タダ貴方ダケナノニ

 三年ぶりだった。
 三年前の冬に教官を殺して塾を抜け、ここにくるのは実に三年ぶりのことだ。
 伊達は桜の老木の根元に座り、人を待っている。
 約束はしていない。
 呼んでもいない。
 だが来る。必ず。

 やがてやって来たその男を、伊達は立ち上がって迎えた。
 月下、金色の髪が朧に輝いて見える。
 塾には稀な、その髪の色。
「待たせたな」
 揶揄うように、彼が言う。
 そう。
 こんなことは、分かりきったことだ。
 伊達は待ったし、センクウは来た。
 約束するまでもない。
 当然のことだ。

「また会えるなんてな」
 伊達が薄く笑う。
「意外か?」
「戻るつもりはなかったんでな。どうせ、退屈だろうと」
「おまえらしい。退屈が紛れそうな玩具があるから、戻ってきたわけか」
「ああ」
「俺に会いたいとは?」
「思ったさ」
 伊達はうっとりと笑って、センクウの首に腕を回した。
 ただ一人、殺意を受け止めて飲み干した男。
 殺しあうはずだったのに、その時を得る前に、引き裂かれた愛しい恋人。
 夜中にふと思い出そうものなら、眠れなくなるくらい、恋しくて仕方がなかった。

 伊達とセンクウの接触を知った塾長や三号生筆頭が、二人をあれ以来、会わせないために動き始めたのだ。
 さすがに、二人の性というものを見抜いていたらしい。
 おかげであの夜を過ごしたきり、もう二度と顔を見ることもできなかった。
 会いたくて会いたくて、夢にまで見た。
 あの血の色をもう一度見たくて、その辺の奴を裂いてはみたが、あれほど綺麗な色ではなくて、腹立ちまぎれにそいつを殺そうとして、それすらも止められた。
 また会う機会もあるかもしれないと、それだけを思ってどれほど我慢したことか。
 我慢しきれずに爆発し、もうどうでもいいと拗ねて捨てた、それが三年前の冬。

 だから、当たり前だったのだ。
 伊達が戻ってきた以上、またここで会うことは。
 今ここで、すぐにやりたい。
 目先にはもう一つお楽しみがあるけれど、誰も満足させてはくれないだろう。
 だから。
「やろう……ぜ?」
 耳元で、囁く睦言。
 返るのは、うっすらと、甘く、悩ましいほど婉然たる笑み。
「もちろん。俺は、そのために来た」
 首筋がぞくぞくする。
 間近にある唇に、キス。
 たっぷりと味わって、散った。

 伊達の腕を熱が掠っていく。
 肉の裂ける感触と共に、血が破裂する。
 何を飛ばしているのかは分からないが、この痛みこそ、求めていたものだ。
 また、来る。
 だがだからなんだというのか。
 伊達はそのまま前に出る。
 その目に見えたのは月の色に染まった細い筋。
 刃鋼線だ。
 取り出した槍を素早く回転させ、絡めとる。
 糸を絡めたまま、突き出す。
 穂先がマントだけを貫いた。
 背後から横に薙がれる手刀を避け、伊達はほとんど倒れこむ寸前の姿勢で身を反転させ、悠々と槍を閃かせる。
 切っ先が肉に刺さり、裂いていく重い手応え、そしてふっと軽くなり、振り抜ける。
 センクウの脇腹から、あの色が溢れる。
(アア……)
 イイ。
 あの色が欲しい。
 この手に、この身に。
 最愛の男。
 槍を捨て、身を沈め。
 手まで用いた、獣の跳躍。

 地面に突き倒したセンクウの上に乗ったまま、伊達は口を開いた脇腹に顔を埋めた。
 甘い錆。
 粘りつく香。
 音を立ててすすり、飲み下す。
 センクウが喉から低い笑い声を洩らし、優しく、伊達は自分の髪を撫でる手を感じた。

 


他の誰も分かってくれなかった
こんな気持ちは、他の誰も理解してくれなかった
痛みにまみれなければ生きている気がしない
なんにもないと、自分が何処にいるか分からなくなる
ここにいるのかどうかも分からなくなる
怖くて、不安で、いてもたってもいられなくなる
それに、嫌いなものは嫌いだ
見ていたくもないから壊す
うるさいから殺す
そうすれば丁度、俺もいい気分になれる
それが何故悪いのか
どうして止められなければならないのか
みんな嫌いだ
誰も俺を自由にさせてくれない
みんな俺を、閉じ込めようとする
みんな俺を、変な目で見る
いつも一人だった
誰も分かってくれなかった
ただ一人、この男を除いては
殺させてくれる
殺してくれる
殺したいと、思ってくれる
ただ一人、俺を生かして、俺を殺してくれる
俺を嫌いだからじゃなくて、俺が不気味だからじゃなくて
俺を愛して、殺してくれる
それは俺より強ければの話だが
この人の傍でだけ、俺は本当の俺でいられる……

 

「なんだってあの時、いきなり窓から来たんだ?」
 いくらか乏しくなってきた赤い色を、丁寧に舐めとりながら、伊達が問う。
「外を通りかかって見かけて、一目惚れした。放っておいたら、暴れていただろう? そうしたら、面倒なことになる。のんびり中に回るなんて、やってられなかった」
 答えを聞いて、伊達が嬉しそうに鼻を鳴らす。
 分かってくれていたことが、嬉しくてたまらない。
 髪に触れていた手がのびて脇をとり、伊達の体を引き上げる。
「キスしてくれ」
「いいぜ」
 口の中に残る味を塗りつけるように、濃密な口付けをかわす。
「俺の、可愛い……」
 センクウが、言いかけた時だった。
 全く別の気配が現れた。
 見やれば、そこに巨大な影。
 大豪院邪鬼。
「来るんだ」
 目だけを向けてセンクウを見下ろし、命じる。
 逆らえば、力ずくで連れて行く、「飼い主」。
 動こうとしないセンクウに、一歩踏み出してくると、それだけで距離などなくなった。
 背を屈め、金色の髪を掴んで、背を起こす。
「……っ」
「血が恋しいなら、八連で味わえ」
 じろりと伊達を睨みつけて、邪鬼は髪から手へと持つ場所を代え、センクウを引っ張って歩き出した。
 追おうとしたが、体が動かない。
 戦って勝てるかどうかではない。
 あの「飼い主」の気配には、どう頑張っても抗えないのだ。
 連れ去られていく恋人を、伊達はただ見送るしかなかった。

「俺の……なのに」
 ぽつりと呟いて、項垂れる。
 腕に残る痛みが切ない。
 八連制覇が終わったら、また会えるだろうか。
 その時こそ、存分に殺しあえるだろうか。
 ……また、邪魔されるのかもしれない。
 誰も許してくれないのかもしれない。
 腹立たしいよりただ寂しくて、伊達は一人、桜の根元で丸くなった。

 

(終ワリマス)

どうやらこれ、孤戮闘出たあと、そのまんま育っちゃった伊達デス。
可愛いと思ったら、やっぱり病気でしょうカ?
だってコレ、可愛いケモノでしょーッ!?
……己だけだって?
いいよーだ、ふん……
それからもう一つ判明したのは、何故これの相手がセンクウか。
A.原作のキャラの中でこいつが一番変人っぽいから(爆
元がいくらか変じゃないと、さすがに崩せないヨ。

もはやこれ、己しか楽しくないか?
誰かこれを面白いと思うのか?
……ここまで原作からかけ離れてもパロディと言えるのか、それは謎。