こころにも あらでうきよに ながらえば

広大な戦場で、ずしりと圧し掛かる甲冑を纏い、縦横無尽に暴れ戦っても然程も表情を変えぬ男が、精も魂も尽き果てたかのように、寝台に沈む。

───否。尽き果てたかのように、ではなく、尽き果てたのだろう。

痙攣を刻むかの如くに震えていた体は力をなくし、きつく寄せられていた眉根も緩む。荒れ果てた呼吸はするすると静けさを取り戻し、閉じられたままだった目蓋はそのまま持ち上がることはない。
それでも時折まだ、ひくんひくんと反応を見せる熱い肌に、孫堅は口元を綻ばせた。

極限まで高まった熱を吐き出して柔らかくなったものを引きずり出す。
すると、意識は遠くへと手離しているのに、今の今まで孫堅を咥え離さなかった其処が、まるで別に意識を持っているかのように蠢いて、纏わり付こうという気配を見せた。

最初の頃はただ苦しそうに呻くだけだったのが、今では、あらかじめ解してやらねばならない所こそ変わってはいないが、しかし解れてしまえば孫堅を求めて身悶え、甘く啼くようになった。
……と言っても恥知らずに求めたりはしない。寧ろ、孫堅が追い詰めに追い詰めてようやく、己の心をほんの少し晒して見せる程度だ。与えられる刺激や快感に体は慣れても、思いは未だ、こういった事には慣れぬままなのだろう。

か弱い娘や線の細い稚児ではない。恵まれた体躯を持ち、孫呉を支えるに足る力を持った、れっきとした武将だ。
そんな男が閨で恥じらい、男に責められるままあえかに悶え乱れるなど、誰に想像出来ようか。
ましてそれが周泰の事などと、誰が思いつけようか。
自身の感情に真っ直ぐで、陽性な気質の者が多い孫呉の軍の中で、感情を露わにせず口数も少なく、決してそうではないのだろうが何処か他の者と一線を画した風にも見えるこの男が、国主の命だからとて肌を曝し足を開き、貫かれ揺さぶられて啼くなどと、一体誰が。

似つかわしくないとは重々承知している。
しかし孫堅は、そんな周泰を嫌いではない。
奪い尽くすほどに求める様を見てみたいと思う傍ら、この男にはいつまでもこうであって欲しい。
そう、願うくらいには。

 

塞ぐものを失くした其処から、とろりと白濁が流れ出ていた。
熱さを失くした残滓。
今宵は休む間も与えぬまま、何度も追い上げ高処へと引きずりあげたから、中で留まりきらずに溢れ出たのに違いない。
受け止め続けねばならなかった周泰には、さぞ酷だっただろう。
なまじ体力があるから早々に意識を手離すという芸当も出来ず、孫堅の齎す快楽の坩堝の中でどうしようもなく溺れ続けていなくてはならなかったのだ。
こういった事に慣れているのならば、僅かにも気を逸らせようが、不慣れな周泰は躱す事も逸らす事も出来ずに、その全てを受け止めるしか出来ない。
その結果が、今の有様だった。

敷布を汚すねっとりとした白。
お前から溢れて出たものだと言ったら、この男はどんな顔をするだろう。
慌てるだろうか。そして本当は何も悪いわけではないのに、孫堅に謝り許しを乞うだろうか。
見てみたい気は、確かにあった。
だが困らせたい訳ではない。
一時の感情で要らぬ知識を───少なくとも孫堅は望んでいない知識を覚えさせ、折角の楽しみに水を差されるのも御免だった。
敷布を汚してしまうからと誘いを固辞されるのでは面白くない。強く出ればそこはそれ、国主と臣下という立場の差もある事だし、言うなりにはなるだろうが、しかしそれでは多分、今よりもずっと興醒めになってしまうだろう。
それも、大層面白くない。

 

軽く夜着を羽織った孫堅は、躊躇う素振りも見せずに、意識を無くした周泰の足の奥、窄まったその入り口へと、指を伸ばした。
女と違い、どれだけ精を注ぎ込んでも決して孕む事のない、男の体。
しかし命を生み出さない代わりに、精が体に残り続ければ厄介な事態を招くらしい。
孫堅自身に経験がないから真偽の程は解らないが、何でも腹を下すとか。
自分が思うままに貪ったが故に、名のある武将が体を壊すなど、みっともないにも程がある。
しかも、何事もない平穏な時であればまだしも、今は何が起こってもおかしくない戦乱の世だ。
こちらから攻め込まなくても、攻め込まれる可能性は大いにある。その時に、傍らで主君を守るべき者が身動きも取れぬとなっては、しかもその原因が自分にあるとなっては、後々までいい物笑いの種にされよう。
後世に名を残したいとは誰もが思うもの。但しそれは賞賛でなくてはならない。嘲り笑われ末代まで名を記憶されるくらいなら、いっそ野に埋もれた方がまだましだ。

指を押し込めば、まだ熱を持った其処は微かに淫らな音を立て、そのままゆるりと飲み込んだ。
発熱したかの如くに熱い中を適当に掻き回し、ぬるりと指を引き抜けば、中に残されたままだった残滓が、指の動きに合わせて外へと零れてゆく。
流れ落ちたそれが敷布を濡らし汚していくのにも構わずに、孫堅は緩慢な動きで周泰の中を嬲った。

「───……う、……」

掻き回される刺激に耐えかねたのか、掠れた声があがる。
―――甘い。
しかし意識はまだ落ちている。
孫堅は、幾度も顔を上げ周泰の表情を確かめながら、中にある自分の精を根気よく掻き出し続ける。

らしくないな、と、不意に笑みが浮かんだ。

周泰に手を付けたきっかけが何だったのか、孫堅はもう覚えていない。
好いた惚れただけでなかったのは、間違いなかった。もともと孫堅は男に食指は働かない性質だったのだ。そういった道がある事は知っていたし、それを否定する気もなかったが、自分とは無縁だと思っていた。
それが、どうした訳か自分より身の丈もあり力も勝る、取り立てて面白味もないような男を愛でている。
気の利いた台詞のひとつも言えないような男に、飽きもせずにのめり込んでいる。
手練手管を惜しみなく使って己の味を覚え込ませ、ゆるりと、しかし確実に、周泰は知らなかっただろう快楽の奥底へ導いている。
時間を惜しまず手間を惜しまず。
全てが済めば、こうして後始末をしてやる事さえ惜しまない。
昔からの自分を知っている者が知れば、きっと目を白黒させるだろう。

 

恋をしている。
そう言うのは容易い。
最早ただの慰みと思っていないのは明白で、もしもこの気持ちに何かしらの名を与えるのならば、それが一番妥当だろう。
だが、恋などという言葉ひとつで、自分の感情を取りまとめたくはなかった。
それだけでは間に合わぬという思いも、ある。
何にせよ孫堅にとって、周泰は既にかけがえのない者だった。
孫呉として欠く訳にはいかない武将であるのと同時に、孫堅自身にとっても失くしたくない者なのだ。

それでも、国を統べる者としての責務は弁えているから、無理は言わない。
なくてはならぬ将だと理解しているから、自分の手の届かぬ所へと向かわせたりもする。
戦場に身を置く周泰を案じる気持ちに封をし、見ないふりをする。

失うわけにはいかないからと、常に手元に置き囲う事は出来ないのだ。

 

 

───だが。

 

 

「周泰。おい周泰」

周泰の頬を軽く叩き、覚醒を促した。
孫堅の呼び声に周泰は身動ぎ、僅かに漏れる声と共にうっすらと目蓋を開ける。

「おお、起きたか。今度の今度は殺してしまったかと思ったぞ」

笑いを含んだ声で言うと、まだどこか呆とした目元が、うっすらと朱を佩いた。

「…落ちて……いましたか」
「そう長い間ではない。気にするな」
「……また…後始末を……」
「名だたる武将に腹下死をされたのでは堪らんからな」

着物こそ身に着けてはいないが、さっぱりと拭き清められた体に困った表情を浮かべた周泰に、孫堅は快活な笑みで応える。
孫堅の答えで、中をも清められたと知った周泰は益々顔を赤くした。

「今宵はもう疲れているだろうが、後少しだけ付き合え」
「は、───……」
「案ずるな。お前を抱くわけではない」

一瞬戸惑った気配が、孫堅の言葉で安堵へと摩り替わる。
表には知らせないだけで、意外に感情豊かな男なのかもしれない。
そんな事を思いながら、孫堅は周泰の手を取った。

「お前にな、これをくれてやろうと思ってな」

上向かせた手のひらに乗せたのは、金色も眩しい立派な細工の腕輪だった。

「……これは…」
「俺が昔から身に着けていたものだ。気に入っていてな。俺にしては大事にしてきたから、瑕ひとつも付いておらん」
「…孫堅様、…しかし、これは……」
「お前は俺の元を離れることが多いからな」
「……受け取れません…」

困惑しきった表情で告げる周泰を、孫堅は見据えた。
苛烈にならぬよう、しかし一切の反駁は許さぬという眼差しで。

「俺がくれてやると言ってるんだ。何の不満がある」
「…俺には……似合いません…」
「そうか?だが似合わんと思うなら、余人に見せなければいいだけの事だ。違うか?」
「…不釣合いです。こんな、立派な……」
「何が不釣合いなものか。お前は孫呉になくてはならぬ将ではないか。それに」
「………?」
「俺の情けも受けている。孫呉の主たるこの俺のな。不釣合いなことなど何もない」

そう、としれる手つきで剥き出しの肩を撫でると、周泰は大袈裟なほどに体を揺らした。
孫堅を見つめる眼が濡れているようなのは、恥ずかしいからか、それとも他に何か理由を抱えているのか。

「ああ、見せないようにするのはいいが、ちゃんと肌身離さず着けていろ。戦場でもだ。万が一壊れるような事があったら、その時はまた新しいのを用意してやる」
「……あの…」
「何だ。まだ何かあるのか?」

あっても聞かないがなと言わんばかりに尋ねると、周泰の目が泳いだ。

「…どうしてそこまで……俺なんかに…」

手のひらに落とされた腕輪に視線を落として、問うてくる。
こんな関係がもう長く続いているのに、よもやこの男はまだ、これが単なる主君の気紛れか何かだと思っているのかもしれない。
孫堅は片眉を上げ、わざとらしい溜息の後に、うっすらと赤く染まった耳元へ唇を寄せた。

 

「………………」

 

秘め事のように届けられた言葉に、周泰が顔を上げる。
僅かに見開いた目が、その驚きを如実に物語っている。

呆然と見つめてくる混じり気のない双眸に孫堅は笑い、惑う目とは裏腹にしっかりとした体躯を、強く、強く抱き寄せた。

 


いただきものでございます! 堅泰でございます!
『竹帛』のたかきさんがくださいましたよ!!

読み応えのある作品を書いてくださる、私にはとても嬉しいかたの
お一人なのですが、新撰組も熱愛しておられるため、ここのところは
そちらを書き綴られておられました。
正直な気持ちを言えば、「無双も書いてほしいなぁ」でしたが、
これは我儘を言ってもどうしようもないことだと、同じSS書きとして
嫌になるほど承知。いつかまた書いてくださるかと心待ちにしておりました。

そ・れ・が!
ご本人のサイトではアップされておられないご様子なので、
これは皆様にもお見せせねばなるまいと!!