【セルタスくん】
「だからな、ああいうときは一呼吸置いて、モンスターの次の動きを見てから、攻撃しても大丈夫かどうか」 「いや、それ言っちゃさ、レウスさん、前回と同じっしょ。な、セル坊」 「うっ。す、すみません……」 ここは集会所に併設された酒場。 僕はそこの大きな卓について、三人の先輩ハンターと反省会を開いていた。
僕は、「セルタス」とか、「セル坊」と呼ばれてる。 理由は言うまでもないと思う。セルタス装備だからだ。 なんで名前で呼ばないのか? 僕は知らない。だって僕は、このレウスさんに誘われて、というか拾ってもらって、彼のチームに加えてもらっただけだから。
ともかく、僕は超がつくほどヘタで、狩りの後はいつもこうして、勉強会というか、反省会になる。 今回の狩りの相手はリオレイア。セルタス装備の僕とは相性が悪いから、慎重に動けって言い聞かされていた。 けれど僕は案の定、尻尾攻撃が終わったと思って突っ込んで、真正面からブレスをもらい気絶してしまった。 レウスさんに「相手の様子を見るんだぞ」って言われるのは、これが初めてじゃない。 でもベリオさんの言うとおり、そうしたら僕は、いったいいつなら攻撃していいのか分からなくなって、なにもできなかったのだ。様子を見て、でも、よし行けると思ったらもう次の攻撃が来そうで、また様子を見て……。 ナルガさんの真似をして、攻撃を回転回避でくぐって近づこうとしてもみたけど、僕にそんな器用なことなんてできるわけもなく、結果はやっぱり×。後でベリオさんから、「ナルガなら回避性能なくてもイケるだろうけど、セル坊が素でやるのは無理」って言われた。 そうだよねぇ。僕、ほんっと才能ない。
そんな僕は、でも、どうしてもハンターになりたかった。 ただ「なる」んじゃなくて、ハンターと名乗ってもおかしくない程度になりたかった。 けれどこんな僕じゃいつも足手まといで、一緒に行ってくださいってお願いするのも悪い気がして、でも一人ではどうしようもなくて……。 レウスさんは、そんな僕をチームに入れてくれた。 「強い連中がいるから、大丈夫だ」って。 僕から見たらレウスさんだってものすごく強いと思うけど、たしかに、ナルガさんは別格だった。だって、狩りの間に攻撃を食らうことなんて、まずないんだから。それでいて双剣でモンスターの傍に張り付いているんだからすごい。 ベリオさんはライトボウガンをよく使ってる。距離があるからって、僕だったら食らっちゃうような攻撃を、どうやってだかほとんど食らわないでいる。 それから、今ここにはいないけど、キリンさんはホントにすごい。僕がダメージを受けていたりするとすぐ回復してくれるし、ていうか、回復薬をどれくらい使ってるかまでお見通しで、モンスターを追いかける前に「ちょい待ち」って分けてくれたりする。キリンさんが回復薬を持ってくるのは、自分のためじゃなく僕のためだ。だってキリンさんもナルガさんと同じで、攻撃は食らわないのが当たり前の人だから。
そんなすごい人たちのチームに入れてもらって、足手まといだって冷たい目で見られることもなくて、僕はなんとか、自分ががんばっていける場所を見つけたわけだけど……。 僕はちっともさっぱり上達しなくて、狩りが終わるたびに、なんでこうなんだろうって思う。 けれどベリオさんは、「100回狩れば、100回前よりは絶対上手くなる」って言ってくれた。レウスさんも僕に呆れたりしない。ナルガさんはほとんど喋らないからよく分からないけど、だから本当は呆れてたりしないかなって不安にも思うけど、レウスさんが「そんなこと思ってないから安心しろ」って言ってくれたのを、僕は信じることにしてる。
「とりあえずセル坊の次の目標。1オチする前に10発当てる」 「は、はいっ、がんばります!」 「っておいおいおい、マジに受け取んなよ」 「え? あ、もしかして、冗談ですか!?」 「セル坊だと冗談になんねってか」 そう言って、ベリオさんは苦笑いしながらかくんと頭を項垂れさせた。レウスさんは少し困った顔で笑っていて、ナルガさんは相変わらずだ。 でも僕にとってはその目標、それくらいのことはきちんとできるようになりたいことで、たとえ冗談だとしても、次はそれを目標にがんばってみようと思った。
その親子が近づいてきたのは、そんな話をしていたときだった。
【レウスさん】
ウッドリーさんとは、金のことで知り合った。 必要になった金を借りるために奔走していたとき、見知らぬ他人の俺の頼みを聞いてくれた大恩人だ。事情を聞いて、俺が嘘をついていないと信じてくれたんだろう。そしてぽんと大金を貸してくれた。 もちろん金は返す。それで借りは消えるかもしれない。だが恩は別だ。 それに、そんなことのできるすごい人を、尊敬しないでいるのは難しい。 俺は椅子から立ち上がってウッドリーさんを迎えた。 彼は笑いながらやってきて、久しぶりだねと手を出しだした。俺は急いで腕防具を外してその手を握る。 「ウッドリーさんも、お元気そうでなによりです」 「ハンターも商売人も、健康第一だからね」 「どうなさったんですか。こんなところに来られるなんて」 「それがねぇ」 とウッドリーさんは太い眉を寄せ、困惑したような顔になり、次いで丸っこい目を少し鋭くして、隣にいる少年を睨みつけた。 ブナハ装備を身につけた、やんちゃっぽい少年だった。正直、その装備はあまり似合ってない。こういうのはセルタスのほうが似合いそうだが、そんなことはどうでもいい。 ウッドリーさんは俺に、 「こいつを預かってくれないかな」 と言った。 「この子を、ですか?」 「ああ。私の息子で、つい最近ハンターになったんだが……」 父親に睨まれて、少年は少し唇を尖らせて、わざとらしくそっぽを向いた。
話を聞いて、俺は笑うまいとこらえ、ベリオはつい吹き出してしまった。 そんなことで怒るウッドリーさんではなく、彼もまた苦笑いして、 「そういうわけなんだよ。私もね、それが絶対ダメだとか、悪いとは言わない。気持ちは分かる。うむ、分かるよ。しかし、私に言っていた理由とは雲泥の差だし、第一、そんな浮ついた気持ちでハンターなどやっていたら、いつか大怪我をするに決まってる。悪いとは思うんだが、ハンターの知り合いとなると私には君しかいないし、どうだろう、頼まれてくれないかな」 「もちろんお引き受けします。ご子息の安全は、私が責任を持って」 「いや。そこはこいつ自身の責任だ。もちろん面倒は見てほしいが、君に人の命なんて重荷を押し付ける気はない」 俺の耳に微かに、「そりゃそうだ」とベリオの小声が聞こえた。俺はウッドリーさんにはほぼ見えないだろう足で、軽くベリオを蹴った。
そうして父親が去って取り残されたブナハ少年は、少しも悪びれた様子もなく、 「そういうわけなんで、お願いしゃーす」 と頭を下げた。 父親がいなくなったため、ベリオはあらためて笑い出す。 「おまえ、あ、名前とか別にいいから。俺らの暗黙のルールで、装備名で呼ぶし。だからおまえ、とりあえず"ブナたん"な」 「えっ!? ブナたん? いや、ちょっとそれ……間抜けじゃないっスか?」 「それが嫌なら、別の装備作れ? それで解決」 「あ、じゃそうします。でもお兄さんのそれ、けっこうかっけーっスね! なんてモンスターのっスか!?」 「じゃあ、自己紹介も兼ねて、俺はベリオ。これはベリオロスの装備だな」 「へー。べりおろす……ぅ。初めて聞きました、それ」 「このあたりにゃいないからな。で、こっちの黒いのはナルガ。ナルガクルガ、知ってるか? そいつもここらじゃ見かけないが」 「ナルガは知ってます! だってすっげみんな、これの胴体身につけてますよね! でも全部着てる人、初めて見たかも」 「たしかにな。みんなナルガ倍々使いすぎー。で、こっちは言うまでもないよな」 「アイ〜じゃなかった、えっと、レウスさん、でいいっスか」 「ああ。ここじゃそう呼んでくれたらいい。よろしくな、ブナハくん」 「ブナハでいっス。ブナたんでもいっスし。あ、それから先に言っときますね。親父からも言われてるんで。お金のことと自分のことは全然別なんで、気にしないでください」 「ん、ああ。分かった」 なんの悪意もない率直な言葉だが、人前で話題にされたくない内容だという思慮は、まだ無理なんだろう。 もっとも、ベリオはなにか思っても人のことに立ち入ってきたりはしないし、ナルガは俺の事情を知っている。セルタスはきょとんとしていたが、似たような年でもこっちは「お金のこと」なら詮索するのはまずいだろうと思う、気がつく子だ。
それに、ブナハの存在は、なんだか悪くない気がする。 さっそくセルタスの隣に腰掛けて、「それの腰だけなら作れるんだけど他の部分は」とかいった話をしている。物怖じしないし、人見知りもしない。 なんにせよこれは、ウッドリーさんへの恩返しにもなる。ハンターというあり方を通して教えてあげられることもあるかもしれないし、俺は、ブナハ自身のためにもウッドリーさんのためにも、しっかりと育ててやろうと決めた。
ちなみにブナハがハンターになりたかった、嘘の理由は、こうだ。 「この街を出て、いろんな場所に行って、いろんな人に会ってみたい。それに、自分一人で一からはじめるなにかをしてみたい」 豪商の息子に生まれて、いろんなものに恵まれてきたが、自分の家、街、それくらいのことしか知らなかった。だから、行商人から身を立てた父親のように、少しは自分も、苦労を覚悟のチャレンジをしてみたくなった。 そう言ったらしい。 しかし、間もなくバレた本当の理由は、これだ。
「セクシー装備のおねえさんハンターに可愛がられてウハウハしたい」
ハンターになる理由は人それぞれだが、そもそも「そうなると聞いた」というのも誰の情報かという話だし、それをそのまま信じこむのもどうにかしてる気はする。 しかし残念ながら、俺のチーム……「チーム」というつもりはないんだが、いつの間にか集まっていた「よく狩りに行く仲間」は、みんな男だ。 それならもっと落胆して文句を言っても良さそうなものだ。しかしブナハは、そんな様子は少しも見せず、楽しそうに話している。 たぶんこの子も、悪い子じゃない。 また面白い仲間が加わったようだ。そう思いながら俺は、話の輪に加わることにした。
【ベリオさん】
絡み甲斐のある面白いヤツが入ってきた。 それが俺の感想だ。 セル坊も面白いが真面目すぎて、冗談を真に受けてヘコんだりする。 その点ブナたんは、ちょっと突っついてみたが「えーっ」とか「そりゃないっスよー」とか言って、少しもへこたれる様子がない。 軽く付き合うには、賑やかで楽しい、そんなヤツが一番いい。 なにせレウスさんは真面目だし、ナルガはなに考えてんだかよく分からない。キリン殿がいると面白いんだけど、キリン殿は普段、コンゴウさんと組んでる。そのコンゴウさんは、なんかこう威圧感があって、"楽しい"相手じゃない。
「で、この間イャンクック狩りに連れて行ってもらったんス。"クック先生"って言うんスよね、ハンターの間じゃ」 ブナたんは面白そうに喋ってる。 ブナハ装備でイャンクック。そりゃもちろん、言われるまでもなく、盛大に燃やされたんだろうと分かる。分かるが、とうのブナたんは 「なんかすっげダメージ受けて、なかなか火も消えないし、めっちゃ大変だったんス」 とか言ってる。 もしかしてこいつ、装備の属性耐性とか、全然気づいてない? セル坊はなにか言いたそうにしているが、ブナたんのトークになかなか口を挟めないらしい。 「なあなあブナたん。ブナたんさ、装備の耐性って知ってる?」 俺がちょっと割り込むと、ブナたんは「へ?」と間抜けな声を出した。 「セル坊。説明」 「あ、はい。僕で良かったら」 「なな、耐性ってなに? 防御力と違うの?」 「そうだよ。ブナハくん。防具には、属性耐性っていうのがあってさ。火とか、氷とか、そういうのに対する防御力みたいなもののこと」 「えっ!? マジ!? そんなんあるの? 加工屋の兄ちゃん、そんなん言ってくれなかったじゃん!」 セル坊は、ブナハ装備は火属性に弱いから、火炎ブレスなんかを持つモンスターとは相性が悪いんだと、うまく説明していた。 しかしそれに対するブナたんの反応は、これだ。 「じゃあさじゃあさ、火耐性が高いかっこいい装備ってなに?」
なるほど、おねえさんにモテたくてハンターになっただけのことはある。ここまでいくと潔くて、俺はけっこう好きかもコイツ。 セル坊は視線を少し上に泳がせて考えていたが、やがて俺を見て、 「ベリオさん。すみません。僕ちょっと思いつかないです」 と言った。セル坊もまだハンター一年生だから、仕方ないか。 けど俺も、けっこうあれこれ武器は使うものの、防具はベリオで2種持ってるだけだ。それで事足りる。 「ベリオさんのそれ、カッコいいっスよね。それ、作るの難しいんスか?」 「あー、これは上位装備だから、セル坊とかブナたんじゃまだ無理。それにこれも、火耐性はマイナスだから」 「ナルガさんのはどっスか?」 「あれも火耐性アウト。レウスさんのなら高いけど、あれは?」 「んー……ああいう鎧って、ゴツくてあんまモテなそうな気しません?」 俺は思わず吹き出した。 「おいおい、それ、レウスさんの前で言う!?」 「え? いやっ、自分別に、レウスさんがモテないって言ってるわけじゃないっスよ!?」 「分かってる。分かってるから」 レウスさんも笑いながら、気にしてないと軽く手を上げた。
そこに俺は、今しがたクエストから戻ってきた、丁度いい「先生」を見つけた。 「あ、コンゴウさん! お疲れ様です。ちょっとこっちいいですか」 俺が手を振ると、港方面の出入口にいたハンターが、キリン装備のハンターを連れて近づいてきた。 「なんだ」 ごっつい岩の塊みたいな兜の下から、低い声で淡々と言われる。 そのすぐ脇から、 「お、勢揃いじゃ〜ん! おっひさー★」 白い馬の頭部で顔が半分見えないハンター、キリン殿が、いつもどおりふわふわ飛んでいきそうに軽い挨拶をした。 「おひさです〜」 キリン殿の出した手に、俺は自分の手をパンと打ち合わせる。 「キリンさん、お久しぶりです」 「セルたんもおっひさ〜」 セル坊はおずおずと、少し緊張した様子で、出された手を叩いた。
「なになに。なに集まってんの? この子誰? 新人サン?」 「あ、俺、ルー……じゃなかった。"ブナたん"っス」 「ブナたん!? えーっ、ブナたんはないっしょー!? "ブナっち"だよ!」 「そこっスか!?」 「で、なんの用だ」 見事なクールダウン。 コンゴウさんだからしょうがないけど。 「火耐性が高くて、鎧っぽくなくて、見た目のいい装備ってなんかあります?」 俺が聞くと、コンゴウさんは間髪を入れず、 「男装備でか?」 と聞き返してきた。俺が頷くと、少し考える。そして、 「見た目がいい、の基準は?」 俺は、これ、と言う代わりにブナたんを示す。 すると即答。 「ないな」 途端に、 「え―――ッ!?」 と、ブナたんの悲鳴が上がった。
「マジないんですか?」 「ギルド装備なら耐性はないが、弱くはない。金色なら耐性はあるが、いいと思うかどうかは分からんな。俺が思いつくかぎりには、許容範囲でそれくらいだ。火に強いモンスターなら、レウス、レイア、ガンキン、ブラキ、アグナ、他にもいるが、装備はたいがい鎧タイプだろう」 「あー……。それにガンキンとか、絶対ブナたんの好みじゃないよな」 「なになに、イケメン装備作んの? じゃあこれは、俺とおそろのキリンさーん!」 キリン殿が言った瞬間、 「え゛っ!?」 と声に出したのはブナたんだが、たぶんほぼ全員が、同じことを思ったに違いない。ナルガとコンゴウさんは不明としても。 「いやぁ……それはちょっと……」 「はうぁっ!? でもほら、ショート丈のジャケット風とか、かっこいくない!?」 「えっと……そ、そっスね。胴と、腕と、腰は、自分もほしいっス。でもあの……いやぁ」 「だいたいキリン装備は火に弱いだろう。論外だ」 ぴしゃりと言い切ったコンゴウさんに、わざとらしくテーブルに泣き伏せるキリン殿、 「コンゴウさん、相変わらず容赦ありませんね」 レウスさんはそう言って苦笑している。
「つーかすげっスね! もしかしてどんな装備あるか、どんなデザインか、全部覚えてるんスか!? すっげー!!」 「コンゴウさんの知らないことって、あんまないよね」 俺が言うと、セル坊が真顔で何度も頷く。当事者は、兜のせいで顔が見えないのもあるが、たぶん、「なんでこいつらはこんなどうでもいいことを話してるんだ」くらいの無表情だろう。 コンゴウさんはめちゃくちゃ頼りになるが、俺でもちょっと怖いというか、扱いかねることがある。 それに嬉々として話しかけるブナたんは、けっこう勇者。
「あ! あとあの、皆さん装備の名前で呼んでるんスよね? それ、コンゴウ装備っていうんスか? なんか、変わった感じっスよね。色とかバラバラだし」 「ちょ、ブナっちそれマジ? マジで言ってる? ホント新人さん?」 「自分、ハンター歴一ヶ月っス!」 「おー!! 初々しくておじさん目が眩んじゃいそ。あのね、コンゴウさんのコンゴウは、違うのよ? 金剛って名前の装備も確かにあるけど、コンゴウさんのは、混じってるって意味の"混合"」 「えっ!? そうなんスか!? どうりで……。あ〜、違うモンスターのなんだ。なるほど〜」 「そういえばコンゴウさん、あんまりシリーズで身につけないですよね」 「効率が悪い。珍しいのはおまえたちのほうだろうが」 「それを言われると、身も蓋も、底もない〜♪」 「底はもとからないでしょって」 「?? そうなんスか?」 「……ブナっち。もう少しこう、おじさんたちとお勉強しよっか?」 「え? あ。はい。よろしくお願いしゃす」 ブナたんがひょいと頭を下げたので、俺とキリン殿は思わず笑い出してしまった。
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