MI YA GE

 塾長の用事とやらで、しばらく塾内に姿を見せなかった伊達が帰ってきた。
 その報告は、他の雑事と同様にして二号生筆頭室にもたらされた。
 二号生筆頭・赤石剛次は、それはあくまでも「雑事」の一つとして対応する態度をとり、格別な関心も見せなかった。
 ……のはあくまでも立場上、建前というものである。
 伊達が密命を帯びて塾を離れ、単独行動するとなると、大抵は何か「裏の仕事」なのだ。
 心配でないはずがない。
 だが、あれこれと案じることを伊達は「女々しい」と言って嫌う。
 赤石も「女々しい」などと言われては腹が立つ。

 腹は立つが、やはり心配にもなる。
 多少無茶な誓約ではあれど、それをもって「恋人同士」になった間柄なのだから、いくらか余分に心配になるくらい、人情というものだ。
 伊達もそれは理解しているのだが、要するに、彼は苦手なのだ。そういった温かい感情が。
 それを分かっているから、赤石も極力、伊達の在・不在には心を動かさないように努めてきた。
 いずれにせよ、伊達は必ず自分のところに来る、という確信があるせいもある。
 赤石の「不安」を汲むように、伊達も最大限譲歩して、しばらく留守にしていた後は、必ず一人で、赤石が一人になったところを見計らって、訪ねて来るのだった。

 取り決めたわけではない「約束」だが、赤石の思ったとおり、伊達は塾の授業が一通り片付くと、二号生筆頭室に入り込んできた。
 一号生が二号生筆頭に会うのだから、本来ならば面会許可だのがいる。しかしそんなものを気にする伊達ではない。
 正面から来るとあれこれとうるさく言われる、と、窓から勝手に「入り込んで」くるのである。
 むろん、今更そのことについてとやかく言う赤石でもなく、無事な姿を見てまずしたことは、ひそかに安堵の溜め息をつくことだった。

 伊達は「土産」と称して毎度様々なものを持ち込んでくる。
 今回はその中に酒があり、「出張」先が国外、それも中国かその近辺だったらしいことが知れた。
 どういうことをするために行ったとは言わないまでも、何処に立ち寄って、そこでこんなことがあった、という程度のことは、肴代わりに赤石にも聞かせる。
 赤石はその話を聞きながら、時折は口を挟みつつ、平穏という味の酒を飲んだ。

「ま、予定より二日ほど早くこっちに戻ってきてな。どうせ慌てて戻っても仕方ねえし、しばらく羽のばしてた、これがそっちの土産」
 伊達は、ありふれた茶色の紙袋を取り上げた。
 出てきたのは、ちゃちな玩具ばかりである。
「なんだ、これは」
「渋谷のゲーセンでとった」
 答えを聞いて、赤石は呆れた。
 伊達のような目立つ男がゲームセンターなどにいて、一人でゲーム、それも景品をとるゲームだろうが、それに興じている姿というのは、さぞ珍しい見世物だったのではないだろうか。想像して、赤石は複雑な顔になった。

 その時の伊達には、少しわけありで日本に連れてきた「あっち」の女性が一人、一緒にいたから、さして不可解な光景ではなかったのであるが、そんなことは赤石の知らないことであるし、伊達も語らない。
 ともかく、茶色の紙袋の中身、それも赤石への「土産」らしかった。
 こまごまと出てくる、得体の知れないキャラクターものに辟易しつつ、こんなものを受け取って、挙げ句の果てには保管せねばならないのか、と思うと頭も痛くなってきた。
 伊達はこういうところはやけに子供じみて、……というか、赤石が困ることを承知で、それを楽しんでいるに違いないのだが、持っていないと許さない、と言うに決まっているのである。
 苦い顔になる赤石。
 それを見やって、伊達は「そんなおまえの気持ちくらいは分かっている」というようにニヤリとした。

「まあ、全部なんて言っても邪魔だろう。だからこの中で一つ、その代わりいつも持ってろよ?」
「一つ……いつも?」
「ああ。持ってるってことが、見て分かるように、な」
「…………」
 伊達の顔は、もうそう決めている、と言っている。
 つまり、拒否することは許さん、と。
 赤石はしぶしぶ、マシそうなのを選びにかかった。
 別に興味もないキャラクターものを持っていて、それを人に見られてあれこれ言われるのは御免である。ましてハ○―キティだのディ○ニーだの、可愛らしいものは却下。
 かといって、マ○ンガーZだのガン○ムだのというのも気恥ずかしい。
 無難な品はないかと物色し、見つけたのは、何のキャラクターというわけでもないらしい、ピンクのブタ。
 どぎついピンク色をした、ブタのキーホルダーである。
 それが中ではマシというのだから、他のものがどれほど無茶かは推して知るべし、と言うところだ。
 赤石はやむなく、そのブタのキーホルダーを取り上げた。

 途端、伊達が見せたのは会心の笑みだった。
 それは伊達の思惑通りになったことを意味し、赤石には災難を意味する。
「な、なんだ、いったい」
「それのな」
「これの?」
「腹を指で軽く潰してみろよ」
 言われて、赤石はブタを掴む指に力を入れる。
 と、ブタの目玉が大きく膨れて飛び出した。
「…………」
「どうだ、面白いだろ?」
「あ、あのなぁ……」
 赤石は脱力感を覚えてがっくりと俯く。
 伊達の面白そうな顔を見ていると、
(このクソガキ)
 と罵ってやりたい気もしたが、こんな悪戯をして喜んでいるところが、可愛いと言えば可愛いようにも思えて、もう一度、ブタの腹を摘んでみた。

 


O MA KE

 

「気に入ったかよ」
「ああ。それより、もう一つ、土産忘れてねえか」
「これで全部だぜ」
「とぼけるんじゃねえ」
 今度は赤石がにやりと笑う。
 応えて、伊達も笑った。
 だが、それでもまだ
「とぼけちゃいねえ」
 素直に頷きはしないし、差し出しもしない。
 赤石は手を伸ばして、強引に「それ」を掴んだ。
「いい加減にしろよ。てめえ、今度は何日ふらついてたと思ってやがるんだ」
「何日だっけな」
「二十日だ、二十日。二十日たってるんだぜ、おまえが出てから」
 「それ」を引き寄せて自分の前に抱き倒し、抱き締める。
 その瞬間、僅かに「それ」から薬品臭が漂って、赤石は笑みを消した。

「馬鹿野郎が。どっか怪我してやがるのか」
「大したことはねえよ」
「見せてみろ」
「……見てみろよ。納得いくまで、よ」
「ああ、そうさせてもらう」
 憮然と呟いて、赤石は「それ」……言うまでもないが、伊達本人の上着を脱がせた。
 晒を解くと、その下に更に包帯が巻きつけられ、油紙らしい黄褐色のものが透けて見える。
「馬鹿野郎が」
 赤石はもう一度呟いて、その色の上に手を重ねた。
「土産、いらねえのか?」
「傷物じゃねえか。……ちゃんと治ってからだ」
「二十日もたってたんだろうが」
「それでもだ」
「この程度で参るほど俺がヤワかよ」
「それでも、だ」
「馬鹿はどっちだ。……俺だって二十日、過ごしてんだぜ、剛次」
 名で呼んで、伊達は赤石の顔を挟みつけ、引き寄せた。
「傷に障らねえようにくらい、できるだろうがよ、え?」
「……好き者」
「どっちが」
 呆れた赤石の溜め息と、それを笑う伊達の吐息が重なった。

 

(終わる)

元ネタ提供は雷サマ。
目玉が飛び出すブタのキーホルダーの話をしたところ、
伊達からそれをもらって困る赤石、というネタを思いついてくださった。

移転時にカットしたものだが、今読み返すとそれなりに
二人の日常が出てて悪くはないのでリアップであーる。