別れの言葉

 分かってください。
 そして、忘れないでください。
 哀しむ心、自分のためではなく人のために怒る心、慈しむ心、愛する心。
 それがどんなに大切か。
 そして、私がどれほど貴方を思っているかを。
 ゴウキ。
 分かって、くれますよね……?

 私は生まれて間もなくヒョウエ様に買い取られ、こうしてずっと飼われてきました。
 親の顔も、人の心の優しさも知らず、己の境遇が忌むべきものであることにさえ長い間気付かず過ごし……。
 貴方がヒョウエ様に拾われてきた時、私は初めて、あたたかい心というものを知りました。
 「好きに使え」と貴方に与えられた道具の一つでしかない私の怪我を案じ……よく覚えていますよ。ぶっきらぼうに、薬をくれたこと。
 私に触れ、けれどただそれだけで、私は……こんなに何事もなく人に触れられることがあるのだと知りました。
 そして初めて人に触れたいと思い、人に好きになってもらいたいと思い、他者である人が傷つくことを、嫌だと思いました。
 貴方のあたたかな心。
 そして、私の中に生まれた、あたたかい思い。

 「様」をつけて呼ぶな、と言いましたね。
 私のことを友人だと思っている、と。
 私の大切なゴウキ。
 貴方の傍にいるためなら、どんなつらいことでも我慢できました。

 私の顔の火傷を貴方は嘆いてくれましたが、私にはむしろ喜ばしいことでした。そのおかげでヒョウエ様から離れることができたのですから。
 私には、ヒョウエ様を憎んだり嫌ったりする心はありません。たとえ世の中から見れば歪んでいようと、私にはそれが当たり前のこととして身に、心に染みてしまって、どう言われてもおかしいとは感じられないのです。
 ですから、私が良かったと思ったのは、ヒョウエ様の傍を離れることではなく、今までヒョウエ様のために費やしてきた時間も、貴方と過ごせることです。

 私の大切な貴方。
 私の最愛の人。
 貴方のためならなんだって平気です。
 貴方が傷ついたり苦しんだりすることに比べれば、傷の痛みや苦しみが、なんだというのでしょう。
 私に、こんなにもあたたかい心をくれた貴方。
 私の全て。

 貴方を哀しませたくはありませんけれど、私はもう20年近く生きてきて、それは、獣人としては充分過ぎるほどたくさんの時間です。
 けれど貴方にはこれからあと20年も30年も、もっとたくさんの未来があるんですよ。
 だから、許してください。
 きっとこんなモノには勝てませんけれど、貴方を守るためと思えば、絶対に負けもしません。
 こんなモノと貴方を戦わせるわけにはいきません。
 生きて、寿命が尽きるまで、貴方の傍に居たかったけれど……。

 こんなに、こんなに言いたいことはたくさんあるのに。
 言えば貴方もまた何かを言うでしょう。
 私が全て語る前に、時間はなくなってしまうでしょう。
 だから、私の思い、見えますか。
 私のこの目の中に。
 貴方のその目に。


「ゴウキ。貴方は、強く生きてください。今はたとえどんなに汚れても、貴方が貴方らしく真っ直ぐに生きるなら、きっとお日様ときれいな水が、どんな汚れだって洗い流してくれますから。……だから、汚れに染まらないで、貴方は貴方らしく、真っ直ぐに」


 真っ直ぐに。

 さようなら、ゴウキ。
 この暗い世界で、貴方が私のお日様でした。
 大好きですよ。
 世界中の誰よりも。
 ずっとずっと。
 貴方を、愛してます―――。

 

(end)