一夜が明けると、町は白く雪化粧されていた。 都内には珍しいことで、おそらく交通は麻痺するのだろうが、そういったものを利用しない身にとれば、あまり問題でもない。 「寒いですねぇ」 さすがにきっちりと制服の前を合わせて、飛燕が白い息を吐く。 静かな朝に、その声がやけによく響く。 どうして今日に限ってこんなに静かなんだ、と不思議に思った富樫は、やがてその理由に気付いた。 いつもならば、周りには虎丸や松尾たちがいて、あれこれと騒々しく話しながら歩いている。 それが、今日は誰もいないのだ。 桃は相変わらず一時間目には出る気がないらしいし、伊達は昨夜連れて行かれた先でさんざんな目に遭ってきたらしく、二日酔いでダウン。虎丸たちはこの雪にはしゃいで、グラウンドで雪合戦でもしよう、などと子供じみたことを言い、先に出てしまった。Jと雷電は早朝トレーニングに出かけ、月光は週番。 いつもの調子でいつものように出てきたのは、自分たち二人だけだった。
車通りも人通りも少ない住宅街の道は、あまり荒らされてもいない。普段ならば子供たちの姿を見かけるのだが、世間一般の学校では、もう冬休み。そうでなくても12月25日は休日だ。これでは道にタイヤの後がないのも頷ける。 踏まれていないところに足を置くと、さく、さく、と雪が鳴く。 時折滑りそうになる富樫に対して、さすがに飛燕はこともなげに雪の上を歩いていく。それは、足跡すら残らないのではないかという軽やかさで、富樫はつい、後ろを振り返ってしまった。 当たり前のことだが、足跡はちゃんとある。 「どうしました?」 「いや。なんでもねえ」 こんな馬鹿げたことを考えていたと知られたくなくて、富樫は学帽の庇を下げた。 正直、微笑む飛燕の顔を見ていると、どうにも落ち着かないせいもある。 冷え切った朝の空気に薄赤く染まった頬や鼻の頭が、整いすぎたきらいのある美貌に、幼さに似た可愛らしさを添えている。 さく、とまた足の下で雪が鳴る。 そしてふと、 「たまにはこういうのもいいですね」 嬉しそうに飛燕が言った。
その笑顔がまぶしいのは、きっと太陽の光を反射する、雪のせいばかりではあるまい。 「あ、ああ。そうだな」 富樫はまた少し学帽を下げた。 静かに、何を話すでもないけれど、二人並んで通学路を歩む。 やがて虎丸たちの騒ぐ声がかすかに聞こえてくると、 「私たちも入れてもらいましょう」 少し先を歩いていた飛燕がくるりと振り返って笑った。 駆け出す飛燕を追いかけながら、 (たまにはいいさ。たまには、な) 苦笑する富樫であった。
(おしまい) |