……マブシイ そう思って目が覚めた。 いや、目が覚めかけてそう思って、起きた。 痛ぇ。 頭も身体も、全部が重ダルく、軋んでやがる。 それにしても、……何処だ、ここは。 たしか自分の部屋で飲んでたはずだ。 アイツと。 酒を持って窓から入ってきやがった。 断る理由もねえ。 それで、適当に厨房からツマミになるものを見繕って、飲み始めた。 毎度ながらくだらねえ話しながら、二人で二本ほど空にした。 そっから先が分からねぇ。 分かるのは、ここが俺の部屋じゃないってことだ。 でかいベッドと、小綺麗な部屋。 微かに漂う、甘い匂い。 花か? いや。果実の匂いだ。 慣れない匂い。 ……ここは、日本か? ちっ。とりあえずこのままじゃ埒が明かねぇな。 出るか。
少なくとも、日本じゃ、ねぇな。 それだけは分かった。……それだけだが。 射るような日差しってのはこういうのを言うんだろう。まぶしいなんてもんじゃねえ。 それにしても、塾の学ランまで着替えさせてやがる。まあ、あんな暑いもん着てたらそれこそやってられねぇが。 少しは日の緩む場所を探して、ヤシか何かの木陰に辿り着く。 日陰は意外と涼しいもんだな。湿度がそう高くないせいか。 ここがどこかは今もって分からねえが、どこかも分からんものを闇雲に歩くだけ無駄だろう。どうせアイツが帰ってくれば分かる。 そこら中に咲いているこの極彩色の花といい、南の島、といったところだが……、南ったって色々あるからな。せめてそう遠いところじゃなきゃいいが。
それにしても、奴はなんでいねぇ? 一緒に飲んでたはずだってぇのに。 何処行きやがったよ。 ……伊達。
確かに、飲んでた記憶はある。 いつものごとく、指し向かいで、いつもの酒だ。 それで。 ……次に覚えているのがここか? いや、他にもあるはずだ。……なんだ? 何か話していて、そうだ、たしかエアコンなんて贅沢は言わねえから、ストーブかコタツくらいは入れたらどうだ、と伊達が。 くだらねえと笑ってやった。寒さがどれほどのもんだ、と。 そこから……伊達がまえに行ったことがあるっていう、南国の話。 あれでなかなか話術は巧みで、俺はその話に聞き入っていた。 ……頭がはっきりしねえが、もうだいぶ酒が回ってたのか、内容もうろ覚えだ。 ああ、そうだ。 アイツが言ったんだったな。 「行くか?」と。
それだけか? それだけだ。 呟いただけだったから、独り言だと思ったが。 俺を見て笑いやがった、そっから記憶が飛んじまってる。 ……くそ、あの笑顔だったな、そういえば。 あれを見るとロクなことがねえんだ。 多分アレだ。 あの酒に何か入れやがったんだろう。 ついでに飛燕にでも教わった千本の一つや二つ、打ったか。 でなきゃここまで意識失ったり、ダルいわけがねぇ。 まったく、ろくなこと覚えやしねえ。 それで意識のない俺をこんなところまで連れ出した、と。 …………。 この調子じゃあ、密入国は確実、だろうな……。 せめて、密輸じゃなきゃイイが。
突き抜けたような、塗ったような、濃い青い空。 ああ、伊達が話してたのと同じ色だ。 俺が酔い半分に見た色。 緑の芝生に囲まれたコテージ。 木陰のハンモック、朴訥な茶色のテーブルセット。 波の音だ。 近くに、海があるのか。 ここで待っててやる義理なんざねえ。 どうせなら、海でも見てくるか。
木陰から出ると、叩きつけてくる太陽光に、肌がじりじりと焦げる。 暑いが、日本の蒸し暑さとは違う。 ただ、アスファルトからの放射熱がハンパじゃねえ。 その熱で立つ陽炎に、景色が揺らいでやがる。 暑いのは暑いが、やけに汗が出るな。 そういやあ腹ン中空っぽだ。あれからどれくらい経つんだ? ……考えても無駄か。 別に今んところ大して減ってる気もしねぇし。放っておくか。 ちっ、妙な耳鳴りまでしやがる。 くそっ、なんだってこんな首の詰まったTシャツなんだ? もうちっとマシなもんはなかったのかよ。 ……詰まったってよりは、小せぇな。アイツのか。 窮屈で仕方ねえ。 脱ぐしかねえか。 ……ん? …………。 あの、バカ。 なんだってこんなトコに。 あンの、バカ。 というよりよ。 意識のトんでる俺に、何してやがってんだあのクソバカ野郎。 やけにダルいのもそのせいか。
……いや。 記憶。 ……人を食ったような笑み。 下りた前髪。 揺れる。 汗が。 落ちて、冷たかった。 俺の上で、気侭に跳ねるデカい魚。 甘い夜風が吹き込んで、気持ち良くて。 「イイだろう? な?」 動きを止めて、俺の快楽を止めて、耳元に屈んだ声。 風が。 匂いが。 重みと、熱が。 「ああ……イイ、な」 満足そうに笑って。 俺の胸と言わず腹と言わず。 猫みたいに背中を丸めて吸い上げて。 また跳ねる魚…………。
だ、駄目だ。 どうやら俺は一日や二日くらいは食ってねえらしいし、ここでぼんやりしてたらシャレにならねえ。 いったんコテージに引き返して、水のままのシャワーを浴びた。 何か食うものはねえかと台所らしきところを覗いてみるが、突っ込まれてたのは缶ビールばっかり。 冗談じゃねえぞ。 ふと目に付いた鉢の赤いデカい花。 厚ぼったい花びらは、食えそうに見える……。 何を考えてんだ、俺は。 けど、食える花ってのもあるらしいし。 …………。 そして、後悔した。
伊達が戻ってきたのは夕方になってからだった。 遅ェぞ。 いや、そんなことより。 「何処だ、ここは?」 聞くと、 「忘れた。南なのは確かだがな」 さらりと言いがる。 嘘つきやがれ。答える気がねえだけだろうが。 「もういい、それより何か食わせろ。腹が減ってきた」 俺は伊達の腕の中の紙袋に詰まった食材に、鳴りそうになる腹の虫をこらえた。
こんなとこまで遥々と俺を連れてきて。 塾は無断欠席か。 まあ、もうとやかく言ってもはじまらねえ。 なにせ相手が悪すぎる。 「おい、伊達。俺の服はねえのか」 「俺のじゃ嫌かよ?」 「小せえんだよ、バカ」 「この俺のシャツ着て小せえなんて言う奴はそうそういねえんだがな。太ったか?」 「ほざけ。何処にあんだ。まさか持ってきてねえとか言うんじゃねえだろうな」 「ダイエットしたほうがいいぜ。俺とおまえと、タッパが10も20も違うわけでもねえのに」 「伊達!」 「オアズケ、だ」 にやりと笑う。 このクソガキ。
だったら。 テーブルに紙袋を置いた腕をとる。 どうせ、俺がこう来ることはハナから分かってんだろう。 この確信犯野郎。
赤石剛次、本日のメニュー…………伊達臣人一匹。
(Fin)
original words by RAI arranged
by RAVEN
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