力も経験も必要なしに、もともと持ってた才能ならどんどん開花し発達していく。戦闘のスキルも、盗賊としてのスキルも、話術や魔法、たぶん歌とか絵とか、とにかくすべてだ。平凡な能力の上達は微々たるもの、相当時間がかかるみたいだが、ある程度優れてた才能は飛躍的に伸びていく。 そうしてできたのが、凄腕の盗賊マスター・メルセルだったんだ。
それはすべてに対する答えだった。だからメルセルはなんでもできた。鍵開けもそうだ。ギルドに何度も忍びこむような隠密の技術もそうだ。剣の腕だってそうだろう。それに、おそらくスリもだ。そうすればデルビンやブリニョルフから鍵をスリ取って使い、また戻しておくことができる。それだけじゃない。そもそもなんでギルドの連中が皆して騙されたのか。そう、詐術だよ。なにもかも、ピックの力で増幅された能力が可能にしたに違いない。 そしてそれはともすると、どうしてファルメルの目を手に入れるため、25年待ったのかに対する答えかもしれなかった。メルセルは宝を独り占めする気だった。だからギルドの仕事として進めるつもりはなかった。だがいくらあいつでも一人で「目」を盗み出すのは困難で、自分の力がより高まるのを待ったのかもしれない。まあ、こいつは憶測で、今も答えは分からないがね。 ともあれ、そんな大それた宝を、しかも身内に盗まれたとあっちゃ守護者の面目は丸つぶれだ。 そのうえピックはノクターナルの領域とこっちの世界をつなぐ通路……やっぱり鍵かな。通路を開いたり、加減するための鍵。そういう役割も果たしていたという。それがないと、ノクターナルがこっちの世界に及ぼせる力も大きく減退する。つまり、もし幸運を授けてやろうとしてもなかなか届かなくなったわけだし、裏切り者を出して宝を盗まれるような連中に、苦労してまで幸運を授ける気なんてなくなって当然だ。それでギルドはやることなすことうまくいかず、どんどん傾きはじめたんだろう。 だからなんにせよ、俺たちのやることは一つ、徹底して一つになった。それはメルセルを逃さず捕らえることだ。あいつを捕まえ、殺すかどうか、どうやって殺すかはカーリア次第として、貴重なお宝をくれてやるわけにはいかないし、なにより、ノクターナルのピックを取り返さないといけない。ナイチンゲールの使命としては、宝石はなくしてもピックだけは取り戻さないとまずい。 で、無事にピックを取り返したら、黄昏の墓所の決められた場所に戻す。そうすれば、ノクターナルはもう一度ギルドに幸運を授けてくれるようになるだろう―――とまあ、こういうことだ。 まったく、盗賊なのに、盗まれたものを返しに行くなんてな。俺がついそう言うと、カーリアも、ナイチンゲールのマスクの下で笑ったようだった。
さて、これで話は終わり、いよいよメルセルを追う……のかと思うだろ? 別にここは端折ってもいいんだが、話の流れとしては一応付け加えておかなきゃな。 ともかくノクターナルとの話はついて、目当てのドゥーマー遺……あ! そうそう、イルクンサンドだ。たしかそんな名前だった。イルクンサンド。まあたぶんな。とにかく、そこへ向かうのも別行動にし、現地で合流しようと決まった。それでカーリアが先に行くと、追いかけようとしたところをブリニョルフに呼び止められた。後でもいいんだが、できれば今のうちに話しておきたいってな。 いったいなんなんだと思ったら、ギルドの指導者についてだと彼は言った。 指導者。つまりギルドマスターだ。そんなの当たり前じゃないか。俺はもちろんブリニョルフがいい。そう長い付き合いじゃないが、メルセルなんかよりずっといい奴だし、皆だって認めてる。だからこそ、メルセルが裏切り者だと分かったとき、ブリニョルフがとっさに指揮を執って、誰も文句は言わなかった。そんなのわざわざ話題にするまでもない。 俺はてっきりそう思って、俺はもちろんあんたを推すよって言おうとした。そしたら、だ。 言いかけて遮られ、先に言われたことに俺は心底驚いて、耳を疑った。なんて言ったと思う? って、こんな振り方すれば見当もつくか。ああ、そうさ。そのとおり。ブリニョルフは、メルセルの一件が片付いたら、指導者には俺がなってくれと言いだしたんだ。 いったいなんでそういうことになる? 俺は半ば正気を疑いながら、どう考えたってあんたのほうが適任だろう、なに言ってるんだと言ってやった。 だがブリニョルフは、盗賊としての腕には自信があるが、統率したりといった柄じゃないと言う。そんなのはまったくもって俺の台詞だ。完璧に俺からブリニョルフに言う台詞だよ。 それに俺は新参者だ。そりゃしばらくギルドにいて、俺より後に入った新人もぽつぽつ目立ってきてはいた。それでも何年、何十年もギルドにいるわけじゃない。しかも俺は、これは彼には当然言わなかったが、人に使われて人を殺す、それを当たり前にして生きてきた駒みたいな奴なんだ。それこそ技術なら、自分より後に来た奴に教えることはできても―――。 いやまあ、そんな俺のあれこれをだらだら話しても仕方ないな。とにかく、俺がどれくらい驚いたか、どれくらいそれは間違ってると思ったかってことさ。 俺はとにかく、そんなのはひどい人選ミス、判断ミスだと訴えた。 だがブリニョルフは一向に引かなくて、言うに事欠いて、ギルドの皆が俺の仕事を尊敬しているとか言いだした。俺にはギルドへの忠義があるって。 それこそ―――なあ、アンタ。分かるよな? 俺にそんなものあるはずがないってことは、これまでの話を聞いてたら分かるはずだ。俺は盗賊の仕事を楽しんでやっていたし、ギルドの連中のこともだいぶ好きになっていた。だから、このままギルドで過ごすのもいいなとは思っていた。だがそれは、"しばらく"であって"この先ずっと"じゃないし、つまり俺はその程度だ。忠義なんてこれっぽっちもない。 だが俺がなんと言っても、プリニョルフは譲らなかった。それで言い合ってるうちに、なにかと思ったんだろうな。カーリアが引き返してきて、横から「この人はこうと決めたら、相手がイエスと言うまで絶対に許さないわよ」とか言った。ブリニョルフは「諦めろ」なんて言うし……。
で? 諦めるしかなかった。 仕方ないさ。こうなったら、実力で分からせるしかない。よく使われるのとはまったく逆の意味でな。 しばらくやってみれば、こいつじゃダメだと分かるはずだ。そうなれば、もっといい奴を推そうって話になるだろう。そうすれば自然とお役御免になる。 だから、この問題はそういう現実的な解決を待つことにして、ともかく俺は、もっと差し迫った、もっと大事な問題に集中することにした。そうすれば、「俺にマスターなんか一瞬でも務まるわけないだろ?」なんて面倒なことを考えずに済むからな。 そうして俺たちはそれぞれに、厄介なドゥーマーの遺跡、ファルメルの目が眠る場所、メルセルの向かった先、イルクンサンドを目指すことにした。
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