内部事情ってのは、外から見ているだけじゃ絶対に分からない。特に、「ギルド」だなんて名前をつけて、その一部とそれ以外を徹底的に区別してたら尚更だ。 盗賊ギルドの正式な一員になって、ギルドの連中にじかに会い、一緒に飯を食って話を聞き、仕事をしてやっと、俺はギルドの権威……いや。権威なんて立派なものじゃないな。ハクって程度のもかな。そいつがないのをひしひしと感じることになった。
普通「ギルド」ってのは、その仕事の特権階級だ。腕の立つ奴、実績のある奴だけが認められて加入して、その仕事ならではの特別な技術とか、裏の情報なんかを共有する。そうすることでますますギルドのメンバーとそうでない奴の差が開き、ギルドってものが特別になっていく。 だから、ギルドのメンバーであることには絶大な恩恵があったし、メンバーだってことがそれだけで特別な証になる。 スカイリムじゃあほら、同胞団がいい例だ。同胞団には権威があったろ? 同胞団のメンバーだってだけで、厄介事の片付け屋として信頼される。あいつらは腕が立つ、ってな。だから同胞団の連中ってのは、自分がその一員だってことを自慢にしてたはずだ。 だが盗賊ギルドにはそういうのがなかった。 そもそもが犯罪者の集まりだから、戦士ギルド、魔術師ギルドみたいに、メンバーでございと見せつけて恐れ入らせ、威張るようなものじゃない。その代わり、ギルドの一員だと匂わせれば、相手がビビって話が通しやすくなる。それが、こういう後ろ暗いギルドってもののはずだ。 だがあの頃の盗賊ギルドは、「だからなんだ?」だった。 ああ、まったくそうだ。 闇の一党が子供のお伽話みたいに笑って流されるのと同様、いや、もっと悪かった。「盗賊ギルド? だからなに? 汚いケチなこそ泥の集まりでしょ。おお嫌だ」、ってところさ。 それでもギルドに加わりたがる奴がいるのは、一人で仕事をするよりはマシだからだ。あるいは、単なる落ちこぼれのクズでも、仲間がいると思えれば少しはマシだからか? まあなんにせよ、ラグド・フラゴンに逃げ込めば、そんなところまで追ってくる奴はいない。なんの権威もなくても、犯罪者が群れ集まっている場所に乗り込もうなんて物好きはそうそういないからな。しかもそれが下水道じゃ尚更だ。そういう意味じゃ、安全な避難場所ではあったな。 そういう―――恐れられもせず、ただ嫌われるだけ。それが盗賊ギルドだった。
しかも、潰れる寸前だった。 その頃の俺は盗賊稼業に加わったのも初めてで、なにもかも新鮮だったから、そんなことを感じたりはしなかったが、後になって振り返って、ほんとにヤバかったんだなと分かったんだ。 俺が乗り込んだのは、落ちぶれて、崩壊寸前の沈没船さ。 それなのに中のネズミは、それが沈没船だってことにも気付かないほど馬鹿か、さもなくば、沈没船から必死に水を掻き出そうとする奴等だった。
そんな奴等がどうにかこうにかリフテンでやっていけたのは、メイビン・ブラック・ブライアってババアの後ろ盾があるからだった。 アンタ、メイビンのばあさんには会ったか? そうか、会ってないならそれに越したことはないかもな。 だが、ブラック・ブライアのハチミツ酒なら知ってるだろ? ああ、そうさ、スカイリムで超のつく一級のハチミツ酒で、誰もが特別の席に出したがる。 ―――ハッハッ! おいおい! あんなつまらん酒のどこが一級だってんだよ! これが一級の味だって言われて、そうじゃないって言っちゃ味覚がおかしいと思われるから、これが美味いって味なんだって思い込もうとしてるだけだろ、あんなもの。 だがアンタ、いいな。実にいい反応だ。俺は今、盗賊ギルドの権威ってヤツを目の前に見てるんだぜ? ブラック・ブライアのハチミツ酒。 当時から、古い醸造所で一定の評価は得てた。価格も、新興の醸造所のものよりは高かった。だが味はどうかって言えば、どっちもどっち、大差はなかった。それでも、伝統的などうのこうの、とかいうのがあの酒にハクをつけてた。それから、あのババアの辣腕がな。 だが今その酒に馬鹿げた評価がついてるのは、盗賊ギルドの権威があるからだ。メイビン・ブラック・ブライアには盗賊ギルドがついている。だから、あのババアに楯突く奴はどんな目に遭うか分からない。だから、ブラック・ブライアと張り合うような真似はするんじゃない。その結果が、今さ。
あぁ……なかなか面白いな、そう考えると。 だが今は今、昔は昔だ。今じゃ盗賊ギルドがメイビンのばあさんにハクをつけてるが、当時は逆だった。そう、その話だ。 アンタはばあさんのことを知らないようだから、一応そのへんも簡単に説明しておこうか。 メイビンってばあさん……俺は勝手にそう言ってたが、実際のところはそんなに年でもないはずだ。その女は、ブラック・ブライアのハチミツ酒醸造所を所有している資産家だ。リフテンでは1、2を争う金持ちで、首長にも影響力を持っていた。更に、盗賊ギルドだけじゃなく闇の一党ともつながりがあるって話でな。どっちも落ちぶれた組織とはいえ、敵に回すとヤバい女だってことはよく知られてた。 俺たちとは違いばあさんには金があったから、盗賊ギルドなんかよりもはるかにはっきりと、皆に恐れられていた。 ばあさんにとっちゃ盗賊ギルドは、はした金で使いっ走りをさせられる手駒だった。いくら落ちぶれたって言っても、落ちる前から所属してた古参の連中もいるし、腕は立つ。だから、商売敵を追い落とすのに不利な証拠を盗ませたり、都合の悪い噂を広めたりってくらいはできるのさ。 ただまあ……それすら失敗することが続いて、その頃のばあさんは、いつギルドを見限ってもおかしくなかったがね。
ある日俺は、そのばあさんからの仕事を命じられたんだ。 俺はギルドに入ってまだひとつきかそこらだったが、面白がって張り切って仕事してたし、そのどれもうまくやってのけていた。だから話を受けたメルセルも、ふと俺のことを思い出してやらせてみようと思ったらしい。それにブリニョルフも反対しなかった。これは後になってブリニョルフから聞いたんだが、メルセルがどう思って俺を選んだのかは分からないが、ブリニョルフは、「おまえは不運が避けて通っているような気がした」からだそうだ。 さっき少し言ったよな。その頃のギルドはなにやっても失敗つづきで、デルビンはそれを神に見放されたように感じていたし、ヴェックスはツキがないんだと言っていた、って。 メイビンのばあさんからの依頼ってのも、実は一度失敗したものだった。 古参の一人であるヴェックスがもぐりこもうとして失敗したって話だった。
リフテンのすぐ傍に、ゴールデングロウ農園ってのがある。なんて言ったか……名前は忘れちまったな。リフテンの傍の湖だ。あの真ん中へんにある島に作られた農園で、それまで俺は興味を持ったこともなかった。 ゴールデングロウ農園はそれまでずっと、メイビンのところへとハチミツを卸していた。そう、酒の原料だ。だが、それが突然、取引を中止すると言い出したらしい。 で、そんな我が儘は通りませんよと、ばあさんは身の程を思い知らせてやろうとした。 俺に回されたその仕事は、ミツバチの巣を3つ焼き払い、金庫の中身をそっくり全部盗んでくることだった。 正直に言って、なんだか妙な仕事だと思ったよ。 だってそうだろ? ……と言ってもアンタには違うのかな。俺は話を聞きながら、その農園の主とやらのところに行って、喉元にナイフでも突き付けて、都合のいい返事を聞きだす、さもなければとっとと首を落としてすげ替えるのが仕事だと思ってたんだ。なのに蜂の巣を燃やせとか、金を盗めとか。子供の悪ふざけにしか思えなかった。 俺は不満な顔をしてた。別に隠す必要もないと思ったからな。 そうしたら、ブリニョルフが説明してくれた。蜂の巣は言われたとおり3つしか燃やすなって。メイビンの目的は、農園からいつもどおりハチミツを手に入れられるようにすること。蜂の巣を燃やしすぎれば収穫が落ちるし、相手を必要以上に怖がらせればかえって噛み付いてくる。だからばあさんの言った内容は、逆らうより従ったほうがマシだと思える丁度いいラインなんだって。 俺はそんなもんかなと思いながら、言うとおりにすることにした。それに、ギルドでうまくやっていくには、面倒見のいいおじさん、ブリニョルフと仲良くやるのは不可欠だと思ったんだ。
それにしても、自称・盗賊ギルド一の盗賊であるヴェックスが尻尾巻いて逃げ出したって相手に、いきなりド新人をぶつけるかね、普通? 俺は当然、先輩の顔を立てるって目的もあって、ヴェックスに話を聞きに行った。 彼女は自分の失敗を語りたがらなかったが、まあそれは無理はない。誰だって、手柄の話はしたくても、失敗談なんてできればしたくないもんだ。だがそれでも、思った以上に警備の傭兵がいたってことと、自分の失敗が相手を警戒させたことも考えあわせて、唯一残されたと言っていい潜入ルートを教えてくれた。 俺が考えたのは、その仕事ってのは実際のところどれくらい難しいんだろうってことだった。 ヴェックスが本当にギルドで屈指の腕前なら、そんな彼女が失敗するほどの仕事ってのは、相当難しいことになる。だとしたら、そんな仕事をこんなド新人にやらせる理由はなんだ? 当然気にかかった。 考えついたのは、俺を潰そうって魂胆があるんじゃないかってことだった。 だが、その理由は思いつかない。俺にこの仕事をやらせると言ったのはギルドマスターのメルセルだが、入団のとき以来顔を見たこともないのに嫌われる理由も思いつかない。それとも、相談役のブレニョルフが巧みに誘導したのか? つまり、俺を嫌ってるのは彼か? だとしたら相当な役者だ。 少しはそういうことを考えた。だがすぐやめた。 とりあえずやってみることだ。ヴェックスが自称するほど大した腕じゃない可能性もあるし、もし誰かの持つ俺への敵意が深刻なら出て行くだけのこと。俺は盗賊ギルドを隠れ家に選んだが、どうしてもそこじゃなきゃ駄目だってわけでもない。分かりもしないことを気にしてもしょうがないと、俺は軽い気持ちでゴールデングロウ農園に向かうことにした。
結論から言えば、造作もなかったぜ? 簡単だった。 誰にも見られないように湖を渡るのなんて、アルゴニアンである俺には朝飯前だ。そこからヴェックスが使ったという地下水道を利用して屋敷のすぐ傍に出、見回りの傭兵をかわして屋内に入った。 この仕事は、傭兵が邪魔をするなら、彼等は殺してもいいってことだったから、更に楽だった。 正直に言おう。俺は、全員殺すことも考えた。ただの傭兵だぜ? 訓練を受けた専門の警備兵じゃない。金で武器を持って突っ立ってるだけの寄せ集めだ。仕事を確実に進めるため、余計なことはしないほうがいいこともあるが、この場合は、一人ずつ全員始末したほうが良さそうに思えた。家屋の広さのわりに人数も少なかったし、その配置だって考えぬかれたものとは言えなかったからな。簡単にそれができそうだったんだ。 だがやめておいた。殺すのは簡単だが、それが目的じゃない。それに俺は、できるだけ盗賊らしくすることを楽しんでいた。 行き帰りに邪魔になりそうな奴だけさっさと始末して隠し、俺は農園の主、アリンゴスを探すことにした。 ……え? ああ。依頼は、そうさ。蜂の巣と金。だが俺はちょっと考えたんだ。 メイビンの目的は、元のとおりにハチミツを卸させることだ。そのために、自分に逆らうとこうなるぞ、という脅しをかけるのが俺の役目だ。だが、本当にこれで思ったとおりになるのか? それに、何故アリンゴスは、それまで長年提携してたメイビンと手を切ろうとしたんだ? それで俺は考えた。 アリンゴスってのは、蜂の巣を燃やされて金を盗まれただけで、やっぱり元のとおりに商売します、と言い出すだろうと思われてるような男だ。それほど度胸があるわけじゃない。それなのにメイビンに逆らったのは何故だろう? それに、アリンゴスが臆病者なんだとしたら、俺が姿を見せて問いただしたら、いくらかの話を聞けるんじゃないだろうか? それで俺は、アリンゴスと話してみることに決めたんだ。
アンタがここまでの俺の話に退屈してなきゃいいんだが……、まあ、俺は口先には自信がある。 他人の信用を得たり、敵に回ると厄介な奴を味方につけたり、情報を聞き出したりすることは、俺の元の仕事にとっても必要だった。俺はその方面にはかなり自信があったんだ。 俺にはアリンゴスから話を聞き出し、かつ、穏便に済ませる自信があった。 まず俺は、アリンゴスの居場所を探りだした。それから、必要がないかぎりには物音を立てずに移動し、邪魔な傭兵も始末したが、アリンゴスの部屋に最も近い場所でだけは、うめき声を上げるだけの猶予をやった。それで臆病な農園主は何事か起こったことを察したし、声を上げて誰か呼ぶ前に俺がうしろから軽く肩を捕まえたら、真っ青な顔でおとなしくなった。 アリンゴスはちゃんと理解したよ。傭兵どもはなんの役にも立たなかったし、自分の命は俺がどう決断するかで決まるってな。 俺はメイビンの依頼でここに来たことを話した。目的もだ。奴はすぐに諦めた。金庫の鍵も素直に出して寄越した。 そのときアリンゴスは、「新しい雇い主」についてほんの少しだけ口走った。 そして、地下にあった金庫には、その証拠とも言えるゴールデングロウ農園の譲渡証が入っていた。 俺はざっとそれを読んで思ったよ。メイビンはこれが欲しかったのか、ってね。 そうなんだ。俺はてっきりそれを金とか宝石だと思っていたが、言われたのは、金庫の中身を全部、だったんだ。つまり本当の目当てはこれ。何故アリンゴスがメイビンと手を切ろうとしたのか、その理由だ。 もちろん、考え過ぎかもしれない。見せしめに手回りの金をそっくり奪うだけのつもりで、たまたまこれが入っていたのかもしれない。だがなんにせよ、全部、だ。俺は言われたとおり全部懐に納め、アリンゴスには諦めてメイビンと仕事をするよう念を押し、外に出た。 最後に蜂の巣を燃やして完了。 もう真夜中も過ぎていたから、その炎は相当目立っただろうな。だが外の警備をしていた傭兵どもが駆けつけてくる頃には、俺は湖にもぐって奴等の目の届かないところへ。 いくらかの疑問は出てきたが、仕事そのものは、どうやったら失敗できるのか分からないほど簡単だった。
ラグド・フラゴン戻ると、俺はブリニョルフを探して「金庫の中身」を渡した。 これでアリンゴスも考えを変えるだろうとか言ってたのに、俺はつい、必要以上の相槌を打ちそうになったが、思いとどまった。アリンゴスと話してきたことは言わないほうがいい。出る杭は打たれる、だ。 俺はさっそく500ゴールドのお駄賃をもらった。思っていたより多かったから、これでなにを買おうか、外出用の普段着でも揃えようか、なんてのんきに考えたっけな。それにその頃には、譲渡証がどうのとか、メイビンは知ってたのかとか、そんなことはどうでも良くなっていた。 俺みたいな使い走りの下っ端は、あれこれ考えないにかぎる。上がなんのつもりかなんてどうでもいい。その目的とか、大局とか。どうでもいいんだ。俺はただ、これをやれと言われたことをやるだけだ。それで必要なものが手に入るんならそれでいい。それ以上のことになんか、関わるつもりはない。 本当に俺は、そのつもりだったんだがな。 そうなりませんでしたってのは、まだまだ先の話だ。
それからしばらくの間俺は、仕事もせずのんびり過ごしてた。 スカイリムの風土ってのも分かってきたし、ここに居着いているアルゴニアンたちの服装とか話し方、仕草ってのも覚えた。金も入ったことだしと、身なりも整えて、仕事じゃなくただの遊びでホワイトランまで出掛けたりもした。 しばらくラグド・フラゴンには行かなかった。 嫌だったんだ。すごいとか腕が立つとか思われてるのが。 変わってるって? そんなことはないさ。注目されたきゃ、それでいい。ブラックマーシュにいた頃は思ってたよ。仲間内で一目置かれるのは気分がいいし、あいつは特別だって認められるのは気持ちいいってね。 けどもう状況が違う。俺はできるだけ目立ちたくなかった。気ままに気楽にやりたかった。そういうときには、人の注目なんて余計だ。 それに俺は一つうっかりしてた。俺は仕事が……ヴェックスすらしくじった仕事がうまくいったのは「たまたま」だって言っちまった。だがそれは逆効果だった。 失敗ばかりのギルドじゃ、自分の腕が足りないからだと思うより、誰もが不運に見舞われているんだと思うほうが良かった。そんな中で「たまたま」、つまり、幸運に恵まれてうまくいったってのは、異様なことだったんだ。 あんまり熱心に仕事をするのも考えものなんだなとか思いながら、半月ほどはふらふらしてたっけな。 だがいつまでもギルドを避けてるわけにはいかない。懐だって寂しくなってくる。俺はそのへん、仕事でもないのに人様のものをちょろまかす趣味はなかったからな。それで仕方なくリフテンに戻って、また少し働くことにした。
その日町にいたのはヴェックスだった。 彼女は俺を見かけると怒ったような顔で近づいてきて、どこに行ってたんだ、名指しの仕事があると言った。 言うまでもないと思うが、俺は彼女と顔を合わせるのが一番気まずかった。自分が失敗した仕事を呆気無くやってのける出来のいい後輩に対する嫉妬、なんてものは、ブラックマーシュでさんざん味わったしな。 だがそれは俺の考え違いらしく、ヴェックスは俺が知るかぎり、まったくいつもどおりだった。 むしろ……そうだな。俺はそのとき「あれ?」と思ったんだ。ヴェックスってのは、俺のよく知ってる連中とは違うのかもしれないってね。 ヴェックスは俺を引っ張るようにしてラグド・フラゴンに向かいつつ、こう言った。 「あんたなら、ツキを変えられるかもしれない」 彼女は、俺に嫉妬してたりはしなかった。少しはあったのかもしれないが、それに振り回されるような器の小さい女じゃなかった。むしろ、俺が幸運に守られて腕も立つなら、それでギルドが上向きになるかもしれないと思うような、なんていうか……ギルドに対する忠誠っていうか、真剣さっていうか、なにかそういうのがあった。
ブリニョルフには軽く嫌味を言われたよ。デカい仕事を一つ片付けたからって、遊びまわるなんていいご身分だな、ってな感じで。俺は少し迷ったが、適度に見くびられていたほうがいいと思ったから、軽く肩を竦めておくだけにした。それで名指しの仕事とやらがふいになるとしても、むしろそのほうがいいような気もしていた。 だがあいにく、仕事はそのまま俺を待っていた。 メイビン・ブラック・ブライアが俺を指名したって言うんだ。仕事の内容は聞いていないが、直接俺に依頼したい仕事があるから、見つけたら自分のところへ寄越せと命じていた。 正直言ってこれは少ししまったなと思ったね。 一つには、待たされた独裁者は相当に不機嫌だろうってこと。それから二つめは、やっぱり俺は前の仕事をうまくやりすぎたんじゃないかってことだ。 名指しの仕事ってのが、たまたま俺を知ったそのへんの町の奴ならともかく、ボスのボスみたいなのはまずい。名を上げたいとか出世したいんじゃないかぎり、上からの注目なんて受けないほうがいいんだ。 だから俺は、仕方なしにキーラバの宿屋、ビー・アンド・バルブに場所を作ったからっていうんで、そこに向かいながら、次の仕事は適当に失敗すべきかもしれないなんて考えていた。
メイビンを見るのはそれが初めてじゃない。町で見かける程度のことはしていた。 だがあらためて正面から会ってみると、いかにも自分は特別だって思ってるような、自意識過剰のごっつい女だった。今でも思い出せる。ノルドじゃないような気がするな。インペリアルか? まあどっちだっていいしなんだっていい。ともかく、高慢ちきな業突くババアって言葉があれほど似合う奴もそういないと思ったよ。 さて、リフテンの裏の支配者とも言うべきこの女からの依頼は、ホワイトランにあるホニングブリューのハチミツ酒醸造所をぶっ潰してくれってものだった。 俺は、またハチミツがらみかよと思ったが、黙って話を聞いていた。 ホニングブリュー醸造所ってのは、昔からある小さな酒屋で、それまではハチミツ酒なんて取り扱っていなかった。それが数年前から急に力をつけて、新商品を売りだして、ブラック・ブライアのハチミツ酒のシェアをごっそり奪っていったらしい。 商売敵との競争なんてのは日常茶飯事だが、メイビンが納得できないのは、突然の方向転換と、その成長についてだった。 まず、ホニングブリューは果実酒が専門で、数年前までハチミツ酒には手を出していなかった。それに、もともとはごく小さな造り酒屋で、地元にいくらかの酒を卸している程度だった。それなのに、経営者は変わってないってのに突然ハチミツ酒に力を入れ始め、しかも急激に市場を拡大した。それには相応の資金が必要なはずだが、有力な貴族がスポンサーについたとかいう話もまったくない。 なんにしたってメイビンには商売敵、目障りな存在で、潰すのはあのババアにとって当然の権利だった。ハチミツ酒とその利益は、一切合切ブラック・ブライアのものってわけさ。 もちろん、潰すと言っても正面からぶち当たるのは盗賊ギルドのやり方じゃない。それに、建前上、商売は市場での自由競争だ。気に食わないからって相手を直接攻撃していいわけじゃない。 俺は、マラス・マッキウスという男が段取りを整えてくれると聞いて、渋々―――そう、どうやって失敗すれば自分の望むような状況にできるか、なんて考えながら、まるで引き返すみたいにホワイトランへと向かった。 |