アクマのようなカレ
「約束だよな?」 屈託の無い笑顔―――には、100%見えなかった。 イカサマだったのかと伊達は疑いを持ったが、もう遅い。イカサマなどというものは、その現場で見抜いて押さえなくては意味がない。その場で見抜けなかったなら負けだ。 花札の並んだ座布団をわきへどけて、桃が膝でにじりよってくる。今からあれこれ言っても軽く返されることは目に見えていた。
こうなった桃がしようとすることは、一つしかない。しかも無茶を言い出すに決まっている。 馬鹿な勝負に乗ったと後悔しつつ、伊達は桃の口付けに目を閉じた。礼儀や羞恥というのではなく、してやったりと嬉しげな桃の顔を見たくないだけだ。 唇の位置が手の動きに合わせて下りていき、肩に夜風を感じる。それが腕、腹、足と広がる。下帯まで解かれて、その中心に熱い湿りを感じた。
毎度のことだ。 だが、これならばイカサマ博打などせずとも、いつもどおりゴネればいいのではないだろうか。そうすれば、駄々の相手をするのが嫌になった伊達が、勝手にしろと投げ出すお決まりのパターンになる。 「桃」 「なんだ? もっとか?」 ニヤついた声が聞いていられず、思わず拳を頭に炸裂させた。 「おまえ、いったいなにがしてぇんだ? 人をイカサマにかけてまで」 「イカサマとはひどいな」 痛みなど感じていないのか、桃は頭をさすることもせずにけろりと言い放った。拳が痛い分、損をしたような忌々しい気分になる。 「イカサマじゃねぇって言うならそれでもいい。おまえは俺になにをさせる気だ」
「フッフッフッ」 笑った桃の手には、いつの間にか、上品とは言えない赤色をした縄が握られていた。 「……最悪だ」 「べつにいいだろ? 『俺がなにをしてもおとなしくしていてくれ』とか言って、ありとあらゆることしようってんじゃないんだから」 「そういう選択肢もありやがったな」 「それじゃホゴにされそうだからな」 さらりと言ってのけて、桃は束になっていた縄を崩した。
(最低だ、この野郎) 嬉しそうに縄をかけていく桃に、伊達はもう口をきくのも嫌で、ただ黙って睨みつけていた。 何故この俺がと思うも、博打に負けた以上どうしようもない。 もちろん、勝敗など無視して蹴り飛ばすことはできるが、伊達が暴力に訴えれば、桃も同じものに訴えてくるだろう。そうなれば、「イカサマだったとしても負けは負け、約束したはずだ」という精神的な弱みのある伊達に勝ち目はない。そんなすったもんだの挙げ句にまた負けようものならば、それこそなにをどうされても仕方がなくなってしまう。
手際よく伊達の自由を奪いながら、桃は勝利の快感を噛み締めるような顔をして、あちこちに鬱血の痕を増やしていく。 (明日はサボりか……) シャツなど着ても勘繰られるだけだ。かといって、開き直って見せておくなどということが、伊達にできるはずもなかった。
「っつ……、ちったぁ加減しやがれ」 細い縄が股間に鋭く食い込んで、伊達は抗議の声を上げた。と、桃はニヤリと笑って手の中の縄を引く。余計にそこが締まって、伊達は体を固くした。 「この……」 殴りたいが、腕は後ろ手に固められて動かせない。 「伊達、おとなしくしてないと、もっとえらいことにしてやるぞ?」 「なん……」 なんだと、い言いかけて、伊達は言葉を飲み込んだ。尋ねれば、百パーセントろくでもない言葉が返ってる。それが分かっていて話を振るほど愚かではない。 だが、言いかけてやめてももう遅い。桃はなにも言いはしなかったが、心底から意地の悪そうな笑顔になった。 「だったら、おとなしくしてろよな」 桃の指が伊達の中に押し込まれ、ゆっくりと円を描いた。
全身に小さな波が走る。 (くそったれ) 心の中で罵って、伊達は唇を噛んだ。 桃と出会う前までも、男と寝たことがなかったわけではない。男だ女だ、そんなことは些事、快楽の相手として不服がなければそれでいい。ただ、男を相手に勃つことはほとんどなかったから、自然と受身に回ることが多かった。 だが、後ろで快楽を得られるかどうかはかなり分の悪い賭だった。 慣れれば悦くなるのかもしれないが、慣れるほど何度も、短い間に続け様にしたことはなかったのだ。 それを、この性根の爛れたハチマキ男は滅茶苦茶にした。 こうして指で探られただけで、快楽を期待して体が目覚める。 こんなふうにしたのは、桃だ。
小さく笑う声が聞こえる。 (うるせぇ、バカ) 「伊達。怒るなよ。可愛くていじめたくなるだろう?」 「……るせ、……っ、クソ……」 身じろぐが、赤い縄は切れることも緩むこともなく、一層きつく肌を噛んだ。 その痛みさえ痺れるようで、熱が上がる。 桃の指が浅く深く蠢き、埋火を熾していく。 開き直ってこちらから求めてしまえばもう少し楽になれるのは分かっているが、桃の楽しげな顔を見ていると降伏するのが癪に思えてならなくなる。 それも計算の上なのだろう。しかしそう分かっていても、伊達は歯を食い縛ってこらえるほうを選んだ。
「案外、縛られるの好きなんじゃないか? いつもよりペースが早いな」 「黙ってヤれ」 「おまえがそう言うから、無駄口を叩きたくなるんじゃないか。可愛くないことを言われれば言われるほど、どうやって鳴かせてやろうか楽しみになる」 「……変態」 「言ってろよ。どうせ最後にはいい声して鳴くんだ」 「この……っ、っ! ……誰が、鳴くか。だいたい、いつ、俺が……」 「声張り上げてアンアン言うだけが鳴き声じゃない。おまえの、押し殺した声がな、殺しきれずに零れるのだって立派な鳴き声だ。ソソる」 「黙れクソ」 「はいはい。そこまで言うなら、黙って励んでやるよ。―――後悔しろよ?」 桃の宣言に、しまったと思った時にはもう取り返しがつかなかった。
本当に無言を守る桃のせいで、音がない。 息遣いと微かな物音。 ほんの僅かに零した吐息さえ耳につき、歯の鳴る音がうるさい。 そして、楽しげな気配。 零した透明な液をすりこんで、乱暴に抜き差しされる指がそこをかき回し、卑猥な音を立てる。 時折通る車の排気音、階下の大部屋から響いてくる寮生たちの笑い声は、静寂を引き立たせるだけでなにも隠してはくれない。 そして不意に、 「すっかり開いたな」 耳元に囁かれて、首筋から肩まで鳥肌が立った。
抗議したいが、言葉が出なかった。 そこが桃の指に馴らされ、柔らかく弛緩しているのは本当だった。 もっと強い刺激を求めているのも、本当だ。 タイミングというものを心得た悪魔は、これ以上なにも言わずに飢えを満たそうとする。 あてがわれた熱い先端が、ゆっくりと中へ押し込まれた。 容赦なく全身に快感が広がる。 一切抵抗のできない、最高で最悪のタイミングだった。 「……んっ、……ク……〜〜〜ッ……」 髪の先まで一斉に、悦楽の波に揉みしだかれる。それが一点集中で突き上げてくると、白い花となって飛び散った。その後も寄せては返す波の激しさに合わせて、何度も桃を締め付けた。
意識が飛散する。 桃が耳元でなにか言ったようだが、伊達には聞き取れなかった。 どうせろくなことではないだろうと、聞こえなかったのをいいことにした。 背後で桃が小刻みに、そして力強く律動をはじめる。 きつく締まった縄目に添って指が滑ると、むず痒さがその後を追う。それを、縄の擦れる痛みが打ち消して何故か快い。 伊達はもうろくになにも考えていなかったが、敷布を噛んで声だけは抑えた。 桃はそれを見下ろして、満足げに笑っている。 ほとんど悪魔のような意地の悪い笑い方だが、目だけは優しかった。 無論伊達がそれを見ることはなく、翌日はきっちりと授業をサボり、きっちりと後悔した。 (最悪だ) そう思いながらも、 「伊達」 思わせぶりな光を秘めた目で見詰められ、笑いかけられると、またまんまとこいつの罠にかかるんだろうと思う伊達だった。
(おちまい) |