序
僕のいた街では、ハンターっていうのはヒーローだった。
ギルドはいつも大勢の人間で賑わっていて、そこには国中から、いや、もしかしたら世界中から訪れたハンターたちが群れ集まっていた。 みんな酒を飲みながらその日の狩猟のことや、明日からの仕事の話に花を咲かせていた。 僕はその片隅にひっそりと参加しながら、本当はいつも、気圧されてびくびくしていた。 彼等は、ヒーローだった。 人間の何倍も、何十倍もあるようなモンスターを倒し、その体から剥ぎ取った素材で作った武具を身にまとう。それは、彼等が「そいつより強い生き物である」という証だった。 体当たりで船を沈める巨大な魚竜、砂漠を我が物顔で闊歩する角竜、体こそそう大きくはないものの、自在に空と地を駆ける火竜。 そんな、普通の人間なら見るだけで逃げ出したくなるようなモンスターたちと戦い、勝ち残った彼等は、いつもヒーローだった。
僕はずっと、そんな彼等に憧れていた。
1
僕の名は、テオという。 テオ・テスカトルと同じテオ。 こんな名前をつけた両親は、そういう男になれという願いを込めたのだろうけど、名前負けして笑われる人生の惨めさについては、少しも考えなかったに違いない。 親の願いや期待とは裏腹に、僕は、ハンターにはなったものの、そう名乗るのもおこがましいような、どうしようもない三流ハンターだった。
だいたい僕はハンターになんかなりたくはなかった。 かっこいいなと憧れはするけれど、モンスターと戦うつもりなんかこれっぽっちもなかった。あんな恐ろしい生き物と、なんだって戦いたがるのかが分からないくらいだ。 だから僕はおじいちゃんのもとで、学校に行って、伯母さんがやってる酒場の手伝いをして、その酒場を訪れるハンターたちの勇ましい話を聞いて満足していたし、将来はこの酒場で働くのもいいかもしれない、なんて考えていた。ハンターになりたいとは思わないけれど、彼等の傍にいてその話は聞きたいから、それはものすごく魅力的な将来設計だった。 なのに、運命ってヤツはどうにも意地悪だった。 伯母さんが詐欺師に引っかかって酒場を乗っとられ、じいちゃんはそれから間もなく、まあこれは寿命で大往生して、伯父さんと伯母さんは仲良く夜逃げして、僕はなにも知らずそこに残された。 僕の周りに残ったのは、伯父夫婦の残した借金だけ。 身元の保証もなくなった僕に残された道は、犯罪者かハンターかしかなかったというわけだ。
その中でほんの少し幸いだったこともある。 借金の取り立て屋が話の分かる人で、お金は返してもらわないとならないけれど、おまえが悪いわけではないのだから、返済の手伝いはしてやると言ってくれた。 それで、僕は身元保証がなくてもなれるハンターになって、その取り立て屋さん……ハンターでもあるその人、ダックさんに初歩の初歩について教わることになった。 正直、ダックさんは本当にいい人だったと思う。優しいと思い込んでいたけどあっさり僕を捨てて行った伯父と伯母に比べたら、他人の僕のことを本当によく面倒見てくれたと思う。 でも、そのダックさんも、僕の才能のなさには呆れていた。 こうすればいいんだ、と手本を見せてもらっても、それがなかなかそのとおりにできない。肉を焼けば焦げるし、魚を釣ればエサだけとられて逃げられる。キノコを拾いに行けば間違ったものを持って帰ってきて、特徴を覚えるのに、普通の人の倍から三倍はかかったそうだ。 他のことに関しては、僕はそれほど不器用でも馬鹿でもない。酒場の手伝いは普通にしていたし、料理をしたり掃除をしたりと、まともに生活もしていたのだから、僕は本当に、ハンターという職業に関してだけは、完璧なまでに才能がないに違いない。
ダックさんも暇ではないので、いつまでも僕、覚えが悪く要領も悪く戦力にもならない僕と、マンツーマンで狩りをしているわけにもいかない。それに、借金もいつまでも待ってもらえるわけでもないし、払えずにいるほど金利がかさんでいく。 それで僕はある日、売られてしまった。 売られたといってもそうひどい話ではなくて、謝金を肩代わりする代わりに、僕を村つきのハンターとして雇ってくれるという、実に太っ腹な申し出があったのだ。 ダックさんは、知人の知人の知人くらいからその話を持ってきた。 僕に選択肢なんかはなかった。だって断れば、年々増えていく借金に永遠に縛られるだけだ。借金つきでは結婚相手だって見つからないし、雇ってくれるところもまずないだろう。 だから僕は、本当にほとんど役に立たないハンターもどきだけど、それでもいいのかということだけ確認して、この村へ売られることにした。 この、ポッケ村へ。
2
ポッケ村はのどかでいい場所だった。 年中雪が溶けず寒いのには困っているが、村人たちはみんな親切で、三流ハンターの、更にもどきでしかないような僕のことも、普通に迎え入れてくれた。 のんびりやればいいよ、と村長のオババに言われて、僕はせっせと、雪山草の納品とか、ガウシカの角集めとか、小さな仕事をこなしていた。 出掛ける先は、村のすぐ後ろにそびえる雪山だ。フラヒヤ山脈の一部だという大雪山は、麓のほうこそ草地があったりするけれど、少し登れば一面の銀世界になる。街の人間には登山でしか訪れないような場所だ。でも、ポッケ村の人たちにとっては、ここは広大な庭も同然だった。 ハンターでもない人が、貯蔵のための生肉がほしいからと出かけていく。狩猟区に指定されているところまでは登らなくても、麓でちょっとした狩りをして、ブルファンゴが降りてきたから片付けちまったよ、なんて話をしていたりするのだ。 僕は、ハンターとしての働きだけではとても役に立たないから、やっぱりここの酒場で働いている。そこで村人たちのそんな話を耳にすると、つくづく―――そのブルファンゴすら怖くて必死に狩っているなんて、僕はどれだけダメハンターなんだろうと、落ち込んだりもした。
そんな僕。 そんな、ハンターなんて名乗れもしないような僕に、降ってわいた災難。 それは、ドスファンゴだった。
雪山の山頂付近で、最近、大型のドスファンゴが暴れているという話だった。 ただ暴れているだけならともかく、山の麓にあるこの村の、いわば玄関近くにまで現れるとなっては捨て置けない。 でも、ブルファンゴくらいなら簡単に片付けてしまう村人も、ドスファンゴが相手では二の足を踏むようで、そして当然、仮にもハンターという僕に仕事が回ってきた。 ブルファンゴくらいならなんとか倒せるようになってきた僕だ。 ドスファンゴは、ブルファンゴがただ大きくなっただけのようなものだという。それでも、狩猟用の装備がない村人には手に余る。外皮はただの獣とは全然違うほど硬いし、体力もある。だから、薪や山菜をとりに持っていく斧・鉈なんかではとても倒せない。でも、ハンターの持つ装備があれば、ブルファンゴとそう変わるものではない。 僕はそう聞いて、いつまでも狩りのできないハンターじゃ情けないと、一念発起した。 ドスファンゴごときで大袈裟な、と思うだろう。でも僕にとっては、本当に覚悟のいることだった。
前日には万端に準備を整えた。回復薬は持てるだけ持った。ギルドからの支給品だけをアテにはできないから、ホットドリンクも予備を持った。砥石も確認した。食料も持った。 そして当日、僕は「少し大きなブルファンゴを狩るだけだ」と自分に言い聞かせて、雪山へ入った。 雪の少ない麓から、洞窟を通って山頂を目指す。ギルドのくれた地図を頼りに進んでいく。 そして、通称エリア6と呼ばれる場所で、僕はそいつを見つけた。
それからしばらくのことは、記憶にない。 頭は真っ白で、気がつけば、キャンプでひっくり返っていた。 日差しにああためられた雪が枝の上から僕の顔に落ちてきて、やっと我に返った。 そして僕は、猛烈に恐ろしくなって動けなくなった。 ポポくらいもあるなんて、聞いてなかった。少し大きいブルファンゴ? 少しどころじゃない。ポポがあの巨体で猛然と突進してくるのと同じだ。突き飛ばされれば痛みとともにどこまでも転がって、起き上がろうとするとそこへまた突撃してくる。それで僕の気は遠くなって、痛みで気がついた次の瞬間には顔面から雪の大地に激突していた。 たぶん、そのままいいようにいたぶられていたのを、ギルドのアイルーたちが助けて、ここまで運んでくれたのだろう。
聞いてない。 あんな大きいなんて聞いてない。 あんなに怖いなんて聞いてない。 僕には無理だ。 思い返しただけでもぞっとする。 あんなのに向かって行くなんて、絶対にできない。 怖い。 それに痛い。今もまだ、擦りむいたあちこちが痛い。
でも、普通のハンターは、ドスファンゴなんてものは片手間で退治して、もっと大きな、リオレウスとかグラビモスとか、そういうモンスターさえ狩って帰ってくる。 でも僕には無理だ。 僕はそもそもハンターになんかなりたくはなかったんだし、モンスターと戦うなんて考えたこともなかった。ハンターたちの話を聞くのは好きだったけど、それは、なにかものすごく強そうなモンスターを、彼等がやっつけるのがすごくて、それが聞きたかっただけで。 なんで僕があんな奴等と戦わなきゃいけないのか。 他の人と同じように、ハンターさんお願いしますって言うほうでいいじゃないか。 みんなは戦わないのに、なんで僕が……。
僕は完全にビビっていた。 朝になったら帰ろう。 そう思った。 笑われても馬鹿にされてもいいし、またどこかよそへ売られてもいいから、僕には無理だと、リタイアして帰ろう。 どうせ僕はその程度のもので、なんの役にも立たない。 でも、もしかすると、そんな僕のことでも、オババ様は「仕方ないね、ゆっくりおやり」と許してくれるのかもしれない……。
そう思ったら、急に涙が出てきた。 呆れ果てて、おまえに期待したほうが馬鹿だったと見捨てられるならいいけど、仕方ないねと優しく許してくれたら、僕はなんて惨めで役立たずで、みっともないんだろう。 僕が役立たずのハンターだってことは承知で、それでも何故か借金を肩代わりしてくれた。売られたのは事実かもしれないけれど、僕はこの村で住む家までもらって、立て替えた分はすこしずつでいいから返すんだよと、生活には困らない程度にだけ、少しずつ少しずつ、返させてもらってる。ハンターだけじゃ大変ならと酒場で働くことも許してくれた。 僕はもう、今でさえいろんなことをたくさん許してもらって、この村に置いてもらってるのだ。 そんなオババ様に、怖くてできませんと逃げ帰るなんて、どれだけ情けないんだろう。
そんな僕は、僕自身が許せない。 そんな僕は絶対に嫌だ。
怖いのは今も怖かったけれど、それよりもっと強く、こんな自分は嫌だという思いがあった。 もう一度行ってみよう。僕はそう決めた。 もう一度挑むために、荷物を点検することにした。 けれど、僕は不幸になると決まってでもいるかのように、そこでまた、不幸と絶望のどん底に突き落とされた。
3
荷物を入れたポーチが、たぶんドスファンゴの牙に引っ掛けられたためか、破れてしまっている。そのポーチが微妙に凍り付いているのは、中にあった回復薬なんかの瓶が割れたためだ。 慌てて中をあさってみると、残っていたのは、回復薬が3本に砥石が2個、ホットドリンク1本だった。 ここまで来ると、なんか笑えてきた。 僕はどこまでツイてないんだろう。 今までの人生、振り返るとそれほどひどいことばかりでもなくて、ダックさんとかオババ様とか、他にもいい人、優しい人にもたくさん会ったし、いいこともいろいろあった。 でも、肝心なときにダメだったり、思いがけずひどいことも起こったりする。 まあそう言ったところで、本当にひどいと思ったことはそれほどたくさんあるわけでもなくて、誰もが涙するような、悲劇の主人公には程遠い。
どうしようかと途方に暮れた。 ここまで後がなくなると、そして運が悪いと、もう悲しいとかつらいとかは感じなかった。 ただ、どうすればいいのかとぼんやりしていた。 残ったこれだけのアイテムで、ドスファンゴを狩れるんだろうか。 狩れないにしても、せめて精一杯がんばって、クエストに失敗して帰ったほうがマシだ。今まではそう思っていた。けど、生きて帰れるんだろうか。ギルドのアイルーたちは傷ついたハンターを助けてくれるけど、いつも必ず助けられるとは限らない。こんなに運が悪い僕のことだから、間に合わずにお亡くなり、なんてこともないとは言えない。
死ぬって、どういうことなんだろう。どんなんだろう。 僕はそんなことまで考えた。 でも、よく分からなかった。死んだこともないし。 でも、それまでものすごく痛いのは間違いない。 でも、痛いだけで、痛いのもあんなものなら、それほど大したことでもないのかもしれない。 それに、僕が死んでも、お金が返ってこなくてオババ様は困るかもしれないけど、悲しんだり悔しがったりする人はいないわけだし……。
ひどく自虐的で自棄的な気持ちで、明日になったまあとりあえず行ってみよう、僕はそう決めた。 でも神様は、まだ僕を見捨てたりしないらしかった。
突然キャンプの垂れ幕がバサリと音を立てて、僕は驚いて叫びそうになった。モンスターがここまで来たのかと思ったのだ。 振り返ることもできず全身氷みたいに冷たくなった僕に、後ろからかけられたのは、 「ど〜お?
テオくん。がんばってる?」 低い男の声で女の口調、という違和感だらけの、でも最近すっかり慣れてしまった声だった。
振り返ったそこにいたのは、レジーナさんだった。
4
レジーナさんは、酒場でウェイター……いや、ウェイトレスって言わないと睨まれるんだけど、僕と一緒に働いてる人だ。 言うまでもなくオカマさんで、でも村の人たちはすっかり慣れてしまっているらしくて、誰も驚きもしないし特別にも思わない。僕も最初は何事かと思ったけど、この人はこういう人なんだと、今ではなにも気にならなくなった。 そのレジーナさんがいきなり現れて、僕はそれにも驚いたけれど、もっと驚いたのは、その格好だった。 「レ、レジーナさん」 僕は自分の声がすっかり上ずって、裏返ってることに気付き、大きく唾を飲み込む。それから改めて、 「ハンターだったんですか?」 まだ少し甲高い声でそう尋ねた。 そう、レジーナさんが見につけていたのは、村人たちもよく着ているマフモフでもないし、酒場で着ているちょっとシャレた給仕服でもなく、どう見てもハンターとしか思えない防具だったのだ。しかもそれは、街の酒場で大勢のハンターを見て、彼等の話を聞いてきたから分かるけだけど、赤いフルフルの素材で作った、しかも、装飾品が豪華なところからして、アッパーシリーズと呼ばれる高いクラスのものだった。 そして、背中には長大な剣。大剣じゃなく太刀だ。黄色に紺色の縞が入った鞘に、巻かれた青色の飾り布がひらひらしている。
「元、よ」 とレジーナさんは言った。 元? ということは、今はハンターじゃないということだ。 「っていうことは、やめたんですか、ハンター」 なにも考えずそう尋ねると、レジーナさんは少しだけ首を傾げ、 「まあ、ね」 と曖昧に答えた。 僕の顔には、なんでなんだろう、と書かれていたに違いない。 「なんとなくイヤになってね。……なに? 聞きたい?」 聞かれたくないことなんだろうか。一瞬そんなふうに思ったけれど、レジーナさんは、聞かれたくないことならあっさり、あっけらかんとそう言うような気もして、僕は素直に頷いた。特に聞きたかったわけではないけれど、ウェイタ……トレス、だと思っていたレジーナさんが、実はハンターだったことにはものすごく興味があった。
「その頃、けっこうヤな感じのハンターばっかり見てたからかもしれないけどね」 レジーナさんはそう話し出した。 「ヤな感じの、ですか」 「そう。強いことを自慢するのはいいけど、自分より弱いハンターを馬鹿にしたりとかね。せっかくがんばって武器の練習してるハンターを笑ったりとか」 少しだけ分かる。僕はさんざん笑われ、馬鹿にされるほうのハンターだから。ただし僕の場合は、笑われても馬鹿にされても仕方ないくらいの本物のダメハンターなので、情けなくはなっても腹が立ったりとかはしなかったけれど。 「そういう連中に話振られるのも、仲間扱いされるのもなんだかイヤだし、話振られちゃうとやっぱり、そんなことないだろとか言えなくて、それもものすごくイヤでね。別に善人ぶるつもりもないけど、そういうのってなんか、器が小さいって言うかさ。ハタから見たらものすごくカッコ悪いじゃない? で、考えたのよね。ハンターは強ければ偉いのか、それがハンターの価値なのか、とかさ。そこから、ハンターっていったいなんなんだろーとか、あたしはなんでハンターになったんだっけーとか、ハンターになってなにがしたかったんだっけーとか……。で、なんだかよく分かんなくなっちゃって、一回やめようって決めたのよ」 ハンターをやめても、しばらくは生活に困らないだけの蓄えはあったそうだ。でも、ただフラフラしていても「ハンターとはなにか」が分かる気はしなくて、レジーナさんは、知り合いの人に頼んでその人の商隊に入れてもらったということだった。それであちこちへ旅して、ポッケ村に来て、居心地が良くて居着いてしまったらしい。 「だってさ、あたしはこんなでしょ? それを、面白いアンちゃんだなでカラッと笑って、普通に受け入れてくれる人ってそう多くないのよ。この村の人たちは、そこがみんな、なんだかんだでイヤな感じが全然しなかったの」
元ハンターだったことは、たいていの村人は知っているとのことだった。 けれど村には常駐のハンターもいて、レジーナさんは別に、酒場で働くだけでもちっとも構わなかった。 そうして、そこへ僕が来た―――。
「オババ様が心配してたのよ」 とレジーナさんは言う。 「テオくんがハンターとして生活するのは大変だろうって」 「う……」 たしかに僕は、何ヶ月も子供のお使いみたいな依頼ばかり受けていたし、頼りにならないのは明らかだったろう。でも、分かってて雇ってくれて、僕は少しでもその恩には応えたくて……。 でも……。 「あたしがここに来たのはね」 うつむいた僕の頭の上に、殊更ゆっくりと言葉が降ってくる。 「まずは、テオくんの気持ちを確かめるため。それで、その答えによっては、この仕事を……役割を、交換するためよ」 「僕の、気持ち、ですか?」 そろそろと顔を上げると、レジーナさんはいつも酒場で見せるのよりは、ちょっと引き締まった顔をしていた。 「そう。テオくんがどうしてもハンターとしてはやっていけないって思うなら……、ううん、自分でそう決めるなら」 自分でそう決めるなら。レジーナさんをそこを特別、僕をじっと見て、一つ一つの言葉をはっきりとつなげた。 「あたしと代わってもいいわ。あたしがこの村のハンターになる。そしてテオくんは、酒場で働いて、借金を返す」 「えっ」 「普通に考えたら、ハンターとしてそこそこになれば、酒場の稼ぎよりは断然儲かるわね。でも、この村にお墓作るつもりでずっと働くなら、酒場の店員だってちゃんとお金は返せるわ。あたしは、この村でならもう一度ハンターをやってもいいって思う。この村のハンターになれば、あたしが知りたかったことがはっきり分かるような気もするしね」
それならぜひそうしてください。 僕の心はすぐにそこへ飛びついた。 けれど頭の片隅で、それを止めたものがあった。
5
僕が、そう決めるなら。 どっちにするかを決めるなら、じゃ、ない。 僕はハンターとしてやっていけないと、そう自分で決めるなら。 レジーナさんはそう言った。 僕が、決めること……? 僕が決めること。 やっていけるかいけないか。 僕が、それを決める。 やっていけないと決めるのも、やっていけると決めるのも、僕。
ハンターなんて、怖くて痛くて、やりたくなんかちっともない。 なのに僕は、「やっていけない」と決められなかった。 なんでだろう。 分からない。 でも何故か、そう決めることができなかった。 やっていける、なんてまだ分からない。だからそんなふうには決められない。 でも、やっていけないって、なんでだか、まだ決めることができない。
やりたくないと思うことと、本当にできないことは、こんな僕でさえ、まだちょっと別のものだった。
「……もう少し、がんばります。せめて、このクエストは最後まで、……失敗するかもしれないけど、ちゃんとやってみたいです。それでできなかったら、また考えます。ダメですか?」 僕が言うと、ポンと頭に手を置かれた。 そのままわしわしと、髪をぐしゃぐしゃにされる。 「それならあたしは、直接手伝ってはあげないけど、相談には乗ってあげるわ。どんなことでもいいから、言ってごらんなさい。なにがどうだったか、ただの感想でもいいわ。なにが起こったのかでもいいし、なにに困ってるかでもいい。思うことを一つずつ言ってみなさいな」 レジーナさんは太刀を背中から下ろすと天幕に立てかけ、粗末な簡易椅子を出して腰掛けた。 僕はベッドに腰掛けて、なにから話そうかと考える。
「どんなことでもいいのよ。って言っても、難しいわね。じゃあ……そうね。どう? 怖かった?」 問われて、僕はすぐに、二度も頷いた。 「怖かったです。ポポみたいに大きくて。もう、それ見ただけで動けなくなって……」 「あらまあ。大きいとは聞いてたけど、それは破格のサイズねぇ。って、怖いと思ってるから余計に大きく見えただけってこともあるけど、でも、実際いるのよね、それくらいのって」 それから僕は、わけが分からないうちに何度も突き飛ばされ、転がりまわり、気がついたらキャンプにいたことを話した。なんの参考にもならないけれど、僕がからっきしダメだったことは、ちゃんと分かってもらえる内容だ。 それで、僕はベッドの脇に放ったポーチを拾い上げた。 「怖かったけど、このままリタイアして帰ったら、こんな僕を拾ってくれたオババ様に申し訳ない気がして、せめて、失敗になってもいいからがんばろうって思ったんです。でも、アイテムが、ほとんどなくなっちゃって」 持ってきた回復薬も砥石もホットドリンクも、半分以上ダメになってしまった。 レジーナさんは僕のポーチを受け取ると、残っているアイテムを確かめて、 「ポーチは後で繕ってあげるわ。それから、アイテムはこれで充分よ」 「でも、それはレジーナさんとかならの話で、僕は」 「まあまあ。ねえテオくん。正直に言うけど、ファンゴは一応モンスターに分類されてても、ほとんどただのイノシシ、獣よ。複雑な動きをするわけでもない。怖いと思って動けなくなったら、そりゃいい的になって転がされもするし、油断して引っ掛けられることはあたしもあるわ。まあ、あたしも威張れるほど優秀なハンターじゃないからね。ホットドリンクだけはちょっと問題だけど、それはあたしのを分けてあげる。だから、明日一緒に行ってみましょ。それで、あたしならどうするかを教えてあげるわ」 「ほ、本当ですか?」 「手伝ってはあげないけど、教えてあげられることはある。それできっと、なんとかなる。それに、本当に危なければ助けてあげるから、安心なさいな」 「は、はい。よろしくお願いします!」 僕がベッドから立ち上がって頭を下げると、大袈裟な子ねぇ、とレジーナさんは笑った。
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