夜明けが近かった。 人が訪れるには、相応しくない時刻。 小さな音を立てて戸が開き、甘寧は起き上がった。 刺客でもないかぎり、相手は一人しか思い浮かばない。 「どうした、周泰」 灰色の朝を背に、朧な光の中に、長身の影がある。
彼は黙って近づいてくると、寝台の脇に膝をついた。 伸べられた腕が甘寧の首を抱く。 「どうしたよ」 何事もなければ、こんな時刻に彼が来るはずもない。 少し窮屈に身を曲げたまま、甘寧は周泰の背を撫でた。ここまで歩いてきた中で、すっかり冷え切っている。 触れる髪も、冷たい。
「おまえが死ぬ夢を見た」 と周泰が言った。 「おいおい。夢は夢、俺はこうして生きてるだろ」 「だが、いつかは死ぬ。いつかいなくなる。いつかは」 言葉と共に、ほんの微かに、彼の腕は震えていた。
「……仕方ねぇよ」 言った甘寧自身の胸が痛んだ。
仕方ないなどという言葉で全てを終わらせたくはない。 だが、「いつか」と言われれば、人にはそれしか言えなくなる。 人の時は、永遠ではない。 ましてや、それが明日でも不思議ではないこの乱世。
もし明日、彼が死んだら。 それを思うと、甘寧もまた恐ろしくなった。 こうして抱きしめている体温を、ぬくもりを、完全に失うということだ。腕の中に空寞を抱くということだ。 「仕方ねぇよ」 言いたくない言葉が勝手に口を突き、冷たい髪に頬を押し付けた。
こんな気分になるのは、きっとこの闇のせいだ。 朝の光が世界を満たせば、こんな不安も薄れて消える。 甘寧はそっと目を上げて戸口を見やった。 朝はまだ少し、遠くに蹲っていた。
(終) |