Tales of An Argonian 2

 

【第四章:カーリア】

 俺はできるだけ"その他大勢"でいたかった。見くびられるのは癪だとしても、まあそこそこやるね、くらいでいたかったんだ。
 だがこうなると俺はもう流される枝みたいなものだ。しかも、ギルドマスターだの、ベテランの盗賊たちの目の前、見てる前で。農園、醸造所、カーリア。そしてもう次が待ち構えていた。

 ソリチュードでの仕事を片付けてアジトに戻ると、酒場で一服する間もなく「メルセルが呼んでる」と言われた。
 普段は姿も見ないし、どこでなにをしてるのかも分からない奴だったから、もしかしてこいつ、俺の報告を聞くためにここに常駐してたのかと、げんなりしたのを覚えてる。
 だからって知らん顔はできないし、嘘をつくのは利口じゃない。ガラム・エイを始末してきていれば別だったかもしれないが、あいつを生かしておいた以上、そこから水が漏れる可能性があった。それで俺はごく素直に、手に入れた情報をメルセルに伝えた。
 カーリアの名前を口にしたときのメルセルの顔ったらなかったね。地下の貯水池は薄暗いにも関わらず、顔色が変わるのが見えたほどだ。
 俺はそこで、「そういうことで、じゃ!」とやりたかった。
 だがメルセルはそのまま俺に、カーリアって女について喋りはじめた。

 カーリアはメルセルと同じくらい昔からギルドに所属してるダンマーの女で、かつての相棒、そして凄腕の盗賊だった。マスターのガルス、メルセル、そしてカーリアが、当時のギルドの中で最も優れた盗賊だったそうだ。
 そんな彼女がガルスを裏切り、殺した。
 誰かが誰かを殺すってのは日常茶飯事で、俺にとっては尚そう、別に驚くほどのことじゃないとしても、マスター殺し別だ。しかも、徒党を組んで反乱を起こしたとかじゃなく単独でなんて、どうかしてる。だってそうだろ? 有力な仲間と一緒に反乱してマスターを殺し、ギルドを乗っ取るっていうなら分かる。だがたった一人でマスターを、しかもマスターとして皆に認められてるような奴を殺したら、なにがほしかったにせよ、その利益を上回るほどの敵を作ることになるんだ。絶対に割に合わない。
 メルセルたちは当然ギルドを上げて追撃した。カーリアはギルドの盗賊を一人残らずに敵に回したんだ。だが彼女は、マスターの死でギルドが混乱しめちゃくちゃになってる隙に完全に姿をくらました。

 とはいえそれはだいぶ昔の話で、大半の連中にとってはもう終わったことだった。
 もちろん、当時からいる連中はカーリアを仇と思って憎んではいるが、目の前にある現実、自分の身の振りより大事なものじゃない。カーリアのことは自然と過去に置き去られていった。
 だがメルセルにとっては違った。
 最も腕の立つ盗賊の一人で、だからこそ最高に難しい仕事を組んで行うこともあった彼等は、互いの手の内ってものを誰よりも知っていた。カーリアにとってメルセルは、自分の手の内を知るごくごく限られた仲間の一人なんだ。つまりそれは、唯一メルセルだけがカーリアを脅かす存在、彼女を見つけ出して報復しうる存在だってことだ。
 話を聞いてやっと少し納得がいった。だからメルセルはギルドに何事か起こったときにはカーリアの存在を疑ってきたし、農園の買収だとかいったことの裏側に、誰よりも早く彼女の気配を感じていたんだろうなと。
 しかしこれ、要するにカーリアとメルセルの痴話喧嘩みたいなものだよな? 少なくとも俺には関係ない。俺がギルドに入るより前の話だ。なのになんで俺がそんなものに巻き込まれなきゃいけないんだ?
 「そこまで憎いなら忍び込んで殺せばいいのに?」とか、まだ釈然としないような気持ちもあったが、できれば俺は、「ああそうですか」で済ませたかった。
 だが、このとき既に、俺っていう小枝はもう渦のど真ん中にいた。俺にそのつもりはなくても、メルセルは、この舞台の脇役、だがそれなりに重要な"脇役A"に俺を入れるって決めてたんだ。

 メルセルは当然みたいに、俺に一緒に来いと言い出した。
 は!? なんで!? もう勘弁してくれよ! 心底そう思った。だがメルセルの様子からして、断るとろくなことにならないのは目に見えていた。あいつはメイビンのババアと同じタイプだ。自分の言うことには誰もが従って当然。その当然のことをしなかったら、相応の仕返しをするのも当然。そういう奴さ。相手にも事情とか都合があるなんて考えもしない。
 しかもそんな奴が、身の危険を感じて、だったら先に始末してやると猛り立ってるんだからな。嫌だと言ったら割にあわない恨みを買うのは目に見えている。
 正直、これ以上厄介事に付き合わされるのは御免だった。だがこれを断るってことは、イコール、メルセルに楯突くってことで、ギルドから抜けるってことだろうとも思った。
 選択肢は2つ。
 このまま深みにハマるか、ギルドを抜けるか。
 そして俺は、好奇心に負けた。

 なんとなく釈然としない、納得のいかないものがあって、すっきりしなかったんだ。
 もう少し分かりやすく言えば、カーリアって女に興味が湧いた、ってところかな。
 マスター殺しの女。
 ギルドを敵に回してまでマスターを殺すなんて、いったい何故。
 金とか盗品がらみのいざこざじゃないだろう。その程度と引き換えにできるようなリスクじゃない。
 だとしたら、強烈な恨みか。だったらありうる。男と女なら痴情のもつれかもしれない。そいつは世の中で一番、物事の道理をぶっちぎるモンだ。
 だがマスターはそういう理由で殺したとしても、メルセルまで付け狙う理由はなんだ? メルセルはそれを「自分の手口を知ってるからだ」と言っていたが、動機としちゃ弱すぎる。本当の理由を言いたくなくて、適当な口実を挙げたのかもしれない。
 それに、もし恨みに囚われて、そいつをなにがなんでも晴らしたいと思ったら、普通は周りのことなんてお構いなしになる。しかも何年も恨みつづけてるんだ。だったらその時間の分、煮詰まって濃くもなってるだろうに。
 カーリアには、何年もの間メルセルを付け狙うような執拗さ、陰湿さ、粘り強くドス黒い悪意と同時に、よく分からないなまぬるさがあった。
 それがどうにも気にかかったんだ。すっきりしない、ってね。
 それに、―――そうだな。俺は、自由だった。
 昔はそうじゃない。厄介事には関わるなって、これは上から厳命されてたルールだった。だが今は違う。自分で選べる。厄介事に、自分から関わったっていいんだ。その自由がある。
 だから、好奇心にあえて負けてみることにした。
 それに、もしどうにもならないほどヤバくなったら、抜けるのはいつでもできるってね。姿を消すのはなにも、カーリアの専売特許じゃない。
 まあ、何事もなく過ごしたいなら、この選択はホント馬鹿だったよな。ギルドを抜けて、どこか他に暮らす場所、飯の種を見つけるべきだった。
 だが、俺のその間違った選択のおかげで、アンタはこうして面白い話が聞けるんだがな。

 さて。
 腹を決めた俺は、もう少し身を入れてメルセルの話を聞くことにしたし、聞き出せることがあるなら聞き出しておこうとも決めた。
 メルセルから他になにか知ったことはないのかと言われて俺は、「終わりが始まった場所」って言葉を思い出した。ガラム・エイが言ってたんだ。カーリアがそんなことを口にしていた、と。
 俺にはさっぱり意味が分からなかったが、メルセルにはそれで察しがついた。
 そこは、世間的には「雪帷の聖域」として知られる場所だった。
 メルセルと俺はそこで落ち合った。
雪帷の聖域・入り口 ウィンドヘルムとウインターホールドの間くらいにある、雪深い山奥の墓場だ。はっきり言って、他にはなにもない。ただ雪。岩肌が少し見えるかどうか。そんな場所に、穴を掘って周囲を石組みで覆っただけの入り口があった。
 それほど待たせたつもりもないが、メルセルはイライラしてた。怒ってるだけじゃない。不安なんだ。恐れを怒りとして外に出す奴はよくいる。
 だが俺がここで、じゃあ勝手にしろと言って去ると困るのはあっちで、不機嫌ではあったが当たり散らされるようなことはなかった。
 関わると決めたら、カーリアについてももっと知っておきたい。入る前に俺は、彼女についてもう少し詳しく教えてくれとメルセルに頼んだ。
 しかしこれは、言ってはみたが無視されるかもしれないと思っていた。なにせメルセルはカーリアの痕跡を見つけて、一刻も早く追いたいとじりじりしてるし、そのうえクソ寒い中での立ち話だ。
 だが意外にも奴はあれこれ教えてくれた。そのわけは後になって思い至ったが、まあ、今言うのはよそう。話が面白くなくなっちまう。アンタは知らないんだろ? それからどうなったかとか、実のところカーリアが何者なのかなんて。

 話のほとんどは、ギルドで聞いたことをもう少しこまかくした程度のものだ。
 びっくりしたのは、前マスターのガルス殺し、カーリアの遁走が、25年も前のことだって部分だな。
 くだらないことかもしれないが、いいか? 俺にとって殺しだなんだは日常だ。どんな理由で誰が誰を殺そうとしても、そんなことでいちいち驚いたりはしない。だがこの25年前ってのには驚いた。
 ってことは、カーリアってのはけっこうなババアか? まあ彼女はエルフだから、俺のばあさんくらいの年でも不思議はない。しかし、そのカーリアを知ってるメルセルやブリニョルフ、ヴェックスってのも相当いい年ってことになる。俺に人間の年ってのはよく分からないが、それにしても何十歳も勘違いすることなんてめったにないんだがな。
 て言うか、20年以上も前の恨みだのなんだのって……。他にすることないのかよ?
 まあともかく、メルセルの話によると、カーリアはここでガルスを殺したってことだった。「終わりの始まった場所」ってわけだ。
 彼女は弓の名人だった。この場所で、不意打ちでガルスを殺し、共にいたメルセルも殺そうとした。だが矢は僅かに急所を逸れ、メルセルはなんとか生きて逃げ延びた。
 で、マスターを失ったギルドは、後継者争いでメチャクチャになった。カーリアはその混乱の時期に完全に姿をくらました。
 ちなみに彼女はやっぱりガルスの女だった。だが何故自分の恋人を殺したのかは、メルセルにも分からないとのことだった。
 なんにせよ、カーリアが凄腕の盗賊であり、それと同じだけ殺しの技術にも優れているとしたら、厄介な相手だ。
 だが同時に、俺とどっちが上か、試してみたいような気にもなった。殺しの腕を持つ凄腕の盗賊と、盗賊に首を突っ込んだ元暗殺者。これはなかなか面白いカードだよな。

マスター・メルセルの解錠技術 さあ、いよいよ侵入だ。
 聖域の入り口はメルセルが簡単に開けた。知識と技術、と奴は言った。
 だが先に行けって言われたときには、予想はしてたものの、少しげんなりした。俺はあんたやギルドのいざこざを解決する手伝いとして来てるだけで、張本人じゃないってね。だがボスに逆らえるはずもないし、「おまえの腕を見せてみろ」とか言われたらイエスと答えるしかないのが下っ端だ。
 実際のところは、危険なことはまず俺にやらせて、自分は少しでも安全に進みたかったんだろ。カーリアが腕の良い盗賊なら、侵入者よけの罠を張るなんて朝飯前だし、実際そうだったからな。
 別にそのことに不満はない。ボスってのはそういうもんだし、そうあるべきだ。……いや、そうだって。率先して危険に飛び込むリーダーなんて、ただの馬鹿だ。現場で役立つ才能と、組織を管理、監督する才能ってのは別なんだからな。それに、頭の素質を持つ奴ってのは、手足ほどたくさんはいない。だから俺に不満はなかった。たとえアンタがどう思おうとな。
 それに、カーリアの腕は見事だった。
 今言ったとおり、この墓に備わっていた罠、盗掘者避けの罠はほとんどすべて仕掛け直してあった。圧力板、ワイヤートラップ、ドラウグルを起こすための骨の鳴子、宝箱に仕掛けられた罠に、油と火炎壺……。よくよく注意して進めばそれらをかわしたり、外したりするのは難しくないが、ろくに備えのない奴が入り込んだらまず生きて出られなかっただろう。
 それに、ドラグルの死体。あちこちに転がっていた。たいていは喉を一矢。それに、まったく眠ってるみたいにしてそのままそこに残ってた奴や、徘徊してる奴もいた。気付かれずすり抜けたんだ。
 まったく、ぞくぞくしたね。カーリアってのは本物だ。恐ろしく慎重で、抜け目なく、鋭い。
 それにメルセル。奴も口だけじゃなかった。隠密行動はもちろん、剣の腕も相当なものだった。
 だがカーリアとは違うタイプだ。自分の力を誇示したい欲望がある。だから、倒せると分かってる相手に、こそこそと隠れてやり過ごすなんてのは性に合わない。ひそかに忍びこむ盗賊ってより、力任せに押し込んで奪い取る強盗タイプだ。だがだとしても、正面から戦ったら俺じゃ手も足も出ないような上位のドラウグル相手に、真っ向から切り結んで一歩も引けを取らない。狭い通路で、刃渡りの短い剣が壁にかすることもなく舞う。すごかったよ。

 それに、"やっぱりギルドマスターってだけのことはある"、俺はつくづくそう思うことになった。
 ドラウグルどもを片付けつつ奥に進むと、ノルドの仕掛け扉に行き当たった。
 アンタ、見たことあるかい? ああ、そうだ。変な模様のついた回転板と、4つほど穴の空いたあの扉だ。あれは本来、鍵になる「爪」がなきゃ開くものじゃない。このときまでに俺もいくらかは洞窟を探検してみたり、使い道の分からない「爪」を持て余してるのを安く買い取ったりして、二度ほどお目にかかっていた。
 まあ、絵文字合わせは簡単だ。なにせ3種類の絵と、3つの輪。片っ端から試したってたかが知れている。だがそれぞれの扉に合わせて作られた「鍵爪」がなきゃ、その組み合わせが正しいのか試すこともできない。ピッキングではどうにもならないシロモノだ。
 カーリアは「爪」を使って奥に進んだ後、言うまでもないが、その「爪」は懐に入れて持っていくか、処分するかだ。ということは、俺たちはここで立ち往生……のはずなんだが、ところがこれをメルセルが開けてくれた。
 これには正直いって驚いたし、心底感心した。入り口の鍵はともかくこんなものまで開けるのか、盗賊ギルドのマスターともなるとこんなことまでできるのかってね。
 正直に言えば、俺はここまでの短い探索の間に、メルセルの技量って部分にはかなり恐れ入っていた。人としちゃ好きなタイプじゃないが、盗賊のマスターとしてなら超のつく一流、すごいってね。

 だが、俺が余裕を見せていられたのは、そこまでだった。

 中に入ったとき―――突然 胸元を突き飛ばされたような衝撃があった。
 なにかと思って見下ろすと、矢羽が一瞬だけ目に入った。
 だがそのすぐ後には急激に気が遠くなって、立っていられなくなった。
 加減もなく突いた膝が痛かったが、そんなことに呻く間もなく、俺は冷たい氷みたいな石の床に転がっていた。
 矢だ。
 しかも毒矢。
 意識を失う直前に、「カーリア」とだけ思った。くそ、彼女の仕業だってね。
 だが俺が意識をなくしていたのは束の間のことだったらしい。人の話し声が聞こえていた。体は動かなかったがぼんやりとものは見えたし、話し声は次第にはっきりしてきた。
メルセルと対峙するのは メルセルと、女だった。
 女は、ぼんやりとシルエットくらいしか見えなかったが、カーリアだろう。
 メルセルはその女に「おまえもガルスの後を追うときが来た」とか言っていた。
 俺は頭までぼんやりと麻痺したみたいで、ろくにものを考えることもできず、ただその声を聞いていた。気力を振り絞ることで、なんとか意識を保てたってところだ。
 二人はなにか言い合ってたが、内容は覚えてない。直後にだってほとんど覚えてなかった。
 そのうちカーリアの姿が消え、それでもどこからか声だけがし、それもやがて聞こえなくなった。
 しんと静まり返った石室だ。
 足音がして、メルセルが俺の傍に来た。
 間抜けな部下を笑って捨てていくのか、それとも、馬鹿な奴だと言いながらも助けてくれるのか。
 どちらも違った。
 奴は、「こうなったのはおまえのおかげだ」とか言いながら、持っていた剣を俺の腹に突き立てた。
 痛みはなかった。
 ただ重さを感じて、それきり、俺は冷たい闇の中だ。

 だがここにこうしているんだから、死んでいないのは見てのとおりだ。
 俺は震えるような寒さで気がついた。
 目を開けると、そこは外、雪の降りしきる戸外だった。
 いつの間にか俺は外にいて、フードをかぶったダークエルフの女に介抱されていた。
 ここでちょっと笑える話をしておくと、俺はどうにかこうにか起き上がったばかりで、頭はまだぼんやりしていたし、ものを考えるのも一苦労だった。ただ、この女がカーリアだろうってことはなんとなく分かった。
 それから、メルセルに刺されたこと。理由は分からないし、考えられるほど頭も働かない。
 だがともかく今は、カーリアといる。なんのつもりかは分からないが、確かなことが一つある。それは、今の自分がほぼ完全に無力で、この女に生殺与奪権を握られているってことだった。
 あいにく俺に、殺されるのが怖いって感覚はない。自分じゃどうすることもできないなら、成り行きに任せるだけだ。
 そんなときだ。
 女が「大丈夫?」と俺に言うや否や、フロスト・トロールに襲われたんだ。
 冗談じゃない!
 それに話どころじゃない。
 カーリアに命の紐を握られているときはまあこんなもんかと思ってたが、突然トロールに襲われるとつい反撃しようとするのはちょっと面白いよな。
 と言っても俺は殺されないようにするのが精一杯で、腹をおさえて這いずりまわってただけだ。倒してくれたのは彼女、カーリアだ。
 片付いてほっとしたら、なんだか笑えちまったね。
 死んでもいいと思ってるくせに、トロールからは逃げようとする自分も変だったし、それに、大怪我して謎の女と顔を合わせるなりこのハプニング。間が悪いったらない。
 だが、「災難ね」なんて言いながらくすくす笑ってる彼女を見て、俺はほとんど無条件にほっとした。彼女は敵じゃない。俺をどうこうする気はないってね。
 ベッドロールまで俺に肩を貸して、傷口を診て、薬をくれて、横になったほうがいいと、ああ、肩を押してくれた手のあたたかさなら、今も思い出せる。あの雪の中、なにがなにやら分からなくなったあの中で、信頼してもいいって思えるあたたかさだったんだ。
 彼女にはブリニョルフと同じ、人としての真っ当さみたいなものがあった。当たり前に俺の怪我を心配し、具合を気遣う。
 メルセルが俺を道具として使ったのとは違う。
 それにそれは―――……、いや、そいつはもう少し、後で話そう。

 ともかく、さあ、もう言うまでもないよな?
 そうさ。
 メルセルの話はでたらめだった。
 いや、完全にでたらめかって言えばそうじゃない。だがところどころで、カーリアとメルセルの役が入れ替わってたんだ。
 たしかにこの場所でガルスは殺された。だが殺したのはカーリアじゃなくメルセルだ。カーリアもまたメルセルに殺されかけたが、なんとか反撃して逃げのびた。
 メルセルはたしかに死にかけた。カーリアの反撃の矢でな。だがその傷を利用して同情を誘い、あくまでも自分は反逆に抵抗した英雄、信頼してた仲間に裏切られ、傷を負った犠牲者だってことにしちまったんだ。
 カーリアには無実を訴える暇を与えなかった。
 ガルスを殺したのはカーリアだと偽りを広め、馬鹿な連中はそれを信じた。とんでもない詐術だ。ありえないレベルの。連中は皆、メルセルの言うことをそのまま信じこんだ。
 カーリアに自分の無実を証すすべはなかった。それで彼女は逃亡し、身を隠さざるをえなくなった。
 そして今まで20年以上もの間、メルセルから身を隠し、そして、自分の無実を晴らしガルスの仇を討つ、その機会を待っていた……。

 まったく!
 まったくこれだよ!
 なにがって、これなら全部筋が通るし、辻褄も合うだろ!?
 カーリアがどうしてあんなにも回りくどいことをしたのか、どうして20年もの間メルセルを付け狙ってきたのか。
 カーリアにとっちゃメルセルは、自分の恋人を殺した仇であり、マスターを殺した反逆者であり、それを隠し、しかも自分にその罪を着せたとんでもない野郎だ。しかもそいつが今も、平気な顔してギルドの連中を騙してる。
 恨みも晴らしたい、仲間の信頼も取り戻したい。真実に気付かせてやりたい。彼女にとってギルドの仲間ってのは家族みたいなものだったし、ガルスは本当に大切な、最愛の男だったんだ。
 だが憎いのはメルセル一人だ。たとえギルドの連中が自分を裏切り者だと思って憎んでいても、彼等を傷つけたり苦しめたりはしたくなかった。憎まれたからって簡単に憎み返すような、カーリアはそんな女じゃなかった。だから、裏表両方の出入り口から火を放つとか、大量に傭兵を雇って押し込みをかけるなんてのは絶対にできなかった。
 彼女の狙いはあくまでも、メルセルを生きたまま捕らえて、ギルドの皆にその罪を知らしめることだ。
 だが身の証を立てるまではギルドの奴等に見つかるわけにもいかない。だから彼女は、メルセルだけが分かるような、ごくささやかな揺さぶりをかけてきた。わざとらしいシンボルマークなんかもそうだ。なにも知らない奴等には大したことじゃないように、しかしメルセルには、なにかあると分かるように。

 もちろん、メルセルが嘘をついたように、カーリアも嘘をついている可能性はゼロじゃない。だがこれならすべてすっきりする。
 それに、俺はもうメルセルの真意ってヤツをこの腹で味わっていた。使うだけ使って、口封じにあっさり殺そうとした。自分のことしか考えてない。邪魔になれば、そして、気付かれずにやれると思えば、マスターだって殺すだろう。たとえば、自分がその地位を得るために、とかな。
 それに、こまかいことではあるが、メルセルがやけに親切にあれこれ教えてくれた理由もはっきりした。俺に信じさせたいでっちあげを語りたかっただけさ。そうでなきゃあの男がクソ寒い雪の中、使い捨ての三下のおねだりなんか聞くもんか。

 一方で俺はカーリアを信じられると感じていた。
 それに、カーリアの話を聞いて、「そいつは俺には関係ない、勘弁してくれ、巻き込むなよ」って気持ちにはなれなかった。
 もちろん、そう言って逃げることはできたろう。それにカーリアなら、仕方ない、あなたにはあなたの人生があるって、黙って行かせてくれただろう。
 だが、ほんの僅かとは言え、これはもう俺自身の問題にもなっていた。俺自身に、メルセルを恨む理由ができたんだ。
 とはいえ、それはほんのちょっとした、舌打ち一つ程度のことだ。まあいいやと置いていくこともできる。
 だが俺はそうしなかった。
 そうしないことを選んで、カーリアに協力することにした。

 あ、ちなみにな、俺が死ななかったのは、カーリアの毒のおかげだ。
 あの鏃に塗ってあった毒は、メルセルを生きたまま捕らえるため、何年もかけて完成させた特殊なもので、完全に動きを封じるが決して死にはしないんだと。
 だがメルセルに隙はなく、彼女はとっさに俺を撃った。邪魔をされたくなかったからだそうだ。
 その麻痺毒のせいで心臓の動きが鈍くなって、その結果 出血が弱まり、俺は無事だったってわけさ。
 まあ、カーリアのおかげってよりは不可抗力みたいな気もするが、恨み骨髄のメルセルのための毒を、あえて俺に使った……絶対に死なない毒を。やっぱりあの瞬間、カーリアは俺を助けるつもりで、ただそのためにそうしたんだろうな。メルセルがどんな奴か彼女は嫌ってほどよく知ってたわけだから、用済みになった馬鹿なアルゴニアンが消されるだろうことも、一目見れば分かっただろ。
 ……そうだな。彼女が言ったわけじゃないが、そういうことだったんだろうな。メルセルが俺を死んだと思えば、まさか死体にトドメを刺したりはしないだろうって。だが残念ながら俺はアルゴニアンで、人間やエルフよりは毒に耐性がある。そのせいで、死体みたいにはなれなかったんだ。きっとな。
 とはいえ、こんなことを言うのは今だからだ。あのときはこんなに冷静じゃなかった。そもそもあんたが俺を射なきゃ自衛できたんだと、ムッとしたよ。だがそれも、言う前に考えなおした。完全に油断してた俺は、カーリアが射なかったら、まんまとメルセルに殺されてたのかもしれないってね。
 それに、カーリアも自分のしたことを心底から正当化はしなかった。少し拗ねたみたいな様子だった。
 ―――ああ、それから、これもちゃんと付け加えておかなきゃな。ささやかだが、大事なことだ。いわゆる伏線ってヤツさ。
 俺を射たことの説明をした後で、彼女はこう言った。
「なんにせよあなたは助かった。きっと特別なのね。どんな存在にも手を出せないような、強い運を持ってるんだわ」
 って。やけにしみじみと、思いつめたように。

 ま、こうして俺は、カーリア、アンタが聞いてきたその名を持つ女と、盗賊ギルドの暗い過去、この2つに、みっちり付き合うことになったのさ。

 

【第五章:「俺」】

 俺を殺し損ねたことで、メルセルには不利な生き証人ができたが、カーリアが言うには、そのことさえあいつはうまく言いくるめて、ヘタをすると俺が裏切ったからだってことにしかねないらしい。
 そんなまさかと思ったが、実際に奴はかつて、ギルド中を騙してカーリアに罪を着せた。いくら俺が口先に自信があると言っても、……それに俺は、つい少し前に油断しきってカーリアに矢を射られ、メルセルに殺されかけたんだ。そんな思い上がりはろくな結果を生まないって、思い知ったばかりだった。俺よりすごい奴はいくらでもいる。俺が想像もつかないほど巧みに人を騙す奴だっているだろう。そう思って、黙ってカーリアの計画を聞いた。

 カーリアがここに来たのは、ガルスの手帳を手に入れるためだった。
 ガルスには大事なことを書きつける手帳があった。そんなものがあるってことは、ガルス本人から聞いてカーリアも知っていた。
 マスターともなれば、人に言うことはできないが吐き出しておきたいこととか、考えをまとめるため書きつけたいことなんかもあるだろう。カーリアは、そこにならメルセルがガルスを殺した理由が書かれているんじゃないかと考えていた。そう、彼女もメルセルがガルスを殺した理由は知らなかったんだ。
 彼女はこの20年、メルセルの罪の証を探し続けていた。ガルスの手帳については当時すぐに思いついたが、隠し場所として考えられる場所はギルド、すなわちメルセルの息がかかった範囲にあって、探索はなかなか進まなかった。
 それもあらかた調べ尽くしたところで、彼女はやっと情報を手に入れた。
 ガルスの古い知人、彼が盗賊だったってことすら知らないような"外"の知人ってのにたまたま会ったんだそうだ。それでガルスが小さな手帳を肌身離さず身につけていたことを知った。それはガルスの習慣だったらしい。手帳を最後まで使い切ると、読み返して重用な部分だけを新しい手帳に書き写し、古いものは焼き捨てる。そうすることで彼は、自分にとってもっとも重用な内容だけを、いつも必ず、一冊の手帳として身につけていたっていうんだ。
 だからカーリアはここに来た。……俺は、なんていうかそういう、大切な人を亡くしたことってのがないから分からないんだが、恋人が殺された場所に来るってのは、ラクなもんじゃなかっただろうな。様子を見れば分かったよ。だから今まで決して近づこうとしなかったんだろう。だがよりにもよってそこ、最愛の人の遺体に、最大の手がかりが残されていたんだ。
 そしてその手帳はあった。傷んではいたが、冷たい石室の中、まだ十分に読める状態でね。

ファルメル語の日記 ただしそれは、カーリアにも俺にもまったく見たこともないような文字で書かれていた。
 何語かすら分からない。誰よりもガルスに近いところにいたカーリアでさえ、見当もつかなかった。
 粗末なテントの中で彼女は、当時のことを思い出そうと真剣だった。ガルスが興味を持っていたもの、出掛けた場所、そういったものが手がかりになるんじゃないかと思ったんだ。
 だが25年も前だし、そのときにはまさか、こんなことになるなんて思っていなかった。だからそんなに注意して見ていたわけじゃない。
 俺も自分が知ってるだけの言葉を思い返してみたが、俺なんてほとんどブラックマーシュから出たことはなかったし、仕事に必要な基礎知識として教わったのは、そのほとんどが今使われている言葉だ。専門知識は、専門家に化けるんでなきゃ必要ないってことさ。
 小さな火にあたりながら二人で考えたが、なにも進展はなかった。
 少ししてカーリアは思い出すのを諦め、その代わり、翻訳できそうな心当たりについて俺に教えた。

 ウインターホールドにエンシルっていうアルトマーの男がいる。そいつはガルスの友人で、カーリアも親しくしていた。彼は盗賊じゃないがガルスの生業については理解があり、時には盗品の処分、売買も手伝ってくれたという。
 ガルスは盗賊ながら相当な学があって、エンシルが訪ねてくると二人は、カーリアにはまったく理解のできない難しい話で朝まで議論していたこともたびたびあったらしい。
 エンシルは、あれからのカーリアが信じて頼ることのできる数少ない相手の一人だった。ギルドの関係者じゃなく、少し離れたところで物事を見ているし、ガルスとカーリアを直接よく知っていたから、メルセルの嘘に騙されなかったんだ。
 だが今までずっと、カーリアはエンシルを頼るまいとしていた。自分のせいでギルドの揉め事に巻き込まれるかもしれないし、それに、ろくになにもできないのにただ泣きついて、意味もなく迷惑をかけたくなかったんだ。
 だが今は事情が違う。ようやくなにかができる。ガルスの日記に本当に手がかりがあるかどうかは分からないが、もう五里霧中じゃない。エンシルにとっては、血なまぐさい殺人と復讐劇に関わるなんて迷惑かもしれないが、だとしても彼女は、ともかく頼ってだけみようと決めた。

 俺はガルスの手帳を預かり、この件についてはなんとかしてみると約束し、カーリアと別れた。彼女の存在をギルドの奴等に知られたら、間違いなく追手がかかるからな。決定的な証拠が掴めるまで、動きまわるのは代理人である必要があった。
 雪帷の聖域からウインターホールドはそう遠くはない。
 だが、死にかけた直後にふらっと行ける距離でもなかった。
 カーリアは、時間のことはなにも言わなかった。むしろ、メルセルに手帳奪われたり、自分たちがなにをしようとしているか勘付かれたりすることのほうがまずいから、くれぐれも慎重にと言っていた。20年以上も待ったんだ。今更あと少し待つくらいどうってこともなかっただろう。だから俺は、ともかくこの傷が癒えるまで少し休む必要があった。
 だがギルドに戻るのは利口じゃない。
 メルセルは俺を死んだと思っているだろう。そこにのこのこと姿を現せば、何故俺が死ななかったのかを勘繰られる。それに、メルセルと俺との間でああだこうだ食い違うことを言い、その結果が本当にカーリアの言ったとおり、なにもかも俺の裏切りだなんてことになったらたまったもんじゃない。
 いったいどうしようかと迷いながら、俺はともかく山を下りることにした。
 少し無理をしてでもウィンターホールドへ行こうか? エンシルに会ってわけを話し、彼のところで少し休ませてもらおうか? だがもし彼が俺を信用してくれなかったら? カーリアに関わるのを拒んだら? それに、馬車でも見つかればともかく、歩いて移動するのは相当こたえる。
 だがまあともかく、街道まで。俺はそう思って山を下った。
 そして麓まであと少しってところでブリニョルフの姿を見つけた。
 彼は明らかに人を、俺を探しているようだった。メルセルと俺の行き先は秘密じゃなかったしな。ただ、聖域の正確な場所はメルセルやカーリアしか知らなかったんだ。
 どうするべきか、俺はとっさに判断できなかった。それに俺はそのとき冗談抜きであの世との境目から戻ってきたばかりで、腹の傷だって塞がっちゃいない。それを庇い庇い歩いてたくらいだ。
 そしてブリニョルフは、目端の利く腕のいい盗賊だった。
 つまり俺は、身を隠そうとする間もなく彼に見つけられちまったんだ。
 もうこうなったら行き当たりばったりだ。ともかくカーリアのことだけは隠さなきゃいけない。それ以外は多少変でも仕方ない。そう覚悟を決めて、俺はブリニョルフに軽く片手を上げて応えた。

 ブリニョルフは俺の傍に来ると、怪我をしているようだがいったいどうしたんだ、メルセルは一緒じゃないのかと尋ねてきた。俺はその言葉から、メルセルがギルドに戻っていないらしいことを知った。尋ねてみるとそのとおりだった。
 今はまだなにも言うべきじゃない。だから俺は、聖域の探索中にはぐれたと嘘をついた。そしてこの怪我は、ドラウグルにやられたんだと。
 ブリニョルフは、メルセルならきっと大丈夫だろうと呟いた。メルセルの腕についてはよく知っていたから、ギルドに戻ってこないことは心配になったとしても、何事かあったとは思ってなかったんだ。
 俺は、あいつはあんたの信頼に値するような奴じゃないと言いたかったし、なんであんな奴をあんたほど目の利く奴が信じてるんだとも思ったが、黙っていた。
 普段はぺらぺら口の軽い俺がそうやって黙ってたもんだから、ブリニョルフは相当具合が悪いと思ったらしくてな。ここでじっとしてろよと言って、上着を脱いで俺に押し付けると、アンダーシャツだけの薄着で雪山を飛ぶように下りていった。
 それから少しして戻ってきたときには、ひどく息を切らしていた。来る途中にすれ違った馬車を追いかけて、連れ戻してきたんだ。麓まで下りればそこに待たせてあるからと、俺はブリニョルフの肩を借りて雪山の細い道を下った。
 道々、話すことはほとんどなかった。ただ何故かブリニョルフは俺に「すまん」と言った。なにに対して謝ったのかは分からない。だから俺は、別にあんたはなにもしてないだろって言ったが、彼はただ神妙な顔で黙り込むばかりだった。

 馬車に揺られてギルドに戻る途中、俺はブリニョルフにカーリアのことを尋ねてみた。25年前の一件について、ギルドの大半の連中が信じてることってのをちゃんと知っておきたかったんだ。
 ブリニョルフもカーリアをマスター殺しの犯人だと思い込んでいた。俺が聞かされていた話とおんなじさ。そして、その話を作り上げたメルセルのことは少しも疑っていなかった。
 彼女を仲間だと心から信じていたからこそ、裏切ったことには相当腹を立てているようだった。いや。当時のブリニョルフはまだ若造で、ギルドにも入りたてだった。そんな中、手練の一人として知られているうえに美人なカーリアは、憧れでもあったんだろう。これはまあ、後に二人の態度を見て俺が想像したことだがね。
 ともかく、
「俺は反対したんだ」
 とブリニョルフは言った。メルセルが俺を連れて行くことにだ。腕は立つとしても俺は新参者で、過去の事件には関わりがない。そいつを過去の因縁に巻き込むのは気が進まない、と。だがメルセルは、俺には運があり他の奴にはない、カーリアを相手にするなら、いつ不運に足元をすくわれるか分からない奴は御免だとか言ったらしい。
 ブリニョルフは、その腹の傷はカーリアの仕業じゃないのかと言ってきた。俺は、メルセルの植えつけたカーリアへの不信ってものにぞっとしながら、カーリアは弓が得意で、剣を抜いて振り回したりはしないんだろ、と言っておいた。実のところそれは、剣で戦うほうが得意らしいメルセルを匂わせたものだったんだが、頭っから信じこんでる相手には全然通じなかった。
 ただ、メルセルに対する一抹の憤りをもたらすことはできた。負傷した俺を置き去りにしたことだ。
 俺にメルセルを弁護する義理なんてさらさらないが、とりあえず今は、カーリアの存在に気づかれないのが第一だ。
「死んだと思ったんじゃないか? 実際 俺は、しばらく死んでたさ、きっと」
 とかなんとか、軽口叩いてごまかしておいた。
 だがそれにブリニョルフは、「馬鹿なことを言うな」って真顔で怒ったっけ。笑い事じゃないって。

 あれは不思議な気分だった。
 今でも思い出せる。
 ギルドへの帰り道、ブリニョルフは時々 座る位置を変えた。俺の右へ行ったり、左に戻ったり。なんなんだって言ったら座り心地が悪いとか、こっち向きだと酔うんだとか言ってたが、しばらくして分かった。俺に風が当たらないようにしてたんだ。自分の体を衝立代わりにしてさ。上着は俺に貸したまま、薄着だってのに。気付いてそのことを言うと、俺にも責任があるからって、至極真面目くさった顔で答えた。
 ギルドの連中もそうだった。
 ヴェックスはいつもどおり、「どんな理由があったって、怠けてちゃ懐は寒くなってくばかりだよ」とか憎まれ口だったが、横からデルビンに「だから早く良くなれってことさ」って言われてうまく言い訳できないでいた。
 お人好しのルーンは、無事で良かった、俺にできることがあったらなんでも言ってくれよって感じだったし、弓の名手・ニルインはとにかく目の早い奴で、俺がなにかしようとすると、「これか?」って持ってきてくれる有り様だ。二人とも、俺たちを探しに出ようとして、子供のお使いじゃない、ほっとけって止められたらしい。
 酒場のマスター・ヴェケルは、そうやってそいつらを止めてたブリニョルフが実際のところそわそわしっぱなしで、とうとう昨日になって、人選には俺も関係してるからって探しに出たことをこそっと教えてくれた。
 サファイアもあれこれ世話を焼こうとしてくれたし、トニリアは、この薬はお代をいただきませんからって、どうやって手に入れたんだか、かなり高価な薬をくれたりした。
 中にはもちろん、あんまり関心のなさそうな奴だっていた。だが、それにしたってかなりの連中が、どんな形であれ俺を心配し、気遣ってくれた。
 なんて言うか、あれは本当に妙な気分だったんだ。
 なんでこんなことになってんだって、最初は理解できなかった。

 だってなぁ……。
 俺はそれまで、誰かに心配されるってことがなかったんだ。
 俺にとってはさ、仕事は果たして当然、しくじってヤバくなったら自己責任。それが当たり前だったんだ。シャドウスケールでいたときには、帰ってこない仲間もいた。しくじって捕まって殺された奴なんてざらだった。そんな話を聞いても、俺も他の奴も、間抜けだとしか思わなかった。
 それは今でもほとんど変わらない。それが俺に染み付いた常識的な感覚なんだ。
 だから、心配されるってのがほんと不思議だった。
 たしかに俺には、話す相手にとって心地良いように振る舞うクセがついている。だからギルドには馴染んでいたし、よほど嫌われてるってこともなかった。仲良くなって、くだらない話をして笑ったり、他愛のない愚痴を零したり、色恋沙汰の相談をされたりさ。うまくやってた。
 けど、俺が死んだからって、そいつらがなにか損をするか?
 ちょっと楽しく話せる奴がいなくなった、ああ残念。それくらいだろ?
 それとも、腕の立つ仲間がいなくなれば稼ぎに影響が出て、ギルドの再興も元の木阿弥、またしみったれた生活に戻る。それが嫌だから?
 俺はそういう、人の裏表にも敏いはずなのに、そんな感じが全然しなかった。カーリアの毒のせいで、そういう感覚まで鈍ったのかと思うくらいに。
 だから俺はある日、デルビンのじいさんに聞いてみた。なんでみんなそんなに俺のことを心配してくれるのかねって。
 じいさんはちょっと驚いたような顔をしたが、いつものテーブルの前、普段ならヴェックスかブリニョルフが座ってる椅子に俺を座らせて、なんでそんなふうに思うんだって、逆に聞き返してきた。
 俺は、なにもかもを正直に言うことはしなかったが、それでもそのときの自分の気持ちくらいは、そのまま喋った。俺はギルドじゃまだまだ新参者で、誰かの無二の親友ってわけでもない。少しは使える奴かもしれないが、最近は他の連中だって張り切って仕事してて、俺だけが飛び抜けてるわけでもない。別に俺がいなくなったからって、誰も困らないしなにも問題ないだろって。まあ、あんまり深刻に聞こえないようにな。
 そしたらじいさん、「そんな寂しいこと言うな」って言ったっけ。
「おまえはもう盗賊ギルドの仲間、俺たちの一員、家族みたいなもんじゃないか。俺にとっちゃ、将来に大いに見込みのある、息子みたいなもんだ」
 ってね。

 「一員」って言葉は、昔から知ってた。
 俺はシャドウスケールの「一員」だった。
 だがその言葉にはもう少し広いって言うか、なんて言うか……優しい意味もあるんだと、俺は理解した。
 だからこう言い換えてもいい。昔の俺は、シャドウスケールって駒の中の「一つ」だった。
 だが盗賊ギルドの中で俺は、その「一員」だ。
 それは、つながっちまって、勝手に切れないようなイメージだった。
 俺が手を放してそこを去っても、誰かの手がまだ俺に向かって伸びたままで、戻ってくることを期待してる。そんな感じだ。
 それは間違いなく鬱陶しいし、俺にとってはちょっと気味も悪かったが、逆に言えば、俺のほうからその手を取ったっていいってことだ。
 もし俺がなにかトラブルに見舞われたり困ったことがあったりしたら、今まではそんなもの全部自分の責任で、仲間……他の駒にとばっちりが行かないよう、自分で始末しなきゃならないものだった。
 だが今はそうじゃない。困ったことがあったらこいつらを頼っていい。そうすればきっと、それがとんでもないものでないかぎり、どうしたんだって力を貸してくれる奴がいる。そして俺もまた、そんなふうに誰かの手を取ってやらなきゃならないこともある。
 それがギルドの「一員」ってことなんだって、まあ、その理解が正しいかどうかは分からないが、とにかく俺はそう解釈した。

 そしてふと、カーリアもかつてここにいたんだってことを考えた。
 盗賊ギルドの一員として、互いに手を伸ばし、取り合って。
 なのにメルセルがその手を叩き払った。ガルスとつないだ手も、仲間たちとつないでいた手も。そしてカーリアを裏切り者にした。
 カーリアはここに戻ってきたいんだ。ただメルセルを始末したって意味はない。だからこそどうしても、自分の無実、メルセルの罪を証すものが必要だし、なにがあってもギルドの仲間を傷つけたくはない。
 ただ流されて渦に飲まれただけの俺だったが、このときにはっきりと、カーリアの力になろうと思った。
 カーリアが頼れる奴は限られていて、俺はたまたまその一人になった。そのときの彼女にとって、取れるほんの僅かな手のうちの一つが、俺の手だった。カーリアが手を伸ばしてくるなら、俺はその手を取ろう。渦の中で流れに逆らって泳ぐことになるとしても、なんとかして彼女の無実を証明し、そして、あの嘘つき野郎をこのギルドから消してやろうってね。
 我ながら、生まれて初めて持ったようなそういう……熱意みたいなものが、いつまで続くかは分からなかった。だがまあ、そのときはちょっと、そういう気分に飲まれるのも、悪くない気がしたのさ。

 

【第六章:サマーセットシャドウズ】

 危険の大きいデカい仕事にとりかかるには、すべてを万全に整えておきたい。
 俺はしばらくの間、デルビンたちが仕入れてくる小さな仕事に精を出した。
 カーリアの毒は俺にどんな後遺症も残さなかったが、完全に元のとおりに動けると自信を持てるまで、徹底的に自分の感覚を研ぎ澄ますことにしたんだ。
 それに、雪帷の聖域での俺はすっかり油断して、思い上がってもいた。
 俺にもそれを悔しいとか恥ずかしいと思う気持ちはあるし、なにより、今まではそれでしくじっても、自分が死んでなにもかも終わる、ただそれだけだった。仕事の成否は俺の問題じゃなく依頼人の問題だ。だがそのときは違った。たとえカーリアの依頼だとしても、俺自身がそれを完遂したいと思っていた。だから、それはもう俺の問題だったってことだ。
 そんなのは初めてだったよ。つまり、他人事じゃなく自分事の仕事ってのは。
 だが……いや、だから、かな。おそろしく充実してた。
 こなしたのは小さな仕事ばかりだったが、俺はすべてに完璧を期した。なにをするにしても目的と意味を持たせた。
 たとえばちょっとした泥棒の仕事は、今までだったら適当に忍び込んで、住民がいれば適当にその目をかわし、適当にこなしてた。見つからない自信があったし、見つかったところで金ですぐ解放されるってね。
 だがそのときは、住民の不在を狙うと決めたら相手の行動パターンを徹底的に調べ、実際に不在の家に入り込むのでなければ失敗と見なしたし、在宅中を狙うなら本当に人がいるときに、侵入口から脱出経路、ブツのありそうな場所、すべて考えてから実行した。
 それは別に目新しいことじゃない。シャドウスケールとして働いていた頃と同じだ。なにせあっちは、捕まったらその場で殺されて当然なんだからな。泥棒みたいに、檻に入れられてしばらく頭を冷やせと言われるとか、保釈金を積んで出してもらうなんてこともない。
 まあつまり、自分を戒めて、小さな盗みの仕事にも全力で当たることにしたのさ。

 ひと通りの街に出かけて、人様の家の中から貴金属を失敬したり、帳簿の数字をいじったり。そのすべてで決して誰も傷つけたり殺したりはしなかったし、誰かに見咎められることもなかった。だが不審に思われた瞬間はあった。俺はそれもミスと考えて、より完璧に実行するよう努力した。
 そういったことはすべて、本命の大仕事のためのトレーニングでもあったが、もちろんその一つ一つで達成感てものもあった。
 ただ、活躍しすぎると、やっかみも出てくる。
 俺は、バイパーにはちょっと敬遠されはじめてた。こいつはスリの名人で、最初は自分から寄ってくるような愛想のいい奴だったんだけどな。メルセルの後釜を狙ってるって噂もあったし、そういう野心がある男にとっちゃ、腕のいい仲間ってのも良し悪しだよな。
 けどそのあたり、別に俺が心配しなくても、デルビンとかブリニョルフがちゃんと見てたよ。叱ったり、宥めたり、ハッパかけたりしてさ。

 ライバル意識を燃やして張り合ってきた奴っていえば、ガーサーだ。こいつは大柄なノルド……たぶんノルドで、俺よりも少し後に入った新参者だった。ヴェックスに勧誘されて入ったんだったかな。ともかくこいつはハナっからのし上がる気満々、それを隠そうともしなかった。
 こいつは開けっぴろげで、どんな小細工もなしに正面から来る。俺はこれこれこういう仕事をしたぞ、おまえはどうだってね。それに、俺のほうがいい仕事をしたと分かれば悔しがりはしたが、それをぶつけるのは俺にじゃなく次の仕事にだった。
 それにガーサーは失敗にいちいちへこまないタイプでな。不運だろうと自分のミスだろうと、それはそれ、次は次だ。まあ、そういう性格から分かるとおり大味で、しくじって保釈金を払わせてたこともけっこうあるが、それも込みでギルドじゃいいムードメーカーになった。
 それまでくすぶってた連中も、俺やガーサーに刺激されたのか、仕事に出掛けることが多くなった。
 それでもやっぱり思いがけないミスだのトラブルだのってものはあったが、そういうのに逐一腐らなくなったのは、ガーサーのおかげだっただろうな。
 風向きはまだ悪かったが、少なくとも俺たちの士気はかなり上向きになっていた。
 それになにより、この頃には少しずつ盗賊ギルド復活の噂ってのが流れはじめてた。俺たちがコツコツ重ねてきた小さな仕事、その手際が、チリツモでだんだん無視できなくなってきたんだ。
 小さな被害かもしれないが、盗賊ギルドがまた活発に動き出したことは、世間の噂に登るようになっていた。

 ギルドの復活が噂になれば、少しデカい仕事が舞い込んでくる。
 デルビンたちはこれを"特殊任務"って呼んでいた。
 俺はこれまでに一つ、その特殊任務をこなしていた。詳しい内容は省くが、ホワイトランの名家にコネを作ることに成功した、とだけは言っておこう。
 そしてこのときに請け負ったのは、ウィンドヘルムでのものだった。
 俺はこの仕事を試金石にすると決めた。
 カーリアの仕事に取り掛かる前に、最後の仕上げとして、この一件で自分の回復度合いをはかるつもりでな。デルビンから聞いた分には、どうにも荒っぽいことが待っていそうだったからだ。

 ウィンドヘルムはリフテンの北にあるデカい街だ。スカイリム全体では東の端で、スカイリムで最古の街だとも言われてる。
 内乱のまっただ中にあっては、そこは片方の頭が首長を務める街だってことで、王宮近辺はぴりぴりしてたな。それに街の連中も両極端だった。威張りくさったノルド至上主義者と、それ以外さ。それ以外ってのは、ノルドでも差別しない奴等……そりなりの数ちゃんといたよ。そういう連中と、灰色地区にいるエルフたち、それから、海岸沿いの倉庫みたいな場所に押し込められたアルゴニアンのことだ。
 灰色地区ってのは、街の東にあるスラムで、そこに住んでるエルフの大半がダンマーだからついた名前だ。レッドマウンテンの噴火から逃れてやってきて、辿り着いたのがウィンドヘルムだ。街に入れてもらえたんだからまだマシかもしれないが、もちろん街の連中にはそれを快く思わない奴も少なくない。
 だがあいつらはまだ街の中だからマシだ。俺の同族たちは街の中に住むことも許されないんだからな。俺は同情心や義憤ってものはほぼ持ちあわせてないが、それでもいい気分はしなかった。
 それに、年がら年中いつ行っても雪が降ってることがあって、はっきり言って、俺にとっちゃスカイリムで一番気に入らない街だった。

 だがもちろん、そこにいる全員、そこにあるなにもかもが嫌いだったわけじゃない。
 俺が会った……そうだな、この人は世間的にはちゃんとした真っ当な稼ぎ人だし、身分と名前は秘密にしよう。アンタが聞いた話をどうするのかは知らないが、聞いて満足それっきりで、誰にも言うつもりないってわけじゃないんだろ? ……まあまあ、それはいいよ。聞く気はないから話さなくていい。気になってたら、話をする前に確認したさ。
 まあとにかく、その男のことはここではTCって呼んでおこう。ウィンドヘルムでなかなか成功してる、そうだな、農園主だ。
 この男のことは、ウィンドヘルムに立ち寄ったときとか、そこで仕事をしたときに何度か見かけていたし、実は話したこともあった。近郊に立派な農園を持った成功者だが、自分で畑仕事をするような男で、気取りもなく、家族や雇人にも評判のいい男だった。
 だから俺は、依頼人の名前を聞いたときには意外な気がしたんだ。そんな真っ当な男が、盗賊ギルドなんかに? ってね。
 だが実際にウィンドヘルムに出かけてその男を探し、ギルドからの遣いだと名乗ると、TCは驚いた顔をしたが、余計なことは言わず、農園まで来てくれと俺を誘った。
 案内された農園は、それほど大きくはなかったが手入れが行き届いていて、納屋も小奇麗だった。その藁山の一つに腰掛けて、TCは仕事の話をはじめた。

 TCの依頼は、盗賊に持ち去られた娘のロケットを取り返してほしいってものだった。
 話は少し遡るんだが、TCはひとつきほど前に娘を殺されていた。その娘ってのは、貴金属をじゃらじゃらつけて歩くような、まあ親父と違って頭の良くない見栄っ張りで、ある日街の中で殺され、身につけていたものを奪われたんだ。言ってみれば自業自得だが、父親としては当然仇を討ちたい。それに、持ち去られた装飾品の中に、家宝でもある「銀のロケット」があった。
 仇を討ち、ロケットを取り戻してほしい。それがTCの頼みだった。
 聞いて、俺がまず思ったのは、それをどうして盗賊ギルドに頼むのかってことだ。殺人事件に窃盗なら、衛兵に頼めばいい。なにせノルドだ。ノルドのはずだ。あの街の中に立派な邸宅を持ってるくらいなんだからな。衛兵だって喜んで働いてくれるだろう。
 俺は疑問に思ったことをできるだけ尋ねることにした。適当に二つ返事で引き受けて、やってやれないことはないだろうが、それは"仕事"に対していい加減な、油断した態度だ。そういう油断は一度で十分、もう懲り懲りさ。
 TCの話じゃ、衛兵はウルフリックの私兵みたいなもので、今は内乱に対する備えでまともに取り合ってくれなかったってことだった。それに、無理に嘆願して引き受けてもらえたとしても、まともに捜査してくれるとは思えなかったそうだ。ロケットにしても、「銀? つまりただの銀製か?」。これはTCが言われた言葉そのままだ。つまり、真剣に探してくれる気がしなかった。
 だからTCは盗賊ギルドを頼った。
 それに、TCには以前、ギルドとつながりがあった。あんなに落ち目になる前には、この街での協力者、庇護者だったんだ。衛兵の一部を買収したり、あるいは保釈金を積んだりってね。

 TCって男は、真っ当な農園主に見えた。実際、普通の人だった。まあ、盗賊に協力するって時点で完全な善人じゃないかもしれない。だが、決して悪人じゃない。あえて言うなら、彼は至極真っ当だからこそ、盗賊ギルドを選んだって言ってもいい。
 っていうのは、そうだな……。俺は話を聞いて、一つ不思議に思った。
「アンタはこれを、盗賊ギルドの仕業だとは思わないのか?」
 ってことさ。娘が殺されて、金目のものが盗まれた。だったら、盗賊ギルドの奴が疑われたって無理はない。
 けど、俺のその疑問にTCははっきりこう言った。
「きみたちは決して、盗むために殺しはしない。そうしなければ盗めないとしたら、それを恥だと思うはずだし、そんなやり方に不愉快を感じるはずだ」
 ってね。
 それを聞いて、俺は妙に納得した。なんとなくもやもやしてたものが晴れたような感じだった。
 ああ、これが恩恵だったのか、って。

 "殺すな"って掟のことさ。殺し屋だった俺が、最初の頃、二、三人殺して吊るせばいいのに何故、なんて思ってたことへの答えだ。
 そう。もしギルドが簡単に人を殺していたら? 言うまでもないよな。TCみたいな普通人は絶対に関わろうとしなかっただろう。それに、この事件もギルドの仕業かもしれないと疑われたはずだ。
 だがギルドは、どんなに落ちぶれても殺しはしなかった。メルセルの野郎はどうか知らないが、少なくともブリニョルフたちの目が届く範囲では、あいつもそんなことは良しとしなかったはずだ。
 だからこそ、普通に暮らしてる人でも少しなら関わってもいいと思うし、金と引き換えに大目に見てやってもいいと思う権力者だって増える。殺しの絡んだ厄介な出来事は、ギルドのすることじゃないとは信じてももらえる。
 今TCがギルドを疑わず、取引を持ちかけてきたのも、俺が、いや、俺たちが掟を守ってこれまで活動してきたからこそだった。

 それに、ギルドってのはその業種の特権階級の集まりみたいなもんだから、よそ者にデカい顔されるのは気に食わない。
 盗賊ギルドの場合も同じだ。ギルドに参加していない盗賊が縄張り内で好き勝手やりはじめたら、ここが誰の持ち場なのかを教えてやるのが当然になる。
 ってことは? 比較的真っ当な連中に任せておけば、それよりタチの悪い連中を排除してくれるってことだ。
 TCが盗賊ギルドに手を貸したてきたし、そしてまた関わりを持とうとするのには、そういう理由もあっただろう。

 ともかく、TCにはこの件についてまだ言っていないことがあるようだったが、それはどうやら、言っても構わないが言いにくいことのようだった。後は自分で調べて知ってくれ、っていうような気配があった。
 彼は最後に、ニラナイっていうアルトマーの露天商がなにかを知ってるはずだと教えてくれた。もちろんTC自身もあたってみたが、なにも話してくれなかったらしい。
 俺は聞かされた名前を少し意外に思いながら、TCの農園を出た。
 時刻はもう夕方すぎで、そろそろあたりが暗くなる頃だった。このまま市場へ行けば、少し待つだけで帰宅途中のニラナイを捕まえられると思った。
 ニラナイってアルトマーのことは俺もよく知っていた。市場に雑貨の露店を出してる女で、俺みたいなアルゴニアンにもいつも愛想がいいし、武器防具から本、薬、日用品まで、なんでも買い取ってくれるからすごく便利だったんだ。
 それに彼女は、エルフ同士はもちろん、差別主義者以外のノルドとも仲が良くて、時には街の人の相談に乗ってるところを見たりもした。
 だから、そんな彼女が強盗殺人に関係してるなんて、さすがの俺でもちょっと考えられなかった。
 だがとにかく話が聞けないか試してみよう。そう思って少しだけ市場の傍で待ち、彼女が帰り支度を始めた頃合いに、世間話みたいに声をかけた。

ニラナイ 種族が違うとなかなか顔が覚えられないものだが、彼女はそろそろ俺を見分けられるようになっていていた。
 店じまいの時間にも関わらず、お得意さんならって感じで、なにか売りたいものでもあるのかって聞かれたから、俺は近くに誰もいないことを確かめて、TCの娘について聞きたいことがあると伝えた。
 途端に彼女の顔が強張って、明らかに俺を拒絶するうな気配になった。
 ニラナイは、そんな子のことなんて知らないし、疑われるなんて名誉毀損で訴えてやるとか息巻いていたが、真実味はなかった。不安や恐怖を覚えたとき、かえって強く噛み付こうとする。それそのものだよ。
 だから俺は、ヘタな演技の必要なんてない、俺はアンタが人殺しそのものに関わってるとは思わない、ただ解決を頼まれてるだけなんだと話した。殺された娘の父親が、仇を討ちたいと願ってる。俺がそう言うと、ニラナイはだいぶ考えて、話したら自分の身も危ない、俺に守ることができるのかって訴えてきた。
 彼女は犯人に脅されていた。だから、なにかを知っていても、自分の身の安全のために話すことができなかったんだ。
 俺はギルドの者だってことを話し、もし身を守る必要があるなら、仕事の関係者として必ずギルドが助けてくれると約束した。
 そうしたら彼女、えらく驚いた目で俺を見てね。ギルドのメンバーだとは思わなかったって言ったよ。ま、俺の偽装は大成功してたってことだな。あと、その口ぶりで、彼女自身ギルドに無関係でもないとも分かった。「ギルド」って言い方が、なんとなく身内っぽかったからな。
 なんにせよ、それで安心したのか、そのまま売買の駆け引きでもしてるみたいに、小さな露店の屋根の下で事情を教えてくれた。
 
 ニラナイの話によると、TCの娘を殺したのは"ブッチャー"って殺人鬼だし、それはTCも知ってるはずだってことだった。
 ブッチャーってのはその頃ウィンドヘルムに出没してた猟奇殺人者で、若い娘を殺しては体を切り裂き、時には一部を持ち去っていく変態だ。俺も野次馬に惹かれてつい覗いたことがあるが、あれは悲惨な死体だった。TCの娘も同じようにされたのかと思うと、さすがにひどいと思ったほどだ。
 人殺しがなにを言うって思われそうだが、俺たちは仕事の必要上、瞬時に殺して即座に立ち去るから、傷は致命傷が一つ、声も立てない内に即死だ。少なくとも無駄な苦痛や、過剰な暴力には縁がない。……まあ少なくとも俺は、そういう仕事をしてきた。
 それに、その頃の俺には顔見知りとか、そういう人たちに対する……同情? なんかそういうのも生まれてきてたから、あの人の好さそうな農園主の娘がこんな有り様で殺されたのは可哀想だと思ったし、そんな死体を見たおっさんがひどいショックを受けただろうってことも想像できた。
 じゃあ、俺が探す娘の仇ってのは、ブッチャーなのか? なにげなくニラナイにそう言うと、彼女は「そっちは後回しでいいと思う」と言った。ブッチャー探しのほうは、腕の立ちそうなカジートと、頭の良さそうなアルトマーが組んで、既にあれこれ調べているらしい。だからそっちは、ブッチャーの正体が分かるまでは放っておいてもいいだろうし、もしかするとその二人が始末もつけてくれるかもしれないってことだった。

 だったら俺はそれに便乗しよう。
 とすると、当面取り組むべきはロケットのほうだ。
 このあたりで、露店の前での立ち話も不自然になってきたから、俺たちは宿屋、キャンドルハース・ホールに移動することにした。
 あの街じゃノルドとそれ以外って区分だから、アルトマーの女とアルゴニアンの男がちょっと意気投合して、一緒に少し飲もうってことになったってそれほど変には思われない。ホールの二階にはいくつかのテーブルがあって、一つはたいてい物書きが占拠してるが、逆の一つは周囲に人もなく丁度いい具合だった。
 ニラナイはなかなか優秀な二重生活者だった。こういうとき、慣れてない奴はつい、聞かれもしないのに「つい気が合って」とか言い訳をするもんだが、彼女はそういうことは何一つ言わなかった。むしろ、なにかの儲け話でも持ちかけられて、早く続きが聞きたいって様子だった。下手な演技なんて言ったが、よっぽど追い詰められないかぎりには、彼女の演技は十分以上に上手だった。
 それで俺たちは、ごく自然に人を遠ざけて、話の続きをはじめた。

 ニラナイによると、TCの娘を殺したのはブッチャーだが、ブッチャーは体を切り刻みその一部を持ち去ることはしても、金品には一切手をつけたことがないという。
 むしろ窃盗は、遺体が死者の間に移された後に起こった。
 葬儀の手順は種族によって違うし、同じノルドでも家のならわしなんかで少しずつ異なるが、TCの家はそう特別なことはなく、アーケイの司祭に遺骸を任せ、その翌日か翌々日には葬儀、埋葬という流れのはずだった。
 ところがその夜、死者の間に"ある盗賊団"が入り込んだ。
「あいつらは……最低よ」
 そう言ったニラナイの声は震えていた。怒りと、嫌悪だったと思うね。
 ある盗賊団ってのは、「サマーセット・シャドウズ」と名乗るアルトマーの集団のことだとニラナイは教えてくれた。ニラナイにとっては同族の面汚しでもある。しかもそいつらが、ニラナイを脅して言いなりにしていた。
 でも彼女はまず俺の仕事のほうだと、話を続けた。
 サマーセット・シャドウズのリーダー、リンウェって男は、「死体から盗むのが好きな変態」だと彼女は言った。
 俺はその言いように少し引っかかりを覚えた。墓泥棒は別に珍しくない。抵抗もされないし、高額な金品が副葬品として埋められていることもある。死者を冒涜すると感じれば不謹慎かもしれないが、変態って言い方は妙だ。
 だが、だから、もしかしてと思い当たることがあった。
 さすがに俺でも、シャドウスケールの連中みたいな感覚の狂った奴等相手ならともかく、普通の相手にはちょっと口に出せないような思いつきだ。
 だがアンタには、話したほうがいいんだろうな。あくまでも物語として。
 俺が思いつき、ニラナイに確認はしなかったし、TCには尚更やめておいたこと。
 それは、リンウェが死者から盗むのは金品だけじゃなく、貞操や貞節、尊厳もってことじゃないか、ってことだ。
 つまり、奴はおそらく、死姦の趣味があった。……と、俺は、思ってる。確認は取ってないがな。

 まあたぶん、TCが語らなかったことも、これだろうと思う。ブッチャーがどんな殺人鬼かは、ウィンドヘルムに暮らしていれば知らなかったはずがない。にも関わらず彼は、死体から盗んだ別の犯人がいるはずだってことを言わなかった。それを言えば、このあたりのことにも話す……どころか、記憶が蘇るからだろう。だから、ブッチャーに切り刻まれて盗まれた、ただそういう悲惨さにしておきたかったのかもしれない。
 ニラナイとは、かわした視線でなんとなく通じたと思う。
「そんな奴よ」
 とニラナイが言った。
 彼女は"そんな奴"脅されてるんだ。自分たちの盗品の窓口になれ、さもないと殺すって。彼女が必要以上に怯えるのも無理はないよな。殺された"後"までありかねないんだからな。
 彼女は俺に、あいつらをなんとかしてくれたら、前のようにギルドと仕事をすると約束した。むしろ、だから守ってほしいとすがるようで、必死だった。
 俺はさすがに、リンウェって野郎には気分が悪くなった。その気分の悪さは、アンタやニラナイ、TCみたいな、比較的真っ当な人の感じるものとは違うだろう。でもそれでも、こいつは殺したほうがいいし、殺して終いにしたほうがいいと思った。「へえ、そう。そんな奴もいるよな」じゃなくてな。

 俺はニラナイから、奴等が隠れ家にしている場所について聞いた。ウィンドヘルムの西、そう遠くない場所にある……えーっと、たしか……ああ、そう、アターリング・ヒルズ? だったっけ? なんかそういう名前の洞窟だ。
 街のすぐ傍を流れる川沿いに西進して行けば見つかるだろうってことだった。
 時間はかけられない。ニラナイは嘘が上手なほうだが、命がかかっていても平然と振る舞えるほど豪胆じゃない。奴等に接触したら、俺に密告したことがバレるかもしれない。
 だから俺は、ニラナイから話を聞き、場所と、そこまでどれくらいかかるのかを確かめると、すぐ向かうことにした。
 ウィンドヘルムまで行ってTCに会う、ニラナイと話す、そこまでずっと休みなしで、もう半日以上が経過してたから、当然少し疲れてはいた。だが、仕事が常にベストコンディションでできるとは限らない。この程度の負荷は、不測の事態としてありうることだ。一晩休んでコンディションを整えて、なんてやるよりも、むしろこの状態で最高の結果が出せてこそ、自分の望むものだと思った。
 それにたぶん……少しだけだが、リンウェって奴を一刻もはやく始末したいっていう……許せないとまでは言わないが、なにかそういう気分もあったと思うよ。らしくないけどな。

 洞窟はすぐに見つかった。街道から少し引っ込んだところにあったから、なにも知らなければ通り過ぎたかもしれない。俺はニラナイからだいたいの距離を聞いていたし、そのつもりで近づけば人の話し声も聞こえてきた。よくあることさ。入り口の見張りを頼まれた奴等が、退屈だからって無駄話に興ずるなんてのはな。三流の証さ。少なくともブリニョルフやヴェックスがそこにいたら、無駄口叩くなって怒るだろうよ。
 俺のプランはシンプルだ。誰にも姿を見られずに、全員排除し、目的のものを持ち帰る。リンウェをあっさり殺すのは足りない気がしたが、それは考えなおした。そんなことを考えれば、相手に反撃の隙を与えることにもなる。
 外にいた見張りは2人。木立の陰から近づいて、一方が背を向けた隙に1人。振り返って死体に気づいて驚いている隙にもう1人。……このあたりは、あんまり具体的に語るのはよしとこうか。
洞窟部分 中に入ると、洞窟はすぐに、人工の建物につながっていた。奥に牢屋があったところを見ると、元は小さな砦だったんだろうな。だがそこにいた連中は、全部で15人に満たなかったのは確かだ。
 砦自体も小さなものだったが、少人数ってのは駄目だな。誰かが殺されても、それに気付かないままになる。見張りや見回りはせめて二人一組にして、片方がやられたらもう一方が大声を出す暇くらいないと。
 それに罠もろくになかった。いくらかは申し訳程度に設置されていたが、あんなのは駄目だ。とりあえず置いてみましたって程度でさ。いいトラップってのは、ついうっかり踏み込むところに置かれている。一つの罠を抜けて油断した場所や、長い探索で集中力が切れかけた頃。そういうところにあれば、単純なベアトラップにだって引っかかるし、宝箱には無警戒に手を伸ばす。"立て続けに置かれていたかと思ったら、抜けた先に一拍置いてまたある"。そういう、巧みに配置されてたカーリアの罠でさえ、それそのものは俺をさして煩わせなかったんだから、あいつらの仕掛けたものなんて尚更だった。
 少なくとも、本気になってる俺を騙せるようなものは一つもなかった。

サマーセット・シャドウズの旗 もちろん、造作もなかった。拍子抜けだったよ。この程度で盗賊団気取ってたのかってね。
 リンウェになにも教えてやれなかったのは残念だ。なにせあいつ、隣の部屋で手下が殺されて、自分一人になったってまだ気付いてもいなかったんだ。
 最後は、あいつがいる部屋のドアにそこのテーブルにあったフォークを投げつけて、物音に顔を出したところを、サッとな。
 その程度のくせにご大層に旗印まで作って掲げていたのが馬鹿らしくてさ。思いつきで燃やしてやったんだが、あれはちょっとやりすぎだったかもな。そもそも建物の中で燃やしたら、煙の行き場がなくて俺一人が煙くて大変だったっていうさ。
 そんな馬鹿やらなきゃ100点だったかもしれないが、ま、おかげで90点ってところか。
 だがまあ、他の場所に仲間がいたとすれば、いい見せしめにはなっただろう。とはいえ、それっきりサマーんちゃらなんて聞くこともなかったから、はっきりとは知らない。仲間なんていなかったのか、恐れをなして逃げたのか。

 ともあれ、砦……ていうか洞窟から出ると、あたりはまだ暗かった。
 TCとニラナイにはできるだけ早く報告してやったほうがいいだろうが、さすがに夜中じゃどうしようもない。
 ウィンドヘルムに戻ってもまだ夜明け前だったから、俺はそのままホールに宿を取った。一日に二度も来れば少しは興味を持たれるもんで、女主人の……なんて名前だったっけな。まあ、それほど話したこともなかったから、覚えてないな。とにかく彼女に少し勘繰られた。ニラナイとなに話してたのかとか。そのあたりは年増の習性みたいなもんか。
 だから俺は、彼女からちょっといい話を聞いて探検に行ったんだ、なんて当たり障りのない嘘をついておいた。実際の戦果はほぼ完璧だったが、女将にはまあまあって言っておいて、部屋を用意してもらった。アルゴニアンだから外で寝ろなんて言わないで、当たり前に泊めてくれるだけでも、ノルド至上主義の街じゃありがたいよ。
 それで翌日、俺はまず市場に向かうニラナイを呼び止めて、もう心配ないってことを伝えた。
 彼女は何度か念を押してから、本当にほっとした様子になった。それで、「いつでも、"なんでも"持ってきてね」ってね。ギルドにも連絡しなきゃいけないし、忙しくなるって、楽しそうだった。
 それから当然、TCのところだ。少しでも早いほうがいいだろうと、俺は農園に向かった。彼は丁度畑に出るところで、俺がロケットを差し出すと、もう言葉もない様子でさ。しばらくじっと見つめてた。そして、あいつらはどうなったって言うから、もう誰も二度と口をきくことはないってだけ言っておいた。さすがに、素人さん相手に「皆殺しにしてきた」は過激すぎるもんな。
 TCは、ギルドがウィンドヘルムで活動するなら、また以前のように支援すると、真剣な顔で約束してくれた。
 ブッチャーの件はノータッチだった。それはまあ、TCだって別の奴が調べてくれてるってことを知ってただろうしな。たぶん……殺されるだけなら災難、切り刻まれるのは悲惨だとまだ諦めがついても、もしかしたらって話だが、もう一つの"許せないこと"のほうが、問題だったんだろ。

 こうして俺は、前座仕事ってわりにはヘビーな一件を終わらせた。
 ウィンドヘルムには有力な後見人ができたし、ニラナイっていういい故買屋も取り戻せた。ギルドに持ち帰る報せとしては最高だろう。
 一晩休んで、報告も済ませて、その日は雪も降ってなくて―――俺はそろそろ、覚悟を決めた。


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