SWEET BLOOD

 「何か違う」
 顔を合わせた時から思っていた
 その「何か」が何か 今分かった
 絡ませた舌に触れる異物
 唇を離すと 伊達が薄く笑った
「どうだ?」
 口をきくと微かに覗く
 口中の銀
「いつの間に」
 呟きに 伊達は口を開き 舌先を見せた
 右寄りに
 鈍い銀色の小さなリングが一つ 突き刺さっていた

「今日の昼だ」
「なんでそんなもんを」
「さあな なんとなく面白そうだったんでな」
 それが本心なのか
 本心を隠すためのものなのか
 何も分からない 削いだような笑い方
 侮蔑に近いほどの挑戦的な目
 この程度で怖気付いたのか と言わんばかりの
 そして 試してみろと言わんばかりに
 もう一度顔を近づけてくる
 それに赤石は 黙って応じた

 赤石を床に押し付けて腹の上に跨り
 獲物を貪るに似た口付け方
 何も言わず赤石はそれを受け止めて 巧みに導く
 伊達の舌を 自分の口内へと
 体温にあたためられ 唾液に濡れた金属
 刺したピアスを押し付けるような愛撫
 舌を追い 歯肉を舐める
 その感触は 悪くはないが
 我慢ならず

 食い千切った

 金属片を犬歯に掛けて噛み
 思い切り顔を振った
「……ッ!!」
 伊達が口を押さえて背を起こす
 その手の下から 間もなく赤い血が滴り落ちた
「この野郎……」
「気に入らねえ こんなもの」
 赤石は歯に掛かっていたリングを吐いた
 それは床の上に転がって 固い音を立てる
 伊達の 開かれた目の中で 収縮する瞳孔
 血の溢れた口元が歪んで笑う
 裂けた舌先が 拭うより塗って唇の色を変え
 まるで紅でも差したような赤
「てめえ…… 俺に惚れたのか?
 俺が勝手するのが気に入らねえくらい 俺に惚れたか?」
 唇から落ちた血が 赤石の顎にかかる

 その顎へ 伊達の拳が飛んだ
 鈍い音を立てて歯が折れる
「赤石よ 俺はてめえの『物』じゃあねえぞ」
 もう一度
 だがその拳は赤石の手に止められた
 伊達のこめかみを殴り飛ばす逆の手
 同時に赤石は態勢を入れ替え 伊達の上に乗る
 首元を床へと押さえつけ 体重をかける
「俺もてめえの『物』じゃねえ」
 そして低く言い捨てた

「だから てめえの勝手を 黙って見てる気はねえ」
「俺も ああそうかいと言うこと聞いてやる気はねえんだよ」
「また付けてくるなら また食い千切ってやるぞ」
「だったら俺は てめえの   でも噛み切ってやろうか?」

 どちらからともなく笑う
 笑ってもう一度
 口付けた
「痛ェじゃねえか」
 傷口を開かせようとする赤石の舌から
 逃れて顔を離し 伊達が囁く
 そしてまた合わせ
 引き千切られた傷から溢れる血を 赤石の口内に塗りつける

 

かつて かのオスカー=ワイルドが
月下 小さなサロメに言わせた台詞

「Ah! I have kissed thy mouth, Jokanaan, I have kissed thy mouth. There was a bitter taste on thy lips. Was it the taste of blood? …But perchance it is the taste of love…. They say that love hath a bitter taste…. But what of that? what of that? I have kissed thy mouth, Jokanaan.」

恋が苦い血の味とは限らずとも
血が甘い恋の味をすることは
おそらくあるに違いない
ここには剣を携えた戦士もおらず
殺せと叫ぶ王もない
月も今夜は星の裏
見守る影も
ありはしない

 

(Fin)

なんで毎度毎度こうも暴力沙汰?
謎過ぎるぞ伊達。
それも怪我の理由がちっとも可愛くない。
まあ……伊達だしな(爆