イヴが溜め息をつくと、モーディンはいかにも不思議そうに首を傾げ、目を瞬かせた。 「ドクター。その質問は、これで何度目?」 「うん? 四度目、いや五度目? ふむ。六度目だったかもしれない」 「そんなに同じことを繰り返し聞いて、どうしたいの? 何度も聞けば、私の答えが変わるとでも?」 「その可能性はある。ゼロではない。ゼロだと思ったら聞かない」 再び、イヴは溜め息をついた。 「それじゃあ、どうしてその答えが知りたいの? そうやって何度も同じことを尋ねて、私から別の答えを引き出したとして、私をあのトゥーリアンと結婚でもさせる気? 言っておくけれど、その可能性は"ゼロ"よ」 「政略結婚? トゥーリアンとクローガンの。面白い試みだ。だが実現性は薄い。それに、個人間の和解やその程度の形式で解決する問題ではない。つまり戦略的には無意味」 せかせかした身振り手振りと早口で、モーディンはまくし立てる。クローガンの男にも女にも、子供にさえ見られないせわしなさだ。他の種族にもまずいないだろうし、同じサラリアンだとしても、これほど落ち着きのないのは珍しい。イヴはサーケシュの施設で何人ものサラリアンを見てきた。だから断言できる。もっとも、あの施設にいたサラリアンが全員、特別に落ち着き払っていたというなら別だが。 だが、イヴはモーディンのこのせわしなさも早口も嫌いではなかった。
この口数の多いサラリアンが、言葉を発さなかった姿を知っている。 サーケシュの施設で出会ったときだ。 好奇や警戒、実験動物を見る観察の眼差しの中に現れたたった一組の真摯な目。 力ずくで自分を拘束し押しとどめようとする数人のサラリアンを一声で下がらせ、まっすぐ前に立った。目の前。腕の届く距離。背後でサラリアンたちが一斉に銃を構える。それを彼は右手を横に上げ、不要だと告げた。 彼は長い長いフルネームを名乗り、不完全な不妊治療による苦しみは、その治療施主であるマエロンの師である自分にも責任があると言った。 「ジェノファージについては今なにかを言うことはできない。だが君が今抱えている苦しみは取り除くべきものだ。私が治療の全責任を負う」 そこまで一息に喋った彼は、そこで突然沈黙した。 短いとは言えない沈黙の中、そのサラリアンは黒く大きな目でじっと彼女を見上げていたが、やがてぽつりと呟いた。 「失われた命の責任はとれない。だが君はまだ生きている。死んではいけない」 と。
このサラリアンは信用できるかもしれない。そう感じた己の直観を、イヴは拒まない。 だから彼に頼んだ。もし私を助けることができるなら、"私たち"も助けてほしいと。 彼はなにも答えなかった。ジェノファージについては既に言ったとおりだ。今ここで軽々しくどうすると言えることでもないからだろう。だがそのとき既に、彼の中には確固たる決意があるように感じた。 それは正しかった。モーディンは以後、せわしなく動きまわり喋りながら、軽い調子ではあったが、治療に向けて手を打っていることをそれとなくイヴに伝えてきた。 もちろん、イヴはその言葉をすべて信用したわけではない。直観のみで信じるには限度がある。 彼の言葉がすべて真実であったと証明されたのは、シェパードたちがサーケシュに現れたそのときだ。本当に彼を信用してもいい、信じるに値すると思ったのもそのときである。モーディンは何一つ誇示せず、行動で示した。「助けだしてやる」といった恩着せがましい態度ではなく、言ったことをいかに実行して「見せる」かでもない。ここから連れ出し、ジェノファージを治療する。彼はただそのためだけに行動した。 動くときには一心に動き、結果を出す。それはイヴにとって、信頼するに足る、好ましい在り方だった。
一人でああだこうだ、呟きながら考えて、 「たぶん」 とモーディンは言う。 「個人的な興味だ。シェパードは種族を気にしない。単純な見た目や生理の違いで相手を選ばない。もちろん君の好みはある。だが可能性の問題として考えた場合
本当に"ゼロ"とは思えない。なにも惹かれる要素はないのか。それともその要素を上回るなんらかの理由で求愛の対象外になるだけか」 「ドクター。少なくとも、傷があればそれだけで魅力的というわけではないわ。私は、持って回った言い方は好きじゃないの。会話を楽しむことと、言葉で遊ぶことは別。冗談も少しなら楽しいけど、彼は少し遊びすぎね」 「なるほど。個人的な好みの問題。当たり前のことだ。他の複数の条件を満たしていてもそこが最も重要なポイント。だとすると顔に大きな傷こそないがシェパードのほうがクローガン女性の好みには近いのか。彼も抜きん出て行動的でロイヤリティも高く……知性。ふむ。盗聴器はないが、ここは念のためノーコメントにすべきか?」 真顔でモーディンは考えこむ。 イヴはそれが可笑しくて、フードの下で少し笑った。 「そうね」 と答える。それは間違いない。果敢で行動的。そして誠実だ。それに、クローガンの男にはない思慮深さや、他種族を受け入れる柔軟さも持っている。 だが、とイヴは考える。 完全に好みどおりという男のほうが、案外つまらない。その証拠に、絶対に本人に言うつもりはないが、イヴが共に生きていく相手として現実に描けるのは、やはりレックスだった。 同種族だというのもあるかもしれない。だがなにより、あの尊大な自惚れ屋、短気で粗暴なところが、嫌いではない。まったく馬鹿ねと言いながら付き合えるほうが、共に生きていくことは楽しいに違いない。
モーディンはいつもどおりぶつぶつと呟きながら思索に耽っている。漏れ聞こえてくる言葉を聞くかぎり、人間とクローガンの間で生殖行動が可能かどうかを考えているらしい。こんなことを真面目に真顔で検討するのだから、やはり彼はサラリアンの中でも特別に変わり者なのだろう。 それを眺めているのもそれなりに面白いが、ただ黙って待っているのはつまらない。 「ドクター」 「ん? なんだ?」 「サラリアンは鏡を見ないの? 顔に傷のある男が好みだというなら、ドクターの顔にもずいぶん目立つ傷があるわよ」 モーディンの手が自分の左頬に触れる。ただでさえ大きな目が、更に大きく見開かれた。 「冗談よ」 笑いながらイヴが言う。モーディンはほっと胸を撫で下ろした。 「その態度はずいぶんと失礼だわ」 「いや、うん……そうかもしれない。気分を害したなら謝ろう。だが驚いただけだ。可能性としては……そう、"ゼロ"じゃない。君は魅力的だ。話していてとても楽しいし新たな発見もある。だが正直なところレックスの敵意を得るのは避けたい。君を巡って彼と一対一で戦おうなどというのは蛮勇どころか明らかな愚行と言うべきだろう」 「大した言われようね」 イヴは面白がって笑ったが、モーディンはそそくさと、「そろそろ作業に戻らねば」と言って壁際にある端末の傍へと逃げていった。
やがて、いつもどおり鼻歌とひとりごとが始まる。 気分の切り替えが早いモーディンにとっては、数分前に話したことなどもう解決済みなのだろう。 変わり者のサラリアン。 「ティティタタトゥトゥトゥ♪ ふんふ・ふ〜♪」 「ドクター」 この間と音程が違うわよ、と言おうとしたところで医務室のドアが開き、シェパードが姿を見せた。 モーディンは作業に夢中で気づいていない。シェパードは彼を一瞥し、イヴを見ると両腕を軽く開いて肩を竦めた。
The End |