ANNIVERSARY

19XX年 5月4日(土)PM 2:58―――

「ほら」
「?」
「プレゼントだって」
「は?」
「は、じゃない。五月四日。今日、誕生日だろう?」
 桃は伊達の前に、大きめの箱を差し出していた。
 緑色のリボンが風に揺れている。

 少し前だったが、桃は富樫たちとの会話の中で、「誕生日」という言葉を聞いた。
 そしてふと、伊達の誕生日はいつなのだろう、と思ったのが始まりだ。
 仲間たち全員の誕生日を祝ってやることはできないし、かといって特定の数人だけというのも気がひける。
 それならいっそ「たった一人だけ」のほうがいい。
 桃はそう思い定めると、素晴らしい頭脳と行動力を発揮した。
 誰かに尋ねるのもいいが、そうすれば他の誰かも「俺も何かやろうかな」と言い出すかもしれないから却下。伊達自身に聞いても絶対に教えてはくれないだろう。となるとこっそり調べる他ないが、そういった事柄が記入されているものとなると、限られている。
 男塾の入学書類には生年月日の記入欄があったが、あれを見ようとすると、塾長室に入らなければならない。
 忍び込むか。
 いや、江田島の目を盗むことは容易ではない。
 むしろ塾長にならば、率直にわけを言って、だから書類を見せてほしいと話したほうが利口だ。
 そして桃は堂々と塾長室を訪れ、思ったとおり呆気なく自分の前に出されたファイルを開いた。
『19・・年 5月 4日』
 俺より五つも年上なのか、と余計なことに仰天したが、実際に何歳であるかということより、何歳に見えるかのほうが重要だ。
「押忍、ありがとうございましたぁっ!」
 会心の笑顔で塾長に頭を下げ、桃はさっそく、プレゼント選びに奔走しはじめたのであった。

 そして迎えた今日この日。
 誰にも邪魔されないよう、校舎裏の万年桜のもとに呼び出して、まるで某ゲームの告白タイムのようだなどと、何処で仕入れた知識かは知らないが、桃は浮かれ気味である。
 しかし伊達のほうは浮かない顔をして、桃の差し出している箱を、受け取りもせず見下ろしている。
 やがて、
「書類か?」
 とぼそりと呟いた。
「え?」
「その日付の出どころだ」
「あ、ああ。塾長に見せてもらった」
 隠すこともない。桃は正直に話す。そこまでして祝いたかった、という自分の気持ちをわかってくれればいいな、などと甘い夢を見て。
 しかし伊達が言ったのは、
「だったら、見当違いだ。あんなもの、適当なんでな」
 という言葉だった。

「ええっ!?」
 何も、誕生日を偽ることなどない。年ならともかく。
 桃が驚くと、伊達は仕方なさげに、
「俺は、自分がいつ生まれたかなんて知りゃしねえよ」
 淡々と言った。
「あ……」
 物心つく前に、争いしかない場所に放り込まれて……。
「あ、あっ、そ、その、俺……」
 桃は本気で動揺し、狼狽した。
 よりにもよってそんな、考えたくもないであろうことを思い出させてしまうとは。
 喜ばせるつもりで怒らせては、意味がない。
 自分に腹を立てられるのはいいが(いや、良くはないが)、伊達に嫌な思いをさせてしまうことだけは、絶対に嫌だというのに。
 桃はがっくりとうなだれる。

 その頭に、ぽんと手が乗せられた。
「気にすんな。ま、そういうことだからな。そいつは他の奴にくれてやりな」
 慰めるような声に顔を上げると、いつになく優しい顔で、伊達が笑っていた。
 気持ちは、受け取ってもらえたのだ。
 けれど、何処か寂しそうだ。
 桃は緩みそうになる涙腺を叱咤する。
「そういうことじゃない。これは、やっぱりおまえのだ」
 桃はあらためて、伊達へと箱を押し付けた。
「だから」
「だから! いつ生まれたかも知らないなら、つまり、いつだっていいってことだろ? だったら、今日だってことにしたっていい。そういうことにしろよ。そういうことにしよう。今日ってことに決定! だから、ほら、おめでとう」
 伊達の手を捕まえて、箱に触れさせる。
「……この、馬鹿」
 限りなく優しい罵倒。
 温かい眼差しに、桃の胸がじんわりと熱くなる。
(ああ、生きてて良かった)
 安上がりな男である、剣桃太郎。
 ともかく、それで伊達はようやく、桃の「プレゼント」箱を受け取った。

「で、なんなんだ、こりゃ」
「開けてもいいぜ。そう大したモンでもないけど、ま、嫌いでもなさそうなのにしたから」
 伊達が包装をとって箱を開けると、出てきたのは缶コーヒーと煙草の詰め合わせ。
 伊達の好みにしっかりと合わせて、無糖のブラックの缶が四種類、二本ずつ。それから、マルボロとジョーカーが二箱ずつ。
 苦労したのだ、これでも。
 缶ジュースくらいは、すぐに伊達の好みが分かったが、煙草が大変だった。
 伊達は滅多に煙草は吸わないが、吸う時はいつも同じ箱を出していたような気がした。
 その、記憶にある二種類の箱を探すのが大変だった。
 桃には全く喫煙の習慣がないので、銘柄も何も、ほとんど分からなかったのである。
 かといって伊達本人に聞くわけにはいかないし、他の誰かに聞くと、何故そんなことをと勘繰られるかもしれない。それを上手く誤魔化せるかというと、微妙なところだ。
 こっそりと、伊達が上着を脱いでその場を離れた時に確かめようとして、そういう時にかぎって何も入っておらず、涙を飲んだことさえある。
 しかし、
「安上がりに済ませやがって」
 そうは言いながらも嬉しそうな伊達を見られれば、苦労は全て報いられ、桃は幸せ一杯である。

 が、ふと伊達は中の煙草を取り出して、
「けど、こいつはもういらねえんだ」
 すまなそうに、桃を見た。
「え?」
「煙草、やめたからな」
「ええっ? そうなのか?」
 言われてみれば、ここ数ヶ月ほどの間、煙草をくわえた伊達の姿は見ていないような気がする。
「どうしてだ?」
 問うと、
「別に。なんとなくな」
 淡々と答えられる。
 もともとヘビースモーカーでもなかったし、それくらいならいっそ吸わないことにしようと決めたのかもしれない。
 なんでどうして、としつこく聞けば、伊達が機嫌を悪くするのは明白だ。
 桃はそれ以上言うのはやめた。

「そうか。じゃあ、それは無駄になっちまったな」
「ま、もらってはおく。だから、吸ってねえからって、文句言うなよ」
「もらってくれるんなら、それでいいさ」
「で、もらっちまった以上、おまえの誕生日には返さなきゃならねえんだろう。言っとくが、大したモンは期待するなよ」
「予算は千円で充分。それだって、二千円もかかってないからな」
「違いねえ。で、いつだ?」
「十月八日」
「分かった。十月八日だな」
 伊達の、嫌味も皮肉も自嘲も冷淡さもない笑顔に、桃は幸せをかみ締めて震えるのであった。

 

(Happy End...?)

こっちしか読んでいなければ。
しかし『KISS』も読んでいると。
伊達が煙草をやめた理由を知っているかいないかで、
この話の雰囲気は完全に違ってくる仕掛け。

己、こういう悪戯を心から愛しています。
許せ、桃。